第370話「文字化け」





 とりあえず、殉職したハーピィたちはそれぞれ誰なのか覚えておくようカルラに命じておいた。

 デュエットがあるならトリオやカルテットもあるかもしれない。

 そういう場合にパートリーダーとなるクィーンやカラヴィンカが複数いてもいいはずだ。

 最前線で命を張ってくれた彼女たちはその候補生にする。


 それはそれとして、問題はあの光るウツボである。

 一瞬ではあったが、見た限りでは異常な数値のLPとMPを内包している様子だった。過剰に光って見えたのはそのせいかもしれない。

 見間違いでなければ、そのLPはウルルよりも多く、そのMPはレアよりも多かった。


 いずれにしても、『鑑定』で詳細な情報を得るためにはもう一度出てきてもらわなければならない。


 常識的に考えて、普段からこんな場所まで生きた動物やモンスターが来ているとは思えない。

 となると、今のあのウツボの行動はイレギュラーなものだろう。単に餌がいたから捕食したというわけではないはずだ。

 ではなぜイレギュラーな行動をしたのかと言えば、いつもと違う事があったから、つまりこの地にレアたちが訪れたためだ。

 煩わしい小虫がいたから排除した。そんなところだろう。

 そしてその小虫はまだ全てが取り除かれたわけではない。


 おそらく、この場所で挑発的な行動を続けていれば、ウツボはいずれまた大口を開けてやってくる。


「──通常よりもMPが多いはずのわたしよりもMPが多いとなると、かなり恐ろしい相手だな」


 レアのMPは『技術は長く、人生は短いArs longa, vita brevis.』によって、通常の倍近い数値になっている。引き替えにLPは半分程度しかないが、今のモンスターはLPも相応に高かった。巨大であるという特性によってボーナスを得ているだろう事を差し引いても、である。


 LPやMPがVITやINTなどの能力値によって算出される事を考えれば、LPやMPが多いというのはそれだけで基本的な性能が高い事を示している。


「わたしも平均的な災厄級よりは強いつもりでいたけど、これは考えを改める必要があるかも」


 仮にも六大災厄などと呼ばれていた大天使を実力で下した事は、レア自身に大きな自信を与え、ゲーム内でのおおよその自分の立ち位置を量る目安になっていた。

 しかし一口に災厄級と言っても、誕生したばかりの聖王のような弱い存在とレアとでは雲泥の差があるし、経験や成長を除外したとしても不死者の王のように比較的弱めの種族もいる。


 六大災厄という共通したテーブルに乗せられているとしても、その戦闘力まで共通しているかどうかはわからないのだ。

 あれらを分類して呼称したのは昔の人類たちだろうし、多くの人類からして見れば、魔王だろうと大天使だろうと、関われば死ぬことに変わりはない。


「このウツボがそういう相手だというならそれでもいいんだけど、だったらどうして災厄にカウントされてないのかな」


 カウントされないケースとして真っ先に思い浮かぶのは、すでに存在している勢力の中に災厄級が誕生した場合だ。

 世界樹にスガルやディアス、ジーク。それにウルルにユーベル、ヴィネア、サリーなどがこれに当たる。多い。

 この場合だとワールドアナウンスは省略される仕様になっているため、人類が気付かないのも無理はない。

 しかし、だとしたら一体何者がこんなところに、こんなつぶしがきかないモンスターを生みだしたというのか。


 あるいはもうひとつ、考えられる可能性がある。

 例えば六大災厄というものを、人類が「観測史上最大級の被害をもたらした存在」としてカウントしていたとする。この場合の観測史というのはつまり、聖教会などの『霊智』の歴史のことだ。

 このウツボがその歴史よりも以前からひっそりここで生活していた場合、人類もわざわざこんな火山の中まで来たりはしないだろうし、お互いに存在を知らぬまま長い間を過ごしてきたとしたら、災厄に数えられていなかったとしてもわからなくはない。


「──おっと。水面、じゃないな、マグマ面? が盛り上がってきた。考察は後だ」


 先ほど同様、盛り上がったマグマを破るように、巨大な頭部が口を開け、飛びだしてきた。

 しかし来るとわかっているのなら対処は容易だ。


「よし『鑑定』──えっ」


 表示された結果に驚き、一瞬思考が停止してしまった。しかしウツボは止まってくれるわけではない。


「く、『解放:鎧』! 『解放:巨体』!」


 レアは鎧坂さんを彷彿とさせる、全身鎧に身を包んだ巨大な姿に変化した。

 それでもなおウツボの口の方が大きいが、一口で飲まれてしまうようなことはない。

 両腕、両足をウツボの上顎と下顎につっぱらせ、口が閉じるのを防いだ。


 レアの目にウツボの赤々とした喉の奥が見えている。


「『タイダルウェイブ』!」


 そして頭部に生えた本体の上半身から魔法を放った。

 生みだされた津波はすべてウツボの口の中に吸い込まれていく。


 それほどダメージを与えられたようには思えないが、メインの目的はダメージではない。水を飲ませる事だ。


「『スノーストーム』!」


 そして同じく、ウツボの喉の奥をめがけて『氷魔法』を放った。


 このウツボの身体がどの程度の断熱性を備えているのか知らないが、体内から冷やしてやれば、ウツボの周囲のマグマを固めてやることが出来るかも知れない。

 ついでに先に入れておいた水が凍結してくれれば、凍結膨張によってウツボにダメージを与えられる可能性もある。

 逆に断熱性がなさすぎて、あるいはウツボの体内がすでに熱すぎて、魔法の効果が切れた水がその瞬間水蒸気爆発を起こすとしても、真っ先にその被害を受けるのはウツボだ。


 レアは身体を屈め、ウツボの顎から手足を離すと、噛み砕かれる前に『天駆』で空を蹴り、一旦空中へ逃れた。


 体内が冷凍庫のようになっているウツボは苦しげに身をよじらせるが、マグマの中に潜ったりは出来ないようだ。

 そのマグマもウツボを中心に少しずつ色がくすみ、粘度が上がってきているように見える。

 残念ながら凍結膨張も水蒸気爆発も起こらないようだが、ウツボの動きを止めることには成功した。


 赤熱する光を失ったマグマは黒ずんでいるが、その中であがくウツボの明るい色は変わらない。むしろマグマの放つ赤い光がない分、よりはっきりとその黄色が目立っている。

 マグマよりも輝いているかのように見えていたウツボは実は、単にもともとマグマより明るい色であっただけのようだ。


「でも、地下にはまだいくらでも熱源はあるだろうし、これも一時的なものに過ぎない。動きが鈍っているうちに──『魔の剣』」


 巨大化したことで上昇したLP、その何割かにまで食い込むほどのコストを剣に注ぎ込む。

 闇色に輝く剣がレアの手に現れる。

 鎧の方の手に出ないかな、と考えていたが、現れたのは本体の方だった。

 サイズは小さいが、攻撃力は折り紙付きだ。

 幻獣王を葬り去ったあの一撃より、さらに威力は増している。


 その剣を両手で握り、上段に構えた。


「これじゃ、まるでカブトムシだな。まあいいや。

 ──『ゲラーデ・シュナイデン』」


 レアの手から、巨体の額から、一直線に放たれた光がウツボの顔を切り裂いた。

 前回の『シュヴェルト・メテオール』のほうが上位のスキルのため多少は威力ボーナスも高いが、そう差が大きいわけではない。つぎ込んだコストの分を考えればこれでも十分、災厄級の数体だったら消し炭に出来るはずだ。


 ウツボの顔を切り裂いた光はそのまま粘度を増したマグマをも切り裂き、ウツボの身体を火口の奥へと押し込んだ。

 押し込んだということは、肉まで断てたというわけではないのだろうか。それともウツボが自ら身体を退いたのか。


 するとその直後、レアのスキルの余波かウツボが何かしたのか、ウツボのいたあたりからマグマが噴き出してきた。

 ウツボのいたあたりというか、ウツボは火口にちょうどいいサイズだったので、マグマが噴き出してきたのは火口全体だ。

 レアが冷やして固めていた部分など物ともしないという勢いである。


 つまり、いわゆる噴火だ。


「うわやばい!」


 すぐさま『魔の剣』を解除し、巨大な状態のまま『飛翔』と『天駆』を駆使して上空へと駆け上がる。

 大きい分だけ歩幅が広いためか、『天駆』を使うと驚くほどスピードが出ている。気がする。


 下からはかなりの勢いでマグマが迫っているが、逃げきれないほどではない。

 山頂付近に待機していたカルラたちの安否は気にかかるが、元々危険を避けて退避させていたのだ。異常な事態が起きていることが分かれば逃げてくれるだろう。





 その勢いのまま火口から飛びだしたレアは、上空にとどまり、噴火の様子を眺めた。


 カルラたちが飛んできて、鎧の肩に止まる。無事だったらしい。

 巨大化しているレアの肩に止まったのは別に懐いているとかそういうことではなく、ここならば噴石などの被害を受けずに済むからだ。レアの前面は不可視の『魔の盾』によって守られている。


 火口から噴き出した溶岩は、そのまま山の斜面を流れていく。

 溶岩の周囲は白い煙に覆われ、煙は凄まじい速度でどんどん広がっている。いや、これは煙ではない。火砕流だ。


 高速で流れる火砕流は次々と麓のゴーレムたちを飲み込んでいき、その向こうの森へと到達する。

 本来であれば木々を一瞬で燃え上がらせるほどの高温を持つ火砕流だが、流動中は森林火災がすぐに起きる事はない。

 燃え上がる前に焼き尽くされ、押し流されてしまうからだ。火砕流の勢いはそれほど強く、速い。


 森の向こうにはぽつぽつと、いくつかの農村がある。

 火山が噴火したのは見えているだろうが、今から避難したのではとても間に合わない。残念だが全滅だろう。


《イベントエネミー【鮟�≡鮴阪�遶ッ譛ォ】の撃退に成功しました》

《フィールド【マガズィーノ火山】がアンロックされます》


 アナウンスだ。

 領域からレア以外の勢力がすべていなくなったようだ。


「──やはりウツボの名前はわからないのか」


 先ほどウツボを『鑑定』した際、レアが驚いたのはこれだ。


 名前が正常に表示されなかったのである。

 それどころか、種族やスキル、能力値に至るまで全てが文字化けしたかのようにぐちゃぐちゃに表示されていた。


 バグかエラーか不明だが、正常に機能していないのならそれは運営に報告するべきだろう。

 しかし、これまでエラーメッセージのようなものを聞いた事はあるが、挙動がおかしい状態のまま、処理だけは正常に行なわれているというパターンは見た事がない。

 であればもしかしたら、これはこれでゲーム的に正しい表示であるのかもしれない。

 正常に『鑑定』出来ないのが正常な状態のモンスター。つまり普通ではない異常な何かだ。


 あれほどのLPを持つモンスターである。

 相応のSTRを持っていてもおかしくはなく、おそらく巨大化した状態のレアよりも上だったはずだ。

 にもかかわらず、巨大化したレアはウツボの咬合力に耐える事が出来た。

 STRよりAGIの方が上であるため、そちらを参照してLPが計算されていた可能性もある。しかしそうだとすると、今度は動きが遅すぎる。

 もしかしたらレアのように、何らかのスキルか特性によって、特殊な計算方法でLPが算出されていたのかもしれない。

 あるいは、『鑑定』で表示されていたパラメータ同様、『魔眼』や『真眼』で視えていた色や輝きも、あのウツボにとっては本来のものでは無かったのか。


 とにかく、アナウンスに「討伐」ではなく「撃退」と表示されている以上、あれはまだ倒せたわけではない。

 おそらくどこかへ逃げただけだ。

 マグマの中を泳ぎ、地下のマグマ溜りか、その下にでも逃げ込んだのだろう。

 何とか一撃だけは食らわせる事が出来たが、うまいこと逃げられてしまった、ということだ。レアの元々の目的がこの火山の支配であり、あのウツボの目的が生き延びる事であったとしたら、勝負はドローといったところか。

 棲家を追われたという意味ではウツボの負けとも言えるし、まんまと逃してしまったという意味ではレアの負けとも言える。


 またいつか、相対する時が来るかもしれない。正体不明ということは、それだけで大きな脅威だ。警戒は怠れない。


 いずれにしても、支配権がレアに移ったという事は、この周辺にはもう奴はいない。

 ボスが居なくなり、残っていた無関係なゴーレムたちも火砕流によってすべて消滅し、火山エリアは晴れてレアの物になった。

 なんとなく不完全燃焼気味だが、追う手段も倒す方法も無いのでは仕方がない。


「運営の方からのこのこ来てくれたし、呼び出す手間が省けたと思っていたけど、やはり呼ばないとダメみたいだなこれは。いや、この内容ならふつうに質問フォームにぶちこんでも平気かな」


 念のため、ライラと教授に相談してからのほうがいいだろう。






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