第369話「山のギャング」





 情報流出の件でバンブが何やら謝っていたが、詳しくは聞いていない。

 何やら、新サービスに関わるアイテムの稼働テストの機密情報が含まれていたらしく、彼の謝罪の言葉も所々意図的なノイズによってかき消されてしまっていた。


 かろうじて聞き取れた内容から推察するに、どうやら例のイベント報酬で、相互フレンドの相手のデータを模したサンドバッグのようなNPCを作り出せるアイテムを受け取ったようだ。


 バンブにサンドバッグにされるというのは少々気に食わないが、直接的に被害を受けるわけではない。

 またそれで別にビルドが多少知られたところで問題ない。

 レアの手札の大半は純粋な攻撃力や防御力などによるものであるため、対策が難しいからだ。

 レアに攻撃を通そうと考えれば、まずは4枚の盾を破壊しなければならない。そのために必要になるだろう手数や攻撃力はだいたいわかっている。大天使が健気にもその身をもって教えてくれた。あの水準のものが用意できて初めて対等に戦うことが出来ると言える。と言っても、ひとつ前のイベントの頃のレアとだが。


 そのような話を語って聞かせてやったのだが、それでもまだ何となく気にしているようだったため、インベントリからバンブのフレンドカードを取り出して目の前で破いて見せた。相互フレンドでなければ利用できないサービスであるなら、これでもうレアのデータは利用できない。

 バンブは改善されるまでテストを中断するようなことを言っていたが、それでは報酬としてアイテムを受け取ったバンブのデメリットが大きすぎるし、テストしてほしい運営も困るだろう。


 システムが改善された暁には再びカードを受け取ることを約束し、なおも何か言いたいことがあるような様子のバンブを強引に帰した。

 レアもこれからやりたいことがあるし、バンブにしてもMPCのメンバーとライラの街を襲う予定があるはずだ。









 レアが直接この火山に来るのはいつぶりだろうか。

 ウルルと戦い、あれを配下にした時以来かも知れない。


 あの時は白魔たちにケリーを乗せた変則的な騎兵を従えていたが、今連れているのは有翼の女たち、ハーピィの群れだ。


 このハーピィたちを率いているのは元ハーピィクィーンのカルラ、今は転生してカラヴィンカという魔物である。

 カラヴィンカは両腕と膝から下、それから長い尾が鳥のもので、それ以外の部分は人間という、ちょっと豪華なハーピィといった感じの魔物である。

 容姿は非常に美しく、特性に超美形を持っている。

 両腕の翼や尾には七色の羽根が生えており、長い尾を優美にたなびかせながら空を舞う。仏教では「迦陵頻伽」とも呼ばれている存在だ。カラヴィンカはサンスクリット語だったか。


 またハーピィやカラヴィンカは『魔歌』というスキルを持っており、歌によって広範囲にバフやデバフといった特殊効果を与えることが可能だった。

 その歌声はまさに天上の調べとも言えるもので、ゲーム内で歌手を目指しているようなプレイヤーがいるのか不明だが、もしいればやる気をなくすだろうレベルである。


 能力値から考えるとスコルやハティと同クラスの種族と思われ、あちら同様に賢者の石を与えてもこれ以上転生はできなかった。


「よし、では火口に突入だ。カルラ、『魔歌』を」


 レアの命令を受け、カルラが朗々と歌い出す。

 そしてそれに周囲のハーピィたちもコーラスを合わせていく。


 ──Ru──Rurururu──Rururu──Ru──


《火耐性上昇》


《STR微上昇》


 『魔歌』の効果でレアに火に対する守りが与えられ、ついでにSTRも微増した。

 このスキルはこのように複数のキャラクターで同時に発動する事で、効果そのものや効果範囲、効果時間などを拡大することができる。

 この効果の拡大はコーラスに参加した人数に左右され、現在のように30名ほどであれば相当広い範囲に、長い時間持続するバフを与える事が出来る。

 またデュエットのように主旋律を2人で歌うようにすれば、メロディによっては複数のメイン効果を得る事も出来るらしい。


「体感だけど、今ならたぶん、マグマの中でも泳げるかな」


 バフの効果は『魔の盾』には反映されないため、実際にそんなことをすれば環境ダメージによって盾のLPだけがみるみる削られていくことになるだろう。


「しかし、デュエットか。これ、もしユーベルとかに取得させられたら、一体で複数効果狙えるのかな」


 試してみたいが、取得方法が分からない。

 カラヴィンカやハーピィたちは種族的に条件を無視して取得していると思われ、特に気になるスキルは持っていない。特性の「美声」が条件に当たるのかも知れないが、これが後天的に取得可能なのかどうかは不明だ。


 歌であるなら、言語の習得が可能であること、などが条件としてあってもおかしくない。

 しかし自然界では虫や鳥の鳴き声も歌と表現する事もある。言語が必ずしも必要だとは限らない。


「いや、どうせ相乗効果を狙うのなら取得させるべきは教授とその眷属たちだな。たしか特性の「共鳴」は音に関する行動判定にボーナスとかそんな効果だった気がする」


 歌に言語が必要かどうかは不明だが、少なくとも音に関する行動であることは間違いない。ならば共鳴のボーナスが乗るはずだ。


「──くる。くるるる」


「おっと、そうだった。今それはどうでもいいことだったね」


 カルラが喉を鳴らしながらつついてきた。

 眷属であるため言いたい事はわかるが、やはり言葉を話せた方がいい。ハーピィ系の魔物の頭部や胸部は人類種と変わらない。言葉を教えれば話せるようになるはずだ。インベントリの習得も合わせ、近いうちにどこかで教室を開いて勉強会が必要かもしれない。





 カルラやハーピィたちを率いて火口に近づいていく。

 なんとなく揃いにしたい気分になったので、ローブは仕舞って翼を展開してある。必要かどうかは不明だが、ついでに角や金剛鋼もオンにしておいた。これなら不意打ちで何かをされてもよほどの事でもない限り耐えきれるはずだ。


「しかしあっついな! ダメージとかバッドステータスは確かに受けないみたいだけど、感覚としてそういうものがなくなるわけじゃないのか」


 汗もかかないためドレスがべたついて気分が悪くなるようなことはないが、ただ熱い。冷房のよくきいた部屋から炎天下に出た時の、汗が噴き出す一瞬前のような、あの感覚がずっと続いている感じだ。


「日光によるダメージを受ける時に似てるな……っていうか、あれも『魔歌』で軽減できたりするのかな」


 もし可能なら、専属の歌姫として常に側に1人控えさせておけば、もう太陽を過剰に恐れる必要はなくなる。


「くるる」


 メロディがわかれば、とカルラから伝わってきた。

 基本的な属性耐性を与える『魔歌』のメロディはスキルを得ると同時に分かるらしいが、特殊なものはどこかで別途情報を得る必要があるようだ。

 どこかに楽譜でも転がっていないだろうか。「日焼け止めの歌」とかの。


 火山はウルルたちがいた麓から見上げているだけでは単に気温が高いだけで、岩が多く緑が少ないただの山にしか見えなかったが、真上からだとかなり印象が異なっている。

 深い火口の奥底に橙色の光が見えた。

 現実ではなかなか肉眼で見られない光景だけに感動さえ覚える。


 何かが潜んでいるとしたらあのマグマの中だろう。

 レアはハーピィたちを引き連れ、ゆっくりと火口を降りていく。


「……これ、今噴火したらさすがにまずいかな」


 その高温については耐性があったとしても、噴火がもたらす運動エネルギーはなすすべなく受けるしかない。

 この火口のように逃げ場がない場所では、想像以上の被害を受けてしまうかもしれない。

 レアはそれで死亡してしまうという気はしないが、ハーピィたちは死ぬだろう。


 しかし仮にそうだとしても、純粋な質量攻撃に対して取れる対策などない。

 火口を調べると決めたのなら、覚悟も決めていくしかない。


 降りていく火口の中には生物などはいないようだった。

 火山の外のロックゴーレムも、暑さ寒さは感じないためこの周辺でも普通に生活は出来るが、別に火耐性に優れているというわけでもない。彼らのコロニーが火山の麓に集中していたのはそのためだ。あの位置でも十分暑かったため他の魔物はあまりいなかったことと、あれ以上近付くとゴーレムたちも長居はできないことが理由だ。

 今も『魔歌』の効果がなければ、レアはともかくハーピィたちは焼き鳥になっているだろう。

 ここはそのくらい過酷な環境だ。


「──さて。そろそろ下に着くな。熱い……よりもここまでくると眩しい方がつらい」


 『魔眼』や『真眼』を持つレアはまだいいが、ハーピィたちはかなり見づらそうだ。

 いざという時に『魔歌』が届けば問題ないため、ハーピィの全員をここまで連れてくる意味は薄い。コーラス役の数匹だけを残し、カルラや他のハーピィたちはもっと上に退避させた。


 ここに何が居るのかはわからないが、領域を支配出来なかった以上何かが居るのは間違いない。

 当然戦闘が予想される。戦闘の余波を受けてハーピィを死なせてしまうのも可哀想だし、それによって火山が刺激され、噴火しないとも限らない。

 もっとも噴火などしてしまえば多少上に逃げていたとしても同じ事だが。

 それどころか、近くの街も壊滅するだろう。

 コネートルまで被害が及ぶかはわからないが、その手前辺りにある小さな村などはおそらく地図から消える事になる。


「……みんな、逃げたかな。よし」


 残された数名のハーピィは覚悟を決めた、悲壮な表情をしている。

 数名残るよう決めたのはレアだが、人選はカルラがした。何かあった場合は後ほど優先的に経験値を与えるようにするから、どうか恨まないでほしい。


 レアの『魔眼』にも『真眼』にも何も映らない。

 以前、川底にいたニュートたちのLPはうっすら見えていたため、少量の水なら透過して見ることができるようだが、マグマではだめらしい。あるいは届かないほど深くにいるのかも知れない。


「相手はマグマだし、水で攻撃してみようかな。でも、魔法の効果が切れたら水蒸気爆発起こしそうだな」


 マグマ水蒸気爆発は現実でもしばしばみられる現象だ。

 高温のマグマに水が触れた時、水が一瞬で水蒸気に相転移することで起こるもので、この時水の体積は約1000倍にまで膨れ上がる。短時間で水にマグマの持つ熱が伝わらなければ起こらず、マグマに対して水の量が多すぎたり、あるいは少なすぎたりしては爆発というほどまでには至らない。


 この狭い火口でそんな爆発が起きれば、レアやハーピィたちなど打ち上げ花火よろしく天高く打ち上げられてしまうだろう。あるのかどうか不明だが、成層圏まで到達してもおかしくない。

 いかに能力値が高いとはいえ、さすがのレアもそれで生きていられるとは思えない。


 魔法によって生み出された物質は、魔法の効果が続いている限りは魔法的なナニモノかとして扱われるが、魔法の効果が切れた瞬間ただの物質に変わる。水魔法であれば水、氷魔法であれば氷だ。

 今ここで、例えば『タイダルウェイブ』などを発動したとしたらどうだろうか。

 押し寄せる波濤が、まるで蓋をするように火口のマグマを覆い尽くすだろう。

 そして魔法の効果が終わった瞬間、それらはすべてただの水に変わる。


「……専門じゃないからわからないけど、たぶんちょうどいい割合な気がする」


 その水がすべて水蒸気となり爆発することになれば、この火山の上半分が綺麗に無くなったとしてもおかしくない。


「水はないな。氷……でも同じかな。いや、水分が少ない攻撃ならいけるか?」


 自身のスキルウィンドウを見ながら最適、というか最も余波が少なそうな行動を模索していると、不意に『魔眼』の視界の端が歪んでくるのが見えた。


 空気中に存在しているマナが、下から何かに押しのけられている。

 マグマの液面が盛り上がっているのだ。


「っ! 何か来る!」


 まるで水中から顔を出すかのように、赤々と燃えるマグマの海から、マグマよりさらに明るく光り輝く巨大な何かが口を開けながら現れた。

 とっさに上昇したためレアは被害を免れたが、残念ながらハーピィたちはばくり、とその口の中に消えていった。


 ハーピィを飲み込んだその何者かはすぐにまたマグマの中に潜り、レアの探知範囲から消えた。

 距離的な問題というよりは障害物、マグマに潜られたので見えなくなったという感じだ。


「……なんだ、あれ」


 この火口の幅と比べても遜色ないほどのサイズの頭部だった。

 あれでは火口内部で方向転換すらできないだろう。その姿はまるで、深海の穴に潜りこむ──


「ウツボ、だったような」


 いや、穴に住むのはアナゴだっただろうか。顔はどう見てもウツボだったが。






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