第368話「BHSCTCG」





《運営から【レア】様にご相談があります》


「おっと」


 落ち着いてからイベント企画に応募し、運営AIを召喚するつもりだったが、何やら相手の方から連絡が来た。手間が省けたと言える。


 レアはハーピィクイーンのスキル画面を閉じ、作業を中断して話を聞く態勢に入った。


「ちょうどよかった。わたしからも少し聞きたい事があったんだ。出来ればゲームシステムに関わる担当AIと話がしたいんだが、きみのナンバーはいくつで、担当は何なのかな」


《はい。今回お声掛けをさせていただきましたのは、管理AI0202番です。当AIは、個人情報保護と、ゲームツールを利用し作成した著作物の二次頒布に関する規約等を統括するセクションの所属です》


 想定の斜め上の回答が返ってきた。

 といっても元々運営からいきなり何か連絡が来る事など想定していなかったので、どんな返答でも想定外なのだが。


「ええと、つまり、噛み砕いて言うと、きみは広くプレイヤーの権利に関する問題を担当する部署にいるってことでいいのかな」


《そう解釈していただいて構いません》


「なるほど」


 反射的に格好つけて言ってしまったが、心当たりが全くない。


 しかしレアの方に心当たりがないという事は、レアが何かをしたわけではない、つまり逆にレアの権利を何者かが侵害しようとしたということだろう。

 そして運営AIが「相談がある」と言ってきたという事は、おそらく権利の侵害というより、何らかの形でレアの権利を利用したいと運営に打診してきた者がいるのではないかと考えられる。


「それで、どこの誰が、わたしの何を利用したいと考えているんだ」


《迅速なご理解感謝いたします。ですが、申し訳ありません。どちらのどなたが、という情報についてはお答えできません》


 まあ、当然だろう。これは仕方がない。

 レアの情報が保護されるべきであるのと同様に、相手の情報も保護されるべきものだからだ。

 世の中には、何かをした、されたというだけでなく、何かをしようとした事が知られただけで不利益につながるケースもある。今回で言えば、この時点で仮にレアが不快に感じ、何らかの報復を考えたとしたら、その相手の誰かさんはゲーム内で多大な不利益を被る事になる。そういったトラブルを防止するための措置だ。


「いや構わない。好奇心から聞いてみただけだし。それで、その誰かさんはわたしの何を利用したいと考えているのかな」


《はい。本ゲームサービス内で【レア】様が使用されておりますアバターの外見情報と一部キャラクター能力、そして以前にご登録頂いた名称「マグナメルム」および「マグナメルム・セプテム」というワード、さらに【レア】様が所有権を有しておりますノンプレイヤーキャラクターの一部の外見情報と一部キャラクター能力と名称、加えて【レア】様が所有権を有しております領域やその建築物の外見情報と──》


「ごめん、それ長くなる感じ?」


《申し訳ありません。規則ですので、最後までお聞きください》


「あ、はい……」









「──つまり要約すると、わたしの陣営の大雑把なキャライメージを二次利用したいって話が来てるってことだね。それとこれ、流れからすると多分ライラとブランにも同じ話が行ってるね」


《他プレイヤーに対する交渉内容についてはお答えできません》


「行ってるって言ってるようなものだよねそれ。ライラはいいけど、ブラン大丈夫かな……」


 利用を打診されている情報については非常に曖昧で大雑把なもので、これをばら撒かれたとしても痛くもかゆくもない。というか、純粋な情報としてはSNSのマグナメルムスレですでに広められている程度の事だ。

 そのため情報の二次利用については特に制限する必要は感じないが、問題は利用のされ方である。


「どの情報を使いたいのかは分かった。で、何に使うのそれ。リアルで攻略情報サイトみたいなのに載っけたいとかって話なら、できれば収益の一部はペイしてほしいところだけど、普段いちいち運営自らそんな木っ端サイトまで取り締まったりしないでしょ」


 SNS情報まとめサイト、のようなものは見かけたことがある。

 別にリアルタイムでSNSを見ればいいだけの話なのでレアはそれ以降アクセスした事はないが、過去の情報を見返したいような時には重宝するサイトだろう。あくまでゲーム運営会社の目溢めこぼしの上に成り立っているビジネスではあるが。

 レアも収益の一部は払えと言ってはみたものの、そもそものゲーム情報リソースを作成した運営が見て見ぬ振りをしているのなら敢えて波風を立てるつもりはなかった。


《第三者による情報サイト等の運営につきましては、別途担当セクションがございますので当AIは関知しておりませんが、運営としては基本的には余程目に余る内容でない限り放置する方針でおります。もちろん、そういったサイトに【レア】様の情報の一部が掲載されている事実は運営でも把握しております。ただし、すべての外部サイトを網羅するのは事実上不可能ですので、ゲーム外での諸問題については一括して権利者からの親告によって対処する規約になっております。ご希望でしたら担当セクションに通達しますが、どうされますか?》


「いや、そっちは別にどうでも。単に言ってみただけ」


《承知しました。それからご質問の、打診のあった利用内容についてですが、ゲーム内で販売するトレーディングカードまたはコレクタブルカード様式のプレイヤーメイドアイテムに【レア】様に関わる情報を印刷し、商用利用したいという内容です。こちらは完全ゲーム内での──》


「待った。ちょっと突っ込みどころが多すぎて理解できなかったんだけど。

 えと、まずはそうだな。トレカってとこからかな。

 そんなもん作る奴がいるの? てか、売ろうとしてる奴がいるってこと? どういうことなの……」


《現在、ゲーム内にてトレーディングカードまたはコレクタブルカード様式のプレイヤーメイドアイテムの販売をしているプレイヤーがいらっしゃいます。すでに販売中のアイテムにつきましては、使用されているイラストや情報がすべて弊社に著作財産権が帰属するものばかりでしたので、いくつか運用上の契約を取り決めた上で販売を許可しております。

 このシリーズのアイテムにおいて、今後頒布予定のラインナップに他プレイヤーの権利を侵害しうる情報が含まれておりましたので、現在関連するプレイヤーに個別に許可を求めている段階です》


「もう売ってるのか! あ、いやちょっと待って、トレカだよね。てことはモノとしては小さな紙の束ってことだ。そして、中が見えないように梱包されている……」


 そういえば、グスタフからそんな報告があった気がする。

 プレイヤーの一部から、袋に入った厚紙のようなものをウルバン商会の販売ルートに乗せてほしいという取引を持ちかけられたとか何とか。

 手のひらに収まる程度のサイズらしい事と、中身が重要だから販売までは開けてはいけないと言われた事などから、レアは勝手に日本古式のお守りか何かだろうと判断してスルーしていた。

 あれはたしか、戦争を起こす少し前くらいの話だった。大陸全土で不穏な気配が高まっていた事もあり、そうした根拠のない何かに縋りたくなる者がいてもおかしくないかと、売上が多少大きくてもあまり気にしていなかった。


「──あれトレカだったのか! 効果の曖昧な詐欺アイテムだと思ってたよ! つい最近も教授が参考として欲しがってたし!」


 あれは詐欺師としての興味だと考えていたのだが、どうやら教授は単なるTCGプレイヤーだったらしい。





 とにかく、管理AIの話をまとめるとこういうことだ。


 現在ゲーム内で販売されているトレーディングカードに印刷されているキャラクターなどはすべて汎用のもの、例えば単に「ゴブリン」だとか「ゴブリンの戦士」だとかの個人を特定しない形のものばかりで、これらはゲームデザインの一部として著作財産権をゲーム運営会社が持っているためすでに販売許可が下りている。というか、すでに売られている。


 そしてこの商品の今後の展開として、追加のエキスパンションパックの販売が予定されており、そちらの方の目玉となるアイテムが、いわゆるネームドキャラクターをモチーフにしたカード、という事らしい。


 さらにこのカードの販売元の頭がおかしいところは、このネームドキャラクターに一般のプレイヤーの登場も検討している点にある。

 主には公式SNSで名前をよく見かけるような有名プレイヤーなどだ。書き込みをした人物という意味ではなく、よく話題に上る人物の方である。具体的な名前は教えてもらえなかったが、おそらく例の変態たちやウェインたちの事だろう。

 当然、それらのプレイヤーが操るキャラクターについても、現行の法律とゲーム内規約によれば著作権の一部はそのプレイヤーが持っている事になっている。

 しかしどこにいるかもわからず、ログインしているかどうかもわからないプレイヤーと、販売元プレイヤーがコンタクトを取るのは難しい。


 どうやらそうした権利関係、個人情報関係のゴタゴタの全てをゲーム運営会社に委託し、運営が統括して交渉を行う契約をしたということのようだ。契約内容について教えてくれたわけではないが、状況から推察するにそういうことだろう。このAIがレアのところに来たのもそのためだ。


「なるほど。よくわかったよ。よくわからん奴がいるってことが。それと、どんなに些細な情報に思えても、一応調べておいた方がいいって教訓にもなった。本当に、いろんな事を考える奴がいるな……。何なんだこのゲームは。

 あともうひとつ、さらりと「印刷」とか言ってたけど、印刷技術なんてあるの?」


 レアがこれまでゲーム内で手にした事がある書物はほとんどが古文書であり、基本的に一冊しか存在せず、手書きのものばかりだった。

 しかし街には普通に本屋があるし、その商品の全てが一点物だとは思えない。写本師のような職業も聞いた事がないし、あまり気にしていなかったが、言われてみれば確かにどうやって本を生産しているのか。


《ゲーム内における攻略情報の開示制限に抵触しますので、当AIからは申し上げられません。運営本部の許可が必要になりますが、問い合わせしますか?》


「いや、いいや。少なくともすでに誰か見つけて利用してるプレイヤーがいるってことだから、グスタフとかアルベルトとかに聞けばわかる事だろうし」


 ゲーム内世界においてすでに常識として確立されている事実はいちいち配下から報告が上がってくる事はない。

 リフレなどにも普通に本屋があるのなら、これもおそらくそういう一般常識にあたることなのだろうし、特に今すぐ必要な知識でもない。レアでは、自陣で表向き活動している聖女や領主──都市国家元首などのプロパガンダに利用するくらいしか思いつかない。

 印刷技術からカードゲーム展開に繋げたそのプレイヤーの頭が特別おかしいのだ。


「それでええと、許可についてだけど。プレイヤーが作ってるんならSNSに載ってる以上の情報が使われる事はないだろうし、ビジュアルについてもまあ、イラスト程度なら問題ないかな。せいぜい美人に描いてくれればいいよ。これはわたしの支配下の領域や眷属についても同様だ。一応毎回確認には来てほしいけど、基本的な方針として制限は設けないつもり」


《ご理解感謝いたします》


「まあ、この内容ならライラはともかくブランも適当に聞き流したとしても問題ないかな」


《では次に、ゲーム内での該当のアイテムの売り上げの何%をロイヤリティとして【レア】様がお受取りになるかの契約についてですが》


「そんなのもあるの!?」


 グスタフからの報告が事実なら、このトレーディングカードはウルバン商会が販売に協力している。そこですでに売上の一部は得ているだろうし、その利益は全てレアの財産と言える。

 生産者から何重にも搾取しているようで心苦しいが、流通コストと出演料は全く別の問題だ。こればかりは仕方がない。


「……適当でいいよ。常識の範囲内、っていうか、運営が特定NPCの出演料として受け取る場合と同じレートでいい。もし無料で提供しているのなら、わたしの方もタダでいい」


《承知しました。後ほど承認の証明だけお願いします》


 ある意味面白い話ではあったが、結果的には特に得るものがある内容でもなかった。聞いているだけで疲れてしまう話を延々と聞かされて無駄に時間を取られた感もあるが、仕方がない。


「ええっと、話は以上でいいかな。最初に言ったような言ってないような気もするけど、わたしからも聞きたい事があるんだけど」


《当AIにお答えできることでしたら何なりと。ですがその前に、もう一件、ご用件がございます》


「まだあるの? 今度は何?」


《システム開発セクションの担当AIの設計ミスにより、【レア】様のプレイ情報の一部がある特定のプレイヤーに流出してしまった可能性がございます。このたびは誠に申し訳ありませんでした》


「ある特定のプレイヤー? って誰さ」


《申し訳ありませんがお答えできません。──少々お待ち下さい──》


 お答えできません、は想定の範囲内だ。

 先ほどと同じ理由だ。しかもどうやら運営側のミスらしい。事によれば、レアとその相手の双方に何らかの補償が必要になるだろうし、それは安易には答えられまい。


《流出した可能性のあるプレイヤーは【バンブ】様です》


「言っちゃっていいの? てかバンブ? なんで?」


《ご本人から情報開示の許可をいただいたようです。この件での【バンブ】様の担当は管理AI0207になります。機密事項に抵触するため詳細は申し上げられませんが、【バンブ】様には現在、とある新サービスのテストを──》







★ ★ ★


ゲーム内トレーディングカードゲームはかなり売れているようで、開発者は地価が高騰しているリフレの街のクランハウスをひとりで維持できるくらい稼いでいるようです(




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