第367話「握手会かな」(ビームちゃん視点)
神聖アマーリエ帝国。
現在、この始まりの大陸──中央大陸というらしい──において、第2位の国力を持つ国である。
国力第1位はオーラル王国という元々あったNPC国家なので、プレイヤーが建国した中では断トツだと言える。
それというのも、国名にもなっている有名NPC、聖女を国の象徴にしたというのが大きい。
その名を知り、その気高さを知る元ウェルス王国民のほとんど全てはこの聖女の元に下ったと思われ、プレイヤー代表であるハセラが建国申請をしに行った時などは他に類をみないほどの国民数が表示されたという。
ちなみに1人で送り出すのが不安だったビームちゃんも付いていこうと一緒に転移装置を発動させたが、行った先にはハセラは居なかった。インスタンスエリアというのは本当らしい。そこにいたNPCにハセラについて聞いたところ、ここではないここにいる、などと言われたので、どうも担当NPCは記憶領域を共有しているようだ。
そのように仕様上プレイヤーしか国家の代表にはなれないようなので、神聖アマーリエ帝国と名はついてはいるが聖女アマーリエは元首ではない。
現実でも国際的な見解では、条約締結などの外交的な権能を有する者を国家の元首と解釈する傾向にあるので、そういう意味では象徴としての聖女はそぐわないのかもしれない。
そういった面倒な仕事はすべて下々の者がやればいいのだ。
そんな神聖アマーリエ帝国だが、旧ウェルスの全ての都市をとりこめたというわけではない。
戦時中も前政権の側に付いて戦っていた領主たちもいたし、海沿いなど国の端の方ではそもそも情報が行き届いておらず、戦争の件でさえふんわりとしか知らない街もあるという。
確かにこの大陸の情報伝達を考えると、中央から遠ければ遠いだけ時勢には疎くなるのは仕方ない。しかもそれが他国と国境を接するような内陸部ではなく、周りに自国以外存在しない沿岸部であればなおさらだ。
王都からは救援を求めるハトが各地に飛んでいたはずだが、距離の問題もあり期待されていなかった可能性もある。あるいは中央もそんな街の存在そのものを忘れていたのかもしれない。
しかし、そういったいわゆるド田舎の都市は別にしても、内陸部でも確たる意志を持って神聖アマーリエ帝国に
先にも出た、前政権に付いていた領主たちの都市だ。
それらの都市はメンテナンス後、都市国家として再スタートすることになった。中には神聖アマーリエ帝国の領土内に独立した国家として存在している国もある。
それはつまり、前大戦で敵対していた国家であるにもかかわらず、現在は国の周囲全てを敵対国家の神聖アマーリエ帝国に囲まれているという事になるわけだが、大丈夫なのだろうか。仮に神聖帝国が街道を封鎖でもすれば数日で干上がってしまうだろう。
もっとも、そのようなことは慈悲深い聖女が許すはずはないし、ビームちゃんやハセラもするつもりは無いが。
「──イベント?」
「そう。僕らは神聖アマーリエ帝国立ち上げのゴタゴタでてんやわんやだったけど、そういうのに興味がないやつらなんかはイベント申請制度の方に結構熱くなってるみたいでさ。すでに公式フォームにゃすごい量の投書が行ってるって話だし、単純な内容のイベントはいくつか開催が告知されてるのもあるみたいなんだよ」
「あのなハセラ」
ビームちゃんは呑気な話を振ってきたハセラを睨みつけた。
「お前が今まさに言った通り、俺たちゃ帝国の基盤を安定させるためにてんやわんやなわけ。何でお前、そんな呑気なの? ちったあ仕事しろやリーダーの仕事は申請して終わりじゃねえぞ!」
今ビームちゃんたちがやっていたのは、聖女への拝謁を望む各地の領主などからの申請書の整理だ。
申請順に受理し、聖女のスケジュールを調整して謁見の予定を組まなければならない。
神の前では平等であることを謳う聖女の意志を尊重し、その順番や扱いにおいては貴族や平民は問わない事になっている。
それが知れ渡ってしまったために帝国各地から貴族、平民問わず申請書が届き、帝国首脳部は混乱の極みにある。
なお、拝謁も高いところから見下ろすという形に聖女が難色を示したために、同じ床に立つ形で行われる。セキュリティ上の問題もあるため、聖女と拝謁希望者との間は机のようなもので遮り、ソーシャルディスタンスをたもって話せるようにしてある。
「まさに申請アマーリエ帝こぐふっ」
くだらない事を言った、のだろうと思われるハセラのボディに拳を叩きこんだ。
しかし耐久型タンクの面目躍如か、ハセラはすぐに復活してきた。そういう能力は戦闘で発揮してほしい。
「い、いや、何もみんなの作業を邪魔しようとしてこんな話を振ったわけじゃないんだ」
「じゃーなんなんだよリーダー」
ファームが胡乱げにハセラを眺める。
ハセラの場合、本人には邪魔するつもりがなくとも普通にそこに居るだけで邪魔な時があるため、この言葉は全く信用ならない。
「僕も代表として、みんながこうして働いていると言うのにただ遊んでいるのも心苦しい所だ」
「やれよじゃあ!」
「そこで僕なりに考えた結果、やはり神聖アマーリエ帝国という国を大々的にアピールしていくことが重要じゃないかと思ったわけだ」
「聞けよ人の話……。てか、いるか? これ以上アピールが……」
机の上に山と積まれた申請書を見た。
自分はいったいゲームの中でまで何をしているのだろうという気になってくる。
これも聖女のためであればこそ、辛い仕事も踏ん張れるというものだが、ハセラの思いつきで余計な仕事が増えるとなれば殺意しか湧かない。
「これはあくまで聖女たんの国内人気を表したものに過ぎないよ。聖女たんの尊さは世界中にあまねく示されるべきものだ。
つまり具体的に言えば国外からの誘致だね」
「だから、いるか? それ」
「現状に満足していては進歩なんて見込めないよ! 現状維持は後退の始まり、なんて言葉を色んな偉い人が遺してる! 神聖アマーリエ帝国は常に未完成、未来永劫完成することはないんだ!」
「いや未完成なのは確かだが、その責任の一端はお前にあるのでは……」
もはやハセラの言葉を聞き、突っ込みを入れているのはビームちゃんだけになっていた。
ファームももんもんも他のみんなも、ただ黙々と作業を進めている。
ビームちゃんも遊んでいるわけにはいかない。アホは無視して作業に戻ろうとしたが、他のメンバーに止められた。ハセラ係を押し付けようということらしい。ボケを流す事が出来ない自分のツッコミ体質が悔やまれる。
「はあ……。で、結局何が言いたいんだよ。てか何がしたいんだ」
「うん。さっき言ったじゃん? プレイヤーがイベント企画してるって。そんで、ウチって結構プレイヤーからは注目の的っていうの? そういうとこあるからさ。いやーこれもひとえに聖女たんの」
「そういうのいいから早く言え」
「……えっと、そんで運営を通してイベント企画したプレイヤーから打診が来てんだよね。イベント会場に聖都グロースムントを使わせてもらえませんかって」
そういう話なら理解できる。
SNSでも言われていたが、広くイベントプランを募る形式上、同時に多くの応募がある事が予想される。そして実際その通りのようだった。
内容が被っているイベントはある程度淘汰されるにしても、それでもかなりの数になるはずだ。それらすべてを開催するわけではないだろうが、不適切だからという理由で落選したのでない限り、プレイヤーは何度でも応募する事が出来る。
であれば通したイベントはどんどん片付けていかなければいつまで経っても減っていかないだろう。小規模なイベントなら複数同時に開催が予定されてもおかしくない。
そして現在、平和的なイベントを開催できそうな場所と言えば、NPC国家のオーラル王国とここ神聖アマーリエ帝国しかない。神聖帝国はまだ国として安定しているとは言い難いが、元々国民のすべては聖女に憧れる者たちだ。そうそう問題を起こすとは思えない。
より安全を重視するのであればオーラル王国をイベント会場に選ぶのだろうが、ハセラではないがイベント主催者も話題性を求めている者が多いのだろう。
その結果、プレイヤー国家として最大規模を誇る神聖アマーリエ帝国をイベント会場として使いたいという打診が来たというわけだ。
「なるほどな。聖女様に聞いてみないとわからんが……。会場として場所を提供するってのは別に、いいんじゃねえかと思う。内容に依るけどな。
だがな、その前にまずよく見てみやがれこの惨状を。今そんな余計な事に関わってる余裕が俺らにあると思うかって話だよ」
拝謁順の整理だけではない。むしろこれなどはどちらかと言えば余計な作業の方だ。
国として立ち上がった以上、しなければならない事は山のようにある。
通貨については大陸共通の物があるため問題ない。むしろ、プレイヤー主導で新たな通貨など作ってしまえば偽造通貨を作り出されてしまう恐れがある。ビームちゃんたちが作れるという事は、他のプレイヤーでも作れるという事だからだ。
しかし徴税についてはしっかりと定めておく必要がある。これまで各都市で採用されていた税率をいきなり変更してしまえば混乱も起きるだろうしあまり弄るつもりはないが、ここ聖都グロースムントは別だ。一度滅びて復活させた都市であるため、今はまだ税率も決まっておらず税金を取っていない。早くしっかり決めておかなければ、聖都への移住を希望する住民で早晩パンクする事になる。
憲法や法律についても新たに制定する必要がある。ただ、これも基本的にはウェルス王国のものを踏襲すればいいだろう。元々は国民に対してというよりも各領主に対して定められていたようなニュアンスのものばかりだが、神聖アマーリエ帝国も地方の統治は領主に任せざるを得ないため、これもそれほど変更する必要はない。
あとやらなければならないのは国境線の警備や、国民を守るための軍隊の創設だ。常時プレイヤーが目を光らせているわけにはいかないため、NPCの希望者を募ってまずは自警団的な組織を作り、錬度を上げて軍隊化し、やがて帝国軍として国を守れるようになっていってもらわなければならない。
それともうひとつ、忘れてはならない事がある。
それは大国オーラルへの挨拶だ。
ご近所付き合いというような規模ではないが、それでも大陸において第2位の規模となる神聖帝国の動向は当然オーラルでも注視しているはずだ。
あの国に睨まれては生きていくことなどできないため、こちらに国を建てましたので今後ともよろしくということで挨拶し、繋がりを得ておかなければならない。
この大陸にそういう概念があるかどうかは不明だが、出来れば同盟のようなものも締結しておきたい。現状帝国からオーラル王国へ差し出せるような条件は無いが、とにかく友好関係にあるという事実を作る事が出来ればやりやすくなるはずだ。可能であれば安全保障に関する取り決めなどをして、それによって神聖帝国軍の創設を少し遅らせてもいいかもしれないと言える程度になってくれれば大変ありがたい。
そんな状況の中で呑気にイベント開催など、やっていられるわけがない。
関わるとしても、少なくともオーラル王国への正式な挨拶を終えてからだろう。
「──あの、すみません」
女性の声がした。
聖女のお付きの女司祭だ。
この部屋で作業している国家中枢のプレイヤーには、ビームちゃん以外は男キャラしかいない。他のメンバーが姿勢を正したのが見え、ビームちゃんのストレスが上昇した。
「えっと、確か聖女様の……そうだ、オルガさんでしたね。何かありましたか?」
「差し出がましいかとは思いますが、皆様でなくとも出来そうな作業などは、わたくしどもにお任せいただいても構いませんよ。聖女様からも皆様をお助けしろと言われておりますし、何よりこの国はわたくしたちの国でもあります」
「え、まじで!?」
「いやー! 聖女様に言われちまったんじゃあしょうがねえ!」
「おい!」
注意する間もなく、ファームともんもんは紙の束を女司教のオルガとパメラに手渡し、作業内容の説明を始めてしまった。
「まったく……」
しかし、実際助かるのは確かだ。
というか、本来そういった煩雑な作業を割り振るためということもあって、建国にはNPCが必要とされているのだろう。生産から流通、消費、そしてその管理や維持に至るまでの全てをプレイヤーで賄うわけにはいかない。
「──それに、隣国オーラルへの挨拶という事でしたら、それは私が行くべきでしょう」
聖女アマーリエの登場である。
オルガ達と一緒に来たらしい。
「そ、れは確かにそうですけど……」
「私を信じて付いてきてくれた方たちに報いるというのも大切ですが、この中央大陸という閉じられた世界の中で、国家として他の方々に配慮するというのも大切なことです。
私はそれを今回の事で痛感いたしました。
オーラル王国の心情を配慮するなら、自国内で皆様とお会いするより先にまずご挨拶に向かうべきかと思います。そちらは私にお任せください」
今回の事で痛感したというのは、ゾルレンとかいう街を守ってペアレの第1王子を倒してしまったことを言っているのだろう。ビームちゃんから見る限りではそれ自体はどうしようもなかった事のように思えるが、責任感の強い聖女はそれを気にしているようだ。
ただ気に病んでいるというだけでなく、それをしっかりと乗り越えた上でこうして前に進もうとしているところが、人を導くべくして生まれた聖女の才覚なのだろう。
「わかりました。えと、一応プレイ、異邦人から何人かお伴を付けます。後は聖教会の人から身の回りのお世話を──」
*
「──で、具体的にはどんなイベントなんだよ、その打診が来てるってのは」
結局、実務作業のほとんどを聖教会に丸投げする形で時間を作り、ビームちゃんたちは落ち着いてハセラを取り囲んだ。
考えてみれば、最初からこうするべきだった。
アップデート直後の今ならまだこうして張り付いておくこともできるが、いつまでもプレイヤーが持ち回りで書類仕事をしているわけにはいかない。
いつかはNPCに引き継いでいくことになるだろうし、だったら最初からそうしておいた方がいい。
幸い聖教会のメンバーはみな優秀だ。組織を運営することについてはプレイヤーよりノウハウは持っているし、後はそこに軍事や徴税などのシステムを組み込むだけである。
「ああ、うん。えっとね、確か……。ゲテモノ料理大会、フードファイトトーナメント、聖女たんコスプレコンテスト、トレーディングカードゲーム大会、BHSCクイズ王決定戦──」
「そんなにあんのかよ! てかいくつ来てんだそれ!」
「聖女たんコスプレコンテストって何だよ。それ聖女様がコスプレすんのか、聖女様のコスプレをみんなですんのかどっちだ」
「いや聖女様がひとりでするならコンテストにならんだろ。ただのファッションショーじゃねーか。チケットいつ発売ですか?」
みんな思い思いに突っ込みを入れているが、明らかに浮いているイベントが混じっていたのをビームちゃんは聞き逃していなかった。
「おい待て、おかしいのがひとつ混じってたぞ。TCG大会って何だ」
「ああそれね。なんかゲーム内でトレカ売ってる奴いるんだよ。意外とルールもちゃんと作りこんであってさ、面白いよ。ゲーム内のモンスターとかスキルとかをモチーフにしてるみたいで、権利的なあれこれは運営に丸投げしてるみたいだけど。モチーフが身近だからかな、NPCにも売れてるみたい」
「いやTCGだろ? ゲーム内でって、それ誰かが描いたりしてんのか? せめて裏側だけでもちゃんと全部同じものになってなきゃ商品として成り立たねーだろ。どういうことだよ」
「それがさ、僕も数パック買ってみたんだけど、裏はもうリアルのやつと遜色ないレベルで完璧に揃ってんの。
「買ってんのかよ!」
「大丈夫だって。大会の開催申請に合わせて構築済みデッキも発売されたみたいだから、今からでも始めれるよ」
「そんな心配はしてねーよ!」
「あ、ビームちゃんパックで揃える派? だったら枚数的には3パック買えばデッキ構築できるけど、同じカードは3枚までしかデッキに入れられないからもしコモンカードがかぶりまくったら危険だよ。念のため4パックくらい買っておいた方がいいかもしんない。4パックなら金貨1枚でちょうどいいしね。あと属性合わせないとユニットの召喚コストがきつくなるからそこも──」
「詳しいな!? てかお前、俺らが働いてた間そんなことしてたのかよ!」
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