第366話「実質無限」(クロード視点)
かつて、シェイプ王国という国があった。
いや正確に言えば、もっと大昔には何とか帝国とかいう大きな国があったらしいが、そんな昔の話はクロードにとってはどうでもいい。
とにかく、いずれにしてももうどちらの国も存在しない。
今この地にあるのはバーグラー共和国なのだから。
などと格好をつけてみても現実は変わらない。
バーグラー共和国は確かにこの地に存在している。シェイプ王国王都のあったこの場所に。
しかしその領土は小さい。元シェイプ王都、その外周よりも少し広いかどうかという程度だ。
これにはもちろん理由がある。
元シェイプ王国の国民たちの支持を得られなかったからだ。
建国する為にNPCの愛国心のようなものが必要になるというのはアップデートで知った。そもそも本当にプレイヤーが建国出来るという事自体それで知ったわけだが、これはクロードたちにとっては僥倖だった。
いかにボグダンという重要NPCを利用し、新たに国を打ち立てると言ったところで、自分たち以外の誰にも認められなければ意味がない。
その点、それをシステムで保証してくれるとなれば願ったりである。
しかし問題もあった。
ゲーム内で国家の規模を決める基準、すなわち国の総人口である。
これはどうやら、前述の通り建国しようとしている国に対する愛国心のようなもので判定されているらしく、その仕様から当然国民というのはNPCであることが前提になる。
先の大戦中はとにかく必死で、戦う事しか考えていなかった。
国王が死亡し、シェイプ王国が事実上滅び去ったとは言っても、有力な貴族はまだ何人も残っており、ペアレに派兵した者以外にもまだ戦力を有している貴族はいた。
王都の霧が晴れてからというもの、そうした貴族たちを時に倒し、時に脅し、時に宥めすかし、なんとか王都を制圧出来たが、それだけでまともに建国出来るほどNPCの支持が得られているとはクロードたちも思っていなかった。
そこでクロードたちは身銭を切り、他の国、例えばオーラル王国などで食糧を買いあさり、それを無償で王都を中心に国民たちに配る事で人気取りをしようとした。
しかしいかにかつては後ろ暗い稼業で荒稼ぎしたクロードたちと言えども、国内の全ての街でそんなことをするだけの資金力はない。自然と支援は王都やその周辺の都市部に限られることになった。
またそれ以外の地域に対しては、頼んでもいないのにオーラル王国が食糧援助をし始めた事もあり、ネームバリューが段違いのオーラル王国には人気では勝てず、使った金貨ほどの効果は得る事が出来なかった。
クロードたちが配るために集めた食糧もオーラルのものだったのだが、それだけの食糧を市販しておきながら、なお他国の援助に回せるだけの備蓄があるとは、あの国は一体どうなっているのか。
とにかく、その結果が王都周辺のみという、バーグラー共和国の狭い領土である。
ただ、そうは言ってもプレイヤーの身で一般的な都市を超える規模の国を建国した者はほとんどいない。
一国の元王都ともなればそこらの都市よりはるかに広い事もあり、こんなでもバーグラー共和国は大陸でも10本の指に入る強国である。
「──いや、普通そういう時は5本の指とかだな。なんだよ10本て」
「何か言ったかクロード」
「なんでもね」
ジェームズに答え、クロードはソファに深く腰掛けた。
以前、この城に来た時にも座っていたソファだ。
貴族たちを征し、この城に再び入った時には、この部屋もあの時とは随分と雰囲気が変わっていたものだった。
室内はまるで物盗りにでもあったかのように荒らされており、特に書物の類はすべて何者かに持ち去られていた。執務室の窓も内側から割られており、盗った何者かが窓から逃げたのだろう事がうかがえた。
だがこの部屋は城の最上階近くにある。たとえ窓から逃げたとしても、ここから道具も何もなしで無事に地表まで降りられるとは思えない。
そう考えると割られていた窓はおそらく、外部の者の犯行だと誤認させるためのブラフで、実際は内部の者による犯行だろう。まあ、どうでもいいことだが。
何やらシェイプ王国に思うところがあるらしいNPCのボグダンなどは書物の行方を気にしていたが、戦時中に失われた物であるなら追跡するのは難しい。もう表舞台に出てくる事はあるまい。
「えっと、とりあえず今考えるべきなのは地盤固めかな。異邦人のみんなで持ち寄った食糧で、共和国の国内の人たちはなんとか息を吹き返したけど、これは一時的な措置に過ぎない。いつまでもよそから食糧を買い付けるってわけにもいかない。
食糧供給を他国に依存する方向性でやっていくにしても資金がいる。外貨──は無いのか、えっと、外国から金貨を得るためには何らかの産業が必要だ」
そう菜富作が発言した。
このバーグラー共和国のシステム的な元首はこの男、菜富作が務めている。
クロードたちはそんなガラではないし、トオルも辞退した。ヒデオは何やら社長で仮面何とかがどうのと言ってそわそわしていたが、さすがに国家元首をヒデオに任せるほど他のメンバーもクレイジーではない。
元々クロードたちの中ではボグダンをリーダーに出来ないのであれば菜富作に丸投げするつもりだった事もあり、多数決によって菜富作に決まった。
国王はボグダンだが、初代大統領は菜富作である。いや制度的に国王と大統領が両立するのかクロードは知らないが。宰相、首相とかになるのだろうか。まあ、自分でないならなんでもいい。
「最初は俺のスキルと経験を生かして農業を、とも考えたんだけど、すぐ隣に広大な土地と人員をふんだんに使って大規模農業をやってる大国がある。国土でも人口でも負けてるウチが競争に勝てるわけがない。これは農業に限らないけど、土地や人口で生産高が決まるような産業は基本的に小国には向かない。
とりあえず食糧自給率を上げるためにも王都の周りに畑は作るとして、他に何かないかな。他国に売りこめそうなものとか」
そういう面倒な事を考えてもらうために菜富作を引き入れたのだが。
とはいえ、ある意味騙すようになし崩し的に参加させておいて、いざ困ったら丸投げというのはさすがにダサすぎる。
クロードとジェームズ以外のアウトロー組はみな国の外に出稼ぎに出てしまっているが──具体的にどこで何をして稼いでいるのかは聞いていないが、どうせろくな事ではないだろうし身元だけは割れないよう言い含めてある──せめて王都に残ったクロードたちくらいは知恵を出さねばならないだろう。
「あー、こういうのはどうだ。まず、オーラルから食糧を買う。まあ、今は先立つもんもないだろうし、どっかから金貨借りてやりくりしてもいい。んで、その食糧、てか食材をうちの、共和国内で加工する。缶詰とか保存食とかにだな。そいつを今度は別の国に売って生計を立てる」
まずはコックのトオルが意見を出した。
トオルとヒデオは出稼ぎをするアテもないため、こうしてクロードたちにくっついて王都の政策会議に参加している。
新参者の彼らが国家の中枢に食い込むことにはいい顔をしない者もいたが、だったら出稼ぎをやめて代わりにここに来ればいいだけの話である。
結局は皆、目の前の出稼ぎの方を選んだという事だ。というか、本当ならクロードたちもそうしたい。
「なるほど、つまり加工貿易だね」
「そう言うのか? 詳しくは知らねえけどよ。もとになる食材さえありゃ、保存食にするのに必要な塩なんかはスキルの『下拵え』でMPの続く限り無限に出せる」
「……MPの続く限りって、それ有限っていうんじゃねえのか」
「『下拵え』だけなら取得にそう手間もかかんねえし、人数用意して交代制にすれば生産量もある程度稼げるはずだ。なんつうの、どっかに専用の建物とか場所でも用意してよ。そこに食材と作業者を並べてよ。例えば食材を切る係の奴とか、塩を振る係のやつとか、そうやって内容絞って教育してきゃ誰でも働けるし、ある程度数も稼げて産業にもなるんじゃねえかな」
「いわゆる工場制手工業だな」
マニュファクチュアというやつだ。
戦争によって流通ルートが破壊され、多くの貴族もいなくなった今、この元シェイプ王都には職にあぶれた国民が多くいる。
旧時代の中世イギリスのような、農業革命によって余剰労働力が増加したというほど明るい理由ではないが、とにかく人手があるのは確かだ。
当時のイギリスはそうした状況の中、各農家の家庭内で内職のように生産を行なう問屋制家内工業という方式が広まっていったが、作業教育を含めてゼロから始めるのであれば最初から分業させたほうが効率もいいし結果も出しやすいだろう。
トオルは一見ただの料理バカに見えるが、このように侮れない頭を持っている。
「……今のところ、そういう産業をやってる国とか地域って聞いたことないな。ウチがもし最初に始められるのなら、売りになるかもしれない」
菜富作がその案を紙に書きつけた。
これまでそうした産業が無かったのはおそらくプレイヤー主導の国がなかったからで、となるとこれからも出てこないとは限らない。いかに早く実現できるかがカギになるだろう。
「──これは結構有力な案かな。他に何かある人は?」
すっ、とヒデオが手を上げた。
そういうタイプではないというか、自分が興味のあること以外には無頓着な男だと思っていただけにクロードは少し驚いた。
「──俺たちが売りにできるもの。それは正義の心だ」
驚いたのは間違いだった。思った通りの男だった。
自分のキャラをアピールするためのパフォーマンスなら後にして欲しい。今はそういう時間ではない。
「すまん、こいつの話は無視してくれ」
ヒデオと仲がいいらしいトオルが代わりに謝っている。この2人をコンビとみなすのなら、トオルがいい案を出した分だけヒデオのボケは相殺してやるとしよう。
「いんや、待ちな。正義の心、いいじゃねえの」
しかし意外なところからフォローが入った。ジェームズだ。
「いいこたねえだろ。売りにするって、具体的に何をすんだよ。正義の心を売り渡す的な意味か? だったらとっくに──」
「ちっげえよ。よく考えてみろって。まず、正義とは何かについてはここでは割愛すんぜ。法哲学の話になっからよ」
とりあえず話を聞いてみる事にした。
せっかくジェームズがフォローしてくれているというのにヒデオはきょとんとしている。
正義と法哲学がうまく飲み込めていないようだ。
「で、ヒデオが言ってる正義の心ってのは要は、悪者をぶっ飛ばすってことだろ」
これにはヒデオは無言で頷いた。単純明快な世界で生きているようで実に羨ましい。出来ればクロードも、正義か悪かなど関係なく気に入らない相手をぶっ飛ばせばいい世界で生きていきたい。
「悪者ってのは、この場合は自分たちが正義なわけだから、つまり自分たちとは主張を異にする奴らのことだ。自分らと違う主張をするやつらをぶっ飛ばす。力でもって排除する。そういうものを売りにする。言いかえれば、軍事力を他者に貸与するってことだ」
「おま、それは──」
突っ込みを入れようとしたトオルはクロードが手で制した。
ジェームズの言いたい事は分った。つまり、暇を持て余しているアウトロー組を利用して、本来の意味での傭兵稼業を立ち上げようというのだ。
これは彼らのガス抜きも出来て金貨も得られる、一石二鳥のいい案である。
制されたトオルも止めても無駄だと思ったのか、それ以上は邪魔をしようとしない。物わかりのいい事で何よりだ。
「うーん……。大陸の現地人的には、大規模な戦争が終わったばっかりでそういう事に対しては抵抗感があるだろうけど……。盗賊なんかも増えてるって噂も聞いてるし、そういうものに対抗するって意味じゃ需要はあるかもしれないかな……」
その増えている盗賊とやらはもしかしたら知り合いたちかもしれないが、今言う必要はない。
「言っておくが、罪もない民を泣かせるような真似だけはするでないぞ。わしはこの地を、帰る場所を失くした者たちのための最後の拠り所とするためにお前たちに協力したのだ。それだけは忘れてくれるなよ」
この国の象徴でもあるボグダン王が釘を刺してきた。
しかし少し言うのが遅すぎる。出稼ぎに出ているプレイヤーたちがどんな事をしているのか。クロードやジェームズも詳しくは知らないし、菜富作やボグダンなど全く知る由もあるまい。
「わかってるって。大丈夫さ。少なくともこれ以上悪い事態にはならないようには気をつける。あんたはそこでふんぞり返って見てればいいぜ」
「……ならばよいが」
「さて、じゃあ国内産業としては王都の現地人を雇い入れて食品加工工場の立ち上げ、それと並行して手の空いたプレイヤーは国外に出て傭兵稼業、元々の意味での傭兵として金貨を得てくる、ってことでいいかな。
食品工場はトオル、傭兵団はヒデオが──」
「いや、そっちは俺が面倒見よう。ヒデオにゃ王都の平和を守ってもらわにゃならん」
「じゃ傭兵団はジェームズがプロジェクトリーダーってことで」
こうしてバーグラー共和国の新しい産業は動きだした。
傭兵団はそのまま「バーグラー傭兵団」という名で、そして食品工場は中国語で広く食事を意味する「飯」の文字を使い、「
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