第365話「注文した時はいいと思ったんだけどね」(森エッティ教授視点)





 森エッティ教授が最初に要求した報酬は本だった。

 当然、普通の本ではない。

 ゲーム内で見聞きした事実を自動的に記述し、文書として残していってくれるようなものだ。

 メモ帳代わりのようなもの、と思って軽く実装してくれれば儲け物と思って頼んでみたのだが、やはりというか、当然駄目だった。


 教授の提案したこのアイテムの素晴らしいところは、事実のみを記録していくという部分だ。

 これであれば、話した相手が嘘を言っていたとしても、それは記録されない。相手が嘘だと思っていなかったとしても同じだ。事実でないならスルーされる。

 間接的に嘘発見器としても使えるし、かつて考察スレで現マグナメルムの行動を追いかけていた時のように欺瞞情報に踊らされる事もなくなる。


 しかし考えてみれば、所有者の周辺だけとは言っても全てのログを洗い、そのログの真偽を判定し、事実のみを記録するとなれば、それだけで専用のAIが必要になる。ちょっとしたご褒美のためだけに設計できる内容ではない。

 認められないのは当然だし、今のところそういったアイテムの実装予定もないと言われてしまった。

 残念だ。


 では仕方ない、と次に教授が求めたのは、『鑑定』などのスキルを使われた時に嘘の情報を相手に与えられるようなアイテムだ。


 今の課金アイテム程度では教授のステータスを見る事は出来ない。

 しかし今後普通に『鑑定』や『看破』を取得するプレイヤーが現れないとも限らないし、その者たちが教授を超える能力値を持っていないとも限らない。

 いや、実はもう既にそこらの街には潜んでいるかもしれない。


 そうでなくとも、最近はかなり普及してきた『真眼』でもあれば、LPだけならおおよその見当は付いてしまう。

 LPがVITやSTR、AGIから算出されている事を踏まえれば、それらの能力値まで推測可能だ。


 『変態』をうまく使えば教授もヒューマンに擬態する事が可能だが、そうしたところから正体を見破られるのを恐れて街には行けないでいた。


 そこで求めたのが隠蔽用のアイテムである。

 それさえあれば、大手を振って街の本屋に行く事が出来る。


 ポートリーの街にあった本は襲撃のどさくさに紛れてコオロギたちに回収させたが、他の国ではそうしたことは出来ていない。

 大陸中を回っていたのもふたつほど前のαテスト──現在のゲーム世界からすれば何十年も前のことだし、出来れば今出回っている本も調べておきたかった。


 隠蔽用アイテムについてはすでにゲーム内に存在しているらしい。

 と言ってもこの大陸では稀少な品で、報酬として受け取る物は売ったり弄ったり出来ないような所有者専用アイテムに変更されるようだが、別に自分以外は使う予定がないため問題なかった。


 そのアイテム「隠者のチョーカー」を身に付け、さっそく出かけていく。

 報酬を伝え、受け取った時点では、その後に控えていたお茶会が終わったらすぐにでもそうするつもりだったのだが、事情が変わった。

 今はそれよりも興味をひかれる事がある。


 本屋巡りはまた後日だ。









「──気分はどうかな。気持ち悪いとか、どこかが痛いとかはある?」


「……あー。あうあ」


「ああそうか。話せないのだったな。ふむ。しかし今の体調を後で聞いても意味はないしな」


 森エッティ教授がマトリクス・ファルサを用いたところ、生み出されたのはホムンクルスだった。


 レアの話によれば、正道ルートに入ったものからは天使、邪道ルートに入ったものからは悪魔が生まれてくるらしい。

 ホムンクルスが生まれてきたということは、つまりウェアビーストである教授はまだどちらのルートでもないのだろうか。それともこの時点ですでに第3のルートにでも入っているのだろうか。例えば中道とか。


「森エッティ教授様、生まれたばかりのホムンクルスは確かに言葉を話せませんが、『使役』し知能を上げてやれば、主である森エッティ教授様のおっしゃりたい事は理解できるはずです。身振りや手振りで答えさせるというのは可能ですよ」


 教授が装置を占有しているためか、することがない大天使がそうアドバイスをくれる。

 これも世が世なら大陸中を震え上がらせていた強大なモンスターなのだろうが、こうしているとまるで知り合いか何かの家の若い家政婦のようだ。じっと教授の様子を見ていることからもイメージに合う。


「なるほど助言ありがとう。

 それから私を呼ぶ時には呼び捨てで構わないよ。確かに教授まで含めて私の名前だと紹介したが、教授というのは我々の世界で役職を示す位のようなものだからね。役職に敬称を付けるケースがないとは言わないが、私はそんな大層な人物ではない」


「わかりました。森エッティ」


「いや呼び捨てってそうなんだけどそうではなくて」


 これはもしかして遠まわしに邪険にされているのだろうか。





 大天使サリーの助言通り、生まれたばかりのホムンクルスに経験値を与え、INTを中心に成長させた。

 レアやブランの例を見るに、教授にそっくりな見た目になるかと少し期待していたのだが、どうもホムンクルスは一定以上は老いないらしい。髭などが生えてくることはなかった。


「ということは、だ。私のあれは、キャラクターメイキングで強引にデザインしていた結果だという事だな。

 つまり、ホムンクルスでありながら大人と言える見た目の者がいたとすれば、そいつは高確率でプレイヤーだ」


 これは重要な事実だ。報告の価値がある。

 しかし報告の価値があるからと言って、それが実際に価値がある情報だとは限らない。

 例えば今の件ならば、そもそも教授もゲーム中で自分以外のホムンクルスに会ったことがない。もしかしたら知らぬ間に擦れ違ったりはしているのかもしれないが、それでも大人の姿で小さい容姿であればすぐ分かっていたはずだ。

 その事実から言えるのは、そう、大人の姿のホムンクルスという存在が極めて希少であるということだ。そうだとしたら、それがプレイヤーだと分かったからと言って何になるのかという話である。


「ううむ。だが、報告書の白紙を埋める程度の役には立つか」


 報告書や研究成果というものには、時にはそうした工夫も必要だ。水増しに近い内容ではあるが、嘘でもでっち上げでもない。これならレアも文句は言わないだろう。


「さて、では次に、生まれたこの子をどういった方向に育てていくかだが」


 と言っても人格的な話ではない。

 ブランあたりは心配していたようだが、あのように短期間で急激に成長する生物など、まともに育ててもまともに育つわけがない。

 にもかかわらずヴィネアがまともな人格を有していた事を考えると、おそらく適当に教育してもそれなりには育つはずである。

 ヴィネアを見たライラは、小さい頃のレアにそっくりだと呟いていた。体型は別として。

 全く想像がつかないが、実の姉が言うならそうなのだろう。

 となると創造者か『使役』した主君か、そのあたりに潜在的に似た人格に自動的に成長していく可能性が高い。

 ならば放っておいて問題ない。

 教授に似てくるのであれば、非の打ちどころのない人格に育つのは間違いないからだ。


 教授が言っている「育てる」とはいわゆるキャラクタービルド、スキル構成や能力値の話である。


「ひとまず私の助手として頑張ってもらうとして、まず取得すべきは『錬金』と各種魔法スキルだな。それから魂の回収も自前で出来た方がよかろうし、『死霊』や『調教』あたりも必要か。

 もしマジックアイテムのようなものが製作可能だとしたら、ベースのアイテムを作るために『鍛冶』やら『裁縫』やらも必要か? 汎用的に色んな部位の防具や装飾品を狙うなら『革細工』のほうがいいか? しかし素材によって盛りこめる効果も違うと聞くし、ならば当然封じられる魔法が違っても不思議はないな。結局はどれを優先するかだが……」


「ふうむ。マジックアイテムのベースにする物ならば、陛下にお願いすれば街で流通している程度でよければ用意していただけるやもしれませんぞ。

 この庭園にも定期的に食糧をいんべんとりに入れた仲間が来ておるし、そこについでに混ぜてもらえば」


 スタニスラフという気のいいドワーフだ。非常に協力的なので好感が持てる人物である。


「あの、麦に変な混ぜ物をされるのは困りますが」


「言葉の綾だて。ほんとうに麦の中に混ぜ込むわけじゃないわい」


「わかっていますよ冗談です」


 教授のイメージするNPCに比べ、ずいぶんと会話が弾んでいるように見える。これも高いINTのなせる業なのか、あるいは主君であるレアの影響を受けているのか。

 もしかしたら教授が知らないだけで、世界中のNPCもこのように普段から会話を楽しんでいるのかもしれない。

 いや間違いなくそうなのだろう。

 これまではノイズとしか認識していなかった街の喧騒も、本当に喧騒音のBGMが流れているわけではない。

 であればそれらはすべて、誰かと誰かの会話であったはずなのだ。


 こうした光景をその目にしたことがあるかどうかが、もしかしたらこのゲームを真に楽しめるかどうかを左右しているのかもしれない。

 NPCとプレイヤーを同じように考え、同じように扱って初めて、この世界に足を踏み入れたと言えるのではないだろうか。


 そういう意味とは少し違うかもしれないが、マグナメルムのメンバーはこの点は問題ない。


 何せ彼女らの前では、プレイヤーであろうとNPCであろうと、等しく経験値以上の価値はない。

 圧倒的な暴力の前ではあらゆる存在が平等だ。


「それと、森エッティ殿が必要になるかはわかりませんが、市井ではオ・マモリなるものがたいそう流行っておるようですぞ。陛下の配下のグスタフという商人も手広くあきなっておるようで、何でもかなりの売り上げだとか」


 オ・マモリ──お守りの事だろうか。

 ゲーム的に言えばアミュレットのようなものというか、何らかの効果を装備者に付与する系統のアイテムだと思われるが、教授は聞いた事がない。SNSでも見た事がない。


「それは何か、特別な効果でもあるのかね?」


 なにがしかの効果を付与できるようなら買い集めてもいいだろう。

 あるいはすでに何らかの効果が付いているのであれば、参考に出来るかも知れない。


「いえいえ。単なる気休めですよ。魔法によって造られているらしいのは確かですが、それそのものには何の効果もありませぬ。あんなもの、なぜありがたがって買いあさるのかまったく理解ができませんな」


「なんだそれは。どこがお守りなんだね」


「オ・マモリというのは陛下がそうおっしゃったので我々もそう言っているだけでしてな。正式名称は存じません」


 であれば、本当に現実にもあるようなパワーストーン的な何かなのだろうか。

 魔法やスキルという超自然パワーが当たり前に存在するゲーム世界でそんなものがなぜ売れているのかわからないが、そうしたビジネスモデルを確立した何者かがいるという事実は教授の詐欺師としての琴線に触れた。


「……そうだね。よし、じゃあそれも含めて後でレア嬢にお願いしておこう。

 ではとりあえず生産系のスキルは後回しにしていいとして」


 スキルが必要ないのならとりあえず能力値を上げておけばいいだろう。

 基礎的な力さえ身につけておけば、戦いに慣れたプレイヤー相手でもそれなりに結果を残せる事は教授はよく知っている。


「スキル、能力値が済んだら、次は特性だな。これを調整し、何かの種族に転生させてやりたいが、さて何にするか」


 ホムンクルスは可能性の塊だ。

 おそらく、追加した特性に応じて無数の選択肢がある。

 自然界に最初から存在する種族にさえ転生可能だ。


 しかしそれならそういう種族を捕まえてきて『使役』すればいいだけである。ホムンクルスからわざわざ作る必要がない。

 どうせならホムンクルスからしか転生出来ない種族か、あるいはこの大陸にはいないような希少な種族を目指したい。


「──時に、スタニスラフ氏。これまでにそのアルケム・エクストラクタで扱ったことのある素材というのは何があったか覚えているかね。差しつかえなければ教えてほしい。

 レア嬢に上げる報告書の厚みを増すためにも、出来ればこれまでにない種族や組み合わせを試してみたいのだが」






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