第360話「地味だけど、地味じゃなかった」





 結局、あれだけ皆うるさく言っていた割には、実際にその場でマトリクス・ファルサでホムンクルスを創造したのはブランだけだった。


 そのブランの死天使を見たライラも悩んではいたが、結局は保留にしてオーラルに帰っていった。

 保留という事はいつかまた来るかもしれないということだ。面倒なので今回一度に終わらせてもらいたかったのだが、何を言っても意見を変えようとしなかったので仕方がない。

 悩むということをほとんどしないライラにしては実に珍しい事態だ。


 一方で教授はこのアーティファクトに興味津津であり、サリーに色々質問をしていた。

 最初の方こそ教授を可愛いタヌキだと考えたサリーもにこやかに対応していたが、次第に面倒そうな顔つきになってきていた。

 そこで助け舟を──自分で出す気は無かったので、トレの森からスタニスラフを『召喚』し、教授の相手をさせた。スタニスラフのインベントリにはアルケム・エクストラクタも入っているし、それを使った時に教授とは面識を得ている。スタニスラフにもマトリクス・ファルサの概要は説明してあるし、スタニスラフは説明が嫌いではない。ちょうどいい。


 マトリクス・ファルサの起動のためには高位の『錬金』が必要であり、ブラン同様、教授はまずはそれを取得した。

 これも教授にとっては楽しい作業だったらしく、色々と試していたようだった。

 教授の「頑張れば『錬金』も攻撃に転化できそうだ」という話には興味を惹かれたが、幸いレアは攻撃力には不自由していない。うまくいったら結果だけ教えてもらえるよう頼むにとどめた。





「──実に興味深いな! 面白い! これらはしばらく使わせてもらってもいいのだろうか」


「スタニスラフとサリーの監督の下でならね。サリーはルーチンとしての生産作業があるから、その邪魔にならない程度にだけど」


 サリーはこのイベントの間、ほとんど休みなく天使の生産を行なっていた。サリーが生みだした天使の数はすでに相当な数に上っているが、一体一体が弱いため戦力としては大したことがない。

 元々ホムンクルスの上位種であるため、工兵アリやゴブリンなどよりはよほど強いが、よく訪れるプレイヤーたちの相手になるほどではない。

 ダンジョン基準に照らし合わせれば☆3といったところだろうか。

 第三回イベントの時の雑魚よりは若干強めだが、これはレアやサリーのスキルによるバフのおかげである。


「ホムンクルス自体はそうたくさん創るつもりはないから安心してくれたまえ。私自身の時の事も踏まえて、生みだしたホムンクルスで色々実験をしてみたいだけだ。それから『錬金』そのものの考察や運用の模索もだな。これはレア嬢にとっても益のあることだろう」


 やっておきたいがなかなか出来ない事ではある。

 それを教授とスタニスラフがやってくれるというなら助かる。

 レミーもプロスペレ遺跡でモン吉の配下を使って何か実験をしているようだし、みな楽しそうでなによりである。


「おっと、ずいぶんと待たせてしまったようだ。つい楽しくてね。もう解散しても結構──おや? 他の皆は?」


「もう帰ったよ。けっこう前だけど」


 迷わず教授を置いて帰ったバンブには言いたい事はあるが、教授がこの様子では仕方ない。

 どうせ彼らも、ここへ来るのは大変だが、帰るのは一瞬だ。

 また次回以降の事も考えてか、皆この要塞に配下を置いていったようだ。バンブのホブゴブリンに、ライラの配下の騎士がいる。ブランは急いでいたため忘れているようだが、彼女は飛べるしショートカットは次回でいいだろう。

 教授も帰るとなった場合はここにコオロギも追加されるのだろうか。出来ればライラの陣営については、駐屯任務は交代制にしてやってほしい。ひとりだけ人間が混じっているというのは見ていて少し可哀想だ。


「じゃ、わたしも行くところがあるから。一応、教授が何やってるのかについてはスタニスラフやサリーから聞こうと思えば聞けるけど、ちゃんと報告はしてね。それが誠意ってものだよ」


「わかっているよ。私を何だと思っているんだね。心配しなくてもパトロンにはきちんと研究報告は上げるさ。援助打ち切りでもされたらたまらないからね」


「その言い方だと成果が上がらなかったら水増し報告書でも上げそうな勢いに聞こえるけど、成果は別に期待してないから正確な物を頼むね……」


 一抹の不安を残しながらも、レアは空中庭園アウラケルサスを後にした。









「──ふう。なんか無駄に疲れたな……」


 ヒルス王城に戻ったレアは王座に座って呟いた。

 イベント前のお茶会はあれほど楽しかったというのに、この差はなんなのか。


 やはり、あの場にヴィネアを呼んだのが原因だろう。

 いや、呼んだ覚えはない。なぜ居たのか。


「……もういいか別に。済んだことだし。呼び方も……。うん、まあ。

 それより、次は陣営の強化かな。今回みたいな歯がゆい事態がないとも言い切れないし、ディアスとジークには経験値を与えておきたい」


 それを聞き、眼前に控えるディアスとジークが垂れた頭をより深く下げた。


「さて。どう強化するかだけど……」


 災厄級というのは人類が勝手に呼んでいるだけだが、その災厄級の種族の多くには固有のスキルが備わっている。正確には転生した際に自動でアンロックされるものだが、他の種族が基本的に取得できないという意味では同じだ。

 魔王や精霊王などの強力極まりないスキルに比べ、大天使や大悪魔にはそれらがない。狙撃や隠密系のスキルを初めから持っているのは確かだが、これは別に努力すれば誰でも取得する事が出来るものだ。

 しかし不死者の王イモータル・ルーラーにはそれすらなかった。

 このあたりが転生の際に要求される経験値の差なのだろう。

 そう言えば不死者の王は『精神魔法』系をガードするような特性も持っていない。


「『死霊将軍』とかいう専用っぽいスキルは持っているけど、これは昔からだし……。あ、でもブランの例もあるし、これ伸ばしていけばいつか専用ツリーが生えたりするかな」


 それと並行して能力値の強化も行ない、少なくともヴィネアやサリーと戦ったとしても負けない程度にしてやる事にした。


 そうしてしばし、まずはディアスのスキルを弄って時間を過ごす。


 『死霊将軍』ツリーはすべて埋めても残念ながら新しいスキルは生まれなかったので、次は各属性の魔法スキルを覚えさせてみたりした。アンデッドであるためか、残念ながら『光魔法』は取得出来なかった。


 しかし『闇魔法』から派生した『暗黒魔法』、その中の『致死レタリス』を取得させたところで新たなツリーが出現した。

 ディアスがこれまでに即死攻撃をしたことがあるとは思えないため、『致死』はおそらく種族的に最初から取得できる魔法になっているのだろう。


「お、出た出た。ええと、『死背者』? 死に背くものってこと?」


 読みは支配者と同じだ。


 その効果は「LPを失っても倒れない。死亡状態のまま動き続けられる。この状態ではMPが徐々に減っていき、MPを全て失うと倒れる。あくまで死亡状態であるため、この状態ではLPの回復は出来ない。蘇生を受ければLPが回復し、この状態から脱する事が出来る」というものだった。

 まさに死に背くものと言えるだろう。


 しかし何というか、地味だ。

 死亡状態ではありながら、完全に死亡しているわけではないためか、MPを失って完全に死亡するまでは眷属などは死亡しないらしい。

 そういう意味では不死者の王にふさわしいスキルだが、やはり地味だ。


「ていうか、どちらかというとそこまで追い込まれることがないように強化したいんだけどな」


 そう思ったが、これだけで判断するのは早計だった。

 『死背者』はツリーであり、このスキルを取得した事で他にもスキルが現れたのだ。


 その多くは『支配者』に類似したスキルで、アンデッドに特化した強化スキルではあるものの、効果は『支配者』よりも高めであった。効果が重複するのなら両方取得しておけばアンデッドの眷属に対してかなりのボーナスを与える事が出来る。


 そしてもうひとつ、重要なスキルがあった。


 『死霊昇華』と言う名のそのスキルは、不死者の王の眷属であるアンデッドを吸収し、その特性を王の物にすることができる効果だった。

 吸収したアンデッドは完全にロストする上、能力値などは一切継承される事はないが、単体で限定的なアルケム・エクストラクタの能力を内包したスキルだと言える。


「これすごいな! 無限の可能性を秘めて──るような気がしたけど、ウチの陣営で言えば別にあえて使う必要があるわけでもないか。制限多い分使い勝手悪いような。でも『徴兵』でそこらの死体からアンデッドを生み出せる事を考えれば、敵を倒しさえすれば現地でいくらでも自分を強化できるってことかな」


 総評すれば、『死背者』は邪王や聖王のように配下を強化するスキルに優れており、かつ蟲の女王のように配下の種類が多ければその分自身も強化できる可能性を秘めたスキルということだろうか。


「いいとこどりのような、言うほどそうでもないような。ここまで来るのに結構経験値も使ったし、転生時の必要経験値2000の差が埋まったと言えば、そのくらいのバランスなのかも。

 とりあえずジークにも同様に取得させておこう」


 引き続き操作しているとディアスとジークがかしこまった。


「陛下の度重なるご厚情、痛み入りまする。この御恩に報いられるよう精進していく所存です」


「ディアス殿に同じく。このジークも、我が身に替えましても」


「いやジークは配下も多いしその身と引き換えに頑張られても困るんだけど」


 たしかに『死背者』は取得させたが、これはあくまで一時凌ぎにしかならない。

 『復活』が使える誰かを王城に配置しておいた方がいいだろうか。しかしアンデッドではあれは基本的に取得できないし、悩ましい所だ。


「まあいいか。でも、ディアスもジークも、戦闘力とかとは別の部分で頼りにしている配下でもある。

 これからもきみたちの働きには期待しているよ」


 もう床についてしまうのではというほど、さらに深く頭を下げるディアスたちの肩を叩き、レアは王座に戻った。





 次は転生させてからほぼ放置したままになっていた世界樹だ。


 あれは元々の能力値、特にVITなどが異常に高いこともあり、強化の必要は特に感じていなかった。

 今のレアでもあの幹を一撃でへし折るのは難しいだろう。

 それはつまり、よほどの事がない限り倒される事はないという意味でもある。


 現状強化の必要はないと言えるが、前回の大天使との戦闘を踏まえ、世界樹の持つ危険性に気がついたため、ひとつ試してみようと考えたのである。


 世界樹の固有スキルは『大いなる祝福』だ。

 これは範囲内の全ての植物を強制的に成長させるというものだが、眷属のエルダートレントに中継させることで効果範囲をさらに拡大させる事が出来る。


 レアは植物族ではないしそういう知り合いもいないので検証した事がないが、強制的に成長させる、と明言してある以上、おそらくこれに抵抗することはできないはずだ。

 そしてこれも試してみなければわからないが、成長させるという効果は広義ではバフ効果に分類される可能性が高い。


 もしこの仮説が正しければ、このスキルとレアの持つ『賢者は心を支配し、愚者は隷属するAnimo imperabit sapiens,stultus serviet.』を組み合わせた場合、その広大な範囲に存在する全ての植物系の種族を一度に支配できる事になる。

 そんな事をしなくても現状では世界樹のスキルの効果範囲内にいる植物系モンスターはすべて世界樹かレアの眷属だが、出来ないよりは出来た方がいい。

 もしかすれば、いつか別のエリアにいる植物系モンスターが大挙して押し寄せ──てくる可能性は低いと言うか、正直まったくイメージできないが、可能性はゼロではない。たぶん。


「ヤドリギ系のモンスターでも手に入れば植物系以外の種族にも何かしら出来るようになるかもしれないし、用意しといて損はない、はず。

 ──よし、終わった。

 次は、ああ、そうだ。ジャネットたちにイベント報酬を渡しておかないと」







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