第358話「少しずつでも大陸をさっぱりさせんとな」





「んじゃあ、次は何するんだ。建国以外は予定していた工程はあらかた済んだはずだよな」


 イベント応募を後回しにするとしても、それまでに空いた時間を無為に過ごすのはもったいない。

 特に予定など立てずともプレイヤーはどうせ各々のダンジョンに来るし、レアたちが暇になる事はないのだが、バンブのように多くのプレイヤーを抱えるクランでは何かイベントがあった方がモチベーションを保ちやすいだろう。


「暇なら別にうちのダンジョンにちょっかいかけてくれてもいいんだけど」


 シェイプの坑道にいたのではレアの支配するダンジョンはどこも遠いため、そういう事もしづらかったが、ポートリーを拠点にするなら話は別だ。

 以前にディアスがポートリーを襲撃した際、ウィルラブとかいう街は攻め滅ぼしてあった。

 ここは魔物の領域であるちょっとした山々に隣接した街であったため、現在は領域ごとレアの支配下に置かれている。

 あれから流れるように状況が推移していたため構ってやる余裕がなく、支配してそのまま放ってあるが、暇が出来るなら山脈の主であったハーピィクィーンに名前をつけてやってもいいかもしれない。


「もし来るって言うなら準備しておくよ」


 山脈に攻撃してくる可能性がある勢力といえば、隣接していたウィルラブに駐屯していたポートリー第四騎士団くらいだったが、これは山脈を支配したのとほぼ同時期に滅び去っている。

 他には特に想定される脅威がなかったこともありノータッチだったが、MPCが攻めてくるというのなら彼らが楽しめる程度には強化しておかなければならない。


「それもいいんだが……。なんつうか、ウチの連中、攻めると言ったら人間相手って意識が強くなってきちまっててな。次はどの国落としますかいよいよオーラルですか、なんて言っててよ」


 バンブがちらりとライラに視線をやる。

 ライラはケーキを餌にヴィネアを釣ろうとしていたが、ヴィネアはディアスの陰に半分隠れて怯えている。

 自分よりも格上の存在が餌をちらつかせてギラギラした目で見つめてくるとなれば恐怖も感じるだろう。


「──ライラ、バンブが呼んでるよ。聞いてる?」


「聞いてないよ。てかポートリー国内の街と遊んでればいいじゃん。もう残ってないの?」


「聞いてんじゃねえかよ。さっきも言ったが、いくらも残ってねえよ。正確にはいくつか残っちゃいるんだが、どれも小規模なとこばっかでよ。俺らが狙わなかったくらいだから当然なんだが。

 強いて言や、ケルコスって街くらいだが、あそこはアンタの庭だろ確か」


 ケルコスはポートリーのポータルだ。


「……ポートリーの、ポータゥルィ……いや、さすがにこれはないな」


「レアちゃんなんか言った?」


「何も」


 危ない。この場は全員が『聴覚強化』を持っている。


「でも確かにそうだね。ケルコスはありのままにしておきたいな。壊滅したら旨みがゼロになっちゃうし。と言ってもすでにポートリー全域からプレイヤーの数減ってるから相対的に価値は落ちてるけど」


 今後のアップデートなどで何が起こるかわからないし、特殊な拠点はそれだけで確保しておく価値がある。

 暇だからという理由で滅ぼしてしまうのは惜しい。


「じゃあオーラルの適当な街にでも攻めてくる? MPCの拠点となる国をどこに作るのか知んないけど、西の端の方ならすぐ北にオーラルの街あるところもあるし、そのあたりに適当に騎士団派遣させておこうか?」


「あー。そりゃありがたいっちゃありがたいが、どういう名目で騎士団動かすんだよ」


「別にどうとでもなるよ。オーラル以外の国は全部滅び去ったけど、実は魔物に滅ぼされたのってヒルスとポートリーだけなんだよね。ペアレもある意味そうだと言えるけど、ここは国境近くのゾルレンをうちが押さえてるからまだいい。ヒルスは今さらだし、そう考えると今一番警戒しないといけないのって実はポートリー方面になるんだ。地図見れば分かるけど、オーラルにとって一番国境線が長いのもポートリーだし、そこが魔物によって滅ぼされたとなれば、警戒して近くの街に騎士団を派遣するくらいなら何もおかしくない」


「……ウチが人類の街を攻撃したいと思ってるってのは今初めて言ったと思うんだが、なんで即座にアイデア出てくるんだよ」


「まあライラだし」


「ライラさんだしなあ……」


「ライラ嬢だしね」


 信頼と安定の悪人である。


「じゃ、ユスティースちゃんたちを派遣しておくよ。それから賑やかしに王都から何隊か。

 彼女も今回の件でちょっと気にしてたみたいだし、しばらくはペアレから物理的に距離をとるってことで南に行ってもらおう。部下のケアも兼ねた素晴らしい采配だね」


「いや、ユスティースが気に病む原因になったペアレ王子の殺害はポートリー騎士団にそう誘導されたからだし、それもライラがやらせた事でしょう。マッチポンプにも程があるよ」


「マッチポンプどうこうについては聖女様を擁するレアちゃんに言われたくないな」


 そうかもしれないが、ライラほどではない。

 そう思ってまわりを見ると、皆につい、と目を逸らされた。

 なんということだ。味方が居ない。


「……まあいいや。じゃあ、マッチポンプついでにユーベルとの因縁も作っておこう。

 ライラ、そのオーラルの街っていうの、更地にしてもいい場所にしといてね」


「更地にしてもいい場所なんてないんだけど。てか、更地にしちゃうような攻撃されたらユスティースちゃんなすすべないと思うんだけど」


「それでこそ因縁になるというものじゃないか。なすすべもなくやられるからこそ、次はそのリベンジを狙うというか」


「……それはすでにペアレ王都でレアちゃんがやっちゃってるのでは」


 レアがやっても意味はない。


「ええと、そりゃつまりどういうことだ。

 ユーベルってな、レアの配下のあの双頭の竜のこったろ、今日俺たちを迎えにきた。つまり俺たちが街を攻める時に、そいつも来るって事か? その街を更地にするために?

 なんだそりゃ……。もしかして俺はいじめられてるのか……?」


 バンブが泣きそうな表情で──かどうかはよくわからないが──情けない声を上げる。

 しかしもちろんそんなつもりはない。


「いいや。ガスラークとおんなじさ。その街を攻める間、一時的にMPCに出向させるという意味だよ。ユーベルと協力して襲撃を計画してくれればいい」


「無茶苦茶言うなおい! そいつこないだのイベントのスレで話題になってた大陸クリーン作戦用の散歩ペットだろ! んなもん連れてったら一発でウチがマグナメルム関係だってバレるわ!」


「じゃあやっぱり、きみたちが街を攻めているところを強襲するしか」


「1か0しかないのかよ!」


「なんでもかんでもついでにやるのは無理があるって。大人しく別の機会にしときなさい」


「……しょうがない。今回は諦めよう」


 最終的にライラにたしなめられ、ユーベル出撃は見合わせることになった。


「あ、そうだユーベルの『死の咆哮』なら建物を破壊せずに生物だけを始末できるかも! ブレスも対生物み強めだし!」


「名案! みたいに言うんじゃねえ! 俺たちだって生きてるんだから一緒だっつーの! 建物の破壊は別に問題にしてねえよ!」


「いやそこは問題にしてよ。私の街なんだけど」


「……てかバンブ君てアンデッドだよね。アンデッドって生きてるの?」


「ブラン嬢、もう少し強めに突っ込まないと聞こえないと思うよ」





 熱い議論が交わされた結果、オーラルの街はMPCだけで攻撃する事になった。

 次のイベント、おそらくはどこかのプレイヤーが企画するだろうプレイヤーズイベントの様子を見る間、彼らはそれで時間が潰せるだろう。

 極めて低い確率ではあるが、たまたま偶然そのオーラルの街がイベント会場になったりした場合は、残念ながらどちらかに諦めてもらうしかない。


「わたしも暇だし、しばらくは配下の強化とか見直しとかをしておこうかな。ブランでさえやってるっていうのにわたしが全く手を付けないっていうのも問題だし」


「え、それって言うほど問題かな? ていうかわたしでさえって……」


 今回の件でマグナメルム・セプテムとしてのレアの注目度はこれまで以上に上がったはずだ。支配下のダンジョンへのアタックも増えてくる事が予想されるし、想定外の攻撃を仕掛けられる可能性もある。

 倒されては困る配下の強化は入念にしておく必要がある。


 それが終われば、次は大目標のための準備の続きだ。


 今回のイベントの真の目的は各種王級の確保にあり、それは達成する事が出来た。

 であれば後は、唯一欠けているピースである海皇を探すだけだ。


 名前からして海が住処なのだろうし、となればこの大陸から出る必要がある。

 幻獣王たちのように討伐でフラグを立てるのなら本人か候補者を探す必要があるが、スガルのように協力者として用意するなら海の生き物を捕まえてきて融合実験を繰り返してもいい。


 どちらでも構わないが、時間も経験値も余裕がある。まずは実験を行なってみて、目処が立たないようなら探す方向にシフトすればよいだろう。


 いや、その前に例の火山を片付けておくべきだ。あの山はエアファーレンからも近いし、これ以上後回しにしたまま次の行動に移るべきではない。

 もしもの時のために、ああいう未知のエリアは経験値に余裕がある状態で挑みたいという理由もある。それも考えると、挑戦すべきは今しかない。


「──さて、じゃあ次のイベントまでの各々の行動指針は定まったかな。ライラとブランはそれぞれの支配地域ですることがあるだろうからいいよね。

 といったところでお茶会はお開きにしよう。また何かあったら召集するということで。次回からは、メインの議題を準備した人のホームを会場にすることにしようか。お疲れ様」


「いやいやなに締めようとしてるの? 空中庭園、空中庭園によ」


 面倒なので流そうとしていたのだが、残念ながらライラは忘れていなかった。




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