新たなステージ

第357話「出るまで回せば実質確定」





「──じゃあ、お茶会が終わったらみんなで空中庭園に移動するということでいいね。この話はもう終わりだ。次の議題に行くよ」


 自分だけの天使または悪魔、あるいはホムンクルスを生み出せるというのは誰にとっても興味深い事であったらしい。

 お茶会終了後、マグナメルムのメンバーを引き連れて空中庭園アウラケルサスに場所を移す事になった。

 直接移動できるのはレアだけだし空が飛べない者もいるため、航空便を手配する必要があるが、アウラケルサス周辺にはまだメガネウロンたちがいる。あれを1匹呼び出せばバンブと教授を運んでやるのは問題ない。


「次の議題ってーとあれだね。国家の申請の件だね」


 ブランが椅子に座り直し、姿勢を正した。

 黒く塗りつぶされた顔で真面目な顔をされても笑ってしまいそうになるためやめてほしいが、これは真面目な話題なので仕方がない。


「ああ、そのとおり。その様子だとブランも試してみたようだね」


「うん。じゃあレアちゃんもか」


「あ、俺も試してみたぜ。結果は多分あんたらと同じだ」


 バンブが片手を軽く上げて言った。

 その後、意味ありげに教授に視線をやっている。


「私は問題なかったがね」


「何だって? となると、前回のイベントの件は関係ないのか。じゃあ何が原因なんだろう」


「──なになに? 何の話?」


 あまりにうるさかったので猿轡を咬ませて両手を縛り、床に転がしておいたはずのライラが会話に参加してきた。

 この場にはライラの眷属はいないはずだしどうやって抜け出したのか、と思えば、背中から闇色の手が揺らめいているのが見えた。『邪なる手』を使って解いたようだ。となると、ライラを本気で黙らせようと思ったらもう始末するしかないことになる。そうした場合の各方面への影響は計り知れないし、実に面倒な奴だ。


「新サービスの建国の件だよ。ヘスペリデスの園というところに行ってみたんだけどね。そこにいた女の話によれば、どうやらわたしには建国出来ないみたいなんだよ。

 これはブランやバンブも同様だ。でも、教授だけは出来たらしい」


「なんだ、そのことか」


 ライラは事も無げに言った。


「それぞれの共通点を考えてみればわかることだよ。ちなみに私も建国可能だ。可能というか、すでにオーラル王国という国を持っているから無意味でもあるけどね」


 ライラがこのサービスを受けられるのは当然だ。おそらくゲーム内で最初にその恩恵にあずかったのがライラだろう。

 そのライラと教授の共通点。

 一方のレア、ブラン、バンブの共通点。

 そしてそれぞれのグループの相違点とは何か。

 ライラは既に国を持っており、レアたちは持っていない。教授も当然国など持っていなかったはずだが、教授はライラのグループに入っている。


「──あ、わかった! 性格の悪さだ!」


「おいこら! そういうのは思いついても言うもんじゃねえ!」


 ブランとバンブがコメディを展開しているが聞き流す。

 教授もライラ組ということは、現行で国家を支配しているかどうかは関係ない。というか、それが条件なら他の誰も建国できない事になる。そもそも、ライラにしてもかつてオーラルを支配した時点では国など持っていなかった。

 あの時は確か、レアとブランにはダンジョン経営についてのアナウンスが、ライラには国家経営についてのアナウンスが運営から届いたのだった。


「──そうか、ダンジョンか。

 すでにダンジョンの支配者であるわたしやブランは建国サービスの対象外ということか。確かにバンブもノイシュロス周辺をダンジョンとして治めていたな。ということは、国かダンジョン、どちらかしか選べないということなのかな」


 それを聞いたライラはにんまりと笑った。


「正解。さしづめ、国家経営したいプレイヤーには黄金の林檎を、ダンジョン経営したいプレイヤーには不和の林檎をといったところかな」


「でもよ、アンタもいくつかダンジョンを支配下に置いてるとか言ってなかったか? プランタンとかいう街のそばのやつとかよ」


「ああ、あれは配下の魔物がシステム上は支配者になってるみたいだから大丈夫。レアちゃんたちも配下に支配権委譲すれば黄金の林檎貰えるんじゃない?」


「バンブに聞かれたんだからバンブに答えてやりなよ。ていうか、支配権委譲なんてどうやってやるのさ」


 例えばレアの場合、ボスなどを倒して新たにダンジョンを支配した時には、自動的にレアの支配領域として統合されていた。バンブがノイシュロス以外にダンジョンを持っているとは聞いていないが、おそらく同じことになるだろう。

 ライラが言うように支配領域を個別に分けて、それぞれを眷属に支配させるなどというような事が仮にできるとしても、やり方が全くわからない。


「私に聞かれてもね。運営に聞くしかないんじゃないかな」


「ていうか、ライラさんはどうやって分けてるんですか?」


「私の場合は先にオーラル王国の支配者になってたからね。そもそもダンジョンの支配者になれないんだよね。その状態でダンジョンを制圧すると、自動的に私以外の誰かが支配者にされるようになってるみたい。だから自分では何もしてない」


「なんだよそれ。それだったらわたしだって、自動的にアルベルトとかブルーノとかが国家元首になってるよ」


「誰それ」


「リフレの領主とキーファの領主だよ。あとヴォラティル領主のブレンダンもだけど。まとめスレにあったとおり、無事な街は都市国家としてリスタートしたみたいだからね。

 アレらが無事だと判定されたのは驚きだけど、たしかに住民の殆どは何もいじってないし、建物も無事だ」


「なるほど、イカれてるのは領主だけだもんね」


「イカれてはいないよ失礼だな」


「──あほんとだ! わたしの配下のザハールも国家元首になってる!」


 ブランの配下をすべて知っているわけではないが、そんな普通の名前のキャラがいただろうか。

 と思ったが、流れからするとシェイプのポータル、クリンゲルの領主のことだ。

 確か大飢饉前に確保したとか言っていた。意外と抜け目のないブランのことだ。ギリギリ死なない程度に食糧は供給しておいたのだろう。


 しかしこの仕様であるなら、仮に眷属が1体もいないキャラクターが国家を作り、その状態でダンジョンを制圧した場合どうなるのだろうか。

 ダンジョンを制圧するには、完全な単一勢力以外の全てのキャラクターを、閉め出すか一時的に死亡状態にさせる必要がある。

 たった1人でこれが可能かどうかと言えば可能性は低いが、不可能ではない。

 事実、レアやブラン、ライラであれば単騎でも可能だろう。その際にダンジョンの自然や建造物が無事かどうかは保証できないが。


 いずれにしろ、これについては試したくてももう出来ない。

 検証したければ、レアたち以外の強力なプレイヤーの誕生に期待するしかない。


「待て、待ってくれ。聞いてねえぞ。じゃあ国が作れないの俺だけじゃねえか。俺はどうすれば……」


「そんなに国がほしければ、すでに国家元首になっているNPCを『使役』しちゃえばいいんじゃない? 都市国家なんていくらでもあるでしょ」


「いくらでもあるわけねえだろ。終戦直後だぞ」


 本来その候補地だったのだろうポートリーの街は確かにバンブたちが半分以上滅ぼしてしまっている。

 それでもある程度は残ってはいるが、敢えて襲わなかったということは人口も少ない小規模な都市なのだろう。それではバンブは満足できないということだ。


「いやいやそうじゃねえ。そもそも俺が国を作りたいのはMPCのためだ。

 MPCってのはあくまで勝手に作ったプレイヤーズクランだからよ、システム的にきちんとしたものを作ったらどうかって意見がけっこうあってな。今んとこ、そういうのができそうなのが国家運営サービスしかねえもんだから、こいつを利用しようってな」


「それって別に、バンブ君じゃなくてもいいんじゃないの? 例のわんこちゃんとかにしとけば」


 無理してバンブがリーダーになる必要はない。

 というか、現状無理してもなれない。


「……うーん。まあ、しゃあねえか。家檻に頼むか。なんでなんですかとか聞かれそうだが、なんて答えるかな……」


 国民は全てMPCのメンバーの眷属の魔物たちになるだろう。魔物であってもINTが一定以上あれば国家を識別出来るということは教授がすでに検証済みらしい。

 これまでの洞窟暮らしとそれほど変わらないし、言ってみれば広めのクランハウスのようなものだ。間取りは大半が庭だが。


 バンブが家檻というプレイヤーの名を出したときに教授が何やらアピールしていたが、バンブは意識的に無視していた。

 教授は自分ではMPCのエースとか言っているものの、あの性格で人望を得られているとは思えない。教授名義で国を作ると言っても納得する者は少ないだろう。

 その点、副マスターらしい家檻ならば角も立たない。


「ねえちょっと、家檻ってコボルトの子だっけ? ポートリー攻めるときに君らとパーティ組んでた」


「そうだが?」


 ライラの質問にバンブがぶっきらぼうに答えた。


「メンテ前のSNSでさあ、君ら3人NPC疑惑かかってたじゃない? せっかくだし、プレイヤーだって確定しちゃう行動はその3人はやめておいたら?」


「いや、あんなもん誰も信じてねえだろ」


「でも否定する材料もないよね。後で何かに使えるかもしれないし、曖昧なままにしておけることは曖昧なままにしておいたほうが何かとやりやすいよ」


 バンブは少し考える素振りを見せた後、教授を見た。


「……もう遅いやつがいるんだが」


「教授はどうせあれでしょ。1人で勝手に建国してみただけでしょ」


「うむ。もちろんだ。相談する相手もいないのでね」


 教授は胸を張ってそう言うが、威張って言えることではない。相談に乗ってやったかは別として、報告すべきだった相手ならここにいる。


 公開情報などのラインも不明な状態で軽率な事はして欲しくはなかったのだが、やってしまったものは仕方がない。それに教授と言えど、さすがにそのくらいはわきまえているはずだ。

 まとめSNSでルート村独立がプレイヤー最初の国家ではないらしいことが書いてあり、であれば最有力容疑者は教授なような気もするが、結果的に問題なかったのなら構わないだろう。

 魔物であっても国民になれるということをいち早く検証してくれた事を考えればプラス査定をやってもいい。


「だったら問題なし。国境線は公開情報だけど、実際はどの線が誰の領土を表してるのか、それどころか国の境界線なのかダンジョンの境界線なのかもわかんない状態だからね。教授本人が言わなきゃわかりゃしないよ」


 レアは資格が無いとかで説明すら聞かせて貰えなかったため、当然地図情報も見ることが出来なかったが、SNSに有志が纏めた情報によればそうらしい。


「でもさ。バンブ君と教授と家檻……さん? が3人とも敢えてリーダーにならないってなったら、MPCの人たちになんか不審に思われたりしないかな? あ、教授は関係ないか。リーダーなんてあり得ないだろうし」


「ブラン嬢は時々キツい事を言うな。私でなければ泣いているよ」


 しかしこれにも、少し考えて落ち着いてバンブが答える。


「いや、家檻も除外する、という事なら問題ないはずだ。俺も家檻も両方除外するとなれば、あいつは多分文句は言わねえ。あいつが文句を言わねえんだったら、他の奴が不審に感じても家檻が黙らせるだろう。タヌキも一緒となりゃまた別途なんか言われるかもしれんが、それは別に言う必要ないしな。何も言わなくてもタヌキをリーダーにしようなんて動きは起こらんはずだ」


 これを聞いた教授はまるで猫のフレーメン反応のような表情を見せている。

 タヌキの顔で器用なことだ。これで中身があのヒゲオヤジでなければ可愛いのだが。


「転移装置でNPCを連れていけない以上、序盤はNPCが建国するケースは稀なはずだ。ありえないとは言い切れないけど、わざわざその稀なケースを匂わせる必要はない。

 NPCを国家元首にしたいと考えているプレイヤーは何人もいるだろうし、放っておけばいつか誰かがその方法を見つけ出してくれる。建国がしたいのならそれが判明してからゆっくりと、普通に申請すればいい」


「でもNPCはそれでいいっていうか、すでに配下にもいますけど、わたしたち自身の問題が解決してないですよ。自分で建国してみたくても出来ない子が3人泣いてるんですよ!」


「泣いてねえし、あと俺を捕まえて「出来ない子」ってのは無理があるだろ」


「出来ないオッサンも1人黄昏れてるんですよ!」


「そこだけ抜き出すんじゃねえよ俺がダメ男みたいに聞こえるだろ! あと黄昏れてもいねえ! つかオッサンって歳でもねえよまだ!」


 ブランもバンブも何やら楽しそうで少し羨ましい。


 ともかく、ダンジョンと国が並行して経営できない仕様であるなら、このままではレアたちは建国出来ないのは確かだ。

 これについては運営に聞いてみるしか無いが、下手な質問をして公開回答されてしまうと面倒なのは以前と変わっていない。

 しかしそれを回避して運営にコンタクトを取る方法が無いわけではない。


「運営に直接聞いてみるしか無いね。少し落ち着いたら運営を呼び出してみよう」


「え? 呼び出せるのレアちゃん。あ、この間連絡先交換したとか?」


「してないし、何もないのに呼び出せはしないよ。でもこの間は呼び出せたんだから、出来ないはずはないと思うけどね」


「あそうか! また大陸の国を滅ぼそうとしたりすれば出てきてくれるってことか!」


 聞いたライラが苦い表情をした。

 現状、滅んで困るような国などオーラル王国しか無い。

 なにせあの国がなくなってしまえば新規ユーザーの開始位置が完全ランダムになってしまう。

 いつかは運営主導で新規ユーザーに適した国家などを用意したりするのかもしれないが、現状でオーラルしかない以上、それまでは存続していて欲しいと考えているはずだ。

 確かにそれなら高確率で運営から連絡が来るだろうが、そこまでする必要はない。


「そんな事をしなくても、例のイベント募集の件あったでしょう。あれに応募して選考通ればいいんだよ。大規模イベントクラスのプランならそれなりのAIが来てくれるだろうし、そうしたらそのAIに聞いてみればいい。プランの内容がダンジョンに関わることならなお良しだね」


「なるほどそっ──いやいや、選考通ればいいって簡単に言うけどさ、競争率超高そうなんだけど! 通るかどうか賭けになるじゃん!」


「何言ってるの。通るまで出すんだよ。通るまで出せばいつかは通るんだから、実質必ず通るのと同じだよ」


「……何言ってるのはこっちのセリフだよ……」


「……ね? これがレアちゃんなの」


「……マジか」


「……非合理的だよ」


 ボソボソと話しているが、『聴覚強化』で全て聞こえている。


「まあ冗談はともかく。

 質問したい内容からしても、ダンジョンに関わるイベント内容にしたほうが自然なのは確かだし、ことダンジョンを利用したイベントを企画する事についてはおそらくわたしたちの右に出る者はいない。

 アイデアが多少他人と被ったとしても、実際にダンジョンの仕様や内容を知り尽くしたわたしたちには及ばないはずだ。それなりに確度の高いプランだと思うけどね」


「それで通ったとして、運営さんも呼んだとして、用がすんだらどうするの? イベントやるの?」


「応募した以上は最低限の事はするけど、実際の進行は専用のNPCとやらに丸投げしてもいい。確かそんなシステムあったとか書いてあったよね。あれはたぶん、イベントの企画はしてみたいけど、目立ちたくはないプレイヤー用のシステムだと思う。わたしたちにはぴったりだ」


「じゃあ早速イベント内容考える?」


「いや、総数が少ない方が確率は上がるかもしれないし、少しタイミングを外すためにも、ひとつかふたつ、プレイヤーのイベントが採用されてからでもいいんじゃないかな。それまでは別の事を進めておこう」


「……懸賞じゃないんだから」






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