第349話「上機嫌」





 8本の脚がふわりと大地を踏みしめた。

 『飛翔』で制御して静かに着地したのだが、それぞれの足はそのまま少しだけ大地に沈み込んでいく。


 視点は先ほどよりもかなり高くなっていた。

 幻獣王に合わせて高度を調整していたはずなので、つまりこの状態のレアの方がキマイラよりも体高があるということのようだ。





「──どうした? かかってこないのか?」


 聞こえないか、とも思ったが、腰の下の頭部からも声が出ているらしい。ヒト型だからだろうか。

 声はスピーカーを通したようにエコーがかって夜の王都に響き渡った。


 しかしせっかく、レアが格好よくレイドボスとしてその姿を現してやったというのに、プレイヤーたちは呆然としたまま動こうとしない。

 先ほどまでのざわめきさえも消えている。どいつもこいつも間抜け面で口を開け、そのまま時が止まっているかのようだ。


〈こいつら、SNSでなんか盛り上がってるよ!〉


〈あ、ほんとだ。まあ、でしょうねって感じだけど〉


 どうやら議論の場をSNSに移したようだ。

 このように大勢のプレイヤーが同時にSNSをチェックしている様など見たことがなかったが、客観的に見るとかなりヤバく見える。集団幻覚でも見ているかのような光景である。


〈それにしても、それがレアちゃんの真の姿かー。ちょっと露出度高くない?〉


 ライラが何を言っているのかちょっとよく分からない。露出などしていない。

 現在のレアの姿は、一言で言えば巨大なアラクネーに6枚の翼が生えているだけだ。そのアラクネーのヒト型部分の頭部からさらにレア本体の上半身が生えている。

 この本体の上半身はドレスのままだし、巨大アラクネーのヒト型部分も全身鎧に覆われている。


〈下半身のクモ部分って何も着てないよね? すーすーしない?〉


 気にした事もなかった。というか、そう言われるとそんな気もしてくるため、余計な事は言わないでほしい。あとジロジロ見ないでほしい。

 ライラの頭をはたいてやりたいが、この位置からでは届かない。そのためだけにアラクネーの上半身を寄せるのも馬鹿馬鹿しいし、かといってアラクネーの腕では大きすぎて加減がわからない。さすがに無いとは思うが、ツッコミで死亡などさせてしまっては大惨事だ。


〈……もういいや。それよりプレイヤーたちだよ。

 戦闘開始前のカウントダウンがあるってわけでもないのに、ずいぶん呑気だな。せっかく彼らの為に出てきてあげたというのに、これじゃただの見世物じゃないか〉


〈それも問題だけど、ほら、あれ見て。北側にいた獣のお友達もこっちに来るみたいだよ。まあ、王城が突然削りとられたりしたら気にもするよね。北と南で戦闘が起きてるのは知ってるだろうし、北側に心当たりが無いのならやったのは南しかないし〉


 ライラの言葉通り、王城を回りこむようにして、北側で戦闘していた残りの救世主たちが向かってくるのが見えた。

 あれは鹿と馬だろうか。


 そういえば鹿ならばアブハング湿原にたくさんいるし、上位種がリーベにもいる。馬は少し大きな街なら購入可能だし、素材入手の観点から言うと実に効率がいい。さすがはレミーだ。合理的なチョイスである。

 さらに言うと、タヌキや猫、オコジョや熊と比べ、馬や鹿は脚が長い。

 あのサイズのモンスターであれば、プレイヤーの近接職はほとんど仕事が出来ないだろう。

 脚を部位破壊されてしまった場合のリスクは大きいが、それ以外では性能面でも優秀だと言える。


「──まあいい。きみたちが遊んでくれないと言うのなら、先にあちらの大きいお友達と遊ぶとしよう」


 まだエンジンがかからないプレイヤーたちよりも、こちらに向かってくる救世主たちの相手をする方が重要だ。


 しかし救世主たちもこの惨状を見て、すぐには事態を飲み込めなかったらしく、困惑げに問いかけてきた。


「な、なんだ……。何が起きている……? 総主教さまは……」


「あ、あれはセプテム殿……か?

 セプテム殿! 総主教さまはどうされたのだ! どこに──」


 レアはアラクネーの、鎧に覆われた手を使い、欠けた王城の手前に横たわる猫の残骸を指した。


「──そこでお休みなのが総主教だよ。もう用が済んだので、退場いただいたところだ。王城を少し削ってしまったのはその余波だな。びっくりさせてしまって済まない。

 それとこの国の王もすでに始末してある。でも、安心するといい。すぐに総主教に会わせてあげよう」


 救世主たちは、何を言われたのか、すぐには理解できない様子で呆けていた。


 しかしいびつに残された総主教の尻とセプテムの姿を、何度か交互に見ているうちに飲み込めてきたらしく、その表情は次第に憤怒に塗りつぶされていった。


「き、きさまあ! 我々をたばかったのか!」


「謀るとは人聞きの悪い。まあ事実だけど」


 こればかりはさすがに言い訳しようもない。


「騙したな! おのれ許さんぞ!」


 巨大な馬と鹿が地団太を踏み、大地が揺れる。地上のプレイヤーたちが何人か転んでいた。


「でも、嘘は言っていないよ。きみたちに力をさずけてあげたのは本当だし、それによってペアレ国内でのきみたちの地位が上がったのも確かだ。だから騙したわけじゃない。それに、別にきみたちに許してもらう必要はない」


 レアの言葉に救世主たちは激昂した。


「もはや問答無用! 『ランスチャージ』!」


 鹿が頭部の角を構えてレアに突進をしかけてくる。

 その大きさ、その重量から繰り出される突進の威力は、想像もつかない。


 こちらが人間サイズであったなら、こんな攻撃は当たるわけがないし、逆に何の脅威でもなかっただろう。

 しかし今、レアは彼らと同じ、いや彼らよりも大きい。突進の衝撃、その全てが集約された角で狙いを定めるのは容易なはずだ。


「ふふ。いいね。素晴らしい。こんな機会でもなければ、この姿で戦うような事もないからね。──『ランパート』」


 腰、というかアラクネーとクモの接合部付近から生えている翼を片側3枚、前面に回した。その翼を盾に見立て、防御スキルを発動し、突進を受け止めた。

 翼は特性の金剛鋼によりアダマスの硬度を得ている。

 色からすると鹿の角もアダマスのようだが、同じ硬度なら能力値で大幅に勝るレアが負けることはない。


 金属が擦れる独特な音を響かせて、角は翼によって止められ、衝撃もスキルによって散らされていった。

 サイズ差から考えても、敵よりもレアの方が遙かに重──いかどうかは量っていないため全く不明だが、とにかく何らかの判定によってよろめくことさえ無かった。


「──止めた!? バカな!」


「ははは! お返しだ! 『翼撃』!」


 8本の脚でしっかりと大地を踏みしめ、攻撃を防いだのとは逆側の翼3枚で鹿の頭部を横から殴りつけた。

 思いがけない反撃に、大鹿は成す術もなく吹き飛んでいく。

 鹿も巨大だ。相当な重量がある。それが吹き飛ぶほどの力で巨大なアダマス塊を叩きつけられたとあれば、ダメージも計り知れない。鹿のLPはごっそりと減っている。


「ついでだ! 『ガトリング』!」


 この状態での『フェザーガトリング』は山をも削り、地形を変えてしまうほどの威力がある。

 さすがにそこらの山よりは防御力も高いようで、鹿は原型こそ留めたままだったが、それでも放たれたアダマスの羽根の全てをその身に食らい、絶命したようだ。轟音とともに街なかに落下した鹿からはLPの輝きが消えていた。


 このスキルも以前は、巨大化状態では命中率に関しては全く期待できないと評価したが、相手も大きいのであればその限りではない。


「あはははは! 脆いなぁ! せっかく強化したと言うのにこの程度なのか! もう少し頑張っておくれよ! 張り合いがないじゃないか!」


 自身の巨大な翼が轟音を立てて空を切り、重たい肉の塊を殴りつける感触がたまらない。

 現実では絶対にありえない体験だ。


〈……うわー。超ご機嫌だ。ていうかこれ、ヤバくないですかね? 大丈夫なやつなのかな〉


〈いやあ。レアちゃんが楽しそうで何よりだよ。眼福眼福。

 それはともかく、まあロールプレイとしてふてぶてしさを演出しようって狙いもあるんだろうけど、たぶんだけどこれ、巨大化でVITとSTRが増えたせいでちょっとハイになってるのかも。その分DEXとAGIは低下してるはずだけど、VITが増えるとLPも増えるからね〉


〈……なるほどー。巨大化は気を付ける必要があるってことっすね〉


〈せっかくだから私も参戦しようかと思ってたけど、ちょっとこれは考える必要があるな。どっちみちレアちゃん1人でオーバーキルだし〉


〈わたしもやめとこ……〉


 脳内にライラとブランの会話が聞こえてくる。

 そのおかげか、すっ、と頭が冷えていくのを感じた。


「──ふう。ちょっとはしゃいでしまったようだ。いけないなこれは」


 見渡すと、馬もプレイヤーたちも恐怖に引き攣った顔でレアを見ている。

 そこまでの醜態をさらしたつもりはないのだが。


「で、きみは攻撃してこないのか?」


 馬に問いかけながら、クモの脚を一歩、前に進めた。と言ってもクモであるため、進めた脚は一本ではないが。


「や、やめろ! くるな!」


 恐怖におびえた馬が後ずさりする。

 ここは均された乗馬コートではない。足元には大きな石──というか建物──がごろごろしている。ろくに足元も確認しないでそのような動きをするのは馬の脚にはよくない。

 レアのように、8本の支えからなる安定した下半身を持っているのであれば話は別だが。


「問答無用とか言いながら攻撃を仕掛けてきたきみたちの言い分を、なぜわたしが聞いてくれると思うのか」


 馬の言葉を無視し、先ほどの鹿のように突進を敢行するつもりで駆けだした。

 蜘蛛の身体で走るのは久しぶりだが、思っていたより違和感なく行動する事ができるようだ。

 システムによるサポートを受けているというだけでなく、それなりに自在に脚を進めることができるのも、以前に少し練習していたからだろう。身体を貸してくれたラコリーヌのクイーンアラクネアには感謝しなければならない。


「う、うわあああああ!」


 恐怖に耐えかねた馬は転びそうになりながらもたどたどしく向きを変え、一目散に逃げ出した。信地旋回と言えば聞こえはいいが、そのような綺麗なわざではなく、必死の仕草だ。


「逃がすと思うか!」


 立ち止まり、アラクネーの指先から出した糸を前方に『投擲』した。

 走ったとしても追いつけるとは思うが、あまり離れ過ぎると戻ってくるのが面倒になる。

 スキルの補助を受けて飛ぶ糸は指先から離れることなく伸びていき、馬の首に巻き付いた。


「さよならだ。『斬糸』」


「ぐぇ──」


 苦しい、と馬が思ったのも一瞬の事だろう。

 次の瞬間にはアラクネーの手に残る糸の重さもふっつりと消え、馬の首がころりと落ちた。

 見た目には軽い感じであったが、大地に落ちた首は周辺の建物を砕き、轟音を立てていた。

 同時に、噴き出す血に押されるように身体も膝を折り、馬はゆっくりと横たわった。


 落ちた首の方にもLPは残っていないため、死亡しているのは間違いないが、あれがクリティカル判定だったのかどうかはわからない。あの部分が首でいいのか、それとも弱点なのは人型の方の首なのか、詳細は不明だ。


「……この件はいつか調べておく必要があるな」


 馬の絶命を確認すると、レアは元の位置まで歩いて戻り、改めてプレイヤーたちに向き合った。

 今の戦闘で何人か踏み潰されてしまったようだが、まだかなりの数が残っている。死んだ者もじきにリスポーンしてくるだろう。死んだままなのはおそらくどこかの騎士だ。


 逃げ出そうと背を向けて走り出しているものもいるが、折角のイベント、折角のクライマックスである。

 そんなつれない態度はやめて、ぜひ楽しんでいってほしい。


 確かに現在のレアは命中率に難があるが、それなら当たるまで撃つだけの話である。実質必中と言える。プレイヤーのような小型のユニットを相手にしても何も問題はない。





「──さて、そろそろ心の準備は終わったかな。次こそきみたちの番だ」









 朝日が瓦礫の山を照らし出す。

 遮る物が何もないためか、地平線から顔を出した太陽がよく見える。

 それだけ確認するとレアは目を閉じ、フードをかぶった。眩しい。


「いやー。いいだけ暴れたねえ!」


「あーあ。王都が完全に更地だよ。あの城はちょっともったいなかったんじゃない? 歴史と自然の調和って感じで良かったのに」


「どうして? 古文書とかは全部回収してあるし、アーティファクトもわたしたちには必要ない。城にはもう用はないよ」


「そういうことじゃなくて、純粋に芸術的オブジェクトとしてなんだけど、まあいいか」


 たまにライラの言っている事はよくわからない。


 城も含めて、王都が更地になっているのは仕方がない事だ。

 何せプレイヤーたちは無駄にちょこまかと動き回り、なかなか狙いが付けられなかった。

 そのため何度も拳や翼を叩きつける必要があったし、そのたびに王都は少しずつ耕されていったのだ。





《──ペアレ王国滅亡が確認されました。大規模イベント終了と見做みなしてよろしいでしょうか》


 運営からの問いかけだ。

 滅亡が確認されたと言う事は、生き残っていたはずの第2王子もどこかで死亡したのだろう。

 特に何かをした心当たりはないため、おそらくこの城の瓦礫の下で息絶えたのだ。他にも王族に連なる幻獣人などもいたのだろうが、同じく岩城と共に滅び去ったようだ。


 やはり城ごと破壊して正解だった。

 どこにいるかわからないものをあぶり出すには、纏めて潰してしまうのが最も合理的だ。これは大天使の群れと戦闘したときに確立した、信頼の置けるメソッドである。


「そうだね。いいんじゃないかな。ね、レアちゃん」


「うん。満足した。わたしたちの目的も達成できたし、言う事なしだ」


 聖王、精霊王、そして幻獣王の討伐フラグは回収した。

 仮に討伐ではキーにならないとしても、遺体はペアレ北部の遺跡の地下に保存してある。幻獣王のものだけは少し邪魔だが、仕方がない。


 ついでに精一杯暴れる事も出来て、かなりすっきりした気分だ。たまにはこうして、自分のアバターを全力で動かして遊ぶのも悪くない。


 結局、モン吉たちにこの国を滅ぼさせてやることは出来なかったが、彼らには引き続きあの森を守ってもらう予定だ。


「あ、そういえば。たぶんまだシェイプで散発的に戦闘が起きてるみたいだけど、そっちはどうするの?」


 ブランがついでのように言った。

 精霊王となったシェイプ王を回収した時点でレアにとってはどうでもいいエリアになっていたが、先ほどの戦闘でもドワーフの騎士たちが奮戦していたところを見るに、貴族の一部はまだ生きているのだろう。


「例の共和国の人たちでしょ? その戦闘がシェイプから他に飛び火する事もないだろうし、そこはもう戦争じゃなくて内紛ってことでいいんじゃないかな」


 それで問題ないだろう。

 共和国とやらの建国準備のためだけにイベントを引き延ばすわけにはいかない。


「──よし、ではこれにてイベントは終了だ」


《第四回大規模イベント運営委員会、委員長【レア】様の宣言を受理いたしました。現時刻をもって第四回大規模イベントを終了いたします。お疲れ様でした。

 後ほど、事前打ち合わせに従ってメッセージを発信いたします》





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