第347話「既視感」
「ふうん。あれが『幻獣化』か」
ペアレ王に賢者の石を与えた結果、新たに増えていたスキルは『幻獣化』だけだった。
一方で能力値はSTRやVIT、AGIなど、物理系に偏ってだが他の王系種族に比べてもかなり上昇していた。
『幻獣化』というのが幻獣王の固有スキルであり、これによってさらに物理系の戦闘力を底上げできるのだろう。
「キメラってやつ? にしてはなんか、シュッとしてるっていうか」
「……シュッと?」
「何となくブランちゃんの言わんとする事はわかるよ。ふつうは獅子の頭部の他にも、山羊の頭部とか、あとコウモリの頭部とかがあったりするもんだからね。そういうことでしょ。あと羽根もああいう鳥系のじゃなくてコウモリのが一般的なんじゃないかな」
ブランやライラも興味深げに観察している。
キメラというと、複数の動物や獣を混ぜ合わせた生物というイメージがある。獣人から幻獣人に転生するのに必要だった条件、そしてこのキメラのイメージ、これらを繋ぎ合わせて考えられる事となると。
「──もしかして、だけど。
幻獣人になるために取り込んだ特性というか、ログを踏んだ種族の頭部があそこに増えたりするのかも。
あのペアレ王は生まれながらに幻獣人だったから、元々ひとつの種族しか経由してない。だから頭もひとつしか無いとかなのかな」
「あー。ありそう」
しかしそれよりもレアには気になることがあった。
「それより、巨大生物に変身したのはいいんだけど、なんで全身がちゃんと変身してるんだろ」
「どういう意味? ちゃんとしてるんならいいじゃん。半端に残ったほうが良かったの?」
「いやそうじゃなくて。
わたしたちが変身すると、頭部から人間サイズの上半身だけ生えてるじゃない? 彼はどうしてそうならないのかなって。
ブランが真祖になった後、やっぱりわたしたちと同じ仕様になったから、災厄級ってそういうもんなのかと思ってたんだけど」
ふむ、と呟いてライラが顎に手をやった。
考察モードだ。
ならばもう、放っておけばそのうち精度の高い答えが出てくるだろう。
「──彼の変身は「変態」じゃないから、かな。
幻獣王の変身はあくまで固有スキルの『幻獣化』だ。一方で、私たちはあくまで変態の効果で身体を変化させているに過ぎない。
変化のプロセスの全てがひとつのスキルとしてパッケージングされている幻獣王はちゃんと完全変態するけど、プロセスをひとつずつ個別の作業で進めている私たちは、途中で何かが自動的に邪魔をして完全に変態できない、とか」
確かにそれはあるかもしれない。
レアたちが行使しているのは厳密には変身能力ではなく、特性の切り替えだ。似てはいるが、まったく別のものである。
事実、『幻獣化』後のペアレ王を『鑑定』してみると、『幻獣化』前には無かった特性が追加されている。逆に消えているものもある。
これはレアたちのような変化では考えられない事だ。
「まあいいか。別に真似したいわけでもないし。上半身だけでも服が無事な方が良いし。
それより、幻獣王っていうのはどうも物理攻撃偏重の種族みたいだね。能力値もそうだけど、自前で巨大化したり肉体の強化も出来るみたいだし、物理系最強種族みたいな位置づけでいいのかな」
戦闘力や能力値から考えれば、精霊王や魔王同様、単騎で強い種族のようだ。
物理特化であるなら遠方から魔法で攻撃し続ければ有利に戦うことも出来る。
しかし相手は巨大化すれば勝手に翼も生えるようだし、となると上空から爆撃を繰り返すだけで完封するのは難しい。また大きいだけあってリーチも攻撃範囲も広大だろう。もし今後、レアと同等の能力値を備えた幻獣王が現れた場合には十分気をつける必要がある。
「ふっふっふ! だったらわたしの敵ではないですね! 物理攻撃なんてほれこのとーり!」
じわり、とブランが自身の身体の至る所を霧に変え、闇に溶けるように消えてみせたりしている。周囲に霧が出ていないため瞬間移動などは出来ないようだが、自身を霧に変えるだけならどこでも可能らしい。
以前は吸血鬼系はアンデッドとは違うのではと考えていたが、こうして見るとまるで実体を持たないゴーストだ。
「いやー。どうかな。ほら見てみなよ」
ライラが口の端を上げ、観戦に集中するようブランに促した。
眼下ではペアレ王の尾の蛇が毒を吐いてプレイヤーたちを攻撃し、その毒を浴びたプレイヤーが溶かされていた。
さらに地面に落ちた毒は蒸気となって周辺を漂っている。その蒸気に触れたプレイヤーは苦しんでいる様子も見えるし、どうやら風によって薄まるまで継続的なダメージソースとして働く効果があるらしい。
「ブランちゃん。あの手の空気汚染って、霧状態だとどうなるの?」
「おうふ……。たぶん、体に混じると毒状態になりますね……」
霧状態では毒の状態異常は防御出来ないようだ。傷口からや経口摂取などで毒を取り込まなくても状態異常を受けてしまうのは弱点といっていいだろう。
「そうなんだ。意外と弱点多いなブラン」
「ぐぬぬ……」
霧状態というのは物理ダメージに対してはほぼ無敵のようだが、それ以外に対しては意外と脆弱なようだ。
これならば、霧状態の吸血鬼にユーベルの『プレイグブレス』でもお見舞いしてやれば、即死も狙えるかもしれない。
「ところでこれ、王さまが勝ったらどうするの?」
ブランの疑問に答える。
「プレイヤーの彼らの目的はペアレ王国の打倒らしいから、それが達成できないなら当然ゲームオーバーだよ」
放っておけばシェイプの騎士団はそのうち居なくなるだろうし、オーラルの騎士団はライラの胸三寸だ。
戦うのがプレイヤーたちだけになってしまえば勝つのは難しい。
そうなれば、この戦場から解き放たれたペアレ王は大陸各地を制圧せんと侵攻を開始するだろう。
王都の守りは騎士団に任せておけばいいし、ペアレ王はもはやソロでも負けることはあるまい。
戦争を止めたがっていたプレイヤーたちにとっては最も避けたい結末のはずだし、暴れるペアレ王を止めるのも無理だ。
普通はそれをバッドエンドと言う。
「イベントとしてのストーリーラインを考えると、それが一番しっくりくるしね。
諸悪の根源たるポートリー王は訳合って自分探しの旅に出かけちゃったけど、それはそれとして現実に一番厄介な存在に成り果ててるのはペアレ王だし。これを倒さないと、事態は収拾できないよね」
真の諸悪の根源であるライラが何食わぬ顔でそう言った。
「そっか、なるほど。でも、プレイヤーの人たち勝てるのかなこれ。サイズの問題もあるけど、今んとこ見てきた王さまたちの中で一番強そうだよこの人」
確かにブランの言う通り、戦況はずっとペアレ王優位で推移している。
プレイヤーたちは蛇の素早い動きについていけず、ガードに失敗した者から順にキルされている。しばらくすればその辺から復活してくるのだろうが、戦力低下は否めない。
この、蛇の速すぎる動きには理由がある。
蛇は単体の魔物ではなく、あくまで幻獣王の尾に過ぎない。
蛇というのは行動する際、一般的に体長の半分から1/3程度は体重を支える部分が必要になる。つまり派手に動き回れるとしても、体長の半分から2/3くらいまでが限界だということだ。
しかし巨大な獅子の尻から直接生えているのであれば話は異なってくる。
動きの支点は幻獣王の尻だし、そこからあのリーチで縦横無尽に動き回るとなれば、それを捉えるのは不可能に近い。
ブランが言うように、これにサイズ差も加わるのでは回避はもはや絶望的だ。
一方で総主教の方はと言えば、こちらもかなり苦しい戦いだ。
地力でペアレ王が上回っている事もあるが、こちらは逆に総主教のアドバンテージだったサイズ差が無にされたことが大きい。
総主教も何度も無数の尾による攻撃をしかけているようなのだが、その
幻獣王の獅子の頭部の方はブレス攻撃のようなものはしないようだが、筋肉に覆われた前肢による猫パンチはそれだけで相当な威力を秘めている。
何度も殴られた総主教のLPはかなり減ってしまっていた。
「北側から援軍でも呼んでこないときついんじゃない?」
「一応、ケリーを通じて北側の救世主にも南部の状況は伝えさせてはいるけどね。あっちはあっちでプレイヤーもシェイプ騎士団の生き残りもいるし、すぐには来られないみたい」
それもそのはずである。
総主教が直接言いに来るのならともかく、「ペアレの国王が聖教会の敵にまわり、巨大化して総主教を追い詰めている」など、人伝てに聞いてもにわかに信じられる事ではない。
しかも伝えに来ているのはケリーだ。救世主として紹介されたにもかかわらず、王都の危機に戦いもせずに傍観しているだけの存在である。
素直に信じて行動する方がどうかしている。
「でも王さまが勝つにしても負けるにしても、幻獣王の討伐フラグだけは立てておきたいから、勝敗が決まりそうになったら介入するけどね」
「私も参加しようかな、たまには。SNS見てると、なんか白い子と赤い子ばっか目立ってて黒い子は忘れ去られそうな勢いだし」
「あ、じゃあわたしも!」
「別にいいけどさ。でも幻獣王へのトドメだけは──」
その瞬間、殺気を感じた。
無意識に手を出し、飛来した何かを掴み取る。
『魔の盾』の隙間を縫うように飛んできたそれは、一本の矢だった。
不意に脳裏にフラッシュバックが起こる。
以前にも似たような事があった。
ヒルスの王都、その上空で街並みを眺めていた時に、どこかから飛来した矢を鎧坂さんが斬り払ったのだ。
今回この矢を感知できたのはレアの能力値が上がったためなのか、それともかつて取り込んだ鎧坂さんが守ってくれたのか。
いずれにしても、レアの中に他人には説明しがたい、奇妙な感情が湧き上がってくるのを感じた。
懐かしいような、憎らしいような、身体の奥に苦く熱いモノが流れ込んだような不思議な感覚だ。熱々のコーヒーを間違えてブラックで飲んでしまった時に似ている。
「うわびっくりした! 何その矢どっから飛んできたん!?」
「……下だね。どこかはわからないけど。どこかに多分、『真眼』を持ったスナイパーがいる」
ブランやライラもいることだし、現在のレアは『迷彩』や『隠伏』などの隠密系の魔法やスキルを使っていたわけではない。
しかしこの暗がりで、これほどの上空だ。
まっすぐレアを目がけて撃ちこんできたことからも、レアの異常なLPを見て射たに違いない。
「──見つけたよレアちゃん。あの建物の上だ。2人いるな」
ライラが聞いたことのないような低い声を出した。
「じゃあ、ライラはその2人を見失わないようにしておいて。
幻獣王が勝ってから行こうかと思っていたけど、予定変更だ。ゲームオーバーを前倒ししよう。
降りるよ、2人とも」
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