第346話「幻獣王誕生」(アンブロシウス視点)





 白いローブに身を包んだ美しい女。

 只者ではない。


 おそらくあれこそが、聖教会が神とか呼んでいる存在だろう。

 アンブロシウスはそう確信した。


 つまり、神は聖教会よりアンブロシウスを選んだという事だ。





 その女神から受け取った秘遺物の力は本物だった。


 ペアレ王国の象徴、王城として使用している岩城は非常に高い。

 そして王族の生活圏はそんな岩城の中でも高層階に集約されている。

 当然、国王であるアンブロシウスの執務室も高層階にある。

 そんな執務室から飛び降りたというのに、怪我ひとつ負わなかった。

 総主教というクッションの上に着地した事を差し引いても、脅威的な耐久力だ。最近は特に落下による死亡事故が増えているらしいことを考えればなおさらである。

 もっとも、目測を誤って地面に直接着地する事になったとしても無事だろうという謎の確信があったからこそ行なった事だが。


「ぐぐっ……、うぐうう。そ、その声……。陛下、いやアンブロシウスか……!」


 足の下から呻き声が聞こえてきた。


「ほう。総主教ごときがこのわしを呼び捨てか。知らぬ間にずいぶんと偉くなったものだな」


 ぐりぐりと足元の小汚いケダモノの背を踏みつける。


「わしはお前たち聖教会に、王都を守れ、と言ったはずだ。破壊しろなどとは言っておらん。だというのに、何だこの惨状は。お前たちの目はどこについておる。どう見ても、今最も王都を破壊しているのはお前たちだ」


「ぐう、き、貴様こそどこに目をつけておるのだ……! みよ、王都を土足で踏み荒らす愚かな者どもの姿を……! わしら救世主がいなければ、この者どもによって王都にはさらなる被害が出ていたに違いないわ……!」


「はぁ……? いつからお前は救世主などになったのだ」


 話にならない。

 どうやら謙虚だったあの総主教はもう居ないらしい。

 あの頃もアンブロシウスに苛立ちを植え付けるだけの不快な存在だったが、実害がないだけマシだった。

 それがどうだ、このふてぶてしさは。しかも王都に多大な損害を与えている。

 もはや始末するしかない。


 ここペアレ王都はアンブロシウスの街だ。

 そしてアンブロシウスは神に選ばれた存在なのだ。

 その責務として、遺すべき者と滅するべき者を選別してやる必要がある。

 神に選ばれたアンブロシウスの庭に、話が通じない愚か者を住まわせるわけにはいかない。


「──なんか知らんが、ありゃこっちの味方か?」


「──だとしても、ちょっと存在感がでかすぎんか?」


「──あの高さから落ちてきて無事ってことは、自重に対して耐久力がずば抜けて高いってことだよ。つまり、純粋に僕らとはケタが違う能力値の存在だってことだ。それが味方っていうのは、ちょっと考えづらいかな」


 総主教の足もとにわらわらと集まっている羽虫が騒いでいる。

 シェイプ王国の薄汚いドワーフも混じっているようだし、この者たちがペアレに仇為あだなすためにやってきたのは間違いない。

 そのペアレの主たるアンブロシウスを前に、味方かどうかを論じているなど滑稽こっけい極まりない。


 ──仕方がない。わからせてやるか。


 アンブロシウスは総主教の背から飛び降りると、その足で地を蹴り、手近な羽虫に肉薄した。

 最初の犠牲者に選ばれた哀れな羽虫は全く対応できていない。


「え?」


「ふん。『ピアッシングハンド』」


 スキル補正により貫通力を増した貫き手を放つ。

 アンブロシウスの手は何の抵抗もなく相手の鎧を貫き、胸板をも貫いて、背中まで達した。

 そのまま片手で相手の身体を持ち上げる。


「脆いな。この程度か。いや、わしが強くなり過ぎたのか」


 そしてそのまま手を振り下ろし、貫いた羽虫の身体を大地に叩きつけた。確認するまでもない。即死のはずだ。

 叩きつけられた死体はほどなく光になって消えていく。

 騎士たちの復活の予兆に似ている。

 死してすぐこれが起きるという事は、この羽虫は異邦人だという事だ。

 よく見れば羽虫たちは様々な種族が入り混じっているようだ。獣人もいる。

 まともな獣人でアンブロシウスを崇拝しない者などいるはずがないので、これらはすべて異邦人だろう。


 忌々しい事に周辺の民たちはあらかた殺されてしまっているようだ。

 であれば、今動いている者はすべて殺しても問題ない。


「ふ、藤のおおおおお!」


「藤の王がやられた! やっぱ敵だぞこいつ!」


「相手は近接特化型だ! タンクが抑えて、魔法使い隊が狙うんだ!」


 重武装の異邦人が数人、大きな盾を構えてアンブロシウスを取り囲む。

 囲まれる前に脱する事も容易だったが、それで盾によるプレッシャーが有効だと思われても不愉快だ。


 ここにいる異邦人程度の者が何をしようとも、選ばれし者であるアンブロシウスには何の痛痒も与えることはできない。


「無駄だ。そして受けるがよい。『マッシヴインパクト』!」


 周囲を囲む適当な盾に狙いをつけ、掌底を叩きこんだ。

 その衝撃は空間を揺さぶり、広範囲に伝播し、アンブロシウスを取り囲む重装備の異邦人たちを吹き飛ばす。


 このスキルは拳や掌底が接触した点を起点に、強い衝撃波を生み出すアクティブスキルだ。

 ダメージ自体は大したことはないが、衝撃波には吹き飛ばし効果があり、このように多数に囲まれている状況においては絶大な効果を持つ。

 さらに吹き飛ばしに抵抗出来るほどの重量がある敵に対しては、その分がダメージに換算されるという追加効果も持っている。


 吹き飛ばし効果自体はそれほど強くはないので、この異邦人たちのような重装備であればダメージと吹き飛ばしは半々といったところだ。

 これで死亡してしまうほどヤワな者はいないようだったが、盾を持った者たちは例外なくダメージを受けながらアンブロシウスの周辺から退いた。


「──ぐほっ、だめだ! 抑えきれない!」


「分かった! 前衛はスピード型の近接が受け持つ! タンクは援護を!」


 今度は先ほどのような重装備ではなく、鎧を着てはいるが軽装の、攻撃主体らしき戦士が数名襲いかかってきた。

 避けるのも訳ない程度の攻撃だが、おそらく回避や防御でこちらの手数を消費させるのが目的だろう。

 同様に真っ向から受けて立ち、それを打ち破ってやるのもいいが、毎回一手だけは思惑通りに事が運ぶと思われるのも癪に障る。


 攻撃を受ける前に迎撃し、光に変えてやろう。


「いい加減、無駄な事は──」


「──もらったあ! 油断したなあ! アンブロシウスう!」


 構えたところで、突然側面から強い衝撃を受けた。


 アンブロシウスの身体は木の葉のように吹き飛び、崩れかけた家屋に叩きつけられた。当然家屋はその衝撃には耐えきれず、一瞬で崩れてアンブロシウスを瓦礫で埋めた。


 今しがたあしらったような異邦人たちでは考えられない威力だ。

 というか、直前の声から明らかだが、今のは総主教の攻撃だった。異邦人たちの相手をしていて忘れていた。


「──愚かな──」


「させるかあ! そらそらそらそらそら!」


 瓦礫を押しのけ、立ち上がったところで、総主教はその醜い身体から無数に生えている尾でアンブロシウスを滅多打ちにしてきた。


「ぐ、調子に、うぬぐっ」


 御世辞にも狙いが精密とは言えない。

 すぐそばの瓦礫を叩いたような音も聞こえるし、アンブロシウスに当たったとしても、掠っただけという攻撃もいくつもある。

 しかし問題は手数と尾の大きさ、そして重さだ。

 たとえ掠っただけの攻撃だとしてもその衝撃は無視できるものではないし、時には直撃もある。


 神に選ばれたアンブロシウスと、この醜い獣では立っているステージからして違う。

 しかし、だからといって無視できるダメージではない。


 ──愚かな! 神に選ばれなかった失敗作ごときが!


 総主教がこれほど大きくなければ、そして攻撃が重くなければ何の脅威でもない。

 ただサイズが大きいせいで攻撃範囲が広く、躱せないというだけだ。

 そう、総主教がアンブロシウスと同じサイズだったとしたら、手を焼くことなど何もない。


「──ならば、望み通り、お前から始末してやる。『幻獣化』!」


 発動と同時にアンブロシウスの身体が膨らみ、着ていた物が破られていく。

 口元は張り出し、犬歯は牙となり、数本の長い髭が生える。

 髪は炎のように波打ち、首を伝い、顎下からも生え、たてがみとなって頭部全体を覆った。

 手指は太くなり、強靭な爪も伸びた。足も同様だ。

 その背からは鷲のような翼が現れ、尾は蛇となってその身をくねらせた。


 形状の変化を終えたアンブロシウスの身体はその後もさらに大きく膨らんでいき、やがて総主教にも匹敵するサイズとなった。

 いや、翼を広げればアンブロシウスの方が大きいだろう。


「き、貴様……。なんだその姿は……」


 全ての獣たちの王としての姿を現したアンブロシウスを前に、総主教が本能的に怯えているのが手に取るように分かる。

 しかし、今さら後悔しても遅い。


 巨大化したことで解放された大いなる力がアンブロシウスを高揚させる。

 素晴らしい。

 まさに神に選ばれし力と言えよう。


 それにこの堂々とした姿はどうだ。

 先ほどまではあれほど憎らしかった総主教が、いまやただの醜い猫にしか見えない。憐れにさえ感じる。


「──フン! 愚カ者メガ!」


 前肢を振るい、その爪で総主教の身体を引き裂いた。


「ぐぎゃあああ!」


 血を噴き出しながら総主教がのけぞる。

 しかし、死んではいない。

 手加減したつもりはなかったが、総主教は見た目通り生命力もそれなりに多いらしい。


 同時にいくつかの悲鳴も聞こえてきた。

 身をよじる総主教によって、足元にいた異邦人が何人か潰されたようだ。


「……なんだこりゃ……巨大なキメラ……か?」


「キメラって頭いっぱいあるんじゃないのか? ライオンの頭が1個しかないぞ」


「どっちでもいいけど、どさくさに紛れて何人か潰されてんぞ! 離れた方がいい! もう前衛でどうこうできる相手じゃない!」


 異邦人たちはそう言いながら蜘蛛の子を散らすかのように離れていく。


 身の程を知らぬ総主教から先に片付けるつもりではあるが、身の程がわかっていないのは異邦人たちも同じだ。

 放置するつもりはない。


 逃げ足が遅い重装の異邦人に、尾の蛇を向かわせる。

 蛇は異邦人の頭部に咬みつき、そのまま首から上を喰いちぎった。

 身体だけが倒れた異邦人はすぐに光になって消えていく。蛇の口の中で頭部も消えていくのがわかった。


「蛇はこっちを狙ってる! こいつは抑えねえとヤバい!」


 総主教を叩きのめしながら尾だけで異邦人たちと戦う。


 高度で繊細な体捌きが要求されるが、この程度、神に選ばれしアンブロシウスであればさほどの事でもない。






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