第345話「集まれ動物の都」(レア/アマテイン/ユスティース/ウェイン視点)
「──あれ。ライラ、来たんだ。ポートリーの王さまはどうしたの?」
ペアレ王の部屋の外から辞去した後、そのまま上空へ駆け上がり、王都を観察していたレアの元にライラが姿を現した。
珍しく本体だ。
イベント開始後、こうしてゲーム内で直接会うのは初めてだろうか。
「ゾルレンから締めだしたよ。遺跡からも撤退してる。ポートリー王国ももう無いし、どうするんだろうね。オーラルに来るようなら拘束するつもりだけど……。今のとこそういう報告はないな」
始末してはいないらしい。
重要拠点から追い出しただけのようだ。
ライラにしては甘い処置にも思えるが、何か考えでもあるのだろう。
「ふうん。ポートリーはもう無いのか。じゃあ後はペアレだけだね」
「シェイプはどうなったの? 結局」
「そっちはブランが──」
「──シェイプはたぶん、今頃王都に共和国軍が侵攻してるんじゃないっすかね。
もう国としては滅んでるし、わたしの商会は独自の防衛力があるし、今は誰が何してもいいって感じの地域になってます! バイオレンスフリーエリアっすよ!」
「ブランも来たのか」
「……なにそれ世紀末?」
「じゃあ、シェイプももう終わったと判断して良さそうだね。あとはこの、ペアレ王都が陥落すればイベントは終了だ」
レアたち3名は並んで上空に浮かび、ペアレ王都を睥睨した。
王都ではプレイヤーたちと聖教会が激戦を繰り広げ、南からはペアレの騎士団が王都に向かって来ている。到着はもう間もなくだろう。
またそれを追うようにして、ライラが送り出したらしいヒューゲルカップの騎士団も北上している。
そして東からはウェルスのプレイヤーたち、確かアマーリエがどうのとか言う新興国の軍隊だ。マーレ本人はグロースムントで留守番のようだが、ウェルス聖教会のメンバーは何人か随伴している。彼らによって軍の状況は知ることが可能だ。
長かったイベントも、もうあと少しだ。
***
「──おいまずいぞ! 南の遺跡から引き揚げてきたペアレの騎士団がもう王都に来ちまってる!」
仲間のプレイヤーのひとりから報告を受け、アマテインは唇を噛んだ。
時間切れ、ということらしい。
その騎士団の動向については把握していた。
出来ればその騎士団が王都に帰還する前に王都を制圧し、国王をキルして戦争に終止符を打つつもりだった。
あるいは東から、ウェインたちがウェルスのプレイヤーを連れて救援に来るという話もあった。それが間に合えば戦力的には有利であるはず、と考えていたが、どうやら間に合わないようだ。
早期解決を願って行動していたはずだったのだが、いざ振り返ってみれば、普段のイベントと変わらない期間が過ぎてしまっている。やはり、イベントの流れには逆らえないのか。
しかしここでペアレを倒さなければ、いつまで経っても戦争は終わらず、イベントも終わらない。
それは公式からもアナウンスされている。状況が終息するまでは終わることはない、と。
「諦めるな! まだ終わっていない! この化け物どもさえ倒せば、あとは国王だけだ!」
「そうです! 騎士団が来る前ならば、国王1人なら倒すのにそう時間はかからないはずです!」
アマテインに続き、その手が暖かも味方を鼓舞する。
自国の王が崩御したかもしれないという不安の中、シェイプの騎士たちもよく戦ってくれている。
本心では、今すぐにでも国にとって返したいはずだ。
しかしそうしたところで状況は何ら改善しない。
それをわかっているのか、必死で最前線で耐えてくれている。
彼らの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
「──ふん! 愚かな! これだけ傷めつけてもまだ、このわしに勝てるつもりでおるとはな!」
長い尾が何本も振るわれ、避けそこなった騎士やプレイヤーが薙ぎ払われる。
確かに、この老人の力は脅威だ。
アマテインたちも馬鹿ではない。
あくまで目的はペアレ王国の打倒である。この老人が王族でないのなら、無理して戦う必要はない。王都北側でも暴れているらしい自称聖教会のモンスターたちの目をかいくぐり、何とか王城に入ってさえしまえば、あとは国王を目指して城内を突き進むだけだ。
ところが何度かそれを試そうとしたものの、このモンスターは王城の門を常に何らかの手段で監視でもしているのか、すぐに気付かれ、尾の薙ぎ払いに襲われる事になった。
その薙ぎ払いの威力が高いこともあり、攻撃を無視して強引に突破する事も出来ない。
「……そういうことか、くそ」
藤の王だ。
「どうした、何か気づいたことでもあるのか」
「いや、あの化けモン、何で俺たちが城に忍び寄ろうとするのが見えるのかと思ってたんだけどよ。
見てみろよ、猫マタの頭の上に生えてる爺さん。あいつ、ずっと城の方を監視してやがるぜ。おかげでこっちへの攻撃の狙いは甘いが、ある程度は猫マタの方の目も見えてるし、攻撃範囲もバカ広いこともあって、あんまり問題になってねえ」
「なるほど、それでか」
この巨大猫型老人モンスターは魔法と物理攻撃を織り交ぜて放ってくる厄介な敵だ。
どれも攻撃力が高く、プレイヤーであれば即死とまではいかないが、騎士たちではそう何発も耐えられない。
しかしその中にあって、魔法攻撃はなぜか狙いが甘く、回避が容易だ。
一方で尾や足による物理攻撃は範囲攻撃であるため回避が難しい傾向にあった。
普通、魔法攻撃といえば、その精密性と弾速から外す方が難しいものだが、このモンスターはどうやらろくに狙いも付けずに撃っているらしい。
その理由が、今藤の王が言った、本体が王城周辺に気を配っているからなのだろう。
「くそ、ペアレの騎士団が来てしまったら王城どころでは──うん?」
「どしたい、アマテイン」
「いや、王都に到着したはずのペアレ騎士団なんだが……。こっちに来ようとしないな」
「あ? お、ホントだ。なんかと戦ってる? でも、何とだ?」
今にもプレイヤーたちの背後から襲いかかろうとしていたはずのペアレ騎士団は、完全に転進している。さらに後方から来た何者かとの戦闘に入っているようだった。
「ええと、敵同士が背中合わせで、それぞれ別の敵と戦ってるって事か。なんだこれ。どういう戦場だ」
「さあ、わからんが……。ひとつ確かなのは、時間の猶予が出来たらしいということだ」
「そのようですね。今のうちに、あの失礼なモンスターを倒してしまいましょう」
***
ライリエネの命を受け、ゾルレンを発ってペアレ王都を目指していたユスティースたちヒューゲルカップ騎士団は、その王都の目前でペアレ騎士団に追いつくことに成功していた。
あちらはユスティースたちに比べ数日早く遺跡を出立していたはずだが、道中で補給でも取りつつ進んできたのだろう。それに対し、ユスティースたちはリスポーンポイントの上書きの為の小休止以外は休みなしの強行軍だ。
さらに元々の能力値の差もある。
ポートリー騎士団と行動を共にした事ではっきりしたが、オーラル王国の騎士の精強さはおそらく大陸随一だ。
それが行軍速度にも表れている。
もちろん、そういった事情もすべて分かった上でユスティースが騎士団の仲間たちを急がせたという事もある。
シュピールゲフェルテのメンバーは、連日に渡ってユスティースの主君であるライリエネを困らせていた迷惑なプレイヤーたちだが、戦争を早く終わらせたいという思いはわからないでもない。
その方針にライリエネが同意した以上、それを成し遂げるために最大限の努力をするのは騎士として当然の事だ。
「見えたな! あれがペアレの騎士団のケツだ! 速度を落とさず、そのまま突っ込むぞ!」
「おう!」
アリーナの檄にヒューゲルカップ騎士団員たちが応える。
書類の上では本来、ユスティースやアリーナは正規の騎士団に命令を下せる立場にはない。
しかしその任務の特性上、有事においては一時的に全騎士団に対する命令権を持つ事を許されている。
正確に言えばその権利を有しているのはアリーナだけだ。アリーナは部隊指揮に関する教育も受けており、戦略や戦術、用兵においても突出した能力を持っている。
そしてユスティースはそのアリーナに対する命令権を持っている。
ユスティースは直接騎士団を指揮する事は出来ないが、アリーナに命じて騎士団を動かす事は可能だという事だ。
簡単に言えば、こういう特殊な状況においては、ユスティースは後ろに騎士団を引き連れて好きに暴れる事が出来るのである。
「でええい! 『ランスチャージ』!」
腰だめに剣を構え、敵騎士団に突進する。
敵の最後尾についていた騎士を背後から貫き、その背を蹴ってすぐに剣を抜くと、次の獲物に向かって再び突進を敢行した。
そうしてユスティースが切り開いた敵軍の傷口を、アリーナの指示に従って味方の騎士たちが広げていく。
背後を突かれたペアレ騎士団は、先頭にいる団長の命令に従って前進すべきか、背後から襲い来る敵に対応すべきか、判断がつかずに右往左往している。
しかしそんな部隊の状況にペアレ騎士団長もすぐに気がついたようで、騎士たちにその場で回れ右をするよう指示し、抗戦の構えをみせた。
ひとまず、シェイプから遠征してきた騎士やプレイヤーたちへ攻撃を仕掛けようとする動きを止めることには成功したようだ。
あとはペアレ騎士団をこのまま食い破り、暗闇の中ここからでも見えるあの巨大なモンスターとの戦いに加勢するだけだ。
「敵騎士の相手は適当でいい! どうせウチの精鋭と比べれば雑魚よ! 目標はあのデカブツ! とにかく突破を優先して戦うのよ! ってみんなに指示出してアリーナさん!」
しかしアリーナがそう復唱するよりも早く、騎士たちは行動に移っている。
アリーナしか命令権を持っていないと言っても、それはあくまで建前だ。ユスティースの指示がおかしかった時のためのセーフティに過ぎない。
ヒューゲルカップ騎士団は臨機応変なのだ。
「──アリーナ臨時指揮官! ペアレ王都東から所属不明の武装集団が接近中です!」
呼びかけこそアリーナに対してだが、伝令はユスティースに向かって報告してくる。建前上は伝令の上官はアリーナだからだ。しかし全体の判断を下すのはユスティースであるのがわかっているため、このように表向きだけアリーナ宛ということになっている。
この場にアリーナが居なかったとしても、同様にユスティースに対してアリーナ宛の報告をするのだろう。
面倒くさいが仕方ない。騎士であるなら規律は守らなければならない。
「東から……? ええと、ペアレ騎士団は全部南の何とかっていう遺跡にいたはずだから、ペアレの騎士じゃない、と思うけど。もしかしてペアレ東部の街の民兵とかが王都まで来たのかな」
だとしたら敵の新勢力だ。迎撃の必要がある。
「その武装集団の種族はわかる? 全部獣人? それとも混合?」
アリーナが尋ねた。
確かにそれを確認すれば話は早い。ペアレ王国の勢力であれば、獣人のみによって構成された部隊であるはずだ。
「いえ! 獣人の姿もありますが、多くはエルフ、そしてヒューマンと思われます!」
エルフが最も多いとなると、ほぼ間違いなくプレイヤーの集団だ。
今の大陸の情勢において、エルフや獣人が自分たち以外の種族と手を取り合うなど考えづらい。
「東から推定プレイヤーの集団……。もしかして、ウェルスから?
──とにかく、獣人オンリーの集団でないなら敵ではないと考えていいはず! とりあえずこちらから攻撃はしないで、暫定的に「敵ではないが不明な集団」として対処して!」
***
ようやく、ペアレ王国王都へと辿り着いた。
ここに来るまでにずいぶんと遠回りをしてしまったような気がするが、それも無駄ではなかった。
ウェインたち3名だけでここに来ていたとしても、大した戦力にはならなかっただろう。
しかし今は、協力要請を受け入れてくれた「聖女の旗の下に」のメンバーたちがいる。
「ペアレ王都はとっくに戦場になってる! とにかく、第1目標はペアレ国王の撃破だ!
仲間からの情報によれば、王城を守るように巨大なモンスターが立ちはだかっているらしい! 北側は今のところ、シェイプの北部方面軍が時間を稼いでくれているみたいだから、俺たちは南部から攻め上げている部隊の援護をする!」
「っしゃあ! 今度こそいいとこ見せんぜ!」
「おう!」
ウェインが叫ぶと、聖女の旗の下にのプレイヤーたちが一斉に声を上げた。
今度こそいいところを見せる、と言ったのはビームちゃんというプレイヤーだ。
ウェルス王都での最終決戦、結局国王にトドメを刺したのが、プレイヤーではなく第七災厄セプテムだった事を気にしているのだろう。
いいところを見せると言っても、彼女たちが崇拝する聖女はこの遠征軍にはついてきていない。戦争終結のためとは言え、聖女と名高い者が他国の討伐のために遠征するというのは外聞が悪いし、神聖アマーリエ帝国もまだ樹立宣言をしただけで国として安定しているわけではない。外国に出かけている余裕などないのが現状だ。
ウェインたちの登場に、オーラル王国の紋章らしきものを鎧にあしらった騎士団は一瞬警戒の色を見せたが、すぐにそれも薄らいだ。
敵ではないとわかってくれたらしい。
アマテインからはおおよその状況は聞いている。
この戦場において敵となるのはペアレ騎士団、そして巨大なモンスターだけだ。
騎士団はオーラル王国軍に任せておけば問題なさそうだし、苦戦しているアマテインたちの援護に回るのがいいだろう。
「狙いは巨大だという──見えた! あの巨大なモンスターだ! 今は俺達の仲間のアマテインやシェイプ騎士団の生き残りが戦っているはずだ!
魔法使い隊は構え! 近接部隊はそのまま突撃!
──よし、魔法使い隊、撃て!」
この暗闇の中でも見えたということは、
ウェインの号令に、魔法職のプレイヤーたちから次々と魔法が飛ぶ。
敵の弱点属性などについては特に情報は無いため、属性はとりあえず火で統一してある。
色々な属性で攻撃して効果を探るのも手ではあるが、遠距離から複数の属性で攻撃して妙な相殺が起こってしまってもまずい。その点同属性、特に火属性なら相殺が起きてもせいぜい爆発するくらいだ。味方の近くでないのならデメリットはない。
いくつもの火線が夜闇を引き裂き、巨大モンスターに突き刺さる。
さすがにウェルス国王のような災厄級のタフネスは無いようで、モンスターはその攻撃に体をよじり、痛がっているようだ。
LPを大きく削ったという程でもないが、牽制には十分だ。火属性が効かないという事もなさそうである。
魔法職にはそのまま攻撃を続けるように言い、ウェインも前衛に混じって攻撃しようとモンスターに近づいた。
その時だ。
上空から何かが飛んできた。
何となく、デジャヴュを覚える。
もしやこれは、ウェルス王都で爆発したあの──
「なにか来る! 伏せろ!」
ウェインはそう叫び、心当たりがあったウェルス組は皆、腰を低くして身構えた。
しかし爆発などは起こらなかった。
この戦争の裏で糸を引いていたのがもしセプテムだった場合、この場にいないはずがない。
もし居るのであれば、ここであの爆発を起こし、周辺を一掃してもおかしくない。
そう考えたのだが、どうやら気の所為だったらしい。
では、今飛来したのは何だろうか。
「──わしはお前たちに、こんなところで暴れろ、と命じた覚えはないのだがな」
渋い男の声が聞こえた。
わし、という一人称の割に若そうな声だ。
声の主を探してみれば、その男はあの巨大モンスターの上に立っていた。
そしてその衝撃でか、巨大モンスターは大地にうずくまっている。
どうやらこの男はどこかから飛び降りて来たらしい。
周囲にこのモンスターより高い建物はない。強いて言うならあの王城だが、それでも若干の距離はある。
放物線を描き、このモンスターの真上に落ちる事ができる高さというと、相当な高層階だ。
見ればかすかに、光が漏れている窓がある。
あそこから飛んできたというのか。
だとしたらとんでもない身体能力である。
これが事実なら、この男はウェルス国王と同クラスの強者、すなわち災厄級の敵という事になる。
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