第344話「邪なる者の悪意」(エルネスト視点)





 エルネストは焦っていた。


 ペアレ王国南部に位置するクラール遺跡群。

 そこを制圧したところまではよかった。

 幸い、遺跡の心臓部と思われるほこらも見つけることが出来た。


 しかし、その祠の扉はどうやっても開ける事ができなかった。

 あと一歩だった。

 この扉さえ開けられれば。

 そうすればエルネストは全てを支配する力を手に入れる事ができる。


 しかし、その一歩が果てしなく遠かった。





「まだ扉は開けられんのか!」


「は、申し訳ありません!」


 一体どうやったのか、獣人たちが一度は遺跡を開放した事はわかっている。

 そうでなければ、第三騎士団からの報告にあった、巨大な半人半獣の化け物など生まれようがない。

 イライザも言っていた。あれは獣人たちの愚かさが招いたミスだったと。


 そんな愚かな獣人でさえ、遺跡の扉を開けることが出来たのだ。

 より優れた種族であるハイ・エルフに出来ない道理はない。


「陛下」


「む、何かいい案を思いついたのかイライザ」


「案というほどのものでもございませんが、獣人たちにも開けられたくらいです。この扉を開けるために必要なのは、知恵や工夫のようなものではなく、純粋に物理的なスイッチか何かなのではないでしょうか。

 もしかしたら、遺跡の他の場所に何かスイッチのようなものがあり、それを起動することで開放に成功したのでは」


「なるほど、一理あるな……」


 それであれば、愚かな獣人たちに開けられたのも納得がいく。つまり偶然だ。

 しかし偶然であるのなら、意図的に開けるのは難しい。

 イライザの言ったようにどこかにスイッチがあるのだとすれば、その場所を知らない限り開けられないという事でもある。

 場所を知らない以上偶然に頼るしかないが、そういった偶然を意図的に起こそうとするなら膨大な試行回数が必要だ。この場合で言えば、遺跡の敷地内をくまなく探すことである。


「陛下。この周辺はすでに完全に我が国の支配下にあります。追い払ったペアレ騎士団も北へと退却していきました。

 そして最も近い街を守っているのは友好国オーラルです。周辺に危険は無いと言っていいでしょう。

 陛下の守りはこのイライザ1人にお任せいただき、他の騎士たちは扉のスイッチの探索に散らせてはどうでしょう」


 そう言って胸を張るイライザを見た。

 この細腕でエルネストを守れるとは思えない。

 むしろエルネストの方が強そうでさえある。

 しかし確かにイライザが言うように危険なことなどあるまいし、騎士たちがいなくとも問題ないだろう。


 それにこのところ、イライザと2人でゆっくり話をする機会もなくなっていた。

 目的達成も目前であるし、ここでひとつ今後の事を話し合っておくのも悪くない。


「よし、わかった。

 ──騎士たちよ! 命令だ! これより私の警護は一旦中止し、全ての騎士を総動員してこの遺跡中をくまなく探索してくるのだ! 探すのはこの扉を開けるためのスイッチか、それに類するものだ! 発見した場合は報告はよいから、とにかく起動させてみろ! 私はずっとここに待機しているから、もし何か扉に変化があればすぐに分かる!」


 最初は主君であるエルネストから離れることに難色を示していた騎士たちも、何度も命令を繰り返すことで遺跡中に散っていった。

 こうしておけば、イライザとの会話を邪魔されることもないだろう。





「──行ったか」


「はい。これで見つかればよいのですが」


「そうだな。ところでイライザ……」


「はい。何でございましょう」


 いざ言おうとすると緊張してくる。

 何しろこのようなこと、真面目な気持ちで言ったことがない。

 冗談交じりの会話であれば、城下町の盛り場で何度も囁いたこともあるが。


「もし、この遺跡の力を解放し……。私が精霊王になることができたとしたら、お前はどうする」


「どうする、とは? もちろん、陛下が精霊王へと至る事が出来ましたら、変わらず陛下にお仕えする所存ではありますが……。もしや私にいとまを……?」


「いや、そういうことではない! その、だな。イライザはハイ・エルフだな」


「はい。もちろんです」


「私もそうだ。その私が精霊王になることが出来るということは、イライザでもそれは可能だということだ。違うか」


「そ……れは、実際にそのときになってみなければわかりませんが、その可能性はなくもないかと……」


「知っての通り、我が国の貴族は、同国の貴族としか結婚が許されていない。これは、ハイ・エルフの子供はハイ・エルフ同士からしか生まれないためだ」


「そうですね。これは他国でも同様のしきたりになっているようですが」


「であれば、だ。もし私が精霊王へと至ったとしても、私の子も精霊王として生まれさせるためには、同じく精霊王の配偶者が必要になるということだ」


「……理屈の上では、そうかもしれませんね」


「聡明なお前のことだ。みなまで言わずともわかっておろうが、ポートリー王国に真の繁栄をもたらすためにはもうひとり、女性の精霊王、言うなれば精霊妃が必要だ。

 私はこの精霊妃に、お前を──」


「っ! 陛下!」


 突然、イライザに突き飛ばされた。

 予期せぬ出来事だったため格好悪くも尻もちをついてしまう。

 もしや、エルネストの言葉の先を予想したイライザが照れでもしたのだろうか。

 そんな風に考え、突き飛ばしたイライザの顔を見てみれば、その顔は真っ赤に染まっていた。


 ただし、それは紅潮しているためではない。


 イライザの顔についている赤いものは血だった。


 それもまだらな血しぶきだ。


 血しぶきはイライザの顔の下から飛んでいるようで、下から上へと飛沫が散らされていた。

 その血の源は胸だ。

 イライザの胸が血に染まって黒くなって──いや、黒く見えるのは血ではない。


 イライザの胸には穴が空いていた。


 そしてそこから夥しい量の血が噴き出し、イライザの身体や顔を赤く染めているのだった。


「イラ──イザ……?」


「……へい……か……。お、おにげ……」


 そこまで言うとイライザは、ごぷりと水っぽい音で喉を鳴らし、仰向けに倒れた。


「イライザあああー!」


 エルネストは慌てて倒れたイライザに駆け寄り、上半身を抱き抱えた。


「イライザ、イライザ!」


 イライザはもう息をしていなかった。

 心臓に貫通力の高い一撃を受けたためだろう。


 この異変の直前、イライザはエルネストを突き飛ばした。

 ということは、本来であればこれはエルネストが受けていたはずのものだったのだ。

 それをイライザは代わりに受け、倒れた。





 ふいに、父が死んだと聞かされた時の事を思い出した。

 次に思い出したのは、その時弟も死んだと言われたことだ。

 そしてその次に、随分昔の事になるが、母が倒れた時の事。


 エルネストが大事に思う人々はみな、エルネストを残して先に逝ってしまう。


 なぜなのか。

 エルネストが一体何をしたというのか。


 そして誰がイライザをこんな目に遭わせたのか。





「──やべえ、外した!」


「──どうすんのよ! 一本しかないのよ!」


 がさり、と茂みから何人もの人影が現れた。

 ほとんどがエルフだが、ヒューマンも混じっている。格好からして傭兵、エルフがいることから考えると異邦人だろう。

 おそらくこの者たちが、エルネストを狙い、そしてイライザの命を奪った者たちだ。


 うつろな目でその憎むべき者を眺める。


「奇襲の一撃必殺には失敗したが、しょうがねえ。ウェルスじゃ国王がレイドボスに変身したっつー話だが、もしこの国王サマが遺跡を使ってそれを狙ってたってんなら、その前ならまだ何とかなるはずだ!」


「そうね。逆に言えば、今を逃すともうチャンスはないって事!」


「うし、やるぞ!」


「おおー!」


 茂みから次々と現れる賊は、10人か、それ以上はいる。

 これだけの人数が、遺跡中を探索している騎士たちを掻い潜り、この場所にたどり着いたのは驚くべきことだ。

 エルネストが騎士団を総動員しても、この祠を探し出すのにはそれなりの時間を要した。

 この者たちはどうやってここを見つけ出したのか。

 もしや、騎士を避けて来た結果ここを偶然見つけたとでも言うのか。

 あり得ない。この遺跡周辺の詳細な地図、そしてこの祠の場所を正確に知っていなければ、このような奇襲は不可能だ。


 いや、そのようなことはどうでもいい。


 重要なのはこの者たちがイライザを手にかけた事。

 そして今、エルネストの前にその姿を現していることだ。


 確かに今、騎士たちは居ない。

 だがエルネストとてハイ・エルフだ。

 そこらの傭兵ふぜいには遅れをとるつもりはない。


「──貴様たち……! 許さん、許さんぞ! おおおおぉぉぉ──!」









「はぁ……はぁ……はぁ……」


 まさに命からがら、といったていでエルネストはクラール遺跡群の中を逃げていた。


 異邦人の傭兵たちの力は想像以上だった。1人であの数を相手にするのは無理がある。

 最重要目標だった祠さえも放棄し、廃墟や木々に紛れて逃げるので精いっぱいだった。

 そして遺跡で何とか数名の騎士と合流し、退却しながら他の騎士にも接触し、足止めをさせる事で時間を稼いだ。

 しばらくすれば、異変に気づいた全騎士も祠へと集まってくるだろう。

 近衛騎士団が死亡していない限り、エルネストが無事であるのは明らかだ。それでいて祠周辺にエルネストがおらず、異邦人の傭兵たちがたむろしているようであれば、優秀な近衛騎士団ならまず祠周辺のクリアリングを優先するはずだ。

 それまでは遺跡群の中を、騎士たちを集めながら逃げ回り、様子を見て祠のもとへ戻ればいい。


 そうすれば、あの痛ましい姿のイライザを回収する事も出来る。









 数時間後、エルネストは祠へと舞い戻っていた。

 異邦人たちはすでに騎士団の手によって排除してある。遺跡内のすべての異邦人を始末できたかどうかは不明ながら、少なくとも10名は超える異邦人を倒したと報告は受けている。であれば残っていたとしても数名だろうし、近衛騎士たちで固められた祠周辺を数名で襲撃するのは自殺行為だ。もう危険はない。


 しかし、全てが想定通りに進んだわけではなかった。

 イライザの遺体が無くなっていたのだ。

 祠のすぐそばに夥しい量の血の跡こそあれど、遺体はどこにもなかった。


 異邦人が持ち去ったとしか考えられない。イライザの命を奪っただけでは飽き足らず、死後もなおその尊厳を貶めようとは、人の道にもとる行ないだ。まさに外道である。到底許せるものではない。


「しかし、いつまでもここで悲しみに暮れているわけにもいかん……。食糧にも限りがある。ここは一旦、ゾルレンへと帰還し、態勢を立て直す必要があるな」


 これまで兵站はイライザが一括して管理していた。

 食糧や消耗品などもどこからか調達し、部隊に配布していた。到底1人で可能なことではないが、イライザも貴族だ。騎士はいないにしても、眷属とした使用人くらいはいたのだろう。

 そしてイライザが亡くなってしまったため、その者たちもいなくなってしまった。


 これまで食べるものや必需品などは、何も言わずとも差し出されるのが普通だった。しかしそれは全て、イライザの手配で実現していた事だったのだ。

 改めてイライザの献身に感謝するとともに、異邦人への憎悪が募った。


「……イライザ……。おのれ憎き異邦人どもめ……!」


 兵站が確保できないのなら、補給に戻るしかない。

 パイプ役を務めていたイライザはもういないが、ゾルレンにはモリゾー侯爵たちが待機している。補給物資の調達くらい訳ないはずだ。









 しかし、ゾルレンに帰還したポートリー騎士団を待っていたのは、さらなる不幸だった。


 ゾルレンに近づくポートリー騎士団に、街から矢が放たれたのだ。

 その矢は数名の異邦人が放っているようだった。イライザを殺したあの者たちだ。

 どういうわけか、ゾルレンに駐屯していたオーラル騎士団の姿も見えない。


 しかもあろうことか、異邦人たちはモリゾー侯爵とラッパラン伯爵を拘束し、その哀れな姿を見せつけてきた。

 この時点で、それまでエルネストに付き従っていた第二騎士団と第三騎士団が投降した。


 無理もない。

 侯爵と伯爵が殺されてしまえば、彼らも全員死亡する事になる。

 本来彼らの忠誠は王家ではなく、それぞれの貴族に捧げられている。

 そしてその貴族たちが王家に忠誠を誓っているに過ぎない。

 これは政権が交代した際、出来るだけ軍事力を落とさずに権力を移譲するための措置だった。すべての騎士の命を国王ひとりが握っていた場合、王位継承の度に騎士団を一新しなくてはならなくなる。


 それが裏目に出た形だ。

 戦力を落とすリスクを減らすために、2人の貴族には安全なゾルレンに待機していてもらったのだが、そのゾルレンが異邦人に制圧されてしまったのではどうしようもない。


 そう、おそらくだがこのゾルレンは、あの異邦人たちに制圧されてしまっている。

 オーラルの騎士団が影も形も見えない事がその証拠だ。

 エルネストが本国より引き連れてきた騎士団にくらべ、オーラルの騎士団はやや人数が少ない様子であった。異邦人たちは、エルネストをさえあれほどの危機に陥らせた実力を持っている。戦力的に劣るオーラル騎士団を街から追い出すことなど造作もなかったに違いない。


「なんと卑劣な者どもだ……!」


「ど、どうなさいますか陛下」


 異邦人はあの遺跡で、まっすぐエルネストの命だけを狙ってきた。

 それ自体はイライザの献身によって阻止されたが、こうしてゾルレンから矢を射かけている以上、まだ諦めたわけではないはずだ。


「……ゾルレンは諦めるしかない。別のどこかで補給をしなければ……」


「では、あの遺跡周辺は一旦放棄し、本国へ退却するルートをとりますか?」


 近衛騎士団長とのその会話に、第二、第三騎士団から抗議の視線が飛んでくる。

 退却するという事は、囚われの身であるモリゾー侯爵とラッパラン伯爵を見捨てるということだ。


 悩むエルネストの目に、ゾルレンから1人、エルフの男が歩いてくるのが見えた。

 異邦人だ。

 おそらくメッセンジャーだろう。

 たった1人で軍隊の前に姿を晒すとはあっぱれな覚悟だ、と思ったが、よく考えたら異邦人は死亡しても復活する。つまり死んでも問題ないということだ。本当に、何と卑怯な者たちだろう。


「──こちらの目的は、ポートリー王エルネストだけだ! その身柄を渡すのなら、こちらで保護しているモリゾー侯爵とラッパラン伯爵は無傷で解放する用意がある!」


 それを耳にしたエルネストと近衛騎士団長は憤慨した。


「馬鹿な!」


「一国の王と、上位とはいえ貴族2人の命など、天秤にもかけられんわ!」


 しかし、憤慨したのは近衛騎士団──第一騎士団だけだった。

 国王と貴族ではその命の重さが違うのは事実だが、その理屈が通るのは本国にいる時だけである。大多数の国民が、国にとって必要不可欠な国王の価値を認めているからこそ成り立つ理屈なのだ。


 この場においては、国王を優先する騎士よりも、その貴族2人を優先する騎士の方が多かった。


「馬鹿な……! 何を考えている、お前たち!」


 第二、第三騎士団の者たちがみな、悲痛な表情で腰の剣に手をやり、エルネストに身体を向けた。

 彼らは主君であるモリゾー侯爵、ラッパラン伯爵を助けるためならなんでもするだろう。


「くそ、騎士団長! 退却だ! とにかくこの場から離れるぞ!」









 エルネストは近衛騎士団に守られながら、何とかゾルレンを後にした。

 第二騎士団、第三騎士団からの追跡は無かった。

 守られるかどうかもわからない敵の口約束を信じ、エルネストを追うよりも、街の周辺で主君の様子を見守る方を選んだのだろう。

 あるいは隙を見て奪還を考えているのかも知れないが、仮にそれが成し遂げられたとしても、今後彼らと笑顔で手を取り合うのは難しい。


 もはや第二騎士団、第三騎士団は敵と見做すしかない。

 異邦人の、あの人質をとるやり方はまさに下衆の極みと言う他ないが、その効果は絶大だ。

 とにかく今は逃げるしかない。


「陛下、これからどういたしましょう。食糧ももうありません。オーラル王国へ助けを求め、かの国に逃げ込みますか?」


「……そうだな……。もはやそれしか──」


 しかし、エルネストを襲う不幸はそれで終わったわけではなかった。





 その瞬間、エルネストにだけは分かった。


 自分が国王ではなくなったことが。





 王族がエルネストしかいない現状、そのエルネストが国王でなくなることなどありえない。あるとしたらそれは、ポートリーという国がもはや存在しなくなった時だけだ。


 本国を出る前、各所から受けていた報告を思い出す。

 盗賊による被害は増加の一途をたどっており、さらに蟲型モンスターの群れによる襲撃も確認されているという。

 元々、エルネストが国を空けてまでペアレくんだりまで遠征に来たのは、そんなどうしようもないポートリー王国の現状を打破するためだった。


 そして、このタイミングでの国王からの強制退位が何を意味するのか。


 間に合わなかったのだ。


 父の居なくなった母国を立て直そうとエルネストがしてきたことは、全てが無になった。


「──陛下? いかがなされました?」


 突然様子の変わったエルネストを騎士団長が心配し、声をかけてくる。

 しかしエルネストにはもう、それに応える気力もない。


「……もう、終わりだ……。私はもう……」


 エルネストは折れた。


 イライザがいた頃はよかった。全てがうまくいっていた。

 いくつもの問題や障害はあったが、そのどれも、イライザが対処し、あるいは策を授けてくれた。

 イライザと2人ならば、この大陸の全てを、いや海を越え大陸の外をも支配できると信じて疑わなかった。


 しかし、イライザはもういない。


 そしてその瞬間から、あらゆる歯車が狂い始めた。


 愛する者を失い、騎士団を失い、そして国をも失った今、エルネストが生きていることには何の意味もない。


「──陛下! そのような弱気な事はおっしゃらないでください!」


「そうですとも! 我々がついております!」


「たとえ騎士団全てが、いえ世界の全てが敵にまわったとしても、我ら近衛がいる限り、陛下は必ずやり直せます!」


 近衛騎士たちが口々にエルネストを励ます。

 この口ぶりから、すでに状況を察しているのだろう。

 騎士には主君の思考や感情が伝わるとされている。

 エルネストの絶望も、痛いほど伝わっているに違いない。


「……お前たち……」


 近衛騎士たちの命はエルネストと共にある。

 ならば、他の騎士団を失い、国を失ったとしても、エルネストには彼らの命に対する責任がある。


「……そうだな。まだ私には……、いや、には、お前たちがいる」


 かつて、王都のさかり場に入り浸っていた時などは、こういう乱暴な口調の方が受けが良かったものだ。

 近衛たちがどう思うかはわからないが、これは儀式だ。これまでのエルネスト・ポートリーと決別するために必要な儀式なのだ。


「──行くぞ、お前たち。

 お前たちも察しているだろうが、今、我が誇りあるポートリー王国は失われた。であれば、元友好国とはいえ、オーラル王国が俺たちに味方してくれるとは限らん。あの国は異邦人とうまくやっているようだったからな。もはや滅んだ国家よりも、今後の事を考えて異邦人の方を優先するかもしれん」


 かつて、ゾルレンでまみえたヒューゲルカップ領主はこう言っていた。国家に真の友人はいない、と。

 あれを自身の親友イライザの主君に対する警告だと捉えるのならば、その言葉通りオーラルはすでにエルネストにとって友人ではない可能性が高い。

 であればオーラルを信用するのは危険だ。

 あるいは、そのイライザを手にかけたのが異邦人たちだと分かれば話は別かもしれないが、この状況でヒューゲルカップ領主と直接話せる場を作れるとは思えない。


「とにかく、生き延びねばならん。

 今は生き延び、そして再び起ち上がる機会を待つのだ。もはやあらゆる国家は信用出来ん。自分たち以外は全てが敵だ。

 盗賊の真似事でも何でもして生き延び──そしていつの日か、全ての異邦人をこの大陸から排除するのだ」


 イライザが親友だと言っていた、あの領主に真実を告げるにしても、異邦人がうろついていたのではそれもままならないだろう。

 全ての異邦人を排除し、全ての真実を明らかにし、そしてポートリー王国を再建する。


 亡きイライザに報いるすべがあるとすれば、それだけだ。






★ ★ ★


前話でライラが「急所に命中させれば強化されたハイ・エルフだとしても十分殺せる」と言っていましたが、あれはイライザの事でした。


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