第343話「暗殺依頼」(ライラ視点)
〈え、そうなの!? じゃあどうするの? こっちは〉
レアのためにと、せっかく頑張ってポートリー国王をキープしておいたというのに、用済み宣言をされてしまった。
もちろん、いざという時の為にスペアを多く用意していたのは確かだし、そのうちのひとつが実を結んだのであれば全体の計画としてはプラスと言える。
しかし若干の無力感と言うか、一抹の寂しさはある。
〈どうしようかな。別にどうでもいいといえばどうでもいいんだけど。
敢えて無事なまま残しておいてもいいけどね。国も民も失った元国王のNPCって、放っておいたらどういう行動をするのかとか興味あるし〉
運営の話が確かなら、このイベントの終了後には正式にプレイヤー向けに国家運営サービスが展開されるはずだ。
その際、NPCが新たに国家を樹立できるのかは不明だが、プレイヤーに出来るのならシステム上はNPCでも可能なようにするだろう。
となれば、たとえ一度国を失ったとしてもいつか再び起ち上がる事が出来るかもしれない。
〈とりあえず、もう精霊王は確保したから、無理してそっちも頑張らなくてもいいよってこと。もしライラに何かやってみたい事があるようなら、それに使ってもいいし〉
〈……なるほど、ちょっと考えてみる〉
〈もし最後のパーティに参加させたいんだったら急いでね。今からわたし、ペアレ王都に行くところだから〉
〈んー。どうしようかな。今から何か考えて、パーティに間に合わせるっていうのはさすがに厳しいし……〉
〈……なんかその、いや、なんでもない〉
ふと、ひどく懐かしいものを感じた。
鼻の奥がつんとして、不意に実家の道場の畳の匂いが蘇ってくる。
これはたしか、レアがライラの本にジュースを零してしまった時の記憶だ。
あの時も妹は何かを言いかけ、そして言えずにモジモジしていた。
〈え、なになに? もしかしてごめんなさいするつもりだった?〉
〈……なんでもない。じゃあね〉
チャットが切れた。
今すぐにログアウトし、隣のVRモジュールのバイザーを引っ剥がして妹の顔を確認してみたい衝動に駆られるが、実際にそんな事をすれば次に切れるのは妹の堪忍袋の緒だ。
*
レアにはああ言ったものの、エルフの王も、精霊王も、別にライラ自身が欲していた訳ではない。
元はと言えば、計画の起点になったのはポートリー王国だ。
この若きエルフの王を籠絡し、精霊王として養成することで、フラグを入手するつもりだった。
かつての精霊王の遺産には苦労させられたこともあり、精霊王をドワーフから生み出すことには抵抗があったという事情もある。
イライザをエルネストに信用させ、自在に転がせるようになるまでにかなり長い時間と手間をかけてきたのだが、仕方ない。
必要ないというのなら、そのように処理するだけだ。
と言っても、今レアが言っていた「どのように思考してどのように動くのか」を見てみるというのは、確かにライラも興味がある。糸が切れた後の凧の行く先を何気なく観察してみたいという感覚に似ている。
せっかくここまで構築してきた人間関係を全て無にしてしまうのももったいないし、最後にひとつ、このイライザの存在を使って国王に悪意をプレゼントしてみるのも悪くない。
***
「──まだ、皆さまがこの街にいてくださったのは助かりました。ええと、名無しのエルフさん、でしたか。さん、までがお名前なのでしたら、別途敬称をお付けしたほうがよろしいでしょうか。名無しのエルフさん様」
「あ、いえ、そこは呼び捨てで構いません!」
「……領主さま、意外と面白い人だな」
「……いやこれ嫌味なんじゃない?」
ゾルレンに待機しているライリエネに憑依し、領主館にいつかのプレイヤーたちを呼び出した。
呼び出しにはユスティースを利用した。
彼女もプレイヤーだ。フレンドカードの交換をしていたかどうかは不明だが、SNSを利用すれば連絡をつけることは可能なはずだ。
この時期、全体的に書き込みは激減しているが、閲覧者数はそう減ってはいない。今回の呼び出しは別に隠すような事でもないし、不特定多数に知られたところで問題ない。
「申し訳ありませんが、一刻を争う事態でして、すぐに本題に入らせていただきます。
以前、あれほど邪険に扱っておいてこのような事を言うのは気がひけるのですが、実は本日は皆さまにお願いがあっておいでいただきました」
このプレイヤーたちがゾルレンでくすぶっていた理由に関しては察しがついている。
もともとヒューゲルカップ騎士団にくっついてゾルレンまでやってきたのも、ペアレ王都侵攻の助けとなるようになのだろうし、そのヒューゲルカップ騎士団がゾルレンに残り、ポートリー騎士団が遺跡に行ってしまったのでは、プレイヤーだけでペアレ王都に向かったところで意味はない。
ここまで来てそうするくらいなら最初からそうすれば良かっただけだ。
ヒューゲルカップ領主への説得に何日も費やし、ようやくその重い腰を上げさせたという事もあってか、もはや彼女たちは「ヒューゲルカップ騎士団をペアレ王都に向かわせる事」以外には意識が向かなくなっている。
損切りが出来ない者が陥る典型的な泥沼だ。
それまでにかけたコストを少しでも回収しなければ諦める事さえ出来ないという、思考プロセスの硬化に陥っている。
それだけに、彼女たちが今最も欲している、オーラル王国によるペアレ王都侵攻をチラつかせてやれば、こちらの要求を呑ませるのは造作もない。
「……お願い……」
「……領主のお願いって、普通にしてたらそんなの聞く機会ねえよな」
「あ、それだったら──でしたら、こういうのはどうでしょう」
名無しのエルフさんの金魚のフンか何かかと思っていた、男エルフの男性が声を上げた。
改めて見てみると、プレイヤーたちはやはりエルフが多い。
名無しのエルフさん同様に比較的前面に出てきている男エルフは2人いるが、そのうちの全体的に緑色をしている方だ。もちろん肌の色ではなく服装の事である。
「俺たちは傭兵です。ですから、領主さまのそのお願いというものを依頼として出していただくというのは。そしてその報酬代わりに、領主さまにひとつ俺たちのお願いを聞いていただく……。
言うなれば、取引です」
面倒くさい事を言いだした。
緑エルフの男はドヤ顔でライリエネの顔を見ている。
ライラは確かに、このお願いを聞いてもらう見返りに、ペアレ王都に兵を出すことを約束するつもりではあった。
レアの話ではもう時間もないし、今から派兵しても間に合うかどうか微妙なところだが、それで満足するのであればいくらでも派兵してやってもいい。何せもうこの国には特に用はない。どうなろうとどうでもいい。
しかし、これが取引となると話が違ってくる。
取引というのは通常、対等な間柄でしか成立しないものだ。
この対等というのは必ずしも立場や力関係がそうでなくても構わないが、少なくとも取引のテーブルに乗せる条件は対等である必要がある。
常識的に考えて、一国の軍隊を使って他国を襲撃させるなどという一大事に、釣り合うほどの条件をたかが傭兵が出せるわけがない。
これがライラが言ったように単なるお願い程度であれば、その見返りに、ヒューゲルカップ領主の裁量に許されている範囲という建前で、気が変わったという事にして騎士団を派遣してやっても良かった。
しかし取引となるとそうもいかない。
大したことのない要求の対価で派兵などしてしまっては、ヒューゲルカップ騎士団の価値はどれほど低いのかという事になってしまう。
レアやライラの目的とは全く関係なく、これは決して認められないことだ。
とはいえ、こちらの要求も最終的にはそれなりに重いものだ。
軽めのお願いをいくつか重ねていき、条件を絞り込んで、結果的にそうするしかないという状況に持っていかせるつもりだったが、彼らが最初からやる気ならそんな面倒な事をする必要はない。
重いという点においては十分に釣り合っている。
「──取引、ですか。いいでしょう。
ではまず、皆さまが報酬として欲する対価をお伺いしましょう。皆さまは私の依頼の対価として、何をして欲しいのでしょう」
聞くまでもなく分かりきっているが、取引であるなら僅かな齟齬もあってはならない。
「いやいや、先に言いだしたのは領主さまなんですから、先に言ってくれませんか」
どうやら、このプレイヤーは領主ライリエネと対等のつもりらしい。
これで先にライラが要求を出し、それを叶えられなかったとしたら彼らはどうするつもりなのか。
しかし先に言いだしたのはこのエルフの男──カントリーポップだ。
その発言の責任はとってもらおう。
「わかりました。ではまずは現状からお話ししましょう。
ポートリー騎士団がクラール遺跡群をペアレ騎士団より奪取し、制圧したのはご存知のことと思います。
私は密かに、かの騎士団を密偵に追わせていたのですが、先程その密偵から連絡が入りました。騎士団を率いているポートリー王、エルネスト陛下の目的が判明したというのです」
ライラの言葉にカントリーポップたちが顔を見合わせた。
「そ、それはつまり、この戦争──いや大戦の発端、真の理由が明らかになったということですか!?」
このように言うということは、彼らの中では大戦の発端はポートリー王国の侵攻で決まってしまっているらしい。まあ、客観的に見ればそうとしか考えられないため、無理もない。
それならペアレ王国を滅ぼすのではなく、ペアレ王国を説得してポートリーを止める方に労力をかければよかったのではと思わないでもないが、怒り狂う国家とそうでない国家であれば、後者の方がまだ交渉の余地がある。それを踏まえた合理的判断だろう。嫌いではない。悪くない手だ。能力が伴っていればだが。
「……そう、そうですね。多くの国を巻き込んだこの戦乱はまさに、大戦と呼ぶにふさわしい災禍でしょう。
その大戦の、真の原因です。
エルネスト陛下はこの遺跡に眠る力を使い、自分自身を、かつてこの地を治めたという精霊王として再誕させるつもりのようなのです。
そしてその力を以て大陸を支配し、いずれは大陸を飛び出し、かつての精霊王でさえ成し遂げる事が出来なかった、他の地域をも力で支配する事を目論んでいます」
「世界……征服……」
「なるほど、しっくりくる言い回しですね。そう、エルネスト陛下の目的は世界征服です」
カントリーポップたちは再び顔を見合わせ、しばらくの間黙り込んだ。
何をしているのか想像がつくが、会話の途中で黙り込み、内緒話をするというのは非常に失礼だ。
気づいていない風を装って嫌味のひとつも言ってやろうかと思ったが、ライラが面白い言い回しを思いつく前に彼らは再起動した。
「──それで、領主さまは俺たちに何をお望みなんですか?」
「はい。もちろん、オーラル王国としてもそのようなことは看過出来ません。道義的な問題もありますが、それ以上に、その目的を隠して我が国に協力させていたというのが問題です。そのような信頼を裏切る行為を許すわけにはいきませんし、我が国は我が国以外の独裁的な指導者は望みません」
「オーラル以外の独裁者は、ですか……」
「……はい、オーラル王国としてはそのように言うしか。ただ、私も我が女王陛下も、そもそも独裁政権を望んではいません。だからこそ、我が国を第一に考えざるを得ないわけですが」
自国の国益を第一に考えられないのであれば、多くの国民はそんな指導者は支持しないだろう。
国家元首が独裁者でないのなら、しかしだからこそ国益を優先する独善的な政策を取らざるを得なくなる。特にこの大陸のような未熟な社会形態ではなおさらだ。
ツェツィーリアはクーデターによって政権を強奪した。その経緯が表向き、義によって成り立っている以上、国民からの信頼を失うわけにはいかない。
ポートリー王が大陸制覇を狙っているのを阻止するというのは、この義と国益を両立させる、実にもってこいの大義名分だ。
「ですから、私のお願いはエルネスト陛下に目的を遂げさせないことです」
「……具体的には?」
そのくらい自分で考えろ、と言いたいところだが、依頼を妙なふうに曲解して要らない事をされても面倒だ。
「──ポートリー王エルネストの暗殺です」
「暗殺!?」
「そんな!?」
「流石にそれは……!」
彼らは世界各国に協力を求め、ペアレ王国を滅ぼすことを目的としていた。
今更ポートリー王の暗殺くらいで何を騒いでいるのか。
「皆さまの要求はわかっております。我がヒューゲルカップ騎士団に、ペアレ王都を攻撃してほしいというのでしょう」
「そ、それは……」
「……はい、そのつもり、でした」
カントリーポップは言いよどんだが、名無しのエルフさんが肯定した。
賢明な判断だ。
カントリーポップのように、無意味な駆け引きなどしても時間の無駄だ。どうせ要求などわかりきっている。
今頃彼らは、お願いを聞く程度で済ませておけばよかったと後悔しているだろう。その場合でも結果は同じだが。
「それはつまり、軍事力を行使してペアレ国王を倒してほしいということに他なりません。
皆さまは、こちらにそのようなことを要求するつもりであったにもかかわらず、自分たちはその手を汚すつもりはないとおっしゃるのでしょうか」
「そんなつもりは……」
プレイヤーたちはまたしても顔を見合わせ、相談を始めたようだ。
「──もちろん、必ずしもポートリー王を殺害する必要はありません」
「えっ」
「私達の目的はポートリー王国が遺跡の力を使用しない事です。南部の遺跡を破壊し、そして北部の遺跡も破壊できれば、彼の目的は阻止できると言えましょう。
皆さまにとってそちらのほうが気が楽だというのであれば、それでも構いません。
もっとも、南部の遺跡はポートリー騎士団がひしめいておりますから、遺跡を破壊するためにはポートリー騎士団と正面からぶつかる必要がありますが。
それから申し上げておきますと、暗殺もやむなし、というのは、我が女王陛下の判断に基づくものです」
仮にポートリー騎士団が居なかったとしても、遺跡の破壊など事実上不可能だ。
遺跡の扉はライラどころか、レアでさえ破壊することが出来なかった。プレイヤーたちが何人集まったとしても無理だろう。地面を掘って祭壇まで行くというなら話は別だが、肝心の遺跡本体の位置もわからないのに闇雲に掘ったところで行けるわけがない。
それがわかったわけではないだろうが、さすがに騎士団と真っ向から対決するのは分が悪いと判断したのだろう。
相談を終えたらしき名無しのエルフさんが答えた。
「──わかりました。ポートリー王エルネストを……。倒します」
「そう言ってくださると思っていました。実はすでに我が騎士団をペアレ王都に向かわせる準備は済んでおります。──アリーナ」
「ご下命、承りました」
部屋の隅に待機させておいたアリーナが一礼して出て行った。
これにより、即座にヒューゲルカップ騎士団はペアレ王都を目指し出撃する事になる。
プレイヤーたちの顔が暗くなった。
報酬がたった今、先払いされたとわかっては、もはや断る事も出来ない。
「エルネストの居場所についてはすでに掴んでおります。簡易的なものですが、地図がこちらに。この印の位置にいるはずです。
それから、これを──」
別室から侍女に持ってこさせた、槍のような物を渡した。
「……これは?」
「これは投擲槍”デスペレイト”。我がヒューゲルカップの武器開発チームが生み出した試作品です。投擲に特化した性能を持っており、使用すると消滅してしまいますが、その威力は折り紙付きです。
これであれば、国王であろうとも直撃させれば命を奪うことが可能です。少なくとも致命傷は避けられないでしょう」
この槍は以前、ユスティース用の装備を試作していた際の副産物として生み出されたものだ。
魔法に親和性の高いミスリルに、予め魔法を付与しておくことは出来ないのかという実験を兼ねてのものだった。
結果はとりあえず成功だったが、完成品は使用すると消滅してしまうのが難点だった。どうやら攻撃魔法を無理やり付与すると使い切りのマジックアイテム扱いになってしまうらしい。
しかもこのサイズの槍でさえ、低位の魔法しか込める事が出来なかった。かと言って使用するミスリルの量を減らすと付与さえ出来ない。
コストパフォーマンスが悪すぎる。総ミスリル製であることを考えると、とても実用性はない。
この槍の存在はレアにさえ言っていない。
レアもライラに言っていない事がたくさんありそうだし、いつかびっくりさせてやるつもりで継続して研究中だ。
これであれば失われても惜しくはないし、ミスリル製の槍に低位とはいえ攻撃魔法を乗せた破壊力なら、急所に命中させれば強化されたハイ・エルフだとしても十分殺せるだろう。
プレイヤーに渡してしまえばSNSを通して拡散される恐れがあるが、軽く口止めをしておけばそう広められることもないはずだ。
なにせライリエネの配下にプレイヤーがいる事は、すでに周知の事となっている。
下手にSNSに書き込んでしまえば、こちらの耳にも入るだろう事など考えなくてもわかる。
*
「──行ったかな。じゃあ次はこの街で居残りしているポートリーの貴族たちだ」
第二騎士団統括、モリゾー侯爵と、第三騎士団統括、ラッパラン伯爵だ。
彼らの直接の戦闘能力は騎士たちほどではないため、このゾルレンで留守番をしている。
なにしろ彼らが死亡してしまえば、第二、第三騎士団は全滅してしまう。普通は騎士団を統括する貴族階級は安全な場所に待機している者だ。自ら戦場に乗りこむエルネスト国王が異例なのだ。
もっともそれは、遺跡の力を自分の物にするという目的があるためだが。
エルネストには、いやポートリー王国にはもう用はない。
教授の分析や彼からの報告によれば、MPCがポートリーの滅亡フラグを立てるのはもう間もなくだそうだ。ひとつ目の大都市の襲撃で自信がついたのか何なのか、教授もかなりテンションが高かったので若干の不安要素はあるが、バンブからも同様の報告が来ているので間違いないと判断していいだろう。
国王が健在でありながら国家が滅亡した場合、国王に具体的にどういう影響が出るのかは見てみたかったが、これはレアから雑談程度にウェルス王の様子を聞いている。
王でなくなったという自覚はあるようだが、特に面白い挙動になるわけでもないようだし、別にもう直接見られなくとも構わない。
「今、貴族たちをキルしてしまうと遺跡の戦力が低下しすぎちゃうな。拘束する程度にしておくか。生かしておけば何かに使えるかも知れないし」
★ ★ ★
「デスペレイト」は「自暴自棄な」とかそういう意味です。
消費アイテムだからある種の思い切りが必要、という理由だと見せかけておいて、実は「投げ槍」と「なげやりな気分」をかけているというライラ渾身の高度な(ry
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