第342話「最近わかった新事実」
「──む! 何奴!」
こっそりと忍び込むのには慣れたはずだった。
ペアレの岩城、その上層階にある王の執務室。
その場所だけはあらかじめ、ゴードンたちから聞いていた。
『天駆』で岩城を駆け上がり、執務室の窓の外で、さてどうやって侵入しようかと考えていたところ、中から声をかけられたのだ。
ゴードンたちが物理的な解雇をされず、まだ城内で働いていたのであれば、もう少しスマートに訪問する事もできた。今さら言っても仕方がない事だが。
ともあれ、こちらの存在に気付かれているのなら、いつまでも外にいても仕方がない。
街では聖教会の救世主たちがプレイヤーやシェイプの騎士たちと激戦を繰り広げている。
序盤こそシェイプ騎士団の一部が突然倒れた事もあり救世主有利の戦況が展開されていたようだが、プレイヤーたちは何度倒しても起き上がってくる。
プレイヤーたちも無限に時間があるわけでもないし、戦い続けているうちにいずれは退く時がくるのだろうが、それまでに救世主たちが優勢でいられるかどうかは未知数だ。蓄積されていく疲労やダメージもある。
あまりのんびりしている時間はない。
「──こんばんは。夜分遅くにすみません。今ちょっとお時間よろしいですか?」
よかったら窓を開けて話を聞いてほしい。
そういうつもりで問いかけたのだが、返事は冷たいものだった。
「いいわけなかろう! 仮に時間的に問題ないとしても、いきなり窓からやってくる不届き者を招き入れるとでも思っているのか!
だいたいここがどれだけの高さにあると思っている! お前はどうやってそこまで来た!」
窓越しに怒鳴られてしまった。
当然と言えば当然だ。
これまでの暗躍では、直接ターゲットの目の前に現れてみせる事で相手の動揺を誘い、いつでも手を下す事も容易だという無言の脅しを背景に、強引に話を聞かせてきた。
しかし今回は、そうする前に見つかってしまった。
この辺り、さすがは獣人であり、さすがは上位の種族と言うべきだろうか。その感覚の鋭さは頭ひとつ抜けている。最近分かってきた事実──すなわち、レア自身はどうやら隠密行動に向いていないらしい事──を差し引いても、である。
レアを怒鳴りつけるペアレ王は随分と強気だ。
人を呼んだりする様子もない。
レアを警戒しているのだろう。下手にそういう行動に出て、余計な刺激はしたくないということだ。窓を開けてこちらを確認しようとしないのもそうだ。窓に近づくことさえしていない。
総じて言えることは、これまで相手にしてきた元首たちに比べて実に冷静であるということだ。
他にいつもと違うところといえば、窓越しか否かという程度だろうか。
しかしこれが意外と馬鹿にならない。
目に見える物理的な壁というのは、たとえどれほど薄いとしても、それが心理に及ぼす影響は大きい。この壁や窓を通し、間接的にレアと対する事で、ペアレ王は心理的に余裕をもった状態で会話が出来ているのだろう。
この強気な態度はその表れだ。もちろん、自分たちが元々上位の存在であるという自信もあるのだろうが。
「……まあ、そうおっしゃらずに。今日のところはお話だけでかまいませんから、聞くだけ聞いてはいただけませんか? わたくしはお部屋には入りませんから。この位置で、お話を聞いて下さるだけでいいのです」
「……考えられない事だが仮に、仮にだぞ。お前が全く何の害もない、純粋無垢な存在だったとしてだ。
だったとしても、今わしは非常に忙しい。お前のいる窓の外からならばよく見えるだろうが、この街は今、ドワーフどもに攻め込まれておる。余計な事に時間を割いておる余裕はない」
警戒は確かにしているのだろうが、どこか余裕も感じられる。
あるいは本当に、レアのような単独の曲者にかかずらっている暇がないのかも知れない。
こちらの正体などどうでもよく、ただとっととどこかに消えてほしい、と思っているのか。
しかし国王が忙しいのだろうことはレアにも十分わかっている。
この時間だ。そう考えていなければ執務室ではなく寝室へ行っていたところである。
時間がないとか言いながら、こうして会話をしてくれるというのは実に
「もちろん存じておりますとも。おっしゃられるように、ここからなら街がよく見えますからね。
そしてわたくしがここに参りましたのも、まさにその陛下のお悩みを解決するためと言っても過言ではないのです」
「……最近、似たような話を聞いたばかりだ。そして今は、その話を聞いた事を後悔しておる。
お前の事は忘れてやるから、とっとと
最近聞いた話というのは十中八九聖教会の総主教の話だろう。
後悔したのもむべなるかな、だ。
何しろ城下で暴れている者たちの中で、最も多く周囲に被害をばらまいているのが、他ならぬその聖教会の救世主たちなのだから。
もちろん本人たちに悪気は無いのだろうが、誰も彼もが巨大化して戦っている。巨大化して街なかで戦闘をしているとなれば、どうしたって建物は壊れるし、巻きこまれた住民は死ぬ。
サイズ的にも燃費的にも、救世主たちは本来拠点防衛を主として運用するのが合理的であろう者たちだ。しかしそもそも拠点防衛というのは拠点に近づく敵の撃破を目的として行なうものであり、間違っても拠点の中で戦うことではない。
敵に入りこまれてしまった時点で、普通に考えて大型の機動兵器は使えない。
本来であれば白兵戦で対応すべき場面である。つまり救世主たちは、人の身のまま対応すべきだった。
こうなってしまったのも、救世主たちにとって重要なのが王都の民の安全ではなく、自分たちの地位と力の誇示だからだろう。
これでは、せっかくジャネットたちが身を呈して白衣の変態たちから王都を守り、わずかなりとも聖教会のイメージを向上させたというのに、すべて台無しだ。テンプルナイツの名が泣いている。
「その後悔の元というのは、あそこで暴れている者たちのことですね。よくわかりますよ。あのように好き勝手に暴れられては、せっかくの美しい王都も見る影もありません。
──どうでしょう、陛下。あそこで暴れている者たち、その全てを始末するだけの力を得られるとしたら、陛下のお悩みは解決できるでしょうか」
「たった今言ったはずだぞ。その手の話はもう聞かぬ」
聖教会はいったいどれだけ王家のヘイトをかっているのか。
もっとも、気に入らない存在とはいえ実力は確かだということで、防衛を任せてみたらあの通り、となれば、警戒が強まるのも仕方がないが。
「お待ち下さい。あの者たちは、陛下に代わって余計なことをしようとしたからこうなっているのです。しかしわたくしがご提案する物であれば、そうはなりません。
わたくしが陛下に献上するのは、純粋な力。問題を解決なさるのは、あくまで陛下ご自身です。
これならば、いかにわたくしが信用できないとしても、あのように予想外の被害が出てしまうことなどありますまい」
「……ますますもって、信用ならん。
人はそう簡単に力を得ることなど出来ぬ。力を得るためには、相応の代償が必要だ。それは力を得るための努力であったり、力を得たことで失われる大切な何かであったりだ。
少なくとも我が王家はその覚悟を持って力を追い求めてきた。聞こえのいい言葉だけを並べ立てて力の押し売りなど、誇りあるペアレ王家の一員であれば、聞く耳など持つはずがない」
そうでもなかったが。
レアはかつておもちゃにした第1王子を思い出した。
しかし、無理強いをするつもりはない。
部屋への侵入に失敗した時点で、今回の作戦にはケチがついてしまっている。その後も話を続けていたのは、うまくいったら儲けもの、と考えてのことだ。
マグナメルムにとって、今やペアレ王国は最も予備が多い勢力だ。
国王が駄目なら別の者を使うだけのことである。
選ぶのは国王ではない。レアだ。
天秤にかけられているのは、国王の方なのだ。
「そうですか。でしたら仕方がありませんね。
この力は、あちらでお楽しみのペアレ聖教会総主教様にお渡しすることにいたしましょう」
「……何?」
王都南部で暴れている総主教でも、北部で暴れている他の主教でも、あるいはパストを守っている主教ベラでも誰でもいい。
あの者たちならばすでに一度、力への誘惑に屈している。
もう一度転ばせることなど造作もない。
「それでは陛下、夜分遅くに失礼いたしました。ごゆっくりお休みくださいませ。
明日の朝にはきっと、全てが終わっていることと思います」
「──待て!」
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