第341話「誰が変態ですか」(アマテイン視点)
第七災厄・セプテムによる要らぬ気遣い、「おかわり」とやらを何とか下し、北上したアマテインたちペアレ侵攻南部方面軍は、現在はラティフォリアの街をさらに越え、王都が見える丘の上に布陣していた。
ラティフォリアはダンジョンが遠いためか、その街を覆う外壁などはない。
王都とも若干の距離はあるのだが、高速馬車が定期便として運行している事もあり、心理的には王都近郊都市という位置づけらしい。
しかしまさか、王都を攻め落とそうというのに定期馬車など使えるわけがない。
いかにアクセスがいいとはいっても、ラティフォリアを前線の拠点にするには少々王都は遠すぎる。
ペアレ王国側に気付かれないよう慎重に軍を進め、何とか王都の様子を見られる位置まで来る事ができた次第だ。
今のところ、王都の衛兵に気付かれている様子はない。
この野営地が戦場になってしまえば、当然この場所をリスポーン地点として利用する事は出来ない。
そのため戦うのであれば攻め込む方が望ましい。仮に会敵してしまい野戦になるにしても、なるべく野営地よりも王都に近い方がいい。
ただし、疲労の溜まっている南部方面軍だけで王都を攻めたとしても落とせるとは限らない。
作戦を成功させるには北と南からの挟撃の形をとる必要がある。
タイミングが重要になってくるため、アマテインたちはひそかに北部方面軍に随行しているプレイヤーたちと連絡を取っていた。
当初は北部もパストという街を拠点とし、王都か北部の遺跡のどちらへも派兵できるよう布陣するつもりだったということだが、そのパストにもレイドボス級の敵がいたらしく、これは断念したとの事だった。
現在は遺跡は一旦諦め、先に王都を落とすべくやや南下してきているという話だ。
チャンスは今しかない。
というのも、もうこの遠征軍に残された時間が少ないからだ。
まず、問題なのは食糧だ。プレイヤーたちが貯蔵している食糧は残り少ない。
キーファの街などのダンジョンを利用すれば他国から食糧を買い付けてくる事も可能だが、それも任意のタイミングで可能なわけではないし、プレイヤーたちの財布事情もある。
この遠征ではずいぶん経験値を稼ぐ事が出来ているが、金貨はからっきしだ。経済的には支出が嵩むばかりである。
そのため、遠征軍に随行しているプレイヤーたちで示し合わせ、今各々が持っている食糧が尽きたら、残念ではあるがペアレ打倒は諦め、それぞれ別の道を模索するという方向で話がついていた。これは北部も南部も共通の認識である。
それに加え、ペアレの南部にあるクラール遺跡群がポートリー王国によって制圧されてしまった事もある。
これにより、遺跡に陣取っていたはずのペアレの正規の騎士団がフリーになってしまった。
彼らは数で勝るポートリー騎士団から遺跡を奪還する事は諦め、北上して王都に戻ろうとしているらしい。
ハトか何かで連絡をとったのか、それとも予め奪取された場合の打ち合わせがしてあったのかは不明だが、今現在、王都を睨む南部方面軍は後ろからペアレ騎士団に追い上げられている状況にある。
ペアレ王都にどのくらいの戦力が残されているのか不明だが、このままでは挟撃を受けてしまう。
いずれにしても、ここに至っては短期決戦でペアレ王都を攻め落とすしか道は無かった。
「──北も南も、街を拠点にしてもう少しやりやすい挟み撃ちになるはずだったんだけどな」
こうした待ち時間というのはオンラインゲームでは避けては通れないものだ。
大昔はゲームと言えば椅子に座ってモニターとにらめっこというスタイルだったらしい。待ち時間には漫画などを読んだり、攻略サイトをチェックしたりといったこともできたようだが、完全没入型のVRゲームではそれは難しい。
雑談でもするか、もしくはゲーム内で時間を潰せる何かを用意するしかない。
噂では『複製魔法』とかいうスキルを駆使し、ゲーム内でカードゲームを作り出したプレイヤーもいるとかいないとか。
藤の王の愚痴にキングJが答える。
「言ってもしかたないだろ。別にお前だけラティフォリアの宿屋でリスポンしてもいいんだぜ」
「いやーきついっす。てか、今のご時世でヒューマンの俺がペアレの宿に泊まれんのかな。街入った瞬間拘束されたりしない?」
「あの街は城壁とかないから、うまくやりゃ宿まではいけるんじゃないか」
「うまく宿まで行ったところでどうせいっちゅうんや。衛兵に通報されて終了だわ」
アマテインも会話に混ざろうか、としたところでその手が暖かがやってきた。
彼女、彼、いや彼女はフレンドチャットを使い、北部のプレイヤーと連絡を取っていたはずだ。
それが終わったという事は、王都襲撃のタイミングが決まったという事だ。
「──皆さん。お待たせしました。ペアレ王都に襲撃をかける時間が決まりました」
「やっとか」
「それで、いつからなんだ」
雑談をやめた藤の王や、他のプレイヤーたちもわらわらと集まってくる。退屈していたのはみんな同じだ。この時をずっと待っていた。
「決行はゲーム内時間で20時です。まだ少し時間がありますが、日が落ちきるのを待つことにしました。
獣人は夜目が利く方も多いのでそれほど有利にはなりませんが、一般的なライフスタイルを考えれば、20時ならもう夜更けといっていい時間です。急襲という形はとる事が出来るはずです」
夜に攻め込む利点というのは暗いからだけではない。
明かりを前提として文明を構築してきた人類にとって、基本的に夜は眠る時間だ。娯楽の発展していない、このゲーム内世界のような場所ならなおさらである。
そういう本来の活動時間以外のタイミングで戦闘を仕掛ける事で、敵の不意を突き、迎撃の対応を鈍らせるのだ。
「じゃあまだ少し時間があるな。今のうちにログアウトしておくか」
アマテインは自分の左手首に表示された時間を確認した。
ゲーム内時間はUI画面でいつでも確認可能だが、視界に常に表示させておくことも出来る。
しかし視界の隅に常に動く何かが見えているというのは、極限状態で集中したい時、マイナスに働くこともある。
そのためオプション設定で、視界以外の別の場所に設定する事も出来た。
アマテインが設定したのは左腕の手首だ。古いドラマムービーなどではここに携行型の時計をセットしている登場人物が多く、その仕草が格好良かったため真似をしているのである。
「……誤差なし、と」
「ぶはは! 誤差なんてあるわけねーだろ! 時間表示はサーバーから提供されてんのに! 何やってんのアマテイン!」
「たまに妙なことするよなあんた。なんかのゲン担ぎか?」
「いいではないですか。ではみなさん、決行10分前にはこちらに集まっておいてくださいね。騎士の皆さまにはすでに伝えてありますから」
その手が暖かが、自分だけはわかっているよ、とでも言うような生暖かい視線を投げてきた。
何とも言えない恥ずかしさが巻き起こり、ひっぱたいてやろうかと一瞬思ったが、何とか耐えた。あれでは「その目が暖か」である。
*
決行の時間になり、南部方面軍は一斉に王都目指して進軍を開始した。
作戦は順調だった。
ペアレ王都には城壁がない。
有事の際にはその頑強な岩城に都民を避難させる前提で都市計画がたてられているという話だが、このように夜襲で突然攻め込まれてはそうもいかない。
そもそも、街中に敵が溢れている状態で城の門を開けることさえリスクが高い。
これまで直接王都を攻撃される事が無かったのだろう。有事の際にはそうすればいい、という計画は、実際に有事が来てみなければその不備やデメリットも浮かんでこない。
これまでの平和が裏目に出たのだ。
アマテインたち南部方面軍は王都の街並みを蹂躙し、ペアレの市民をキルして回った。
もちろんいい気分はしないが、これも必要な事だ。
それに一般市民をキルする事に関しては、何度もゲリラに攻撃される事で慣れてしまった。
それが良かったのか悪かったのかはわからないが、そんな事は終わってから考えればいいことである。
そんな心のうちはともかく、作戦が順調に推移していることは確かだった。
しかし突然、その状況は変わった。
がしゃりがしゃり、と何かが崩れるような音があちらこちらから聞こえてきた。
「なんだ!? どうした!?」
シェイプの騎士たちが突然、一斉に倒れたのだ。
まるで不可視の矢か何かに全員が同時に射られたかのように、騎士たちはその場に崩れ落ちた。
「──隠れろ! 何かはわからんが、何らかの範囲攻撃を受けてる!」
「なんだこりゃ! 広範囲即死攻撃か!?」
プレイヤーたちは慌てて近くの建物の陰などに隠れ、周囲を警戒した。
幸い、と言っていいものか、攻撃を受けたのは騎士たちの一部のみで、プレイヤーは全員が無事のようだ。突然死亡したという報告は来ていない。
しかし慌てるプレイヤーたちをよそに、無事に生き残っている騎士たちは隠れたりといった行動をとろうとはしない。
「おい、あんたらも──」
プレイヤーのひとりが騎士に声をかけ、隠れさせようとするが、騎士は呆然と倒れた仲間を見つめるばかりで動こうともしない。
「も、もしや、陛下の身に何かが……」
騎士のひとりが漏らした呟きを耳が拾ったが、いまいちよくわからない。
彼らが陛下と呼ぶ相手といえばシェイプ本国にいるだろうシェイプ王しかいない。騎士たちが突然死亡した事と、シェイプの王の安全に何の関わりが──
「──国王……、騎士……。まさか、今亡くなったのは」
アマテインの近くで隠れていた、その手が暖かが何かに気づいた。
恐る恐るだが物陰から出ていき、周囲を見渡す。
「今亡くなった騎士というのはもしかして、シェイプ国王陛下の直属の近衛騎士たちだけなのでは……。そしてその騎士たちだけが全員同時に亡くなったという事は、つまり……。
誰か、公式サイトを──」
「──やあってくれたなあ! 土臭いチビどもがあ!」
その時、法衣を着た初老の獣人の男性が、血走った目で騎士たちを睨みつけながら現れた。
倒れている騎士たちを見て一瞬怪訝そうな顔をするも、死んでいる者に用はないのか、遺体を踏みつけて、なおも叫ぶ。
「このわしの王都に土足で踏み入り! このわしの民たちを傷つけ! そしてこのわしの顔に泥を塗る!
これがいかに罪深い行ないか、貴様らわかっておるのだろうな!」
老獣人が着ているのはどう見ても法衣である。
ならば聖教会の関係者なのだろうし、王都の民は聖教会のものではない。この老獣人の言い草はお門違いだ。
いやその前に、その手が暖かの推測が途中だ。
もし彼、いや彼女の推測通りにシェイプの国王に何かがあったのだとすれば、シェイプの騎士団にとってはペアレ遠征どころではない。
国王以外の眷属の騎士たちは今のところ無事であるようだが、国王にさえ危害を加える事が出来る存在がシェイプ王都にいるのなら、残った彼らの主君である貴族たちもいつまでも無事であるとは限らない。
もしここでシェイプの騎士団が退くような事になれば、作戦継続は不可能だ。
老いた獣人の相手などしている暇はない。
とにかく一旦さがり、態勢を立て直すべきだ。
聞けば北部でも、近衛騎士たちの死亡による同様の混乱が起きているらしい。
この時間のロスは痛いが、プレイヤーたちの勢いだけで押し切れるとも思えない。
「みんな! とにかく一旦退くんだ! このままでは作戦続行は無理だ!」
近くにいる騎士を殴り、強引に正気に戻しながら撤退を訴えた。
アマテインの言葉を聞いたプレイヤーたちも、その意を汲んで口々に撤退を叫びながら後退を始める。
「愚かな! 逃がすと思うか! 『変態』! 『変態』! 『変態』ィィ!」
この老人は突然何を言い出すのか。
王都に攻め入り、住民をキルした事を咎められる分には甘んじて受け入れようが、イケメンとはいえ爺に変態呼ばわりされる謂れなどさすがにない。
「だだだだ誰が変態ですか! 失礼な! 証拠でもあるんですか!」
その手が暖かが過剰に反応している。
無理もないし気持もわからんでもないが、今はそれどころではない。
「おじいさん! 今のは撤回──」
「馬鹿! 危ない!」
視界の端に映った何か。
それに猛烈に嫌な予感を覚え、アマテインはその手が暖かの手を引いた。
するとほんの一瞬前までその手が暖かがいた場所を、何かが通り過ぎた。
恐る恐る足元を見てみると、そこには深く大地を抉る亀裂が出来ている。
「──言ったはずだ。逃がさんと。もちろん、撤回はせぬ」
先ほどの老人の声だ。
ずいぶんと高い位置から聞こえる。
見上げると、月明かりに照らされた、高く大きな何かがある。
こんなもの、つい今の今まで無かったはずだ。
「──貴様たち、南から来たようだな。ということは、南に向かったあやつはもしや、貴様たちに倒されてしまったということか。
同行していたセプテムはどうでもよいが、我が弟子を倒したとなれば、やはり貴様たちを許すことはできん。
ここで必ず、全員殺す。1人も逃がしはせぬ」
声は高く大きな何かの上から響いている。
その正体は巨大な虎だ。いや熊かもしれない。タヌキの可能性もある。
しかしそのいずれとも違う。
その巨大な身体は何本もの脚に支えられ、そこだけ見れば、獣というよりムカデか何かにも見える。
ムカデと言うには短く太く、全身が虎柄の毛に覆われており、そのシルエットはまるで熊だ。異常に多い脚のせいで胴長で、サイズを別にすればタヌキの方が近いかもしれない。
後方からは何本もの尾が伸びている。先ほどアマテインたちの目の前を穿ったのはこの尾だ。
「……南の弟子とかいうのって、もしかしてあの巨大なオコジョか。どう見ても同じ系統だ」
「……そうでしょうね。あれがオコジョだったとすれば、こちらは何でしょうか。差しづめネコバ──」
「おいやめとけ」
もしやと思い、巨体のさらに上を見ると、やはりそこには老人の上半身があった。
その老人が言う。
「──北から来ていた、貴様たちのお仲間のところへは、別の弟子が向かっておる。
貴様たちの目的が儀式の間であることは分かっておる。おおかた、我がペアレがその秘密を解き明かしたと聞いて欲をかいたのであろうが、侵略してきて成果だけ掻っ攫おうなどとは虫がよすぎるわ。
……うん? 遺跡を解放したのは我が国だったか? それともセプテム? まあ、よいわ。
いずれにしろ、貴様たちの野望はここが終着点だ。我が力の前に朽ちるがいい!」
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