第330話「意地悪」(ライラ視点)





「ライラ様、またあのぷれいやー達が来ているようです」


 会議室兼執務室と化した食堂にライリエネがやってきた。


 その報告にライラは眉をしかめた。

 この食堂は城主のプライベートエリアにあるため、応接室に通されたのであろうプレイヤーたちがこちらまで来ることはないが、それでもいい気はしない。レアを泣かせたプレイヤーたちであることを考えるとなおさらだ。いや泣いたかどうかは聞いていないが、多分泣いていたはずだ。間違いない。


 それに彼らがこの城に謁見を求めにくるのはこのところ毎日のことである。

 あまりに鬱陶しいので、ツェツィーリアを通して謁見に回数制限を設ける法律を作ってしまおうかと考えたほどだ。

 もちろんこれに抵触すれば裁判なしで投獄である。プレイヤー相手なら死刑よりその方がダメージが大きい。


「……まあ、さすがにあからさますぎるし、そんな法律作れるわけないけど」


「どんな法律でしょう。いかなる法でも、ライラ様の望むように出来ましょう」


「しないって言ってるでしょ。独り言だよ」


「失礼いたしました。

 それで、ぷれいやーの件はいかがなさいますか? いつものように私が適当に対処し、追い返しておきますか?」


 それでもいいが、そうしてしまうとまた明日も来るだろう。

 問題の先延ばしにしかならない。


「──そろそろ私もイベントに混ぜてもらうか。

 ライリエネ、ちょっと身体貸してよ。私が行こう。

 それと言い忘れてたけど、ちゃんと異邦人って言ってよね。広めようとしてる私たちがプレイヤーとか言ってたら駄目でしょ」









「毎日毎日、忙しいところすみません──」


「いいえ。構いませんよ。確かに私には処理すべき仕事が山積していますが、それらはすべて領民のためのものであり、皆さんのような異邦人の方々のためのものではありませんからね。

 ですので皆さんが全く考慮してくださらないとしても、それは当然のことですから」


 いつもライリエネがしていた、少し困ったような表情を浮かべて話す。

 鏡を見て練習したわけではないが、元々ライリエネはライラに雰囲気が似た騎士を領主として取り立てたのだ。それほど違和感はあるまい。

 話している内容はともかく。


「……うおお。すんごい嫌味言われた」


「……さすがに怒らせちゃったかな……」


「……でも、ライリエネさんの協力は必要だし」


 小声ではあったが、『聴覚強化』を持つライリエネ──の身体を借りているライラには聞こえている。


「それで、本日のご用件は? 昨日までと同じでしたら、時間ももったいないので結構ですけど」


「あっ……。はい、その。同じです」


「そうですか。でしたら私の返事も同じです」


 このまま帰ってくれるのならそれでもいい。これならあちらにも、お互いに全く何の進展もないことはわかるだろう。であれば本当に時間の無駄だし、無駄とわかっていてこれ以降も来ることはあるまい。


 ここで帰って、しかも明日も来るようであれば逆に凄い。全く何の意味もない謁見を、そうと分かった上で連日行なっている事になる。

 これがライラの手を煩わせるための何かの策だというなら大したものだが、そうでないならただ自分を安心させるために「何か努力している」という実績が作りたいだけだろう。目的と手段が逆転しているとも言う。


「いえあの、そこを何とか、考え直していただく訳にはいきませんか?」


「いきませんが」


 メインで話をしているエルフの女性が眉根を寄せて押し黙った。

 先ほどから鸚鵡返しで否定するライラの言葉に苛立ちを覚えているのだろう。

 しかしそれを抑え、エルフの──名前がわからないので仮に名無しとするが──名無しさんは滔々とうとうと語りだした。


「──今、この大陸には未曾有の危機が迫っています」


「存じておりますし、同じ話をこのところ毎日伺っております」


「戦争、という言葉自体は、これまでも魔物との間にあったとは思いますが、それが今、人類同士で起きようとしています。いえ、もうすでに起きています。

 これもご存知の事と思いますが、こちらの騎士であるユスティースさんと、彼女がペアレ王国に連れて行ったポートリーの騎士団が、ペアレ王国の第1王子を害してしまいました。この事自体は事故とも言えるものですが、その結果、大陸全土を巻き込む大戦に発展してしまいました。

 オーラル王国に責任があるとまでは言いませんが、ポートリー騎士団の不法入国の手引をしたのは確かです」


「それは我が国に責があると言っているも同然ですよね。

 それで、その責任をとってペアレ王国を滅ぼす手伝いをしろとおっしゃりたいのでしょう?」


 エルフの名無しさんは何か言いたげに口をモゴモゴさせていたが、観念したように吐き出した。


「──はい。そうです。

 今回、ペアレ王国はある意味で被害者であるとも言えます。

 事件はすべてペアレ王国内で起きていますし、例えポートリー騎士団やウェルスの聖女様が証言したように、本当に第1王子が街を襲うつもりだったとしても、それはペアレ王国の問題です。他国が口を出すことではありませんし、ましてや勝手に戦闘をしていいはずがありません。

 そもそもペアレ王国の許可なく遺跡とやらにポートリー騎士団が立ち入ったのも問題です。今回の件で最も糾弾されるべきはポートリー王国でしょう。

 しかし結果としてペアレ王国が周辺国家のほとんどに宣戦布告をし、周辺国家の全てと事実上の戦争状態に入っていることは事実です。

 ペアレ王国には申し訳ありませんが、もはやの国を力でもって止めるしか方法はありません」


「それに手を貸せとおっしゃる?」


「そうです。残念ながら我々異邦人だけではそれは成しえません。また現在、シェイプ王国も騎士団をペアレに差し向け、ペアレ打倒を目指しておりますが、その遠征軍の被害も大きく、このままではいずれ消耗していき、シェイプはペアレに屈してしまうでしょう。

 そうなってからでは遅いのです。シェイプ王国に戦う力が残っているうちに、何としても各国で協調し、一刻も早くペアレ王国を止めなければ……」


 これまではライリエネから報告を受けていただけであり、きちんと話を聞いたことは無かった。

 改めて聞いてみれば、中々堂に入った話しぶりと言えるだろう。

 強い言葉というのは説得力を増す効果もあるが、時に反感も買いやすくなる。特に相手が否定的な意見を持っているならなおさらだ。

 説得や交渉の際での使用は十分注意する必要がある。

 しかしこのエルフの名無しさんは、ペアレを「倒す」とか「滅ぼす」といった言葉は使わなかった。あくまで「止める」に留め、しかも協力要請という名目を持ってくることで、オーラル側が受ける罪悪感を誤魔化そうとしている。

 これは確かにいい手だ。

 説得したい相手が領主なら、決断するのはその領主だが、実際に手を下すのは配下の騎士だ。決断させる時にさえ柔らかい言葉でくるんでおけば、後はどうにでもなる。


 しかしどうしてこう、ゲーム内でライラに寄ってくるプレイヤーというのは、言動が胡散臭い人物しかいないのか。


「おっしゃることはわかりますが、あいにく私はいち地方領主に過ぎません。

 私が守るべきなのは我が都市の民であり、大陸の平和ではありません。

 ペアレ王国を倒すという事が、我が国が派兵する危険を冒してまで、しなければならない事とは思えません。

 仮にあなた方がおっしゃるように、ペアレ王国がシェイプ王国を返り討ちにし、そしてその牙をウェルスやオーラルに向けるとしても、その時になってから対処すればいい話です。

 我が国はウェルス王国とも交流がありますし、聖女様とは特に懇意にしております。ペアレ王国がウェルスや我が国を攻撃するというのなら、ウェルスと連携してこれを挟撃するだけです。おそらくその方が遥かに被害は小さく済みましょう」


「それは……」


「それに、先ほど宣戦布告とあなたはおっしゃいました。文脈から察するにそれは戦争をするぞという宣言の事を指すようですが、我が国がペアレ王国から正式な文書でそのようなものを受け取ったという事実はありません。

 であれば、現段階で我が国がペアレ王国に派兵をする事は、攻撃されるかも知れないからこちらから先に攻撃しに行くという、極めて独善的かつ野蛮な行為と言うよりありません」


「し、しかし、事実として国境付近ではペアレ王国による被害が……」


「確かに被害の報告は受けておりますが、それに対する報復で国ひとつを滅ぼしてしまってもいいとまでは思えません。それに最近はそうした被害も減っています。おそらくは今あなたがおっしゃった、シェイプ王国の侵攻の影響なのでしょう」


「──これでシェイプ王国が倒れてしまえば、少なくとも再び被害が拡大してくることは確かですよ。それでもいいのですか」


「それは脅しでしょうか?」


「い、いえ、そういう意味では」


 教授と比べて詰めが甘い。

 あの教授との邂逅は決して楽しいものではなかったが、こうして考えると何の役にも立っていないわけではないらしい。もっとも、最近レアの教育に良くない影響を及ぼしているらしい点については考えておく必要があるが。


「そもそも、なぜシェイプ王国が倒れる前提なのでしょうか。

 シェイプ王国は騎士団をペアレ王国に出撃させたのでしょう? ご存知のこととは思いますが、騎士団というのは滅びる事がありません。先ほど被害が大きいとおっしゃいましたが、それは具体的にどういう状況なのでしょう。

 シェイプ王国とペアレ王国の現有戦力を考えますと、圧倒的にシェイプ王国の方が騎士の数が多かったと記憶しております。普通に考えれば、騎士の少ないペアレ王国は相手国を攻め落とす事でしか勝機を得られません。攻められている時点でいずれ負けてしまうでしょう。

 この状況で、我が国がわざわざちょっかいを出す必要がありますか?

 それとも、異邦人の皆さまには、シェイプ王国が近いうちに滅びるという確信でもお有りなのですか?」


 もちろんシェイプは滅びる。レアがそう望んでいる限り、それは確定した未来だ。


 しかしその未来を公式に知っている者は少ない。

 例えばウェルス王国やポートリー王国であれば、スパイでも送り込んでいない限りはこの時点では知らない可能性が高い。

 オーラル王国であればシェイプと貿易によって直接の交流がある。たとえライラが居なかったとしても気づいていてもおかしくないが、オーラルとシェイプの貿易について詳しく知っているプレイヤーはそういないだろう。


 要はライラは、この名無しさんが、持っている情報をすべてオーラル側に開示していない事が問題なのだと言っているのだ。

 不誠実な取引では不誠実な結果しか得られない。

 交渉に応じるかどうかは別の話だが、これはそれ以前の問題だ。

 もっともそれはお互い様だが。


「……これは、言ってはいませんでしたが……。

 実は今、シェイプ王国は、未曾有の食糧難に襲われています。

 そのため国民はみな飢えており、今回の出兵も最後の力を振り絞っての作戦だという話です。ですからいかにシェイプの騎士団が死ぬことが無いと言っても、国が飢饉で滅亡してしまえば戦争どころではありません。

 時間がないのは本当なんです!」


 大陸の戦争を早期に終結させたいのかと思えば、こうしてシェイプ王国には時間がないから早く助けて欲しいと言う。

 目的がブレブレだ。

 出来る限り多くのNPCを死なせたくないのだろう事だけはなんとなく伝わるが、それを地方領主に伝えたところで意味はない。


「──大変重要な情報ですね。今後の大陸の勢力バランスを考えるにあたって、欠かす事の出来ないファクターです。それを知っているかどうかによってこちらの行動も当然変わってきます。

 あなた方は自分に都合のいい情報だけをこちらに教え、それをもって我が国を操ろうとしたのですか?」


「そ、そんなつもりは」


「ですが、今のお話が本当であれば、仮に我が国が身を削って兵を出し、ペアレ王国を倒したとしても、いずれシェイプ王国は滅んでしまうでしょう。

 そうなれば、元々は大陸に6つあった国家のうちの半数が消えてなくなることになります。

 これは戦争以上に、過去に例を見ない事態です。我が国としては座視するわけにはいきません」


「で、でしたら」


「しかし我が国は農業を主な産業とする国です。

 この事態において、我が国が成すべきはペアレ王国への派兵などではなく、シェイプ王国への食糧援助ではないでしょうか。

 あの国を生き永らえさせることこそが、平和への近道になるのでは?」


「それは……」


 オーラルがシェイプに食糧を援助したところで戦争は終わらない。

 シェイプ王国のペアレ王国に対する嫌悪感を考えれば、むしろさらに泥沼化して長引く可能性が高い。

 シェイプ王国が力尽きないのであれば侵攻も終わらないだろうし、ペアレ王国は命の限り抵抗するだろう。またそうしている分だけNPCの死者も増えていく事になる。

 それこそがさらなる経験値を集め、レアの目的の達成に近付く事になるのだが。


 名無しさんたちがシェイプの食糧難について伝えなかった理由はこれだろう。

 戦争の早期終結を願う彼女らは、シェイプ王国の生存よりもペアレ王国の滅亡をこそ望んでいる。

 シェイプが息を吹き返すかどうかは重要ではないのだ。


 しかしライラたちにとっては、戦争が継続している限り各国にはなるべく生きていてほしいところである。

 シェイプの王都にはブランが詰めているし、王家や貴族が死亡してしまわないよう食糧の値段を調整して与えているはずだ。いつかは滅び去る運命だとしても、それは今すぐの話ではない。

 この名無しさんが言うように、シェイプ王国の遠征軍が飢餓によって消えてしまう事はない。


 せっかくのイベント期間を、数日に渡りNPCの説得という不毛な行動に費やしてきた彼らには頭が下がる。

 それに敬意を表するというわけでもないが、そろそろ次の段階へ移行してもいいだろう。

 ペアレ以外の各国でも様々に状況が動き始めた。


 ライラとしてもこの城の食堂で報告を待つだけの作業には少し飽きてきている。

 体育祭や文化祭などの実行委員会で、他の委員は各催し物の現地に楽しく視察に出かけているのに自分だけ本部で留守番しているようなものだ。もっとも実行委員になど選ばれたこともないが。


 例の南部のクラール遺跡群は依然としてペアレ王国騎士団が占拠しているということだった。それ以降は何の動きもないし、そろそろそちらは掃除してしまってもいいかもしれない。

 エルネストの思惑もある。遺跡に向かわせるのならポートリー騎士団がいいだろう。

 せっかく占拠したゾルレンを放り出して向かわせるわけにもいかないし、友好国ということでオーラルからゾルレン防衛のための兵を出し、空いたポートリー騎士団に遺跡を攻撃させる。


 ライラはそれまで努めて冷たい表情をしていたのを和らげ、名無しさんに微笑みかけた。


「──意地悪を言って申し訳ありません。ただ、信頼を得たいのなら、隠し事はしないで欲しいと言いたかっただけなのです。

 私としても、現在の大陸の情勢は憂慮しております。シェイプへの食糧援助の手配はしておきます。

 そしてそれとは別に、ペアレ王国には我が騎士団を向かわせましょう。

 流石にいきなり王都を狙うなどという事は出来ませんが、まずはゾルレンへポートリー騎士団への援軍として兵を送り、せめてポートリー騎士団が身軽に動けるよう計らうくらいはいたしましょう。

 その後のことは、改めて我が陛下と相談して対処させていただきます」


「あ、ありがとうございます! ポートリー騎士団が自由になれば、ペアレ王都に攻撃をしてもらえるようお願いすることもできるかも……」


 自由になったならポートリー騎士団はクラール遺跡群を攻撃するだろうし、その意思を曲げて王都を攻撃させたいと考えるなら今度の説得相手はポートリー国王その人になる。何せポートリーの遠征軍の総指揮官は国王エルネストだ。

 ライリエネという地方領主に謁見するのと比べればハードルは桁違いに高くなるだろうが、せいぜい頑張ってもらいたい。


「政治的に非常にデリケートな対処が必要になる可能性もありますので、今回の派兵には私も同行します。前回のような事が起きても困りますし」


「え、あ、そうですね……! あの、私達も同行してもいいですか?」


 残念ながら断る理由がない。


「ええ。もちろんです。よろしくお願いします。ええと──」


「あ、私は”名無しのエルフさん”です。よろしくお願いします」


「え? ナナシさん? エルフの?」


 知らぬ間に名前を言い当てていたのかと一瞬テンションが上がったが、違った。


「いえ、名無しのエルフさんです」


 そういえばSNSで見たことがある気がする。こいつがそうだったのか。

 ふざけた名前だ。









「──ライラ様。最終的に承諾なさるのでしたら、あのやり取りはなんだったんでしょうか」


「言ったじゃない。聞いてなかった? ただの意地悪だよ。まあ、気まぐれさ」


「……なぜそのような、あ、もしやレア様の」


「うるさいなあ。早く遠征の準備してよ。ゾルレンに着いたらイライザにスイッチするから、それまで身体借りとくからね」






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