第331話「乙女の友情」(ライラ視点/ライラ視点)
騎士団を率いてゾルレンを訪れたライラたち一行は、名無しのエルフさんたちプレイヤーチームと別れ、街で一番立派な建物までやってきていた。
「こちらがゾルレンの領主の館です、ライリエネ様。ポートリー騎士団の司令部も兼ねているとのことです」
「ありがとう騎士ユスティース。では私は早速、遠征の取りまとめをしているらしいイライザという女性に会ってくるとしよう。
貴女はしばらく自由時間で構わないよ。ただしアリーナと一緒に行動しておいてくれ。ポートリー騎士団には知り合いもいるのだろう? 2人で会ってくるといい」
「えっ。あ、はい」
ユスティースは微妙な半笑いを浮かべて去っていった。
アリーナからは仲の良さそうな友人が出来たらしいと報告を聞いていたのだが、違ったのだろうか。
誰に似たのか不明だが、アリーナも中々いい性格をしているため、何かの当てつけか皮肉のようなものだったのかもしれない。
領主館の玄関口に立っている歩哨に自身の身分を明かし、取り次ぎを頼んだ。
するとほどなくして、ハイ・エルフの女性がやってきた。イライザだ。
「──これはこれは。まさかヒューゲルカップの領主様自らお越しいただけるとは。
貴国のこの度の一連のご協力については陛下も大変感謝しております。
さあどうぞ、ライリエネ閣下がおいでくださった事はすでに陛下にもお伝えしてあります」
「主席補佐官たるイライザ様にわざわざお出迎えいただけるとは光栄の至り。それではお邪魔いたします」
まさに形ばかりの挨拶を交わし、領主館に足を踏み入れた。
イライザの案内で応接間に向かう。
〈首尾は上々のようだね〉
〈ポートリー王に関しては、スレていないせいかわかりませんが、手綱を握るのはそう難しくありません。ぷれいやーが絡んでくれば面倒ですが、流石に本国からここまで着いてくるようなものもおりませんでしたし〉
〈ふう。ライリエネにも言ったんだけど、ちゃんと異邦人って言いなさいよ。そういう気の緩みが思わぬミスを誘発するんだよ。こういうのをプレ、異邦人の言葉だとヒヤリハットっていうんだけど、これはハインリヒの法則に基づいて──〉
〈あ、もう応接間に着きます〉
〈……君も大概いい性格してるよね。誰に似たんだろ〉
街の規模のせいか、それとも国民性、種族性なのかはわからないが、領主館はそう広くはない。
玄関から応接間まではすぐだった。
建物を広く作って、来客に館内の間取りを記憶させないようにするというのなら話は別だが、そうでないなら確かに玄関から来客用のスペースまでは近い方が合理的である。
──そういえば、ヒューゲルカップの城は玄関から応接間までかなり距離があるな。てことはあの城が作られた時代は、もしかしたら来客さえもいずれは敵になる可能性があった、つまり人類同士で争うケースがあったのかも。
「──失礼します。オーラル王国、都市ヒューゲルカップの領主、ライリエネ様をお連れしました」
男の声で短く入室の許可があり、それを聞いてからイライザが扉を開けた。
声はエルネストのものだ。
イライザに続き、ライラも入室した。
「お初にお目にかかります。私はオーラル王国、都市ヒューゲルカップにて領主を仰せつかっております、ライリエネと申します。
エルネスト陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
ポートリー王国の作法に則って礼をする。
その後、オーラル王国の作法でも礼をした。
この大陸の国際的なマナーではこれがしきたりだとされている。
マグナメルムの目論見通り、この大陸の全ての国を吹き飛ばした暁には、真っ先に撤廃させたい下らない伝統だ。
するとエルネストも同様に、オーラル、ポートリーの作法で礼をした。
本来国家元首である国王はそこまでする必要はないが、それだけオーラル王国との関係を重要視しているということだろう。イライザの教育はうまくいっているらしい。
「ようこそおいで下さった。さあ掛けてくれ、ライリエネ殿。
まずは我が国への惜しまぬ援助、感謝する。今や我が国は貴国からの援助によってなんとか生きながらえていると言っても過言ではない状況だ。そしてその援助も、貴女の治めるヒューゲルカップの尽力によるところが大きいと聞いている。
それに
第1回調査隊については残念な結果になってしまったが、しかしあの事故のおかげで我が国が独自に掴んだ遺跡の情報が正しかった事がわかったとも言える。それも貴国の支援があればこそだ」
そのご自慢の独自の情報網とはイライザの事であり、つまりライラが敢えて教えた情報であるわけだが、満足しているようなので水を差すこともないだろう。
「もったいないお言葉です、陛下。
我が国としてもポートリー王国には先代の頃からお世話になっておりますし、援助は当然です。
お困りの際に我が国に声を掛けていただけた事は、お互いにとって大変僥倖だったと言えましょう」
「ああ、まったくだ。
貴殿とイライザの友情に感謝だな。確か、イライザが貴殿と個人的に友誼を結んでいたことから、貴殿も我が国への援助を拡大してくれたのだろう?」
イライザがオーラル王国やウェルス王国に個人的な伝手を持っている事はエルネストにも伝えてあった。
オーラルであればライリエネ、ウェルスであればレアの配下の聖女アマーリエの事だ。
言い訳に困った場合はこの3名による「乙女の友情」で誤魔化すつもりで作った設定である。
「はい、陛下。イライザ様には私が領主を拝命する前にずいぶんお世話になりましたので。その恩返しが少しでも出来ればと。
そしてそれがお互いの国益にもつながるのであれば、これ以上の事はございません」
ライラは領主になる前は傭兵として活動していた。
活動していたというほどまともな活動はしていないが、名目上はそうだった。
転生し、血筋の絶えた貴族の遺品を用意する事で領主として取り立てられたが、イライザと交流があったとしたら傭兵時代になるのだろうか。
ポートリー王国では傭兵の地位が高くないため、あまり大きな声では言いにくいが。
「……なるほどな。素晴らしい関係だ。私にはそのような友はいないから、少し羨ましい」
「これからでしょう。これから陛下にもきっと、そのような友人がお出来になりますよ。
もっとも、国家に真の友人はいないとも申しますし、その相手はよく吟味する必要があるでしょうが」
ライラのその言葉を聞くと、エルネストはソファの背もたれに体重を預け、思案げな顔をした。
「なるほど……。国家に真の友人はいない、か。オーラル王国にはそのような格言があるのか。初めて聞くが、身につまされる言葉だな。
我が国はいささか呑気に構えすぎていたのかも知れない。もともと、友人ができるほど他国と親密に交流があったわけではないが、これからは例え仮初でも国際的な友人を作れるように外交においても力を入れていかなくては」
つい言ってしまったが、国家に真の友人はいないという言葉はリアル世界の格言だった。言ったのは旧世紀のフランス大統領だったか。勝手にオーラルの格言にされてしまった。
「さて、話題は尽きないところだが、申し訳ないが我が国には時間がない。今は一刻も早く、強大な力を秘めているらしいあの遺跡を手に入れなければならない。
この街の防衛についての引き継ぎが終わり次第、私も騎士団とともに打って出なければ。
ライリエネ殿、機会があればまた語り合うとしよう」
「喜んで。それでは陛下、ご武運を」
***
「イライザは街に残ってもよかったのだぞ。久しぶりに会う友人だ。積もる話もあったろう」
「お気づかいありがとうございます陛下。ですが私の使命は陛下をお助けすること。1人だけ安全な場所にはいられません」
ライリエネからイライザの身体に乗り換えたライラは、エルネストに随伴してクラール遺跡群遠征に参加していた。
兼ねてからこうしたケースも想定してあるため、ライラが乗り移る可能性の高い眷属のステータスはある程度近づけてビルドしてある。そのため身体の操作に違和感はない。
レアのように少し慣らすだけで十全に扱えるのなら問題ないが、凡人であるライラにはそこまでの器用さはない。
「──遺跡にある秘遺物、どういう物だと思う? ペアレに潜ませた間者からお前が得た情報だったろう」
「調べさせていた時点では遺跡への侵入は困難だったとのことでしたから、詳細までは……。
ですが
「なるほどな。しかし強大な力が手に入るとしても、我を失ってしまうのでは……」
「ペアレの王子は獣人です。大方、力を手に入れた事で野生の本能でも目覚めてしまったのでしょう。
その点陛下はハイ・エルフでありますれば、その本能が呼び覚まされたとしても、むしろ高貴なる精霊の気が高められる事になりましょう。
我を失う事など考えられません。ご安心を」
「であればよいが……」
レアからの報告によれば、あれは急激に強化したことにより自意識が肥大化し、それが暴走したのが原因ではないかとのことだった。
つまり以前にライラが邪王に転生した時に感じた、あの異常な高揚感だ。表に出してはいないと思うが、これは後に変態実験をした際にも感じている。
プレイヤーであればログアウト時に影響が残らないよう、そういう心身への影響は一定のレベルまでに制限されているはずだが、それでもあの気持ちよさだった。
そうしたセーフティのないNPCでは到底自制できまい。
特に主人を持たず、自分以外のキャラクターに自分の行動を制御される事がない者であればなおさらだ。
つまりエルネストも同様に強化すれば同様の末路をたどる事になる。
しかし現時点ではエルネストの強化は計画には入っていない。
戦争で得た経験値を元に精霊王を目指す計画ではあるが、そうなる前にむやみに改造してしまって使い捨て怪人のようになってしまっては元も子もない。
そのためこの遠征ではあくまでペアレ騎士団の排除にとどめ、遺跡中枢への侵入は行なわない予定だった。
黄金龍とやらの封印を解く条件が具体的に何であるのかはまだ不明だ。
もし、キーとなる種族の討伐でも満たせるのだとしても、それがどういう形で判定されるのかわからない。
現状では討伐の方が楽なので討伐してしまうつもりだが、念のためそれらの作業は全て、レア自身の手で行う計画になっていた。
そのレアがペアレ王国でタイミングを計っている今、エルネストで討伐フラグを立てるとしても、こちらもある程度の時間調整をしてやる必要がある。
遺跡の防衛隊を攻撃することでエルネストに経験値を稼がせ、それでいてむやみに消費してしまわないよう手綱を握っておかなければならない。
「──遺跡が見えてきたな。なるほど、獣人どもが慌てふためいておるわ。遺跡全体にいるだろう獣人の数は分かっているな?」
「はい。万事抜かりなく。それに遺跡の大まかな地形も考慮に加えて作戦を立ててございます。戦力的に考えても、我が軍が負ける道理はございません。
あとは復活時の事も考え、敵の目の前ではございますが、一度この場で交代で休憩を取らせるのがよろしいかと」
「その隙を狙って襲ってきたりはしないだろうか」
「休憩によってこちらの戦力が低下しているとしても、それは一時的なものです。守るべき拠点を放り出して討って出るなど、よほどの愚か者でもなければしないでしょう。むしろ、そうしてくれるというなら好都合です」
別にライラが自分でやるわけではないためどうでもいいが、木々の生い茂る遺跡の中に分け入って
この程度の安い挑発で釣り出されてくれるというなら願ってもない事だ。
それからしばらくの時間をかけ、リスポーンのためだけに交代で騎士たちを休ませたが、案の定襲撃はされなかった。
ペアレの騎士たちもこちらを警戒している素振りは見せるものの、遺跡からは出ようとはしない。
当然ながら休憩は部隊後方で取っているため、遺跡側から目視で確認できるとも思えないし、そもそも休憩している事がペアレ騎士団にわかっていたかどうかもわからないが。
「──よし。ではゆくぞ」
「──御意に」
そしてエルネストの号令一下、騎士団が遺跡に突撃をかけた。
先鋒は第3騎士団だ。
彼らは一度遺跡に侵入した実績がある。
簡易的な地図は全ての部隊に配布してあるが、実際の雰囲気を知っているのは第3騎士団だけだからだ。
エルフの騎士たちはあまり声をあげたりはしないが、第3騎士団は雄叫びをあげながら遺跡に突っ込んでいった。どこで覚えたのか知らないが、実に野性味あふれる特攻だ。伝統ある第2騎士団や、育ちのいい第1騎士団の者たちは若干眉をひそめている。
確かに品がないかもしれないが、声を上げるのは実に理に適っている。
ゲーム内でどこまで再現されているかは不明ながら、少なくとも現実では運動時に声を出すことによって大きな成果を出すことができるのは証明されている。シャウト効果と呼ばれている現象だ。
また実際にパワーが必要になる戦闘の瞬間以外でも、声を出す事で己を奮い立たせ、士気を上げる効果も期待できる。いわゆる鬨の声などがそうだ。
しかし魔物を相手に戦う騎士にとっては、声を上げて自分の居場所を宣伝するのはあまり賢いとは言えない。現実でもシャウト効果を活用するスポーツ選手は多いが、シャウト効果を活用する猟師の話はあまり聞かない。
そういう背景を考えると、第3騎士団にこれを吹き込んだのはプレイヤー、おそらくはユスティースあたりだろう。
どうやら仲がいいのは確かなようだ。
第3騎士団の雄叫びに眉をひそめているのはエルネストもだった。
「……突撃のタイミングをわざわざ教えてどうするのだ」
「突撃しているのは見ればわかることでしょうから、叫んでも叫ばなくても同じでしょう。させたいようにさせればよろしいかと」
声を出す事による効果については、きちんと数値で測定しなければ証明は難しい。
この様子では受け入れられることはないだろう。
ライラとしてはシャウト効果が騎士団に取り入れられようが取り入れられまいがどちらでもいい。
どうせイベント後には存在しない者たちだ。今はやりたいようにやればいい。
「優勢ですね。予定通りです」
それからしばらくは剣戟の音や怒号が陣地まで聞こえてきていたが、それらも次第に遠くなっていき、騎士たちの姿も木々に飲み込まれていった。
まさか総司令官自らが突撃するわけにもいかないし、本陣は動かない。
この本陣にはエルネストとイライザ、そして多少の供回りがいるだけだ。
前線指揮官である騎士団長を含めてほとんどの戦力は遺跡への攻撃に振り分けてある。なお騎士統括の貴族たちは街で留守番である。連れてきても何もいい事はない。
「遺跡周辺の略図からすると……。もうそろそろ戦闘が終わってもおかしくないか?」
「ご慧眼です、陛下。おっしゃるとおりでしょう」
部隊に配布した略図には最重要目標である遺跡本体の位置まで明記してある。
ペアレ騎士団が死守しようとするとしたらあの場所だろうし、作戦通りなら数を頼みにそこへ追い立てるように侵攻しているはずだ。そうすれば相手を包囲してしまう事も可能だし、魔法という重火器を持った軍隊であれば、包囲する事で増す攻撃力は無視できない。一度そういう陣形になってしまえば、相手にはもう勝ち目はない。
1時間経ってしまうと遺跡のいたるところから復活してくる騎士もいるだろうが、完全に制圧してしまえばそれも無くなる。
ペアレ王国はこの地を維持するためにゾルレンの街を切り捨てた。つまりそれほどの戦力をこの地に集めていたという事であり、それを超える戦力を用意するのは容易ではないはずだ。
奪ってさえしまえば、ペアレが奪い返すのはもう無理だろう。
「──あ、ご覧ください陛下。伝令の騎士です。
表情からするといい報告ですね。作戦は終了と見てよさそうです。お疲れ様でした」
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