第323話「カジュアル戦役」





 レアはヒューゲルカップ城からペアレの王都へ向かうにあたり、『召喚』や転移装置は使わなかった。

 一度自分の目でペアレ国内の状況を見ておいてもいいかと考えたためだ。

 余計に時間を消費する事になるが、その分考える余裕も作れるし、状況に合わせた対処もできる。

 シェイプの南部方面軍に対する偵察も移動のついでだった。





 ゾルレンの制圧を諦めて北上する事にしたらしいシェイプの南部方面軍は、主要な街や魔物の領域を避けて移動を続けているようだった。

 彼らがしているのは侵略行為である。普通に考えれば、現地の街などを襲って略奪をしつつ、占領した街を橋頭保にして少しずつ浸透していくのがセオリーだと言える。

 そう来ていたのならペアレ側も焦土作戦などを行ない、遅滞戦術をとることもできた。

 しかしシェイプ軍はそうはせず、よってペアレも侵攻ルートの予測が出来なかった。結果、戦略によって侵攻を遅らせる事は叶わなかった。


 はじめはそれについて、同行しているプレイヤーが非人道的行為を忌避しているためかと思っていた。しかしどうやら違うらしい。


 そもそもシェイプ軍には兵站を確保するつもりがないようだったのだ。騎士たちの補給を維持しようという気がまったく感じられない。

 それはおそらく、補給線を準備したところで補給物資が用意できないためだ。


 その前提なら、確かに前線基地や橋頭保の重要性は低くなる。

 敵拠点の占領をすることで物資の略奪は行なえるだろうが、それによって補給を受けられるとしても一時的なものだ。そんなことで時間を浪費するよりも、一日でも早い目標の達成を優先しているのだろう。

 シェイプ国内の悲惨な状況を考えればこれは仕方がない判断だと言える。

 最上位の命令を下している者のすべてが、おそらくシェイプ国内に残っているのだろう事も考えればなおさらだ。


 北上する南部方面軍を上空から眺めながら考えた。


「消耗しない軍隊、っていうのはちょっと想像しづらいものだったけど、想像以上に思い切った動きをするね。ライラの戦況予測よりも展開が早い。

 かなり人的資源を使うことになるけど、これはちょっとペアレの国民を煽ってゲリラ戦でもしかけておいたほうがいいのかも」


 仮に王都まで攻め上がられてしまったとしても、強化を施した聖教会の救世主たちなら簡単に負けることはないだろう。

 しかし何者にも『使役』されていない彼らは、何かの間違いで死亡してしまえばそれで終わりだ。

 そうならないためにケリーやジャネットたちがサポートについてはいるが、相手は死んでも蘇る軍隊である。

 必ずいつかはこちらが負ける。


 マグナメルムにとって重要なのは、この戦争が1日でも長く続くことだ。

 長引く闘争は憎しみを増幅させ、それがさらなる闘争を呼ぶ。

 そしてその闘争が経験値を吸い上げ、それは各国の王家へと集約されていくだろう。


 戦況の長期化のためには、シェイプの部隊には少し勢いを落としてもらった方がいい。彼らはすでにペアレの国内に入っているのだし、ペアレにとっては他国の軍隊が自国にいるというだけで闘争の種になる。あえて急いで進軍させる必要はない。


 レアはモニカを通じてキーファの領主に命令し、シェイプの軍にゲリラ戦をしかけることにした。

 上空からの偵察を続ければ敵の位置は常に把握しておける。

 オミナス君とモニカを連携させ、2人で警戒網を構築しておけば、常に最適な地形での迎撃が可能になるはずだ。

 キーファの街の一般市民をどれだけゲリラに参加させられるかは領主の扇動力にかかっているが、獣人たちはもともと血の気が多いらしいし、さほど難しくはあるまい。

 なんならゲリラの指揮は直接領主に取らせてもいい。どうせ彼が死ぬことはない。


「でもペアレは国民の命を消費していくのに、それで削れるのは向こうの気力だけっていうのはかなり不利だな。

 この戦争に勝つには、支配者階級である貴族や王族の息の根を止めるしかない。

 確実にキングを取るまでは、いくら他の駒を取っても次のターンには復活してくるようなものだ。ゲームにならない」


 死亡してもすぐその場で復活できる、それこそゲームで言えば「カジュアルモード」で戦争している状態だ。

 そして騎士の少ないペアレ王国だけがノーマルモードである。


 敵は王侯貴族だけが弱点だというなら、自国に攻め込まれたという時点でペアレはすでに詰んでいると言える。

 侵略部隊をどれだけ倒したとしても、敵の本国にいる主君たちを倒さない限りは侵攻は止まらない。


 人類間の戦争というのが、設定の上でもこれまで無かったとされるのはこの辺りが理由だろう。


 普通はある程度の被害が出たところで講和となり、お互いの被害状況などによって終戦協定を結び戦後処理をするものだ。大抵は戦況不利な側が、それ以上の被害の拡大を恐れて講和を申し込む。降伏宣言とも言う。

 しかしこのゲームではちょっと戦ったくらいでは実質的な被害は出ない。

 そして目に見えて被害が出る頃には、つまり非戦闘員が多数死亡しているということであり、その場合はすでに致命的なダメージを負っているか、後に退けない状況になっているかのどちらかである可能性が高い。

 下手をすれば戦争が起きるたびに国がひとつずつ消えていくことになる。


 そう考えると、騎士の少ないペアレ王国はこれまで運営に守られ続けてきたとも言える。

 いかに一般市民が強いと言っても、負ければいなくなる戦力と負けてもいなくならない戦力では勝負にならない。高確率でペアレ王国は講和を申し込む側になるはずだ。

 開戦と同時に敵国に電撃的に侵攻し、市民や貴族に的を絞ってキルしていかなければ、ペアレ王国に勝利はない。


 現在の状況では、ここからペアレ王国が勝とうとするならば、遺跡の防衛など放り出して今すぐシェイプの王都に騎士団を差し向けるべきだ。

 そこさえ押さえてしまえばペアレ国内の侵攻部隊はおのずと止まらざるを得なくなる。

 シェイプ側に前線との連絡手段があるかは不明だが、もしあるのなら急いで騎士団を引き戻そうとするだろう。仮に無かったとしても、王族や貴族を殺害されてしまえば騎士団は強制的に止まってしまう。


「いや、シェイプもどのみち後がないし、そういう兆候を掴んだ場合はやられる前にペアレの王族を始末しようと侵攻を急がせる結果になるかな」


 いずれにしても、侵攻部隊を撃退しても戦況に変化を起こせないなら頭を狙うしかない。

 ペアレ王国にその気がないなら、その役目は別の誰かがやる必要がある。


「確かシェイプでもよくわかんない団体が武装蜂起してたっけ。

 イベントディレクターであるわたしたちが直接シェイプの王都を襲うってのも面白くないし、いざという時はそいつらが使えるかな。

 その辺の調整はブランにお願いしておこう。シェイプに行くとか言ってたし。わたしはペアレだ」









「おお! よく来たなセプテム! 弟子たちの儀式については実に大儀であった! お前の献身には神もさぞお喜びのことだろう!」


「……いいえ。とんでもございません。もったいないお言葉です」


 せっかく強化してやったレアに対してこの言葉遣いなど、まったくとんでもないことである。

 そして総主教ごときが使うには実にもったいない言い回しだ。


 静かに目を伏せているケリーが苛ついているらしいのがわかる。

 マーガレットもすごい目で総主教を睨みつけているが、それをジャネットが抑えている。


「どうやらお弟子様がたの経過も良好のようですね。喜ばしいことです。

 ところで、この国を聖教会が守ることについては、陛下に進言されましたか?」


「ああ、言ってやったぞ。ペアレに土足で入り込んでいるシェイプの不埒者や、たかが村ひとつで独立しようなどとほざく世間知らずの田舎者に、国の代わりに我が聖教会が鉄槌を下してやろうか、とな」


 村を独立させたい田舎者、とは、SNSで宣言を出していたルート村のことだろうか。

 あそこはライラが人工ダンジョンを作ろうとしている実験場だ。

 どうせイベント終盤にはペアレ王国など吹き飛んでいるだろうし、独立するというならしてもらって構わない。

 となると聖教会の出番は無いし、あまり余計な事はして欲しくないのだが。


「陛下の反応はどうでしたか?」


「ふふふ。さんざんおちょくってやったからな。やれるものならやってみろ、とこう申しておったわ」


 レアたちの目的は大陸の混乱を長引かせ、その上で各国王族だけは生き延びさせる事であるため、王家と過剰に対立してもいいことはない。

 おちょくって怒らせる必要などなく、ただ普通に政府の防衛計画に混ぜてもらえればよかっただけなのだが、言ってしまったものは仕方ない。やはり少し、いやかなり性格に影響が出てしまっているようだ。


「……そうですか。でしたら早速、このペアレを守るために行動を開始する必要があるかもしれません。

 わたしの入手した最新の情報によりますと、シェイプの北部方面軍はここより北の、パストの街を目指して進軍中であるようです」


「何だと! パストか……! 儀式の間にも近いな。あれだけは何としてでも守らねばならん」


 儀式の間とはなんだろう。

 一瞬考えたが、おそらく転生の祭壇の事だ。

 転移や『召喚』による移動ができない以上、総主教たちは地続きで移動をしてあの祭壇に招き入れている。馬車などの時短の手段は使ったが、大まかな場所は彼らにもわかっている。

 パストの街が遺跡からもっとも近い街であることも知っているだろうし、この反応は頷ける。

 第2王子もいなくなったことだし、遺跡の入口の脇の穴も埋め、総主教たちも遺跡に入る際には正規の入口から精霊王の血管カギを使って入場させている。自分たちだけで入れるわけでもないし、場所を知られていても問題ない。


「また南のゾルレンを攻めていた南部方面軍も、ゾルレンを諦めて王都を目指して北上中との情報も入っております」


「おのれ小癪な……! 王都に被害が出る前に、何としても進軍を止めねばならんな」


「今のところシェイプの軍は、ペアレ国内の都市にはあまり興味を示さず、この王都をのみ目指して進軍しているようですね。北部の軍がパストを狙っている事を考えれば、南部の軍の狙いも王都の手前のラティフォリアでしょうか。その2つの街を攻め落とし、そこを足掛かりに南北から王都を攻めるつもりなのでしょう」 


 いかに時間がないシェイプと言えど、さすがに王都が一日やそこらで落とせるなどとは考えてはいまい。

 復活すると言ってもリスポーンのための拠点はあったほうがいいだろうし、最寄りの街を占領するつもりなのは間違いないだろう。


「現在は、付近の街の人々がシェイプの侵攻を止めるべく、自ら武器を取って立ち上がっているようです。彼らの頑張りが敵の騎士たちにどれだけ通用するかはわかりませんが、いつまでも抵抗を続けられるとも限りませんし、時間が経てば経つほど街の人たちの犠牲者も増えてゆくでしょう」


 モニカからの報告では、キーファ領主の声かけですでに多くの義勇兵が集まっているらしい。

 それを適当にぶつけておけば足止めくらいはできるだろう。


「なんと……! そのように愛国心あふれる人々が……!」


「総主教様、もはや猶予はありません! 陛下の許可をいただいているのでしたら、一刻も早く出撃し、罪もない人の犠牲を減らすべきです!」


 声を上げたのはオカッパ頭の若く美しい男性だ。美しいのは転生で追加された特性のおかげだろうが。

 狐系の獣人のようで、確か主教か何かだったはずである。

 聖教会の組織構成はオーラルやウェルスで大方知ってはいるが、この若さで主教とはかなり優秀な人材であると言える。

 ただケリーの話ではペアレ聖教会はそもそも人数が少ないようで、単に人がいないから役が付いているだけの可能性もあるが。


「ご安心ください総主教様! シェイプの侵略者など、この私1人で十分です! 神の国たるペアレに手を上げた愚かしさを、しかとその身に刻みつけてやりましょう!」


「よくぞ言ってくれた! では頼むぞ! ワシはこの王都を守らねばならぬゆえ、ここを動くわけにはいかん。パストにも誰ぞ……」


「そちらは私が!」


 大柄な女性が手を上げた。

 短い耳や尻尾からすると、これは熊獣人とかだろうか。

 幻獣人になったことで超美形がつき、非常に見目麗しく、女性でありながら筋肉質で大柄なその姿は、えも言われぬ色気を放っている。ような気がする。


「おお! お前が行ってくれるか!」


 立候補した2人は総主教と何言か熱い言葉を交わし、それぞれの戦場に向かって発って行った。

 口を挟んでもいい事がなさそうなのでレアたちはそれを黙って見ていた。


 たださすがに監視はしておきたいので、北に向かう熊にはジャネットたちが、南に向かう狐にはレアが付いていくことにした。

 ケリーは王都で総主教の監視だ。


 今回手を上げずに王都に残るらしい2人の主教や総主教もそうだが、みな一様に目が爛々と輝いていて少し怖い。

 精力的と言えばそうなのかもしれないが、常時瞳孔が開きっぱなしになっているような、そんな危うさも感じる。


 即座に暴走こそしないにしても、やはり強化の影響は小さくないようだ。

 普段の彼らを知らないため何とも言えないが、こんな様子でこれまでの人生を過ごしてきたとは思えない。彼らがもし元々これだけアグレッシブであったなら、ペアレにおける聖教会の地位はもう少し高いものになっていただろう。


 今後もこうして、プレイヤーでも誰の眷属でもないキャラクターを弄ることがあるようなら、この点には十分な注意が必要だ。慎重に処置を進めたとしても、完全に変容を無くす事は出来ないらしい。






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