第322話「国民総パルチザン」(アマテイン視点)





 アマテインとしては、遺跡やアーティファクトなどよりペアレの王都を一刻も早く攻撃したいところではあった。

 しかし個人やレイドパーティ程度の規模ではさすがに一国の首都は落とせない。

 人数的にも大義名分としても、シェイプの軍隊に協力する形でしか目的を果たす事はできない。

 アマテインたちにもシェイプ王国にもそれぞれに目的がある。協力できる範囲内で協力する形をとるなら、これは仕方のない事だ。


 ゾルレンという街には何の罪もない。

 しかしその向こうにある遺跡をシェイプ王国が欲しているのなら、ここを落とさないわけにはいかない。


 そういう非情な覚悟を決めて南部遺跡の遠征軍に参加したのだが、幸か不幸か、ゾルレンがシェイプ王国軍とプレイヤーたちによって壊滅させられるという結末は回避された。他ならぬ、シェイプ荒廃の原因となった巨大アンデッドたちによって。


 ゾルレンの、そしてクラール遺跡群の制圧を諦めたシェイプ王国は即座に目標を王都に切り替えた。

 その切り替えの早さは驚異的だったが、どこか焦っているようにも感じられた。





「北部の部隊はパストという街に向かってるんだったか。ここは合流して一点突破で王都を狙った方がいいと思うんだが……」


「その判断は私たちではなくシェイプ王国の上層部がするのでしょうし、言っても仕方のないことです。

 それに、騎士の方々には私たちのインベントリから食糧を分けています。それは北部の部隊も同じでしょうが、それにも限りがあります。

 いくら死亡しても復活するとはいえ、何度も餓死して生き返るというのが精神衛生上好ましいとは思えません。騎士の方々の士気も考えると、やはりどこかで補給も兼ねて都市を強襲する必要があるかと」


「……聖女目指してるんじゃないのか。さらっと残酷な事を言うなお前」


「別に聖女なんて目指してません。それに私だって別に、好き好んで街を襲いたいと言っているわけではありません。一日でも早く戦争を終結に導くための合理的判断です」


「そうだぜ。その手が暖かさんが本気でそんなこと言うわけないだろ。大義のためには多少の犠牲は仕方がねえし、彼女はあえてその事を話して聞かせてくれてんだよ。

 プレイヤーが騎士団に不信感を持っちゃ、まとまるもんもまとまらなくなるだろうし、その手が暖かさんは悪者になるのを覚悟でこうやって話してくれてるんだ」


 話に割り込んできた彼は、確か藤の王という名前だった。

 ボグダンの村で農作物の密造をしていた時にも護衛として協力してくれたプレイヤーだ。

 ボグダンを逃がすための陽動作戦の後、王都で合流してこうして遠征軍に参加してくれている。

 アマテインがその手が暖かと話している時にやたらと割り込んでくるため鬱陶しくはあるが、本質的には悪い人物ではない。おそらく。


「それより、俺たち南部方面軍は北部の連中より行軍距離が長い。北の心配をしている余裕があったら、自分たちの心配をした方がいいと思うぞ。

 そら、森エッティ教授の地図によれば、たぶんもうじきキーファって街だ。今回ここはスルーするって話だが、人口は多いみたいだし、もしこっちの情報が街に伝わってるんだとしたら攻撃されてもおかしくない」


 インベントリから地図を取り出し、そう話すのはキングJというプレイヤーだ。

 地図ならデータで見ればいいのだが、ロールプレイの一環か、意外とこうしてアイテムとして自作しているプレイヤーは多い。

 時々街でも売られていたりするので、そういう物を買ったのかも知れない。街で売られている物は若干線が甘いというか、全体的に拙く見えるのだが、大量に描くためにそうなったとするならわからないでもない。


 他国の領土を縦断すると言っても、当然バカ正直に街道を進んだりはしない。魔物の領域を避けたとしても、それでも人が全く住んでいないような地域も多い。南部方面軍が進むのはそういうルートだ。

 絶えず監視衛星に睨まれているわけでもないし、軍隊とは言えそう簡単には見つからないはずだ。

 これは森エッティ教授の地図があったからこそ出来ることだった。さすがに他国の都市の正確な場所など知っている者はいないし、地図が無ければ街を避ける事も出来なかった。

 教授本人がやったのかどうかは不明だが、フリーサイトでダウンロード可能な最新バージョンの地図には転移リストに載っているダンジョンの大まかな位置も描き加えられている。リストにない魔物の領域については回避しようがないが、あからさまに森などがあれば迂回すればいいし、パッと見でそうとはわからない草原などの領域にはあまり強い魔物もいないため、それほど問題はなかった。


 しかしキングJが言ったように、人口が多い街が近いのなら話は別だ。人が多い分周辺の警戒は厳重にされているだろうし、発見される危険性は跳ね上がる。

 本来それは魔物に対する警戒網なのだろうが、引っかかってしまったなら魔物だろうと軍隊だろうと同じ事である。

 そして他国の領土内を進軍している以上、見つかれば間違いなく攻撃される。

 ペアレ王国は騎士や衛兵は少なめだという話だが、その分一般市民の血の気が多い。

 シェイプの軍隊が自国の領土を縦断しているなどと知れれば、ゲリラ化して襲ってくる市民がいても不思議はない。





 キーファの街を迂回するため、進路をやや西に取り始めたころ、隊の雰囲気がざわついた。


「──っと。なんか前の方が騒がしいな」


「待て、嫌な予感がする。戦闘の準備をしておいたほうがいい」


 アマテインは周囲に注意を促した。

 プレイヤーたちによって食糧を援助されているとはいえ、シェイプの騎士たちが空腹なのは変わらない。全員の腹を完全に満たしてやることはできないし、満たし続けてやることはもっとできない。先の事も考えれば、ギリギリ死亡しない程度の食糧でなんとかやりくりしていくしかないからだ。


 そんなシェイプの騎士たちが、何もないのに騒ぎ始めるなど考えづらい。

 何かトラブルが起きたと見るべきだろう。


「何が起きたかはわからんが、楽しい事じゃなさそうだ。一応警戒を──伏せろ!」


 とっさにしゃがみ、そうしながらも隣のその手が暖かの頭を掴んで地面に押し付けた。

 その頭上を数本の矢が通り過ぎていく。

 特に何のスキルも乗っていない普通の矢のようだ。

 見てから躱せたくらいだし、射た者も大した腕ではない。

 食らっていたとしても致命的なダメージは負わなかった可能性が高い。地面に顔を押し付けるほどのことではなかったかもしれない。


「……てめえ……」


「……ヒヤリハットヒヤリハット」


 それがわかったのかその手が暖かが土にまみれた顔で睨みつけてくるが、適当に流す。

 その手が暖かは自身に『洗浄』を発動しながら顔を起こし、素早く被害状況を確認すると、矢を受けてしまった仲間に『回復魔法』を飛ばした。


「襲撃のようですね。野盗……なわけはないですね」


「ああ。この人数を相手に攻撃を仕掛けようなど、正気の沙汰じゃない。間違いなくこっちの正体を分かった上で攻撃して来ている」


「くそ、警戒網にひっかかったか。街に寄るつもりがないんなら、もっと大きく避けるべきだったんじゃ」


 藤の王が悪態をつく。


「あまり大きく回避しても、今度は別の魔物の領域にひっかかる。魔物に襲われるか人に襲われるかの違いだけだ」


 キングJがそれをいさめるが、そんなことは藤の王もわかっているだろう。ただ言わずにはいられなかっただけだ。


 見れば、シェイプの軍隊を挟み込むように弓を握った獣人らしき者たちが集まってきている。

 挟撃、というより、前方からも騒ぎがあった事を考えると。


「──囲まれているな、これは。単なる遭遇戦じゃない」


 軍隊を完全に囲い込めるほどの人数がいるわけではないのだろうが、遠距離武器を持って周辺に布陣しているらしいことは確かだ。


「やっかいな……」









 なし崩し的に戦闘に入ってから、どれだけ経っただろうか。


 敵は遠巻きに矢を射かけてくるのがせいぜいで、近くまで寄ってきたりはしない。

 矢自体はそれほど脅威ではないが、そうは言っても当たればダメージを受けるし、この場所に部隊が釘付けにされているというのもよくない。

 遠距離攻撃が可能なプレイヤーや騎士たちから反撃は飛ぶが、囲む側であるあちらはいくらでも後退が可能だ。成果はいまいち上がらなかった。

 かと言って攻撃のために周囲に展開してしまえば分断される恐れもあるし、なかなか積極的な攻勢には出られないでいた。


 包囲されていると言っても、人数的に相手の層が厚いわけではない。

 であれば一点突破を狙って突撃を敢行すればすぐに包囲を破れるはずだ。

 アマテインたちはそう考えていたのだが、シェイプの騎士団は矢を切り払うばかりで動こうとはしなかった。


 おそらく、このように包囲された経験がないのだろう。

 そういう組織的な軍事行動をとる魔物と戦ったことがないためだ。

 そのせいでどうしていいか分からず、ただ無為に時間を過ぎさせている。


「まずいな……」


 敵の矢も無限ではないだろうが、こちらの体力も無限ではない。

 負けてしまうことはなくとも、これではいつ進軍を再開できるかわかったものではない。


「仕方ない。時間の無駄だ。ここはプレイヤーたちだけで突撃部隊を編成し、包囲網を食い破って状況を打開するしかない」


「そうですね。幸い、敵の戦闘力はそれほどでもありません。プレイヤーだけでも十分勝てるでしょう」


「よっしゃ! じゃあ行きますか!」


 プレイヤーたちの賛同は得られた。

 アマテインは周囲に目配せし、剣を構えて突撃した。

 見た目にこだわっている場合ではない。『縮地』を何度か駆使して相手の懐に入り込み、スキルを使って一撃で斬り伏せた。


 あれよあれよという間に距離を詰め、一瞬で仲間を殺したアマテインに恐れをなしてか、敵が矢を射る手が止まる。

 他のスピード系のアタッカーたちもアマテインに続き、そうして穿った穴をタンクたちが強引に押し広げていく。

 動揺して分断された獣人たちを魔法攻撃がなぎ払い、さらに数を減らす。


 当初は突然隊列を乱し始めたプレイヤーたちに非難の目を向けていたシェイプ騎士団だったが、その成果を見て考えを変えたか、各部隊が小隊単位で同様の行動を開始した。

 プレイヤーたちほどではないにしても、騎士も戦闘を生業なりわいにする者たちだ。それなりの戦闘力は持っている。覚悟と方針さえ決まればゲリラなど物の数ではない。


 それからほどなくして、包囲していた武装勢力は全滅した。


 プレイヤーどころか、騎士たちに比べてもそれほど戦闘力が高かったわけでもない相手である。

 遠巻きに矢を射て嫌がらせをすることはできても、まともに戦闘を行なうほどの錬度はなかった。


 ただ彼らの中に降参する者はなく、最後のひとりにいたるまで殺意を持って抵抗していた。





「やはりそうか。この人たちは……」


 戦闘が終了した後、アマテインは倒れ伏す獣人たちの死体を見ながらため息をついた。


 最初にアマテインがひとり目をキルしてから、もう1時間以上は経っている。

 彼らは弓を射かけるだけの技術を持ち、短剣やナイフで武装してはいるが、職業としてそれらを修めているという感じではなかった。そして、死体が消えることもない。

 つまり彼らは騎士や兵士ではなく、おそらく普通の町人だ。


「地元のゲリラってことか。じゃあやっぱ、さっきキングJが言ってたキーファって街がゲリラの拠点か?」


「キーファと言えば、ペアレ国内でも有数の大都市ですね。ここ数カ月で急激に発展してきた街です。

 ……あの街がゲリラの拠点となると、戦闘を回避して進むのは難しいでしょう。私たち南部方面軍は王都の手前のラティフォリアという街をひとまずの目標に定めていると思いますが、その前にキーファの攻略をしなければいけなくなってしまうかも……」


「てかよ。仮にすんなりラティフォリアを占領できたとしてもさ。王都とキーファに挟まれてる状態になるわけだよな。補給線もねえし、ぶっちゃけどうやって戦線を維持するつもりなんだろ。

 戦略を考えるのはNPCのシェイプ王国だし、言っても仕方ないとは思うんだが、何考えてんだろうね。いくらなんでもさすがに焦り過ぎっていうかさ」


 藤の王が腕組みをしてぼやいた。


「シェイプ王国としては、補給については初めから考えていないのだろう。仮に補給線を構築できたとしても、そもそも送るべき物資が本国にない状態だ。

 普通なら橋頭保となる街や拠点を制圧しながら進軍するものだが、それらを一切無視して目標の直前まで一気に軍を進めようとしているのもそのせいだな。

 それに騎士たちは死を恐れる事がないのかも知れないが、本国の国民たちはこのまま飢えが満たされなければいずれ死ぬ。時間があまり残されていないというのも彼らを焦らせている要因だ」


「アマテインの言う事も、あとシェイプ王国の考えもわかるが、何にしても先に進むためにはゲリラを何とかしなければならないのは事実だ。それがキーファって街から来てるっていうならその街もな。

 街の規模から考えて、ゲリラが今倒したこれだけで終わるとは思えない。必ず第2波第3波が──」


 キングJの話の途中だったが、前方の騎士たちがざわめきだした。


「──また襲撃だ! 数は少ないが、今度は魔法使いもいる!」


「……ほらな」









 こうしてシェイプ王国南部方面軍は、このキーファの街の手前で足止めされることになった。


 襲撃の人数やバックアップの厚さから、無限にも思える数のゲリラに襲われるシェイプ騎士団とプレイヤー連合軍。

 蓄積されるダメージや疲労、そして数の暴力により、時に全滅とも言える大敗を喫する事さえあった。

 しかし彼らは死亡しても復活する。

 リスポーンポイントで復活を果たした彼らは再びキーファに迫り、ゲリラに襲われ、そしてまた押し戻される。

 キーファを大きく迂回するという案も採用されたが、よほど広く警戒網を張っているのか、いずれ必ず捕捉され、襲撃を受けることになった。


 戦略上最重要とも言える兵站の概念を無視した侵攻戦。

 プレイヤーにとっても未知の戦争形態である。

 そしてNPCにとっては戦争自体が未知のものだっただろう。


 自国民という名の血を延々と流しながら抵抗を続けるペアレ王国と、何度叩き潰されても起き上がる、死ぬことのない侵略者たち。

 眷属というシステムがもたらす終わりの見えない悲劇は、ペアレ王国の体力とシェイプ王国の気力を削りながら、ただ無為に時間を浪費させていった。






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