第321話「調子、乗らずにはいられない」(ペアレ国王アンブロシウス視点)
「おのれ異邦人め……。やはり奴らは危険な存在だった」
ペアレ王国が誇る雄大な岩城。
その国王執務室でアンブロシウスは頭を抱えていた。
シェイプがペアレに侵攻してきたのはいい。
いやよくはないが、それは向こうもそう宣言しての行動であるため、少なくとも驚きはしない。
そのシェイプの、南部への侵攻の折にゾルレンよりもクラール遺跡を優先して防衛させたことについては苦渋の決断だった。
アンブロシウスとて別に民をどうでもよいと思っているわけではない。
しかし万が一にも遺跡を奪われるわけにはいかない。
シェイプ王家に遺跡についての情報がどれだけ残っているかもわからないが、もし仮に正確な場所や封印解除の条件、遺跡起動の手段にいたるまで詳細に伝わっていたとしたら問題だ。
遺跡を奪われるという事はすなわち、あの力をシェイプ王国が手にするということになる。それだけは避けなければならない。
そうした事情も考慮した結果、街ではなく遺跡を優先して守ることにしたのだ。
ゾルレンの街にシェイプの騎士団が向かっているとの報を聞いた時はアンブロシウスも目を覆い、黙祷を捧げた。
しかし続く報告を受けた時にはその目を見開き、耳を疑った。
報告にはポートリーの騎士団がゾルレンを防衛しているとあったからだ。
あまつさえ、ウェルスの王都やシェイプの各地を襲っていたという巨人の魔物も現れたという。それらの抵抗によってシェイプは折れ、目標を変えて北上した。
正直なところ、シェイプの声明にもあったその巨人という勢力には何の心当たりもないが、役に立つなら悪いことではない。
問題はポートリーだ。
アンブロシウスとしては、現在敵対関係にある国家の中でポートリー王国をこそ最も敵視している。
そもそもがあの国が突然騎士をペアレに差し向けてこなければこんなことにはなっていなかった。今頃はオーギュストが遺跡の謎を解明し、ペアレに繁栄をもたらしていただろう。
そのポートリー王国がペアレの街ゾルレンを守っているとなれば、何かよからぬ目的があると考えるのが当然だ。
案の定、シェイプ騎士団を退けたポートリー騎士団はそのままゾルレンを占拠し、街を占領したという宣言を出した。
他人の国に勝手に踏み入り、その街を占拠して我が物にしてしまうなど厚顔無恥にもほどがある。
しかもこの宣言は、そのゾルレンの伝書鳩により、ポートリー騎士団から直接文書が届けられていた。ご丁寧に国王エルネストのサインもある。
まさか国王自ら他国まで足を伸ばしているはずはないし、これはつまりポートリー騎士団は自国を出撃する時にはもうそのつもりで国王自筆の文書を準備し、ペアレまではるばる進軍してきたということだ。
とはいえ、街を守らない選択をしたのはアンブロシウスのほうである。
ポートリーがペアレの代わりに街を防衛したのは確かだし、そのポートリーに奪われてしまったというなら、それに文句を言うのも恥知らずであるように思える。
ポーズだけでも、奪還のためという名目でクラール遺跡から騎士団を差し向けようかとも考えたが、その隙をこそポートリーが狙っていないとも限らない。それでは何のためにゾルレンを切り捨てたのかわからなくなる。
ひとまずポートリーの厚かましさを悪しざまに罵る内容の宣言を国内に出すにとどめ、対ポートリーという国民感情を煽ることでこの問題は終わらせる事にした。
遺跡の力を手に入れた暁には、それを以て細かい面倒事をすべて片付ければよい。
しかし問題はそれでは終わらなかった。
他国の街を占領するという、歴史上類を見ないこの事件が世間に与えた影響は、アンブロシウスの想像を超えていた。
重要だったのは、ゾルレンという街でもなければ、その街が襲われたことでもない。
ポートリー王国の騎士団が、ペアレ王国の街を支配したという事実そのものだったのだ。
そういう事が可能なのだと、誰もが知ってしまう事になった。
謎の仕組みで瞬時に情報を共有する異邦人の存在によって、この事実は大陸各地に拡散された。
ペアレ王国北部にはルートという名の村がある。
この村はすぐ側に強大なドラゴンがいるという伝承を持つ村で、国として万が一を考え、地方の田舎村としては破格の補助金を毎年出すことになっていた。
つい最近そのドラゴンが目覚め、村を襲い、半壊状態になるまでの被害が出るという事件が起こったのだが、これに対してアンブロシウスは特に手は打たなかった。
というか、王国としては手を打ち続けていた結果があの多額の補助金だったのだ。それ以上を突然求められても困る。
長い間ドラゴンと向き合ってきたのならその脅威も十分わかっていたはずだし、補助金があれで足りないのならそう言ってくればよかったのである。素直に増額するかは別の話だが、少なくともそのままにはしておかなかっただろう。
それを怠り、勝手に壊滅しかけたなどと言われても、知らぬとしか言いようがない。
とはいえ王都からさほど離れているわけでもない村であるし、もっと近くには第2王子を派遣していた遺跡もあった。完全に放っておくわけにもいかない。
といった矢先に一連の騒動だ。
仕方なく、ルート村の処置については棚上げしてあった。
そのルート村が、突如独立を宣言したのである。
ドラゴン襲撃が契機になったと考えるには少し時間が経ち過ぎている。となるとゾルレンをポートリーが占領した事を受けての決起だろう。
そうであるなら、この独立騒ぎには異邦人が絡んでいる。
ゾルレンを攻めたシェイプの騎士団には人種も年齢性別もバラバラの一団が同行していたという報告もある。異邦人の一部がシェイプに手を貸しているのは明らかだ。
またつい先日には、ここ王都においても異邦人の2人組がなにやら騒ぎを起こしたとも聞いている。
幸いその件はどういうわけか聖教会の手の者が処理をしたということなので大事には至っていないが、最悪の場合はこの王城にも何らかの被害が出ていた可能性もある。
大陸全土における、異邦人たちの増加を危険視したアンブロシウスの見識は、やはり間違ってはいなかったのだ。
「──そのわしがこれほど追い込まれているということは、異邦人が危険であるという事実を知られてはまずい者でもいるというのか。そしてその者が、もしや一連の事件を……」
陰謀論など信じるアンブロシウスではないが、これほどまでに自分にとって都合の悪い事が続けば、そうも思いたくもなる。
まるで自分が何か見えない巨大なクモの巣にでも囚われてしまったかのようだ。
もがけばもがくほど事態は悪化の一途を辿る。
「──父上!」
大声と共に乱暴に扉が開け放たれた。
既視感を覚える。
「……シルヴェストル、あのな、今がどういう状況なのか──」
「──失礼しますぞ」
シルヴェストルの後に続いて入って来たのはいつかの聖教会の坊主だった。
主教だか何だか知らないが、許可もないのに王族のいる部屋に入室するなど非常識極まりない。
「貴様、どういうつもりだ! 身の程を……」
しかし主教を睨みつけようとしたアンブロシウスは固まった。
以前に会った時とは明らかに雰囲気が違う。
その目が湛える光は自信に満ちており、肌にも張りがある。若返ったとか、顔立ちが変わったとか、そういうわけではないようだが、まるで別人のようにも見える。しかしよく見れば間違いなくあの時の主教なのである。
「いや、許可をいただく前に入室した事については謝罪いたします。どうも気が逸ってしまっていけませんな。ははは」
キューティクルが輝いてさえ見える顎鬚を撫でつけ、主教が笑う。
「……もうよいわ。して、今日は何の用なのだ」
主教の様子に何か得体のしれない不安を感じ、アンブロシウスは追及をやめた。
「いえいえ。用があるなどと言うほどのことでは。
ただ、そうですな。陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……とはいきませんようで。何やらお悩みのご様子」
ただでさえ苛ついていたところに無礼な入室、そしてこの言い草である。
国王たるアンブロシウスを小馬鹿にしているとしか思えない。
以前に会った時とはまるで違う
「貴様……! おちょくるのも大概にしろ! 坊主ごときが! 無礼討ちにされたいのか!」
見かねたシルヴェストルが恫喝するが、アンブロシウスもこれは止める気は起きなかった。
シルヴェストルが叫んでいなければアンブロシウスが叫んでいただろうからだ。
しかし王族の威圧を受けても主教はどこ吹く風である。
たとえ眷属ではないとしても、上位種からこれほどの怒りの感情をまともに受ければ、ただの獣人では萎縮して硬直してしまってもおかしくない。
そうならないということは、シルヴェストルを遥かに超える肉体的な能力があるか、本当に薬で脳がイカれているのか、あるいは。
「まあまあ殿下。まだ若いうちからそうも怒りっぽいのでは、将来王位に就いた時に大変になりますよ。主に周りのものが。
それより、本日は陛下のお悩みを取り除いて差し上げるべく参上いたしたのですよ。
陛下もお耳に挟んでおいでのことかと思いますが、先日この王都に侵入した異邦人の曲者というのは我が聖教会の聖堂騎士団が始末いたしました。
あの曲者がかなりの腕を持っていた事はこの城の門を守る衛兵たちにでもお聞きいただければと思いますが、つまりそれだけの相手を難なく返り討ちにする程度の力が、今の我々にはあるということです。
──どうでしょうか。陛下。
陛下がお悩みのシェイプの不埒者ども、それに北方の身の程知らずの田舎者どもの平定などを、我ら聖教会にお任せいただくというのは」
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