第320話「二股説」





 ヒューゲルカップの城主用の食堂の壁には、大きく描き写された大陸の地図が貼ってある。この部屋はもはや食堂というよりは会議室になっていた。

 その地図の各所に蜂起や暴動のマークを書き込むライラを見てブランが言った。


「なんか、アレみたいですね。ポップコーン?」


「ああ、フライパンでコーンが弾け始めた感じに似てるってこと? よく知ってるね。作ったことあるの?」


「動画で見ました!」


 ポップコーン、と聞くと映画館を思い出す。


「ところでこのゲーム、キャラメルってあるの?」


「私の知る限りないけど、キャラメルポップコーンに似たお菓子なら多分作れるよ」


「……よくわかったね」


「わからいでか」


 ライラが振り返り、レアを見て笑う。


「ちなみに私はあんまり好きじゃないから作ったことないけど、作ろうと思えばキャラメルも作れると思う」


「あ、だったらすでに作ってるプレイヤーとかいそうですね」


「いるかもね。そんなに難しくないし」


 もしいるのなら、そうしたプレイヤーはもしかしたら現在はリフレの街あたりに疎開しているかもしれない。

 グスタフに一度、お菓子に関して市場調査を命じてみる必要がある。

 ライラと同様レアもキャラメルが特別好きなわけでもないが──歯にくっつくので──キャラメル味のお菓子はどちらかといえば好きな方である。

 そうしたバリエーションが出回っているようなら、製作者に金銭的支援をするのもやぶさかではない。


「いや、キャラメルもポップコーンも今はどうでもいいな。話が逸れた」


「そうだね。じゃあ戻そうか。

 まずはご苦労さまブランちゃん。ブランちゃんがゾルレンで頑張ってくれたおかげで、状況がよりカオスになったよ」


「どういたしまして! でもそんなに大したことしてませんけど」


「いや、あれで十分さ。大切なのはあそこに巨人が現れたことだからね」


「……と言いますと?」


 眼を閉じてSNSをチェックする。

 ブランが会ったというその手が暖かの書き込みにより、ジャイアントコープスたちはペアレ王国と協力関係にあるらしいことが予測されていた。いや、彼女の語り口からすればこれはもう断定していると言っていい。

 そして彼女自身の発言力や信頼性もあり、それはほぼ事実であるかのように広まっている。


「ペアレの街を守るために、シェイプを荒らしたジャイアントコープスが現れたのだから、シェイプ王国の当初の見込みの通りやはりあれらはペアレの差し金だったんじゃないか、って風潮が高まってるってことだよ。

 もともとプレイヤーたちはNPCの意見を疑う事は少ないし、あと逆にNPCのほうでもプレイヤーが巨大な情報網を持ってることを知っている層なんかはプレイヤーの話を信じやすい傾向にある。

 もう大陸全土でこれは事実と認識されていると考えていいかな」


「なるほどそういうことか! あ、じゃあウェルスとかってどうなってるの? 最初わたしウェルスにちょっかいかけてたような気がするんだけど」


「いい質問だねブランちゃん。当然ウェルスもモヤっとしてるはずだよ。巨人がペアレと協力関係にあるのなら、その時の襲撃もペアレが一枚噛んでた事になるからね。

 まあウェルスで主に活動しているプレイヤーって今ほとんど表に出てこないからわからないけど」


「その、表に出てこない大部分のプレイヤーたちがいると思われる地下クランだけど。

 マーレからの報告だと、やっぱりペアレがウェルスにもちょっかいかけてたって認識で一致してるみたい。

 さりげなく煽ったりしてかなり戦意も高まってたみたいだし、わたしからも許可を出したから、もうそろそろあの国もひっくり返るよ」


「ふむふむ」


 ライラはニヤつきながら立ち上がり、壁の地図に星マークを描き入れた。場所はウェルスの王都の隣の街、絶賛復興中のグロースムントだ。

 あの街の復興にはウェルス聖教会とケリー配下の商会が、連名で積極的に出資していた。

 魔物に襲われたと言っても、その魔物の中身はプレイヤーたちである。むやみに建物を壊すなどの無駄なことはしていないし、復興自体は比較的容易だった。

 その中で金の力に物を言わせ、宗教関係施設や商会傘下の商業施設が多めになるよう改築させていたのだ。


 この商業施設の中には宿泊施設も多く含まれている。

 何せ住民はすでに全員死亡している。入植者を募るにしても、この戦時下では集まるとは思えない。

 住む者のいない居住区を多く作るよりも、一時的な滞在者用の宿泊施設を増やした方が当面はいいはずだ。

 宗教施設に関しても、元あった領主館を改装し、王都の物にも劣らない立派な大聖堂を建てさせておいた。


 レアはこの街に、マーレとウェルス聖教会の本部を移動させるつもりだった。


 国内外で話題の大きい噂の聖女と会える街。

 ウェルスの王都からもほど近く、太い街道も整備されているためアクセスもいい。

 そして莫大な予算を投じて改装された最新の商業施設や宿泊施設。


 そう、この街はリゾートタウンになるのである。


 戦争状態という事もあるため、街並みが完成したとしてもすぐの集客は見込めない。

 しかしどのみち、この街のメインターゲットはプレイヤーたちである。平均的に言えばNPCよりプレイヤーの方が金貨を多く持っているし、彼らは移動の制限があまりない。どこかに家を買って定住している者も少ない。

 そんなプレイヤーたちだが、聖女アマーリエがこの地に移住すれば、自動的にくっついてくる勢力が一定数存在している。

 戦時中であろうと、いや戦時中だからこそ彼らはマーレのそばを離れないだろう。

 そして聖女のおわす街ともなれば、きっと命がけで守ってくれるに違いない。


「ていうかさレアちゃん。仮にそのプレイヤーたちが本気で建国するとして、そうなるとその街が首都になるってことかな」


「そうなるんじゃない? 王国と決別するなら王都の聖堂は破壊されるだろうし」


「宗教国家の首都が歓楽街って大丈夫なのかな」


「そんなの教義によるでしょ。まあ聖教会の教義なんて知らないけど」


 少なくとも寂れているよりは栄えている方がいいはずだ。

 その点、話題性のある歓楽街なら十分である。


「あと、そういえばこの間わたしが守ったゾルレンて街、ライラさんのところが占領したんでしたよね」


「私のところじゃないよ。ポートリー王国だよ。何度も言うようだけども、オーラルは戦争には反──」


「どこでもいいですけど、じゃあですよ。その占領の時に巨人が出てこなかったとしたら、不自然に思われたりしてないですかね」


 シェイプが侵攻してきたときには巨人が現れ、ポートリーが占領する時には現れないとなれば、そこに何らかの理由を見いだすプレイヤーも出てくるだろう。

 しかもペアレ王国としてはもともとはポートリーに対して宣戦を布告したのである。シェイプよりもポートリーを警戒していたはずであり、シェイプの方が予定外だったはずだ。

 予定外の侵攻の時には現れて、予定通りの戦闘の時には現れなかったことになる。


「ブランちゃんの言う通りだね。じゃあその場合、なぜ巨人が現れなかったかについて、一番考えられる理由は何だと思う?」


「ええ? ううん……」


 ライラが訪ね、ブランが悩む。

 これにはレアも興味があった。果たしてブランは何と答えるのか。


「……手を組んでいたから、とか?」


「誰と誰が?」


「ええと、ポートリー王国と巨人が、ですね。

 シェイプの行動は妨害して、ポートリーの行動は妨害しないとなると、理由として一番ありそうなのはそれです。

 ていうか事実ですしね。わたしはライラさんと手を組んでいるので」


「そうだね。プレイヤーにとっては荒唐無稽な推論になるかもしれないが、事実だけを見ればその可能性も否定できない」


「もしそう考えたとしたら、次に考えるのはそもそもどうして巨人が出しゃばって来たかです。

 さっきレアちゃんが言ってたみたいに、ペアレと巨人が協力関係にあるという事が事実として認識されているのなら、それを前提としてみんな考えるはずです。

 その上で、さらに巨人がポートリーにも協力しているとなると」


「となると?」


「巨人が二股かけてるか、ペアレと巨人とポートリーが最初から全部グルだったか、ですかね」


 面白い仮説だ。

 一番有り得ない方向性だが、可能性としてはゼロではない。しかし仮にこの説を思いつくプレイヤーが他にいたとしても、これを主張まではしないだろう。

 最初の前提である、ペアレがポートリーに宣戦布告をしたという事実を無視しているからだ。


「なるほど。レアちゃん二股説はともかく、後者の説だとペアレ王国は一体何の得があって一連の騒動を起こしたのかって話になるよね。

 ポートリーと協力関係にあったのなら、最初の領土侵犯や王子の暴走についてもペアレは了承済みだったってことになるし、だとしたら戦争が目的で戦争を起こしたという事になる。客観的に言ってそれにメリットが見いだせないし、さすがにちょっと不自然じゃないかな」


「待って。なんでわたしに流れ弾飛んできてるの?」


「巨人を操ってるのは赤ローブで、その赤ローブは第七災厄のお仲間だと思われてるからだよ。

 第七災厄、白ローブもペアレの遺跡でおイタしてたのが判明してるし、プレイヤー目線なら正体が割れてる唯一の存在であるレアちゃんがメインの黒幕だと認識されてると思うよ」


 どうやら黙って聞いているだけだと要らぬ風評被害を受けてしまうらしい。


「じゃあお話に参加させてもらうけど。

 もうひとつこの仮説の欠点を述べるとしたら、これがブランの視点から考えられているからっていう点があるよね。

 今の説はペアレ王国の主体性を除けばただの事実だ。戦争を起こしたい勢力があって、それをただ実現させただけっていう。ブランはその事実を知っているからこそこの仮説を思いついたとも言える。

 確かに仮説を立てるにあたって、一切の動機を排除して事実のみを列挙してみるのは大事だけど、これはちょっと恣意的かな。ブランが知ってる事実に引っ張られ過ぎてる。

 これ何も知らない人にいきなり話したら、たぶん陰謀論者って言われるやつだよ。

 これだったらまだわた、ブランが二股かけてた説の方が信憑性がある」


「そっか……。じゃあわた、レアちゃんが二股かけてた説が有力になるのかな」


 ブランも譲る気はないようだ。


「ちっちっち。2人とも二股が好きなのはわかったけど、それよりもう少しだけ有り得そうな仮説があるよ。

 二股といっても、巨人たちは別に積極的にポートリーの味方をしたわけじゃなくて、何もしなかった結果ポートリーにとって得になっただけだ。ポートリーが望んだからそうなったってわけじゃない。

 となるとこう考えるとしっくりくる。単にペアレ王国は、協力者である第七災厄を制御しきれていないだけなんじゃないかと」


 これは非常にマグナメルムにとって都合のいい仮説だ。

 プレイヤーたち、そして各国首脳部がそう認識してくれるとしたら、今後はこちらの都合のいい時に都合のいい場所にだけ手を入れればいい事になる。余計な仕事をしなくていい分楽だ。

 そして同時に、これはプレイヤーにとっても望ましい展開であるはずだ。


「これも希望的観測になるけど、まあ人っていうのは自分にとって都合のいい方を信じたくなるものだからね。

 前回、前々回のイベントや、この間の遺跡での一件でみんなが痛感した通り、レアちゃんにはそう簡単には勝てない。そもそもちゃんとした戦闘に持ち込むことさえ困難だ。だって普段どこにいるのか知らないだろうしね。

 ペアレ王国と第七災厄が本当に懇意であるとしたら、ペアレ打倒のためにはこの第七災厄も打倒しなければならない事になる。それはちょっと難しい。

 でもペアレ王国が第七災厄率いる黒幕グループを完全に制御できていないとしたら、そこに付け込む隙が生まれる。うまくやれば、災厄級をスルーしてペアレ王国だけを倒す事も可能かもしれない」


「なるほどー!」


「SNSのほうじゃまだ結論は出てないみたいだけど、そういう意見も出てはいるから、最終的にはその方向に行くんじゃないかな。

 まあ行かなかったとしても、こっちには伝家の宝刀もあるし」


 教授の事だろう。

 どうも彼はもう公式のSNSの方に積極的に書き込むつもりはないようだが、頼めば書いてくれない事もないはずだ。

 しかしそれは最後の手段である。

 SNSを通じて情報操作をするというのは、非常に強力な効果を秘めていると同時に、発覚すれば全てが明るみに出る恐れがあるという諸刃の剣でもある。

 伝家の宝刀が諸刃の剣というのは実に皮肉が効いている。


 またレアとしては、その手段を取ることについては否定的な思いもあった。

 そういう明確な嘘で事態を動かすというのは少々興醒めな気がするためだ。

 NPCとして振る舞うのであれば、やはりゲーム内でのみ暗躍するべきだと思うし、この先何かの理由でなりふり構わず行動する必要が出てくるとしても、それは今ではない。


 それについてはライラと意見が分かれるかも知れないが、話してわからぬ姉でもないし、おそらく聞き入れてくれるはずだという気もしている。





「──じゃあ、わたしはそろそろペアレの王都にでも行ってこようかな。

 テンプルナイツも仕上がってるし、そろそろペアレの王都付近にシェイプの北部方面軍が到達するころだろうし」


「テンプルナイツ! なにそれかっけー! 何とかミラージュとかいるの?」


「何とかミラージュは違うやつだよ。何とかテンプルのやつらでしょ」


 反応したブランの言葉をライラが訂正した。

 何の話をしているのか。


「両方いないけどね。ペアレ聖教会に新設した騎士団だよ。騎士って言っても全員特に誰の眷属でもないけど。

 王都を守ったり、信仰を広めに行ったりするために作ったのさ。命名はわたしじゃないけど」


「でしょうね。センスの方向性がちょっと違う」


「まあともかく、ペアレの王都に敵が迫ってるならそのテンプルナイツも活躍の機会があるだろうし、一度現地に行っておこうかと」


「あっと、ちょいまち」


 それを聞いたライラはレアを引き止め、数度目を閉じて何かを確認するようなそぶりを見せた。


「その北部方面軍だけど、狙いはまっすぐ王都じゃないかも知れない。

 いろんなところから情報拾ってるからリアルタイムじゃないだろうけど、たぶん軍の現在地はこの辺で、隊列の向きはこの方向かな」


 ライラが部隊を模して描いたのだろう紙を地図にピンで留めた。そしてそれを見たメイドが顔色を変えた。これは別にメイドの軍事的な見識が高く、シェイプの用兵について何か気づいたというわけではない。

 地図の向こうは壁である。

 つまりライラは食堂の壁にピンで穴をあけたということであり、それは確かにメイドも怒るだろう。


「……まあいいか。ウチの壁じゃないし。

 それより、この様子だと王都の西を通り過ぎて進軍していく感じかな。王都の北に布陣して、南から北上してきてる南部方面軍と挟撃にでもするつもりなのかな」


「いや、相手は動かない城塞だし、挟撃の為に進軍ルートを変えるというのは意味が薄い。

 それよりは目的地が別だと考えた方が合理的だ」


「王都じゃないなら……プロスペレ遺跡か」


「だろうね。まあ私なら、補給という名の略奪も兼ねて手前のパストを狙うけど。ここを押さえれば王都に睨みを利かせつつ遺跡にちょっかいも出せるし」


「なるほど、それはちょっと面白くないな」


 パストの街はプロスペレ遺跡の最寄りの街だ。

 もし今後、あの遺跡がプレイヤーたちに開放されるような事があった場合、パストの重要度はポータルなどの街に匹敵するほど高まる可能性がある。


 ライラがゾルレンを支配下に置いたのと同じ理由で、あの街も出来れば管理しておきたい。


「じゃあまた巨人召喚ですかね。わたしの出番?」


「……いや、巨人だったらわたしの配下にもいるし、今回はわたしが行くよ。それにもう巨人とわたしの繋がりもバレてるわけだから、そもそも巨人にこだわる必要もないしね」


「レアちゃんが行くなら、そっちは任せるよ。最悪でも王族さえ生きてればいいし」


 それはつまり王都が滅ぶ前提での話だという事になるが、妹をどれだけ不器用だと思っているのか。

 テンプルナイツの試運用もしてみたいし、確かに少し様子を見たいところではあるが、さすがに王都が滅ぶ前には手を打つつもりである。


「じゃ、わたしはシェイプの様子を見てこようかな。

 なんか貴族? みたいな勢力は王都に集まろうとしてたんで、うちの商会の暴力担当もだいたい王都に集めてたんですよね。

 というか王都以外はもう抵抗する気力もなさそうだったし、暴力がいらなさそうってのもあったんですけど」


 シェイプが起死回生を狙い、ペアレに騎士団を派遣したことで、結果的にシェイプ国内の食料事情はさらに悪化することになった。

 武士は食わねど高楊枝、ならぬ騎士は食わねど戦闘可能だが、その主君たる貴族はそうはいかないからだ。


 今すぐあの国に倒れられるのも困る。ブランに様子を見てもらい、必要があれば介護してもらう事も考えたほうがいいだろう。


「じゃあ、頼むよ。

 レアちゃん、ブランちゃん、ペアレとシェイプはよろしくね」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る