第319話「序列一位」(別視点)





 乗るべきか、止めるべきか。


 その判断は最後までビームちゃんを悩ませた。

 他人のプレイスタイルに軽々しく口を出すべきではない。自分がされたらきっと嫌な気分になるだろうから。

 だがそれにしても限度がある。普通は、いかにプレイスタイルだと言ってもNPCを担ぎあげてクーデターを起こし、宗教国家を立ち上げようなどとイカれた事は考えつかない。


 趣味に走るのは結構だが、それはあくまで他人に迷惑をかけない範囲でやるべきだ。

 いやしかし、PKやPvPも容認されているこのゲームにおいて、これは果たして迷惑行為に当たるのだろうか。


 一般的には横殴りやルート(他人の倒したモンスターのアイテムを横取りする事)のような行為は当然迷惑だろうが、それでトラブルになれば大抵はそのままPvPに移行していき、腕力で決着をつけるのがこのゲームでの常だ。

 PvPでは勝てそうにないような初心者を狙い、純粋に悪意のみを持ってこうした行為をするプレイヤーも中にはいるが、今ハセラたちがしようとしているのはそういうタイプではない。


 またPKはもちろん、このゲームではMPKも容認されている。クーデターが結果的にそれらに近い行為に当たるのだとしても、それを咎める事は出来ない。


 他に迷惑行為で思いつくのは不快な言葉や無意味なワードを叫び続ける荒らし行為だが、ハセラ達はこれにも当たらない。むしろ静かすぎて、同志以外には存在すら捕まえられないほどだ。


 クーデターの結果、他のプレイヤーのプレイ環境が破壊されてしまう可能性はあるが、それが嫌なら力でもってクーデターに対抗するしかない。

 そうした環境を守る事も含めてのPvPだというのなら、ハセラたちのプレイは実にこのイベントに即したものだとも言える。


 戦争がイベントとして設定されたくらいだし、プレイ環境の破壊については運営も手は打っているはずだ。

 おそらくだが、戦争と直接関係なさそうな旧ヒルス王国領がそれだろう。

 あの地域はテューア草原のような初心者用の狩り場から、旧王都や最新の空中庭園のようなハイエンドなコンテンツまで一通りの難易度のダンジョンが揃えられている。

 加えて他国の王都に匹敵するほど栄えている街もあり、国家としての縛りが無くなったためか現在は他国に比べて人種も雑多だ。

 気候も癖がないため、大陸で生産可能な農作物は大抵は育つ。またこれは全ての国に言える事だが、海や山といったフィールドもある。戦争が嫌ならここに行けと言わんばかりの地域であった。

 それでも戦場になり得る国に残っていたプレイヤーがいたのなら、それはもう戦争イベント参加上等という覚悟の上の事だと判断するしかない。

 たぶんそういう事だろう。


 そういうわけで、暴走する聖女原理派ハセラたちを止める正当な理由はない。

 しかし、彼らがいつ道を踏み外すとも限らない。

 そうなった時こそ止めてやろうと、ひそかに心に誓いながら何となく行動を共にし、ずるずると流されるままにいつの間にか、後戻りができないところまで来てしまった。


 までビームちゃんを悩ませた、とはそういう意味だ。

 もう遅い。

 時間制限付きの選択肢はすでに消え去り、今残っているのは「協力する」の一択のみである。









「──ついにシェイプの軍がゾルレンの街に到達したようです。シェイプのゾルレン掌握を阻止しようとしてか、オーラル方面からポートリー軍と思しきエルフの一団が北上し、これと交戦中です。

 また以前に聖女様がこのウェルス王都で退けた巨人と思しきモンスターも、ゾルレンを守るかのように現れたという目撃証言もあります。

 やはりあれはペアレの差し金だったようです。ペアレは明らかにウェルス王国をも狙っていると思われます。

 そのような敵対国家を擁護して聖女様を糾弾するなど、ウェルスの王家は腐っております。具体的には特に第2王子とか。

 聖女様。ここはやはり、聖女様が旗頭となって、この地に新たな秩序を築くしか……」


 薄暗い部屋でハセラが聖女に社会情勢を報告している。

 この部屋はウェルス王都の大聖堂、その地下に設えてある地下室だ。

 といっても地下牢や独房のようなものではなく、それなりにおしゃれにデザインされた普通の部屋だ。窓がないため雰囲気こそ薄暗く陰湿だが、そもそも聖女は目が見えないため関係ない。


 現在聖女はこの部屋に軟禁状態にある。

 と言っても誰かにそうされているというわけではなく、これは聖女自らが望んでしていることだ。

 組織としては非常に珍しい事だが、このウェルス聖教会は強固な一枚岩である。

 そのトップである聖女に何かを強制できる教会関係者などいないし、聖女が望むのであればそれを止められる者もいない。

 聖女も自身のそんな影響力をよく知っており、自戒の意味を込めてこの地下室で自ら反省をしているのである。いわゆる自粛というやつだ。

 聖女もポートリーやオーラルの騎士をかばったというその行動自体は恥ずべきものではないし間違っていないと確信しているが、それがウェルスを戦乱に巻き込む原因になったのもまた事実であるとわかっている。ゆえに国の要請を素直に受け、こうして自らを戒めているというわけだ。


 そんな高潔な聖女だからこそ、対照的に王家の対応が批判される事になるし、それは聡明な聖女もわかっているだろうがどうにもできない。

 いや聡明だからわかっているというよりは、こう毎日ハセラ達が押し掛けて王家の批判を捲し立てていればアホでもわかるというものだが。


「──ゾルレンというと、あの、我々が取り逃がした魔物に襲われ、魔物化した自国の王子にも襲われた悲劇の街ですね。

 そこが三度みたび戦場になっているという話は私も聞いております」


「え、こんな地下室に閉じこもってるのにどっから」


「ふふ。私にも、独自の情報網というのはあるのですよ」


 聖女はシルクらしい手袋に包まれた細い人差し指を唇に当て、僅かに口角を上げた。

 目元が見えていればウィンクなんかもしていたかもしれない。

 同性であるビームちゃんでさえやばいと感じるほどの破壊力だ。これは駄目だろうな、と思うが早いか、ハセラはうずくまって身もだえている。やっぱり駄目だった。


「……ほああ……尊い……尊いでしょこれぇ……見たぁ? 今の見たぁ……?」


「気持ちは分かるがしっかりしろリーダー! ええい、こんなアホをリーダーなんて呼ばにゃならんとは……」


「しょうがないだろ、聖女たんクイズの成績で序列が決まるシステムなんだから! くそ、あんなもん作った奴が全問正解するに決まってんだろ……!」


 問題製作者が有利なのは確かだが、それは裏を返せば、他の受験者が正解出来ないようなマニアックな設問を用意出来たということでもある。

 またクイズは公平を期すため、希望者全員が数問ずつ問題を用意するルールになっていたが、それらすべてに正解して見せたのはハセラだけだった。

 少なくとも同志たちの中で、ハセラが最も聖女について詳しい事だけは間違いない。

 そしてそれこそが革命軍「聖女の旗の下に」の唯一にして絶対の基準であった。

 ビームちゃんもあと一問、正解さえしていればこの過激な活動を止めることが出来ていただろうか。


「皆さん。皆さんのお気持ちは私としても聖教会としても大変ありがたく思います。ですが、今はまだ、そこまでの覚悟を持てません……。

 私の剣は、人々を守るためにあります。それはウェルスの民であろうとペアレの民であろうと同じです。

 私が、そして聖教会が起つという事は、すなわちこの剣をウェルス王家やペアレ王家に向けるということ。しかしそのようなことを、果たして神がお許しになるのか……。

 より多くの人を守るためには、時に非情な決断をせねばならないことはわかっているつもりです。ただ今はまだ、そこまでしなければならない事態なのかどうか、判断しきれないのです……。

 申し訳ありません皆さん。弱い私をお許しください……」


 聖女はそのシルクの両手で顔を覆った。


「そ、そんな! 顔を上げてください聖女様!

 ナマ言ってすんませんした! 待ちます! なんぼでも待ちますよって、堪忍してつかあさい!」


「おい落ち着けリーダー! てかお前どこ出身なんだよ!」


 ハセラが戦況を聖女に伝え、聖女が遺憾の意を示し、最後はこうして泣いて有耶無耶になる。

 これがここ数日の革命軍の日常だった。


 純粋無垢で清廉潔白、高潔無比な聖女に限ってありえないことだろうが、それはまるで、何か、時機を待っているかのようにも見えた。









 情勢に変化が起きたのはゾルレンに攻めてきていたシェイプ軍が退却を決意した時だった。

 そしてそれはビームちゃんの選択肢が消し飛んだ瞬間でもあった。


 シェイプ王国にとって時間は決して味方ではない。

 以前にこのウェルス王都に襲撃してきたあの巨人たち。

 あれらによって国内の一次産業を根こそぎ破壊されてしまったシェイプ王国に残された時間は少ない。

 シェイプ王国としては南部方面軍はあくまで遺跡確保のための軍であり、現在遺跡を防衛しているペアレ騎士団を打倒するだけの目的で組織された遠征軍だったはずだ。

 しかしそこにポートリーの横槍が入り、遺跡の手前のゾルレンで思わぬ足止めを食うことになった。

 プレイヤーからしてみれば、どちらかというとポートリーとペアレの争いに横槍を入れてきたのはシェイプの方なのだが、それは彼らにはわからない。


 電撃的に遺跡を押さえる事で例の魔物化のようなチカラを手に入れ、それを使いペアレ国内を蹂躙でもする予定だったのだろうが、それは叶わなかった。

 シェイプとしても苦渋の決断だったのだろうが、ここで彼らはゾルレンを、いや南部の遺跡を一旦諦め、ペアレの王都を西と南から攻める作戦に切り替えたようだ。


 それを受けて、シェイプの猛攻からゾルレンを守りきったポートリーは声明を出した。ゾルレンの占領を宣言したのだ。


 他国の都市を一国の軍隊が占領したのも初めてなら、それが飛び地であるのも初めての事である。

 かつての地球の旧世紀、大航海時代と呼ばれた15世紀から20世紀後半に入るまで横行していた植民地主義を思い返せば、プレイヤーにとってはさほど不思議なことでもない。しかしこの世界、この大陸であれば衝撃的な出来事だ。


 当然ながら、当事者であるペアレは驚いた。

 しかし状況を俯瞰的に見られるプレイヤーからしてみれば、街の防衛より遺跡を優先しておいて何を今更、といったところだ。


 また驚いたのはウェルス王国も同様だった。

 今回はたまたまペアレの都市が標的になったが、明日はウェルスの都市がそうならないとも限らない。

 国が地続きでない事など、何の安心材料にもならないとわかったからだ。


 さらにこれを受け、ペアレ劣勢と見てか、ペアレ北部のルート村という小さな田舎村が独立を宣言した。

 また影響はペアレに留まらなかった。

 最期の力を振り絞ったと言っても過言ではない進撃を持ってしても攻めきれなかったシェイプ王国に、もはや力は無しと判断したのか、シェイプ国内でも謎の独立新勢力が産声を上げた。

 そしてイケイケに思われたポートリー本国でも魔物たちによる被害の急増が報じられはじめ、情勢は混乱の極みにあった。


 大陸の本来の情報伝達の速度を考えれば、この件に便乗して声を上げた勢力には間違いなくプレイヤーが関与しているだろう。

 それはウェルス王国でも例外ではなく、ここに来てハセラの熱意に負ける形で、聖女がついにその頑なな首を縦に振ったのだった。





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