第318話「聖堂騎士団」(ジャネット視点)
「なるほど、確かに。人選はあらかた終わっておるが、これから彼らに儀式を行わなければならない事も考えると、王都の守りが不安だな……」
マグナメルム・セプテムに言われた通り、ペアレ王都でケリーという獣人の女性と合流したジャネットたちは、さっそくペアレ聖教会の総本山である大聖堂に案内してもらっていた。
この建物が大聖堂であるというのもそこで総主教と名乗る初老の人物に聞いたのだが、どうにも大聖堂という感じではない。普通の教会だ。
王都に何度か来た事のあるジャネットたちが知らなかったくらいであるし、この王都でも市民たちには大聖堂としては認知されていないのではないかと思われる。言っているのは自分たちだけだろう。
「総主教様がボ、セプテム様のところへ赴かれている間、この王都の守りはお任せください。
私も含めこちらの4名も救世主となるべく修行を積み、儀式も受けておりますゆえ。総主教様ほどの活躍は期待できずとも、ご不在を守る程度は出来ましょう」
「ふうむ。そうよな。ワシほどでなくとも、あの儀式を受けたものであるなら確かにな。ワシほどではないにしても」
ケリーの過度にへりくだった言い様に総主教が満足げにあごひげをしごく。
この男性はそれなりに地位の高そうな雰囲気を醸し出しているが、あまりヨイショされ慣れていないのだろうか。
そうだとしたら、ジャネットとしても腕の振るいどころだ。
「まさに。
総主教様が選別、いや聖別なされた方々が儀式さえ終えれば、ペアレ王国のみならず大陸全土をその信仰で満たすことさえ可能でありましょう。
微力ながらそのための一助になるのであれば、我々一同、命も惜しみません」
「おお……。なるほどそうか。そなたの言う通りだな。狭いペアレの事しか見ておらなんだ。どうやらワシは長く修行を続けるうちにずいぶん視野が狭くなってしまっていたようだ。……そうか、そうだな。この力さえあれば、ペアレに攻め込む不信心者たちを調伏するのみならず、大陸にあまねく神の威光を示すことさえ不可能ではないか……」
ジャネットの言葉に総主教の瞳には野心の色がともり、隣でケリーが満足げに頷いている。
セプテムが言った通り、この総主教の力とやらがジャネットたちと同質のものであるなら、その時大陸全土を満たしているのは神の威光ではなくマグナメルムの脅威だろう。しかし本質的にはたぶん変わらない。見解の相違というやつである。
もちろん、いつもの通り嘘は言っていない。命を惜しまないのは本当だが、プレイヤーであるジャネットたちはもちろん、セプテムの眷属であるケリーも真の意味では死ぬことはないはずだ。惜しむ必要がそもそもない。
このケリーという獣人の少女はどうもセプテムのかなり初期からの眷属であるらしく、この王都でケリーと初めて邂逅した際には彼女とマーガレットの間で謎のマウント取り合戦が繰り広げられはしたものの、同じ人物、同じ組織を主と仰ぐ者同士である。基本的にはうまくやっていけそうだ。
「では、時間が惜しい。ワシはさっそく弟子たちを連れてセプテムのところへ行こう。
すまんがしばしの間、この街の平和は任せたぞ」
「お任せください総主教様」
「いってらっしゃいませ」
総主教が教会を出てもしばらくは頭を下げたポーズのままでいたが、ようやく顔をあげたケリーが言った。
「──ボスから聞いてはいましたが、素晴らしいフォローでした」
「恐縮です」
それに合わせてジャネットたちも頭を上げる。
セプテムから聞いた限りではあの総主教には相当な強化が施してあるらしい。建物から出たくらいではこちらの話し声など容易に聞き取れるはずだ。
ケリーが顔を上げたのも総主教の足音が聞こえなくなったためだろう。総主教と同等か、それ以上の強化がされているらしいケリーの耳で捉えられないなら総主教にも聞こえまい。
「とりあえず、この王都を防衛するという意味では、
かの国は部隊を北と南の2つに分け、それぞれに同時に侵攻をかけているようです。王都を狙うとしたらその北部方面軍になります。
シェイプ王国が戦略的により重要視しているのが王都であるのかプロスペレ遺跡であるのかによっても王都が襲われる事になるかが分かれますが、警戒は必要です」
地図に載っていない情報なので不明だが、察するにそのプロスペレ遺跡とかいうロケーションは王都の近くにあるのだろう。
SNSに上げられている声明からしてもシェイプ王国の狙いがこの国の遺跡にあるのは確かなのだが、ペアレ王国そのものにも何らかの恨みを持っているようだ。
その恨みと目的のどちらが重いかによって、北部方面軍がどちらに先に攻撃を仕掛けるのかが変わってくるという事だ。
〈……ねえジャ姉。そのプロスペレ遺跡っての、このペアレの北の方にあるんだよね〉
〈そうなるかな。話からすると〉
〈それってさ、さっきまで私らがいたとこなんじゃないの?〉
〈あ。そうかも〉
〈となるとだよ。SNSでちょい前に話題になってたアレって〉
話題になっていたアレとは、新たな災厄の噂だ。
といっても今回については真偽が曖昧である。
各国で緊張が高まっている事もあってか、これまでにくらべ情報の回りが遅いのだ。
また各国の聖教会によって言っている内容が違うこともあり、撹乱のための欺瞞情報か、あるいは大陸国家の心をもう一度ひとつにまとめるためにいずれかの聖教会が企てたブラフなのではという説も出ていた。
〈ペアレの北で誕生したとかって情報もあったっけ。それがあそこのことだとしたら〉
〈タイミングから言って、私らが行く前にあそこで誰かが災厄化したってことかな〉
〈ペアレの南の何とかいう街、もう戦端が開かれてるとかって情報無かったっけ。そこに赤ローブがいたとかなんとか〉
〈戦争を起こす目的はノウェム誕生のためだと思ってたけど、それはもう達成されているということ?〉
〈てかさ、聞けばよくない? あたしが聞いたげる〉
好奇心を抑えきれないエリザベスがケリーに尋ねた。
「防衛作戦の前に聞いときたいんですけど、以前にあたしたち、セプテム様たちから赤いローブの方を紹介していただいたんですよね。それで、ええと、ちょっと前に九番目の災厄が生まれたとかっていう噂も聞いてまして……」
セプテムが第七災厄であろうことは疑いようがないが、ジャネットたちがそれに気付いていることについては言ったことがなかった。
ここに至っては今更であるし、より良い仕事をするためには正確な情報のすり合わせが重要である。
以前にジャネットたちが会った赤ローブは女性だったが、南でプレイヤーが目撃した赤ローブはシェイプを襲った男だったらしい事も含め、不明な事はこの際すべて解消しておくことにした。
ひと通り話を聞いたケリーは目を閉じてしばし黙考していたが、やがて口を開いた。
「──なるほど。皆さんの疑問はわかりました。私にお話しできる範囲でお話ししましょう。
まずは先日、誕生したと神託があったとされる特別な存在ですが、そういう事があったのは事実です。
そしてそれがボスのご友人であり、以前に皆様がお会いになられた真紅のローブの方であるのも確かです。彼女の名はマグナメルム・ノウェム。いずれまたお会いする機会もあるでしょう」
やはりあの時の女性だ。情報が錯綜してはいるものの、名前から言って間違いなく第九の災厄として再誕したらしい。
「そして南部で異邦人の方々が目撃したという赤目の男性。実はこれも同一人物です。
──これは皆さんにだけお話しするのですが、新たに力を得たノウェム様は自身の姿を別の誰かに自在に変化させる事が可能です。
これは皆さんがお持ちの変態能力とも違い、完全に既存の誰かの姿を模すものです。皆さんにもお会いした事があるという事なら、もしかしたら皆さんの姿も借りることが出来るのかもしれませんね」
なんだその能力は。
〈え。じゃあ味方の誰かだと思ってたら実は災厄級のレイドボスだったなんて事もあるわけ? 無理ゲーじゃないそれ〉
〈さすがに無条件に変身できるって事はないはず……〉
〈今のケリーさんの話から言っても、最低でも対象に会う必要があるのは確かだと思う。その上で、それまでは断定してたのにこの時だけ「出来るのかも」って言ってるから、今は私たちの姿には変身できない、のかもしれない。だとしたら会うだけじゃ条件は満たせない……?〉
〈何にしても、やべーのは確かよね。闇堕ちしといてよかったよかった。そんなもんに勝てるかい〉
『変身』など、普通のプレイヤーにとっては悪事以外に使い道がないだろうが、基本的に悪事しか働かない黒幕にとってはこれほど便利な能力もない。
戦闘についても、例えば何らかの手段で戦闘中に条件を満たし、プレイヤーの誰かに化けるといった事ができるのであれば、プレイヤー側はそのギミックを見破る必要があると言える。
〈ドッペルゲンガーとかシェイプシフター系の魔物なのかな〉
ゲームで出てくるそういった敵モンスターは、たいてい戦闘中に味方キャラクターの姿や能力をコピーして厄介な攻撃をしかけてくる。
〈ああ、それでシェイプで暴れてたとか? 何か関係あるのかも。名前的に〉
〈そんなことより男じゃなくてよかったわ〉
〈ほんとにね〉
〈……ブレないねアンタら〉
こちらのフレンドチャットが聞こえていたはずはないが、しばらく黙って待っていてくれたケリーが声をかけてきた。
「そろそろよろしいですか? では具体的な警備の打ち合わせを──。誰か来ますね」
ケリーが話を途中で止めた。
ジャネットたちの耳にも慌ただしい足音が聞こえてくる。
注意して耳をすませてみれば、何となく街なかも騒がしいような感じがする。
教会にいた主教だか司教だかはほとんど総主教が連れ出してしまっている。今この建物にいるのは世話役の見習いシスターとジャネットたちだけだ。
面倒だが、来客ならば対応しなければならない。
出発前に総主教は人選はあらかた終わっているとか言っていたが、実際は単に人がいないため選ぶ余地がなかっただけである。
しかしながらジャネットたちを紹介する為に彼を引き留める必要があったらしく、ケリーは苦労したようだった。
「──総主教様!」
教会の扉を勢いよく開けて入って来たのは若い獣人の男性だ。
着ている服から言って教会関係者だろう。
「あなたは確か、助祭の……。総主教様なら主教様がたを連れて儀式に向かわれましたよ」
「こ、これは救世主様! 騒いでしまってすいません……!」
ケリーは面識があるらしい。
救世主とかいうのはケリーの事で、状況から察するにセプテムによって強化処置を施された者をそう言うようだ。だとするとつまりジャネットたちも救世主である。
人類の敵の尖兵を捕まえて救世主とは笑ってしまうが、それが彼らの未来を暗示しているようでもあり、この奇妙な状況はジャネットたちにとっては面白くもあった。
「慌てているようですが、何かありましたか? それに心なしか街も騒がしいような……」
「ああ、そうでした! 総主教様がおられないなら救世主様! 何とかして下さい! 怪しい2人組が街に……!」
*
助祭の男性に案内され、付いていった先は王城前だった。
案内されたというか、助祭が最初案内しようとしていたのはもっと王城から遠い場所だったようなのだが、その怪しい2人組とかいう奴らはどうやら移動しているらしく、喧騒を追っているうちに王城前まで来てしまったのである。
「うわ」
遠巻きに眺める住民たちの隙間からその怪しい2人組とやらを見たジャネットはつい声が出てしまった。
とっさに口を押さえるが、他の3人も同様にしているため、もしかしたら声が出てしまったのはジャネットだけではないのかもしれない。
よく見ればケリーもすました顔で口元に手をやっている。
立場的には上司に当たるNPCとはいえ、こういうところを目にすると親しみも湧いてくる。
〈ジャ姉、あれ……〉
〈この間の変態だね……〉
〈それだけじゃないよ、変態度がアップしてる〉
〈あたしらもパワーアップしたことだし、あいつらもそうなのかも〉
〈……いやパワーアップの方向性が変態度っていうのはどうなの……〉
住民たちの騒ぎの中心は遺跡で会った変態2人だった。
片方は確かナース服という伝統的な白衣に猫耳を付け、もう片方はぴっちりとした黒い全身タイツに犬耳を生やしている。
尻尾もあるようだが、どうやって保持しているのかは考えたくもない。
どう見てもヨーイチとサスケだ。
彼らのクランが戦争を止めようとしているらしい事は知っている。
彼らも今さら戦争を止めることが不可能なのはわかっているようだが、その場合は早期終結を目指して行動するとかSNSには書いてあった。
そう、彼らのクランは、戦時下というこの特殊なイベント環境において、フルオープンで作戦会議をしているという実に稀有で愚かなプレイヤーたちだ。
ジャネットたちのような闇堕ちをした一部のプレイヤーのみならず、戦争イベント継続を願うたくさんのプレイヤーたちにとっても最も邪魔な存在だと言える。
ここに来る直前、セプテムが言っていた言葉を思い出す。
戦争終結を狙い、ペアレの王族暗殺を目論む者がいるかもしれないと。
ヨーイチたちのクランの方針、そしてたった2人でここに現れた事を考えれば、彼らの目的はおそらくそれだ。
であるなら、アレを止めるのはジャネットたちの仕事になるのだろう。
知らず知らずに眉間に皺が寄るのを感じた。
それを揉んでほぐしつつ、ジャネットは住民たちをかき分けて変態達の前に出た。
「──ん? あ! てめえら!」
「──あの時の娘たちか。ん? なんだか雰囲気が……。化粧か? いやそれより、なぜ王都にいる? 今度は何を企んでいる!」
「……それはこっちのセリフなんだけど。何を企んでそんな……おぞましい仮装なんてしているの? 精神攻撃のつもり? だったら大成功よ。効果は抜群だわ。満足したなら帰ってちょうだい」
するとヨーイチ達は頭の耳をむしり取ってそこらに投げ捨てた。
「ちっ! 見知った奴がいたんじゃ、変装も無意味だな!」
「獣人の振りをして王都に忍び込むところまではうまくいったが……。それもここまでか。ならば実力で押し通る!」
「……は?」
ちょっと何を言っているのか分からない。
このおぞましい仮装は趣味ではなかったのか。
どうやら彼らにとっては変装のつもりだったらしい。
しかもそれは彼らの中ではうまくいっていたことになっているようだ。
彼らには一度、忍ぶという言葉の意味を辞書で引いてもらいたいところである。
理解したくはないが、たぶんこういうことだろう。
現在この王都、というかペアレ王国内の多くの街では、獣人以外の種族の者については強めの排斥運動が起きている。
その理由は南部の街ゾルレンでのあの一件だ。
マグナメルムの仕組んだあの事件によって、ペアレ王国全体が獣人以外の種族に対して強い憎しみを抱くようになったためだ。
ヨーイチ達はそれを知り、ヒューマンでありながらペアレ王都に侵入する為にあのおぞましい仮装をし、種族を偽る事でまんまと王都潜入を果たした。
そうなっているのだろう。彼らの中では。
しかし真実は違う。
確かに彼らは猫耳や犬耳を付け、ご丁寧に尻尾まで生やしている。
その耳や尻尾は魔獣の毛皮などから作ったのだろうし、リアリティという意味では類を見ない出来だ。各々の髪の色に合わせているあたり芸が細かい。
しかしいかにファンタジーな世界観とはいえ、流石に耳が2対4個もある獣人などいない。
付け耳はいいのだが、だったらせめて元々のヒューマンの耳くらいは隠すべきだった。
そのせいで、どこからどう見ても獣人のコスプレをしているナースのコスプレをしているヒューマンの男にしか見えない。ちょっとレベルが高すぎる。
彼らが王城前まで入って来られたのは、擬態が完璧だったからでは決してなく、住民たちがみな関わり合いになりたくないと思っていたからだろう。
ジャネットたち同様、騒ぎを聞いて駆けつけてきた兵士たちも困惑したように距離を取っている。
知り合いならばなんとかしてくれ、と目でジャネットたちに訴えてきているかのようだ。
その中にはいつかの古文書強奪の際に協力してくれた兵士もいる。彼は明らかに分かっていてやっているのだろうが、この街に来たジャネットたちの目的や、ヨーイチたちの目的を考えれば確かに自分たちが対処するのが筋だろうか。納得いかないが。
仕方なく、ジャネットは他のメンバーを目で促しながら彼らの前に立ちはだかった。
ケリーは付いてこない。お手並み拝見、ということだろう。
「──まあ、あなたたちが何をしに来たのかは知らないけど、ヒューマンの曲者を陛下のおわす王城に近づけるわけにはいかないわね」
「月並みだけど、ここを通りたければ私たちを倒してからにしろ、ってところかな」
マーガレットも乗ってくる。
「総主教様がご不在の隙を狙って狼藉を働こうとは考えたものね。けどこれまでだわ」
アリソンだ。
それは言う必要がない情報なような気もするが、ジャネットたちが聖教会の手の者であるとアピールする意味では悪くない、だろうか。
「ここはあたしたちが護ります! あたしたち、そう、神に遣わされしこの聖堂騎士団──テンプルナイツが!」
エリザベスもノリノリである。
この啖呵を周囲で見ていた住民たちから歓声が上がった。
やられた。アリソンが総主教を引き合いに出したのはこのためだ。そんなかっこいい名乗りがあるなら自分がやりたかった。
しかし打ち合わせにはなかったワードである。
勝手に名乗って良かったのだろうか。これは判定が待たれる──とケリーを見てみれば親指を立てて頷いている。OKらしい。
「なあにが神の遣いだ! 化けモンどもめ! すぐに化けの皮を──剥いでやらア!」
サスケからノーモーションでナイフが飛んでくる。
いつの間に投げたのか──と以前までなら思っていただろうが、今のジャネットの目には見えていた。
セプテムに施された強化や、システムメッセージにあった転生とかいうパワーアップのため、ジャネットたちの能力値は数日前と比べても格段に上がっている。
具体的にどの能力値がどう作用しているのかは不明ながら、以前は捉えきれなかった彼らの動きの端々までもがよく見えていた。
そして見えているだけではない。
アバターの動きもそれに追従させることができる。
サスケの放ったナイフはジャネットを狙っていたが、これは手で掴んで止めた。刃先に毒が塗ってある可能性もあったため、掴んだのは柄の部分である。
払いのけてもよかったが、流れ弾が住民に当たってもまずい。
セプテムのご褒美を受けての初戦である。観客もいることだし、ここは余裕をもって被害ゼロで完勝したい。
セプテムが言ったように彼らが数十人単位でレイド戦をしかけてきたなら危ないが、たった2人なら本気を出すまでもない。人間の形を保ったままでも十分勝てるだろう。
サスケに合わせ、ヨーイチも無言で矢を射ていたが、こちらはアリソンが自身の射た矢で迎撃した。
スキルではなく通常攻撃だが、前回の意趣返しだろう。
今のアリソンのDEXであれば不可能なことではない。
これを能力値に頼らずプレイヤースキルのみで行なったのだとしたら、このヨーイチはまさに恐るべき怪物だと言える。
しかし生まれ持った力で埋められない差は別のもので埋めればいい。
長い歴史の中で、人類という種はそうして野生に打ち勝ってきたのである。
ならばジャネットたちもそうするだけだ。
迎撃された矢は弾け飛んだが、野次馬たちのところへ届く前にエリザベスが魔法で焼き尽くした。
「──なんだと!?」
「──バカな! てめえら一体……!」
掴んでいたナイフをサスケに投げ返そうとしたが、その後ろに住民がいるのを確認してやめた。
流れ弾はまずいのだった。
ここは接近戦で確実に仕留めるべきだ。
その間にもマーガレットが『縮地』を発動し、敵の方へと肉薄している。
タンクである彼女は以前はこの手のスキルを所持していなかったが、このようにプレイヤーの能力値が上がり、戦闘が高速化していくようになると、鈍足なだけのタンクではいつか戦況の変化についていけなくなる。
敵に対して高速で肉薄出来れば、その分敵の射線を制限できる事になる。
成功するか不確実な『挑発』などより場合によっては有効だ。
特にマーガレットは変態することにより、自身の体積を大幅に増やすことができる。敵に与える心理的プレッシャーも含めて、高速で接近する事は非常に有効だ。こういう言い方をすると本人からは「太ったみたいに聞こえるからやめて」と言われるが。
本来であれば肉薄してシールドバッシュをするところだが、あいにくマーガレットは盾をインベントリに入れたままだった。市販の盾より皮膚の方が硬い上、変態すると盾は邪魔にしかならないためしばらく使っていない。
変態しないのであれば使っても良かったが、ここでジャネットたちがプレイヤーであると明かすかどうかはまだ決めかねていた。
バラすだけならいつでもできるし、ここはなるべくインベントリは使いたくはない。
その方針に従って、マーガレットは素手での体当たりを敢行した。
見るからにAGI特化と思われ、装備重量もさほどでもなさそうなサスケはそれだけで軽く吹っ飛んでいく。
しかしあまり遠くに飛ばしてしまえば住民たちに被害が出てしまう。
それに気づいたらしいマーガレットはとっさに吹っ飛ぶサスケを追いかけ、その足首を掴んで地面に叩きつけた。手加減する余裕もなかったようで、叩きつけられたサスケの身体は轟音とともに石畳を砕き、地面にクレーターを作った。
電子書籍の古い文献で見たことがある。なんとか一直線とかいう柔道漫画に出てくる必殺技、二段投げに似ている。
漫画を読んだときは荒唐無稽で有り得ないと思ったものだが、実際に目にしてみても違和感がすごい。
一方で吹き飛ばされた状態でさらに叩きつけられるなどとは思ってもいなかったのか、ろくに防御も出来なかったらしいサスケはもはや虫の息だ。
いや生きているだけ大したものである。能力値から考えると、マグナメルムに出会う前のジャネットが今のを食らえばそれだけでミンチになっていただろう。しかもサスケはAGI特化のスピードファイターだ。耐久力は知れている。変態と言えどトッププレイヤーはやはり伊達ではないらしい。
「かひゅっ……。な、なにが……」
今のはある意味で事故とも言えるため、多少哀れではあるが、マーガレットは容赦しない。
仰向けで倒れるサスケに歩み寄り、心臓部分を踵で踏み抜いて光に変えた。
「サスケ!」
ヨーイチが相方の死亡に気を取られたその一瞬、ジャネットも『縮地』を使いヨーイチに近づいた。
これは避けられないだろうと踏んで放った手刀はしかし、寸前で回避された。
タイミングにも間違いはなく、能力値も圧倒的にこちらが上のはずだ。
この変態はいったいどんな訓練をしているのか。完全に死角だったはずなのに、気配を読んでいるとでもいうのか。
しかし苦し紛れに回避した体勢では、そこから次の行動につなげることはできない。
ジャネットは落ち着いてもう一方の手を貫き手にして突き出し、ヨーイチの心臓を貫いた。
悔しげな顔でヨーイチも光になって消えていく。
基本的に全ての種族には急所が設定されており、そこを攻撃されれば重要度の度合いによってダメージにボーナスが乗る。
人間型のキャラクターの場合、頭部か心臓部を破壊されると即死に近いダメージを受けることになる。
本来それをさせないための鎧であり、急所を分かりづらくさせるためのゆったりしたローブやマントなのだが、体の線が丸分かりの全身タイツや素材も大したことのないナース服を着て戦場に現れるなど馬鹿げている。
回避技術にどれだけ自信があってそんなふざけたプレイをしているのかは知らないが、それがいつまでも通用するとは限らない。
後には打ち捨てられた獣耳だけが残されていた。
こうしてジャネットたちはリベンジ戦、そしてテンプルナイツデビュー戦に金星を飾る事が出来たのだった。
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