第317話「クエスト報酬」





「え、報酬!?」


「なんだ、報酬か……」


「なんでがっかりしてんのあんた」


「いやだって、こんな怪しい地下室に連れ込んで……って思ったのに、まさかの」


「まさかはアンタだよ! てかその場合うちらもご一緒って事になるんだけど!」


「……まあ、それはそれで」


「ごめんなさいフレに呼ばれますね」


「フレなんて他に居ないでしょ」


 レアはモニカを通じてジャネット達を研究室に呼び出した。


 研究室は上の遺跡の外の街道近くまで通路が掘られている。祭壇の間を経由せずともアクセスが可能だ。

 呼び出すまでにかかった時間や作業時間のことも考えると総主教があまり張り切りすぎると時間が足りなくなってしまうが、ある程度はケリーが調整可能だろう。

 総主教が人を選ぶのにもそれなりの時間を要するだろうし、その時点でこちらがまだ終わっていなければ適当に理由をつけて選び直させればいいだけだ。

 最終的に全能力値は引き上げられることになるし、どうせ使い捨てだし、人選などレアにとってはどうでもいい。


 エリザベスとアリソンは興味深げにそこらを見て回っているが、マーガレットとジャネットがくだらない会話をしている。

 実に落ち着きがない。来て早々そうそう騒々そうぞうしい奴らだ。


「──んふっ」


「あっセプテム様にウケた!」


「いや、すまない。別に君たちの会話で笑ったわけではないんだ」


「……ソウデスカ」


「さて。では話を進めさせてもらっていいかな」


「あ、はいすみません」


「あのー。ところでそちらの方々は……」


 ケリーは今いないが、ライリーやマリオンたちはまだ残っている。

 ジャネットたちが彼女たちに会うのはこれが初めてだったか。

 総主教の処置こそ直々にレアが執り行なったが、その部下たちの処置まで面倒を見るつもりは無かった。レミーが残っているのは代わりに作業をするためで、ライリーやマリオンはその補佐だ。


「わたしの部下だよ。モニカと同じさ。君たちとは違って異邦人とかではないが、まあ先輩のようなものだと思ってくれればいい」


「──獣人ばっかだ」


「──獣人スキーなのかな」


「──これはもしかしてワンチャン?」


「──いやないでしょ。あっちのほうが美人だし」


 何の話か知らないが、内緒話はフレンドチャットでやってもらいたい。


 エリザベスはライリーたちを美人だと称したが、それは幻獣人になったことで特性に「超美形」が追加されたためだ。

 プレイヤーであり、おそらく気合を入れてキャラメイクをしたのだろうジャネットたちも美形は持っている。この後幻獣人に転生すれば更に超美形も追加される事になり、外見上の優劣の差はそれほどなくなるはずだ。


「さて。それぞれの名前なんかはまた今度紹介しあっておいてくれ。すまないが、今は少々時間が押していてね。

 では早速だが、君たちに新たなチカラを与えようと思う。

 これはこれまでわたしのお願いを聞いてくれたお礼でもあるし、これからを見据えてのことでもある。例の遺跡では実にすばらしい活躍だったが、あの変──な格好をした2人組に苦戦をしていたのは少々いただけないからね。

 わたしが知る限りでは彼らは普段、数十人単位で徒党を組んで行動しているようだし、今のままでは次に会った時は負けてしまうだろう」


「……はい。おっしゃる通りです」


 うろついていたアリソンたちもジャネットたちの横に並び、神妙に話を聞いている。

 色々とツッコミたいところもあるが、基本的には真面目な性格なのだ。


「わたしが見ていた限りでは、彼らに比べ君たちの動きは粗が目立っていた。本来なら単純に君たちを強化するよりも、その身体の使い方をもっとよく学び、効率的に運用できるように訓練した方がいいのだろうが、そんな時間もない。それに君たちの訓練相手も居なくなってしまったからね。

 どうせいずれは与えるつもりだったチカラだし、慣れさせるなら強化してからのほうが合理的かと思って」


「ありがとうございます!」


「よし。ではまずはベースのバージョンアップからだな。1人ずつ隣の部屋に来てくれ」









「──ジャネット。マーガレット。エリザベス。アリソン。

 自分でわかると思うが、君たちはさっきまでより一段上の存在になったと言える。おそらく、そこらの異邦人で君たちと同じランクの存在はそう居ないだろう。

 そのチカラは今後の活動において、きっと役に立つはずだ」


 初期種族ではない、という意味では例えばMPCのメンバーは大半がそうであるため、他に全くいないとは言わない。

 しかし単純に種族的にランクを上げた以外にもジャネットたちには色々と強化を施してある。

 多少プレイングに甘いところがあったとしても、今度は以前のようにはいかないはずだ。


「あの、セプテム様」


 恐る恐る、といった感じでジャネットが発言した。


「なんだい」


「この戦争……って、セプテム様がその、企ん……ええと、企画、したんですよね?」


「正確に言うと最初にやりたがっていたのはオクトーで、わたしたちは手を貸しただけだけど、まあそうだね。

 この戦争は我々マグナメルムが計画し、そして実行したものだ」


「じゃあ、あの、私たちの行動ももしかしてその一端を……?」


 第1王子オーギュストの事だろう。

 あの顛末は彼女たちも知っているはずだし、自分たちのしたことがどういう結果をもたらしたのかもわかっているはずだ。


「もちろん。あれは実にいい仕事だったよ。予想以上だった。ご褒美は戦争が終わってからのつもりだったけれど、早めにあげることにしたのはあの働きが良かったからというのもある」


 うまく王子に取り入ってくれたのはよかった。

 あれがあったからこそペアレ聖教会を利用することを思い付いたのだとも言える。

 今回のイベントに際してジャネットたちのした貢献は非常に大きい。


「そうですか……」


 消え入るような声だが、これは決して後悔しているわけではない。

 その証拠に、4人の目はこの薄暗い地下室にあって爛々と輝いている。口元も釣り上がっているようだ。


 たぶん、レアと同じだろう。

 ワクワクしているに違いない。世界の運命をこの手で転がす快感に。


「えと、それで、次は私たちは何をすれば?」


「ううん……。ひとまずあらかた手は打ってあるから、あとは戦争の様子を見ておくだけでいいのだけれど」


 ペアレ王国さえ健在なら、戦火は勝手に広がるだろう。

 現在こそ国内でシェイプの軍と戦っているだけだが、その戦いにもいつか決着がつく。そしてお互いの主張から明らかだが、あの2国が相容れることは決してない。決着はどちらかが戦闘継続不能になるまでつかないだろう。

 ペアレは滅んでしまわないよう手は打つつもりだし、このままペアレが存続するということはすなわちシェイプが負けるということである。

 宣戦布告した手前もあるし、シェイプの問題さえ片付けば、今度こそペアレはオーラルやウェルスに牙を剥くだろう。

 その時には王族も経験値を貯め込んでいるだろうし、幻獣王にすることを考えてもいいかもしれない。

 もしその時に生き残っていればだが、総主教やその弟子たちでも構わない。

 一番経験値を稼いだ者に幻獣王たる栄誉を与えよう。


 南部に攻撃を仕掛けているシェイプ軍はライラの手配したポートリーのエルフと戦っているようだし、北部の遠征軍さえなんとかすればその日はそれほど遠くない。


 ペアレとオーラル以外の全ての国が滅亡すれば、後は仕上げだ。

 プレイヤーたちは残念ながら悪の大帝国を打倒する事が出来なかった。その場合の特殊イベントとしてレアやブランが直々に配下を率い、ペアレ王国を平らにならす。

 ゲーム風に言えば、特殊条件で出現する特殊なイベントといったところか。


「何かないんですか? 何でもいいんですけど」


「あ何でもいいっていっても、出来れば戦争に関わることのほうがいいです」


「どっかからなんか盗むとか、どっかの誰かを暗殺するとかでも!」


「えーでもなんか私達もアバター美人になってるし、人前に出る系の仕事でもよくない?」


 王子を転がしたあの快感が忘れられないようだ。気持ちはわかる。


 ジャネットたちは処置の後、自然にインベントリから鏡を取り出して見ていた。

 一方レアのインベントリには普段使いできない巨大な姿見しか入っていない。

 これがおそらくリア充とそれ以外の差なのだろう。

 いやレアは元々明るいところに出ることが少なかったからだ。そもそも鏡を必要とするケースが稀だった。女子力の差の問題ではない。


「……じゃあそうだな。ペアレ王都を陰ながら防衛するというのはどうかな。

 わかっていると思うが、あそこが落とされてしまうと戦争は即終結に向かってしまう。悪の中枢たるペアレ王国にはなるべく長く健在でいてもらわなければならない。実はそのために今、ペアレの聖教会を密かに強化しているところなのだが、今すぐに態勢が整うわけではない。

 もしかしたら王族を直接暗殺しようと考える不埒者もいるかもしれないし、警戒は必要だ」


 というか、仮にレアが戦争を止めたいと考えたとしたらおそらくそうする。

 もっとも、簡単に可能なことだとは思えないし、自分の実力と照らし合わせて考えて、勝算が高ければといったところだが。


「罠に嵌めた国を今度は守るなんて、なんか因果でいいですね!」


「だろう? 君たちならそう言ってくれると思ったよ。じゃあせいぜい、彼らが死んでしまわないようにおりをしてやってくれ」


「了解しました!」


「以降の指示は王都にいるケリーという獣人の女性に仰いでくれ。君たちのことは連絡しておくから、会えばすぐにわかるはずだ。ではね」


 ジャネットたちは意気揚々と研究室を出ていった。

 聖教会の面々だけで王都や国全体の防衛が出来るかは未知数だし、そもそも眷属でも何でもない彼らをケリー1人でうまく制御出来るか微妙なところだった。

 実力的にはそれなりに高いジャネットたちがその補佐をしてくれれば多少は扱いやすいだろう。

 眷属でないのはジャネットたちも同じだが、彼女たちはプレイヤーである。プレイヤーとして望むだろうものをこちらはわかっているというだけで、NPCよりは協力しやすい。


 しかしケリーが総主教を連れてこちらに向かってきてしまい、入れ違いになると切ない事になる。ケリーにはもう少し時間を稼いでもらうしかない。

 その事も含めてジャネットたちについて指示を出しておく。

 総主教にはケリーと同じく救世主仲間だとか言っておけばいいだろう。総主教の信仰心に打たれて協力者が増えたとかなんとか。


「あ、しまった」


 つい、連絡しておく、などと言ってしまった。

 これは先日バンブにも遠回しに言われたところだ。

 彼が何かに気付いているかどうかはわからないが、ああ見えて繊細な感性を持っている。

 どのみち戦後にはまとめて話すつもりだし、その事も伝えてあるのであえて言いふらすような事はしないだろうが、あれは少しヒヤリとした。

 幸いジャネットたちはみな不審に思った節はなかったが、もっと気をつけなければならない。


「まあいいか。

 それより、次はモニカの番だね。これはケリーたちにも聞いたんだが、何かリクエストとかはあるかな──」






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