第316話「さんをつけろよ」





「──うん。なかなかうまく出来たんじゃないかなこれは」


「──はい。素晴らしい作品だと思います、ボス」


 『鑑定』を発動し、被験者のスキルや特性などを眺めながら、レアは自分の仕事の成果に満足気に頷いた。

 その独り言にレミーが追従した。


 ここはペアレ王国北部に位置するプロスペレ遺跡。その祭壇の間の隣に密かに作られた隠し部屋である。

 隠し部屋というか、元は裏口を作るつもりで掘らせておいた横穴だったのだが、この場所で実験などが行なえれば色々便利なため、追加で一部を広げさせ部屋を作らせておいたのだ。


 祭壇の間からは石壁によって部屋の存在はわからないようになっている。石壁というか外の広間のゴーレムのうちの1体だが。

 現状この遺跡の周辺はレアの勢力下にあるため、この部屋に無断で誰かが入ってくることなど無いが念の為だ。扉がゴーレムなのはプレイヤーを警戒してのことである。

 ただの扉では、もしプレイヤーの誰かがここに侵入した場合、レアがやったように物理手段とインベントリによって無理やり開けられないとも限らない。現状のレアやレミー、スタニスラフの技術力では遺跡入口の扉のようなアーティファクトは作成できない。

 しかし隠し扉がゴーレムであれば、仮に扉として発見されてしまったとしてもインベントリには仕舞えない。少しは時間が稼げるはずだ。


「この男をペアレ王国の守りの要とするのですか?」


 軽くストレッチなどをして自分の体の状態を確かめながらケリーが問う。


「そうだよ。と言ってももちろん、彼だけに任せるつもりはない。彼に限らず聖教会には他にも鬱屈した感情を燻ぶらせている敬虔な信徒たちもいるだろうし、もうあと何体かは作成するつもり。

 ある程度数がいれば王都だけじゃなく他の都市にも派遣できるだろうし、なんならウェルスやオーラルにもペアレ側から侵攻できるかもしれない」


「オーラルにも攻撃を?」


 ライリーだ。こちらは弓弦を引いたりして道具の使い方を確認している。


「ペアレの王様が宣戦布告をしたのはウェルスとオーラル、それにポートリーだからね。まあポートリーは離れちゃってるからひとまずどうしようもないとしても、ウェルスにだけ攻撃をしかけてオーラルには何もしないってのは不自然でしょう。

 もっともペアレ聖教会は別に完全にわたしの制御下にあるというわけでもないし、どうするかは結局は彼ら次第だけどね」


 実験用にこしらえた簡易ベッドで眠る被験者──ペアレ聖教会の総主教は『使役』していない。

 『使役』したキャラクターを主君の意思で切り離す事が出来ない以上、眷属にしてしまうと始末するのが容易ではなくなるためだ。

 ペアレ聖教会にはこれから、悪の大帝国ペアレの救世主として頑張ってもらう事になる。多くのプレイヤーや他国のNPCにとって象徴的な敵となる以上、用が済んだら速やかに退場してもらわなければならない。

 ライラがポートリーのポンコツ騎士団を眷属にしていないのと同じ理由だ。


「……あ、目を覚ますみたいですボス」


「おっと。ありがとうマリオン」


 処置の内容について、総主教に詳しく教える必要はない。それに落ち着いて実験結果やデータを纏める時間や、検証結果を確かめる時間も必要だった。そのため彼には少し長めに眠ってもらっていた。

 彼のおかげで非常に有益なデータが取れた。

 獣人から幻獣人へと転生する条件がわかったのもそうだ。

 最終的には実際にケリーたちで試す事で確定するにいたったのだが、そのための仮説を立てられたのは彼のおかげだ。


 幻獣人へ至るために必要なのは、簡単に言えば複数の獣の因子のようなものだった。

 獣の因子と言ってもそこはまだ曖昧で、どこからどこまでを獣と定義しているのかはわからない。

 しかし少なくともモフモフした哺乳類なら問題ないらしく、そういう動物の因子というか、なんらかのログか、特性のようなものが3種以上あればいいようだ。


 例えば犬獣人から猫獣人、そして狸獣人へと横スライド転生をした獣人がいたとして、その状態で特定の転生アイテムを使用すれば幻獣人へと至ることが出来る。

 バランス的に考えてこの転生アイテムの入手難易度はそれほど高くないと思われる。中間種族を1つ余計に経由しなければならない分、ヒューマン系の「蒼き血」などよりはレアリティとしては低いはずだ。

 もっともゲーム内での転生アイテムの作成方法や入手手段がほぼ不明なため、多少楽でも同じ事だが。


 またこの研究室の隣にある転生の祭壇であれば、これらのアイテムの有無は無視できる。

 あれば経験値消費をゼロにできるが、無ければ無いでも転生できる。当然賢者の石でも代用可能だった。


 未だに転生アイテムの入手手段が不明なことや、この祭壇の存在も考えると、運営の想定していたプレイヤーのパワーアップ要素は主にこれらの遺跡を使用して行なう予定のものだったのだろう。

 レアたちがしたような、莫大な経験値の暴力によって開放されたスキルを乱用して無理やり転生条件を満たすというのは、ある意味では邪道だと言える。

 そう考えると、アイテムによって転生したレアやライラが邪道レイドボス、祭壇によって転生したブランが正道レイドボスとアナウンスされたのも奇妙な巡り合わせのようなものを感じて面白い。


 総主教がゆっくりと目を開けた。

 彼は種族的には「幻獣人」だ。第1王子と同じである。

 しかしその特性はすでに一般的な人類の枠を外れている。


 総主教の持つ特性の中で、幻獣人として最も異常なものは「変態」だ。

 しかしこれは仕方がなかった。これが無ければ今後まともに生活することもできなくなる。

 第1王子にもこれがついていればあんな最期を迎えることはなかっただろう。





 総主教を実験用ベッドに寝かせ、レアが最初にやったのは、複数の魔獣の特性を注入することだった。

 獣人の救世主であるし、強化するならやはり獣がいいだろう。

 レアの脳裏に第1王子のイメージが強く残っていたことも否定できない。

 そしてその後、特性「変態」を持つアイテム扱いのとある生物を100匹混ぜ込んだ。


 この作業にはアルケム・エクストラクタを使った。

 南部の遺跡ではなく廉価版のアルケム・エクストラクタを使用したのにも理由がある。

 あちらを使ってしまえば、ひとつ実験を終える度に総主教が最高にハイな状態になってしまう危険性があったからだ。

 南部の遺跡は特性を注入する際に加算される、素材となるキャラクターの能力値のロスがない。

 対してアルケム・エクストラクタでは数割程度しか加算されない。

 第1王子の暴走はそれが原因だとも言えるし、今ここで総主教に暴走してもらっても特にメリットはないためである。

 こうしたことや変態の追加の件も考えると、今の総主教があるのは第1王子の犠牲のおかげと言ってもいい。

 彼の遺志を継ぎ、是非ペアレ千年の守護者として頑張っていただきたい。いや救世主だったかな。どっちでもいいが。


 そして総主教を強化した所でふと、転生の祭壇を思い出した。

 幻獣人に転生させるための条件が何なのかはこの時点ではまだわかっていなかったが、総主教を祭壇に触れさせることで何かヒントでも掴めればという程度の軽い気持ちだった。


 しかし結果は予想外だった。

 総主教はこの時点ですでに、幻獣人への転生条件を満たしていたのだ。


 実験を始める前、総主教が何の変哲もないただの犬獣人だったのは確かだ。

 であれば幻獣人への転生には、ここで行なった一連の実験が影響しているのは間違いない。


 まず変態は関係ないだろう。第1王子や第2王子は変態は持っていなかった。

 となると、合成した複数の魔獣が条件に関係しているはずである。

 レアは総主教を一旦眠らせ、ケリーたちを呼ぶことにした。

 検証のためには協力者が必要だ。


 そうしてケリーたちの協力を得てひと通りの検証を終え、晴れて幻獣人への転生条件を確定させることができたのである。


 幻獣人への転生に必要な条件は、先に述べた通り、3種以上の獣の因子だ。

 これは別の種の獣人への転生でもいいし、魔獣の特性を注入することでもいい。

 この際には特性そのものの種類を増やす必要はない。たとえ新たな特性が増えない組み合わせだったとしても、種族として別である生物を合成に利用すれば、条件を満たすことが出来る。

 例えば犬系の魔獣と狼系の魔獣では特性はほとんど差異は無いが、この場合でも2種分の条件を満たせるということだ。

 つまり必要なのはフラグである。


 本来は獣人の横スライド転生で条件を満たすのが定石なのだろうと思われるが、そうであるならこの仕様は納得できる。

 ほとんどの獣人は特性的にはそれほど差がないからだ。





「……終わった、のですか。……私は……。これは、このチカラは」


 強化されたスキルや能力に若干戸惑っているようだが、興奮している様子はない。経過は良好だ。

 ひとつ処置が終わる度にわざわざ目覚めさせ、休憩時間をとった甲斐がある。


「……あ? あの、そちらの方々は……」


「ああ、わたしの部下です。南での一件以降、王都に残していた部下も隠れさせておいたのですが、わたしが北に戻ってきたのを察してこちらに集まってきてくれたのです」


 総主教の実験を始めた時にはまだケリーたちは呼んでいなかった。寝ている間に人が増えていれば警戒もするだろう。


「おお、ではもしや、その中に例の救世主さまが……?」


 そう言えばそんな話をしたのだった。


〈うーんと……。よしケリー。すまないが頼むよ〉


「──はい。その救世主というのが、先日神託によって広く知られた者の事を言っているのであれば、それは私です」


 レアの意を汲んだケリーが一歩前に出た。

 当然嘘である。

 総主教たちが聞いたワールドアナウンスはブランの転生時の物だし、種族的にもケリーたちはたった今、幻獣人になったばかりだ。その点だけで言えばこの総主教と同じである。アナウンスが流れるだろう幻獣王はまだこの大陸には生まれていない。


「私の時はまだ儀式の手順が確立されていなかったこともあり、神託という形で外部に漏れてしまいましたが、ペアレの王室の方々の反応を考えるとそれは危険です。

 今回総主教様の儀式では外部には情報が漏れないように留意しております」


 ケリーがちらりとレアに目配せをし、レアもそれを受けて頷いた。


「ええ、その通りです」


「……なんと。それでは、私の偉業は誰にも知られてはいないのか……」


 総主教は心なしか残念そうだが、これも方便だ。

 ワールドアナウンスに介入するような手段など知らないし、あるとも思えない。

 単純に総主教はワールドクラスのレイドボスになっていないからアナウンスが発信されていないだけである。

 幻獣人の先は祭壇がなくとも賢者の石と経験値だけで進められそうではあるが、それだけの経験値をこの総主教は持っていなかった。祭壇でアイテムを使って経験値を緩和するにしても、試したケリーたちが要求されたのは「幻獣の心臓」とかいう謎のアイテムだった。今からそれを探すくらいなら素直に戦争を利用し王族に経験値を稼がせ、賢者の石を投げつけた方が早い。


 しかし現状では間違いなくその前に王国が滅びる。

 この総主教には王族の代わりにペアレの盾になってもらい、せいぜいこの国を生き長らえさせてもらう。

 王族さえ生きていれば、死ぬことのない騎士や眷属の魔獣達の活躍でいずれは必要分の経験値を蓄積させられるだろう。

 そのために総主教には耐久と生存に特化した特性を与えてあった。

 自分では検証もあまりやりたくない「再生」もそのひとつだ。

 どちらかといえば攻撃力を重視する傾向の高いプレイヤーたちと戦えば、きっといい仕事をしてくれるだろう。


「……総主教さま、偉業というのは、自ら知らせるものではございません」


 というか、偉業もなにも、総主教はまだなにもしていないのだが。したのはレアである。


「これより先、総主教さまが救世主としてのお力を振るい、この国を戦火から守ることで、自然と人々に知れ渡っていくでしょう。その偉業が。そして総主教さまの偉大さが。

 総主教さまはただ、その正しき御心に従って、民を守ればよいのです」


 できれば民草よりも王家を守ってもらいたいが、そもそも王家への対抗心からレアの口車に乗ったような総主教にそう言ったところで逆効果だろう。

 王都や民を守り、その結果として王家が無事ならそれでいい。


「……なるほど、たしかに。お前の言うとおりだ」


 ケリーたち眷属の気配がざわついた。

 レアも一瞬笑顔が固まる。


 ──お前、と来たか。


 ベッドに寝るまではあれほど不安げにしていたというのに、いざ実際にチカラを得たらこれである。

 前回の王子ほどではないようだが、それでも若干の高揚感は出てしまっているのかもしれない。


 ライラが言っていた「溶き卵は3回に分けて混ぜ入れるようにすればダマができにくいから」というお菓子作りの蘊蓄うんちくから着想を得て、廉価版のアーティファクトを使ったり数回に分けたりしたのだが、完全にというわけにはいかなかったようだ。


 しかしとりあえず話は通じるようだし、暴走しないのであれば構わない。

 

「総主教さま。しかしいかに救世主といえど、総主教さまおひとりで国全体を守るのは至難です。

 ここはやはり総主教さまの信頼する信徒をもう数名、こちらにお連れして儀式を……」


「む……。いらん、と言いたいところだが、たしかにな。王都だけならまだしも、北部も南部も守るとなれば1人だけでは単純に手が足りんか。

 わかった。大聖堂に戻ったら、信頼する主教数名に此度の話を打ち明けるとしよう」


 ケリーに目配せをする。

 総主教は暴走まではしていないものの、多少は調子に乗っているフシがある。

 制御できなくなる可能性もあるし、同じ救世主ということでケリーをサポートに付けておいたほうが安心だ。


「総主教様。私が同行しましょう。

 総主教様はまだ、救世主のチカラに慣れておられないご様子。僭越ながら、多少は長くこのチカラに親しんでいる私であれば、総主教様の補佐も出来ましょう」





 ケリーを連れて王都に戻っていった総主教を見送ると、レアはモニカに連絡を入れた。

 晴れて幻獣人の条件も判明したことだし、これまでのクエストの報酬も兼ねてジャネットたちを強化しておきたい。

 サポート役のモニカが手加減していたとは言え、5対2という人数差で変態たちと引き分けたというのはいただけない。

 彼らはウェインの作ったクランのメンバーであるようだし、これまでのイベントでもよくつるんでいるようだった。

 その後の第1王子戦からも分かる通り、あちらはその気になれば同様の実力者をレイド規模の人数で揃える事もできる。

 そうなればジャネットたちではまるで太刀打ちできない。

 早急なテコ入れが必要だ。





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