第315話「食べたらあかんやつ」(バンブ視点)





「ポートリー、ですか?」


「ああ。ポートリーだ。イベントではあの国を襲撃する」


「別にどこでもいいと言えばいいんですが、理由を聞いてもいいですか?

 あ、最近ポートリー各地で昆虫型の魔物による被害が急増してるとかSNSで見かけましたが、もしかしてそれに便乗する感じですか?」


「ふむ。よく知っているね。

 そう、今あの国は現実で言う蝗害にも似た現象によって、巨大なコオロギの大軍に襲われる被害が相次いでいる。

 我々の世界の蝗害と違うのは、こちらの魔物は人や牛でも普通に食べてしまうことだな。もっともポートリーには牛はあまりいないが」


「誰が貴方に聞きましたか! ぬいぐるみにしますよ!」


 こうなることがわかっていたので、本来であればバンブが説明するのがスマートだった。

 しかし内容を教授に聞いているうちに面倒になってしまったので、自分で説明させる事にしたのだ。


「落ち着け家檻。こいつの提案だ。こいつに説明させんのが手っ取り早いだろ。慈英難、続けてくれ」


「安心したまえ家檻嬢。別に割って入ろうというわけではない。あ痛い! やめたま、やめて!

 ……さて、ポートリーをターゲットに定めた理由はそれだけではない。

 知っての通り、この度の戦乱の中心、台風の目となるのはペアレ王国だ。シェイプ王国がペアレの南部と北部に分けて派兵したため、戦場がペアレの南北に渡って広く展開されることになったが、いずれにしてもペアレ王国内であることに変わりはない。

 そのため基本的には、ペアレ以外の各国についてはわざわざ兵を出す必要がない。なにしろ宣戦布告をした当事国こそが、自国の領土内で戦争をしているという異常な事態だからな。放っておいても勝手に滅ぶ。ウェルスやオーラルにとっては、別にあえてペアレと戦いたかったわけでもないのだから、被害が来ないのであれば黙って見ているだけでそのうち平和になるだろう。

 これは開戦直前にシェイプが横槍を入れてきたせいなのだが、結果的に他の国からしてみれば、1人で勝手に騒ぎを起こして勝手に滅んでいくという、ちょっとなかなか見られない面白い見世物になってしまっているわけだ」


「相変わらず性格悪いっすね!」


「言い方の端々に悪意を感じるよな」


 ヒゲがぴくぴくと上下に動いている。これがこの姿での「憮然とした表情」なのだろう。


「……まあ状況はそんなところだ。

 しかしながら、宣戦布告を受けた中で、ひとつだけ戦争に前向きな姿勢を見せていた国がある。

 それがポートリー王国だ。

 そもそも今回の一連の事件も、あの国が武装勢力を無断でペアレ国内に向かわせた事に端を発していると言っていい。

 大方の世論ではペアレが諸悪の根源であるかのように言われてはいるが、元を辿ればそうではない。その後の対応の悪さから、それさえもペアレ王家の差し金であったという見方もあるが、冷静に考えて隣接しているわけでもない国の騎士団を自国に向かわせる理由などないし、狙ってそんな事が可能だとも思えない。

 つまり、もしこの大戦を望んだ者がいるとすれば、それはペアレ王ではなくポートリー王の方だろう、ということだな」


「だったら何なんですか?」


「落ち着きたまえ! どうどう、どうどう……。

 いや、それ自体は別にどうでもいいし我々には関係ない。

 重要なのは、ポートリー王国はペアレ王国内のどこかに何かの用があるらしいということだ。そうでなければ、喧嘩になってしまうリスクを犯してまで他人の庭に入ったりはしないだろうからな。

 まあ喧嘩そのものが目的だったのならそうとも言い切れなくなるが、単に喧嘩をしたいだけなら他にもやりようがあったはずだ。

 ところで知っているかね。話題のペアレ王国とオーラル王国の国境近くにプランタンという街があるのだが、ごく最近、このプランタンに住むほとんどの住民は半強制的に疎開させられたそうだ」


 させられたそうだ、というか、させたのはライラだが、この情報はきちんとSNSから拾ったものである。

 そうした情報が公に出てくるまで動くのを待っていたとも言える。


「そりゃあ、これから戦争が始まるってんなら、国境付近の住民は避難させてもおかしくないんじゃないすか」


「そう。それ自体はね。

 通常ならそうして住民を逃がした国境沿いの街となれば、拠点化して防衛の要とするのがセオリーだ。しかしオーラルからは、特に最も近い大都市であるヒューゲルカップなどからは、騎士団が派遣された様子はない。

 代わりにこのヒューゲルカップ周辺で活動するプレイヤーが見かけたというのが、エルフの騎士団だ」


「さっき言ってた、ペアレの庭に不法侵入したってやつらか?」


「いや、それとは違う部隊だな。その部隊はごく最近、ヒューゲルカップを南から北に通過していったという事だった。

 となると、本国を出発しオーラル領土を通過して、プランタンか、ゾルレンか、そのどちらかにでも向かったのだろう。

 ゾルレンに居たというエルフの騎士団はプランタンまで後退しているということだし、それと合流すると考えるのが妥当だな。

 オーラルとポートリーが協力関係にある点を考慮すれば、それらの戦力を使ってプランタンの防衛をポートリーに任せるということなのかもしれない。普通に考えれば、街ひとつを他国の軍隊に明け渡すなどよほどの信頼関係がなければ出来ることではないが、この大陸は人類同士の戦争が起きた事がないという話だし、オーラルは過度に戦争を恐れているのかも知れないな。あるいは獣人と表だって争いたくないから、開戦のきっかけを作った責任をポートリーに取らせるつもりなのか。

 まあ彼らが直接遺跡とやらに向かった可能性もあるが、それはこの際どうでもいい」


「……ちょっと待って下さい。ポートリーって騎士団いくつあるんでしたっけ?」


「気付いたようだね。さすがはバンブ氏の片腕と名高い家檻嬢だ。

 総数でいくつあるのかは知らないが、少なくともそのうちの2つ以上が今、ポートリーを留守にしているのは間違いない。彼らがペアレ王国内に用があるのだとすれば、国ひとつを跨いだ先という非常に遠い場所にハイキングに行ってしまっているというわけだ。

 前回の天使襲撃の直前にレ、あー第七災厄によって国王もろとも消し飛ばされた騎士団があることも思えば、おそらく今もっとも手薄で警戒も薄い国はポートリー王国なのではないかな」


 今の言い間違いはぎりぎりアウトな判定になるだろうが、特に不審に思った者もいないようだし聞かなかったことにしておく。


「なるほど……」


「いやなるほどじゃありません。シェイプ王国の方が明らかに手薄ですよね? こっちはたぶん全兵力に近い数を派兵してますよ」


「──人類はな」


 家檻はごまかせなかったようだ。仕方なくバンブも口を出す。

 シェイプ王国はいまや、事実上ブランが支配している。システム的な意味ではなく物理的な意味でだ。

 人々は誰もが飢え、巨人に怯えて過ごしている。そして本来それに立ち向かうべき騎士団は国外に行ってしまっている。

 シェイプ王国は控えめに言っても風前の灯火だ。吹けば消し飛んでしまうだろう。

 予定外とはいえペアレ王国で騒動を広げてくれている今、シェイプにいきなり脱落されてしまうのももったいない。

 その気になればブランの一声で滅んでしまう国でもあるし、MPCがおいしいところだけかっさらうというのもまずい。


「シェイプには確かに人類の守り手はいないかもしれん。

 だが、ひとつの国をそこまで追い込んだモンスターの勢力がいる。俺たちにしてみりゃ、同業他社ってところだな。競合するべき相手と言える。

 となると、俺たちもそいつらも共に人類を狙っているとはいえ、仲良く出来るとは限らねえ。

 下手すりゃ、人類を相手にするより危険がでかい可能性もある」


「そうか、そうでしたね。この洞窟にはちょっかいかけてきたりしないのでまったくノーマークでしたが、シェイプには例の大型モンスターが跋扈してるんでした」


「分かってもらえたようでなによりだ。

 我々の目的が人類国家の滅亡ならば、ポートリー王国はその足掛かりとして実にふさわしいとは思わないかね」


 フォローの礼くらい言え。

 と思わないでもないが、このミッション自体バンブと教授の2人がライラに言いつけられた事である。

 最初に説明を丸投げしたのはバンブの方だし、サポートはバンブの仕事といえばそうなるのかもしれない。


「でもっすよ。それで警戒されちゃったら、それこそ友好国のオーラルとかに潰されちゃったりしないすかね」


 スケルトイの疑問に教授が目をくりくりさせた。


「……なるほど、考えていなかったが、その可能性はあるかもしれないな」


「全然駄目じゃないですか、タヌキ」


「む……」


 そもそもライラの依頼でポートリーを襲撃する事になったため、それに対してライラが報復行動を起こすことはまず有り得ないが、それは他の者にはわからない。

 教授はそれが起こり得ない事をどう言いくるめて納得させようか悩んでいるが、未来の事を100%納得させる事など不可能だ。

 それよりどう転んでも困らないという事を納得させた方がいい。


「──いや、べつに構わんだろう。

 俺たちの目的はポートリーの占領じゃない。破壊だ。それに対してオーラルから報復攻撃が来るってんなら、とっとと逃げちまえばいい。攻め落とした街や国をいちいち守る必要はない。

 オーラルにしたって、今のところ被害は大した事はないとはいえ名目上は宣戦布告を受けてんだ。ペアレ方面を放置したままポートリーに長いこと構っていられるとは思えねえ。

 それにポートリー国内にはやっかいなコオロギどもがいる。オーラルの連中が入ってくるとしても、長居はしたくねえはずだ。

 オーラルの騎士団が引き上げるのを待って、また別の都市を攻撃なりなんなりすりゃあいい」


「ふむ。マスターの言う通りだな。

 国家を倒すには王族をすべて始末するのが手っ取り早いが、これは前回、あの災厄でさえ失敗したほどのミッションだ。こちらの狙いが王族にあると知られればオーラル軍も王都に駐屯兵を置くかもしれないし、ここは別の条件、すなわち国土か国民の喪失を狙った方が結果的には難易度が低いだろう。

 コオロギたちは食糧となる果樹園なども襲っているからね。このままの状態が続けばいずれはポートリー国民もシェイプ同様痩せ細っていくだろう。抵抗する元気など出まい」


 言うほど難易度が低いわけでもないが、どのみちターゲットとなる王族は国内にはいないため、そうするしかない。

 またこれは王族が生きている状態で国だけが滅びた場合、具体的にどうなるのかを見てみたいというレアやライラの意向でもある。


「まあ、どこの国を攻撃するにしてもリスクがあるのは変わりませんし、ポートリーが一番実現可能性が高いのはわかりました。

 マスターも了承済みなら構わないでしょう。他のメンバーにも連絡を回しておきます」


「ついに俺たちもメインイベント参戦の時が来たっすね!

 にしても、ポートリーの蝗害ってコオロギだったんすね。俺ふつうにイナゴだと思ってたっす。よく知ってましたね」


「あー、人や動物を食べるという点からそう推察できる。蝗害を一般的に起こすバッタ科のワタリバッタなどは完全草食だからね。

 そもそも蝗害と言っても、イナゴという文字を使ってはいるが、実際に蝗害を引き起こすのは厳密に言えばイナゴではなく、表現型可塑性を持つ一部のバッタだ。

 このバッタは通常環境の中で生活している分には孤独相という形態でいるのだが、一定範囲内に同種の個体数が増えすぎると相変異を起こし、外見からして全く違う群生相という形態をとった幼虫が──」


 教授はコオロギの件をごまかそうとして話をはぐらかしていた。

 ちょっと肉を食べるからと言って別にコオロギとは限るまいが、聞いているメンバーでそこに引っかかっているような者はいないようだ。


 そもそもバンブの知る限り、ゲーム内には完全草食の魔物などいない。

 元が草食動物をモチーフにした魔物であっても、空腹状態になればそこらの虫や何かの死体も普通に食べる。

 好き嫌いはあるため草が生えているなら当然草から食べるが、別に草が無くても生きてはいける。同じことが肉食動物モチーフの魔物にも言える。

 もっともこれは魔物たちと同じ目線で飢えた事のあるプレイヤーくらいしか知らない事実だろうし、わざわざ指摘してやる気はないが。


 いかにリアルなゲームと言っても、いちいち細かな栄養素までパラメータとして設定できなかったからだろう。

 肉や野菜というような大雑把なくくりはあるのかもしれないが、消化吸収の仕組みを細かく再現したり、ビタミンだけで十数種類も分けたりはしないということだ。


 一方で味に関してはかなり正確に再現されているようで、正直現実との違いがわからないほどである。

 これは昆虫や、なんとなれば土などにもしっかり反映されており、飢えていたゴブリン時代に地面ごとかぶりついたムカデは土の味がしたものだ。

 データ的に、おそらく「毒」とかそんな何かでも持っていたのか、飢えを満たした直後に死亡したのでよく覚えている。


「──連絡、終わりました。決行は集まり次第でいいですか?」


「いや、イベントはすでに始まってる。行ける奴から順次出発する事にしよう。俺たちも行くぞ」


「はい。……ところであれは何をしてるんですか?」


「補習みたいなもんだ。ほっとけ」


「──というわけで、群生相をとったバッタは食用には適さないのだよ。

 今回ポートリーにいるコオロギが同様の生態なのかは不明だが、だから一応あっちでコオロギを見かけても倒して食べたりしてはいけないよ。そっとしておくんだ。いいね」







★ ★ ★


バンブがそこまで知っているかはわかりませんが、ビタミンというのは栄養素というより分類の名前なので、たくさんの種類に分かれているわけではなく、たくさんの種類の栄養素をまとめてビタミンと呼んでいるだけです。

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