第314話「ライラの依頼らしい」(ブラン視点)





 短期間にこうも色んな魔物や勢力に襲われるなど、このゾルレンという街は何かに呪われでもしているのだろうか。


 呪いという単語はゲームタイトルにも入っているし、レアが取得したという特殊なスキルにも入っているらしい。

 となるとこのゾルレンも、ある意味ではこのゲームを象徴するような特別な街だと言えるのかも知れない。


 ドワーフたちの猛攻に必死に抵抗するエルフの騎士たちを上空から眺めながら、ブランはそんなことを考えた。

 珍しく1人である。

 アザレアたちにはシェイプで街の様子を見張らせておく必要があるし、今は以前と違い何かあったらすぐに連絡をつける事ができる。

 距離的な制限もかなり緩和されたと言えるため、アザレアたちもブランの単独行動をそれほど咎めはしなかった。

 当然ヴァイスには黙って出てきた。


 上空に浮かぶブランの全身を覆うのは真紅のローブだ。

 これはレアやライラが着ているのと同様、女王のなんとかいう特別な絹で織られたものだ。

 ローブを着たまま変態するとどうなってしまうのか不明だったため、貰ったはいいがインベントリに仕舞ったままにしていた物だが、真祖に転生して以降、常に着用するようにしていた。


 というのも、あれからブランはうまく変態出来なくなってしまっていたためだ。

 例の、漆黒と白銀のカブトムシとも言えるかっこいい形態に変身しようとしても、装甲や鎧は以前と変わらず全身を覆うものの、顔だけは晒したままの状態になってしまう。

 頭部を覆っていた装甲や角は前後左右に分かれ、肩や胸、背中の装甲の一部と同化している。

 自画自賛というわけではないが、現在のブランは控えめに言っても美人であるため、それはそれで悪の女幹部感があって良いのだが、ダークヒーロー感は薄い。

 飛び出る角さえ無いのなら、ローブももともと余裕をもって織られているため、着たまま変態してもあまり問題がなくなっていた。


 また巨体についてもそうだ。

 これまでは変身時のダークヒーロー姿がそのまま相似拡大したかのような姿であったものが、転生以降はこれも変化してしまっていた。

 大まかな外観は変わらないと言えば変わらないのだが、問題は頭部だ。

 より正確に言えば角である。

 巨大化したダークヒーローの頭部、その本来角があるべき場所に角は無く、代わりにブラン自身の上半身が生えていたのだった。


 このような形態には見覚えがあった。

 トレの森でライラが巨大なラミアに変態していた時、確かライラの上半身がラミアの頭部から生えていた。

 あれと同じという事だ。

 推察するに、これがいわゆる災厄級モンスターに共通する性質なのだろう。


 出来ないものは仕方がない。

 顔は常に晒したままの状態になってしまっているが、気になるようなら仮面かなにかでも作ればいいし、別にローブのフードを深くかぶっていてもいい。

 巨体をオンにしても上半身に変化がないという事はローブが破れる事もない。ずっと着たままでも問題ない。

 考えようによっては、仕様としてはレアたち姉妹とおソロ感がより高まったとも言える。

 それならそれでも構わない。


 ブランが今、ゾルレンに来ているのはそのライラからの依頼だ。


 あの時お茶会で話していた通り、戦況はクラールとかいう廃墟の森を中心に推移していく事になる。

 その廃墟から最も近い街がこのゾルレンになるため、この街の確保はどの勢力にとっても非常に重要だ。

 と言っても各国の思惑や立場などまったく無視する自由な勢力もこれから生まれてくる可能性もあるため、本当にどの勢力にとっても重要になるかどうかはわからないが。


 現在、そのゾルレンを押さえているのは名目上はペアレ王国である。

 ここはペアレの国内なのでこれは当然だ。

 しかし街には衛兵程度の戦力しか常駐しておらず、本来街を死守すべき騎士団は全員廃墟に詰めている。

 街やそこに住む住民の命を放棄したともとれるが、ある意味でこれは仕方がない。

 ペアレにしてみれば、街も遺跡もどちらも守るために戦力を分散させるのは非常に危険な判断だ。

 どちらかに戦力を集中させて防衛しようとした結果、王国は遺跡を選んだということだろう。


 そのため、予期していたシェイプの遠征軍がゾルレンに迫った時も、彼らは廃墟から出てくる事はなかった。

 そのままシェイプ軍が街に到達してしまえば、今度こそこのゾルレンという街は滅んでしまうだろう。

 なにせドワーフたちはみな飢えている。

 そしてその飢えの原因こそ、ペアレの獣人たちだと思い込んでいるからだ。

 そのせいで何度も死亡することになったシェイプの騎士たちの恨みたるや、想像するに余りある。餓死が苦しいらしいことはブランも眷属を通じてよく知っている。

 彼らがゾルレンに押し入れば、この街の獣人たちはその恨みから残らず殺されてしまうはずだ。

 街に備蓄してある食糧品も根こそぎ奪うことができる。捕虜を取るなら自分たちに加え捕虜の分まで考える必要があるが、捕虜を1人も残さないなら関係ない。

 その前に戦時国際法のようなものもないそうだし、まともな捕虜を取るという概念があるのかどうかも不明である。


 自分の行ないの結果として、自分の想定とはまったく違った事態が展開されるというこの状況は、ブランの心を少しだけワクワクさせた。

 しかしシェイプの田畑を焼き払ったあの時と違い、今は自分ひとりでプレイしているわけではない。

 これはある意味でパーティプレイだ。

 マグナメルムとしては、今ゾルレンが滅び去るのは望まない。


 眼下で繰り広げられているエルフとドワーフの死闘もそれを物語っている。

 あのエルフの騎士団を手配したのはライラだ。

 騎士団はポンコツだとか聞いたような気がするが、なかなかどうして、ここで勝たねば後がないという死兵を相手によく持ちこたえている。


 とは言え突破されるのも時間の問題だろう。

 住民の獣人たちも各々武器を取り、エルフ騎士たちと協力して戦闘に参加しているが、戦力的な差を埋められるほどではない。


 大陸中のNPCが人種の違いによる対立を強めている中、この光景は非常に貴重なものだと言える。

 種族や国家の枠組みさえ超えて、彼らは手を取り合ってただこのゾルレンという街を守るために団結しているのだ。


「うーん。ペアレの王さまってゾルレンで王子さまが死んだの見て関係各所に宣戦布告したんだったよね。

 この光景見たらどう思うのかな。ゾルレンを占領したエルフに住民が無理やり従わされてるって思うのかな。それとも逆かな」


 興味はあるが、シェイプが北部と南部に部隊を分けて侵攻をかけている状況で、騎士団を南部の遺跡に貼り付けている以上、状況が終息するまでは王族が王都を離れる訳にはいかないはずだ。となるとおそらく、ペアレ国王が生きてゾルレンに来る事は二度とあるまい。

 ブランの疑問が解消される事は永遠に無いだろう。


 喉に手をやり、数度咳払いをする。

 が出るというのは思った以上に違和感が強い。


 まだ街には目立った被害は出ていないが、徐々にドワーフたちが戦線を押し上げつつある。

 元々数で劣っているゾルレン防衛隊であったが、劣勢の最も大きな要因は数や士気ではない。


「シェイプの軍隊は数が減っていかないな。死んだ奴がすぐ近くから復活してきてるからかな。

 あそうか。餓死が前提の遠征なら、こまめに休息取ってリスポーンポイント上書きしながら行軍してきたのか。やっぱり王さま頭いいな」


 となるとゾルレン側が状況を打破するためには、1時間以内に全てのドワーフをキルしてやる必要がある。その上で彼らのリスポーンポイントをエルフ騎士団が探り出し、制圧することができればドワーフ騎士らはひとつ前の休憩場所まで戻されることになる。

 そうすれば一旦シェイプの侵攻速度を緩めさせる事が出来るはずだ。

 ここまでやって進軍したにも関わらず街ひとつ落とす事が出来ないとなれば、さすがの死兵も士気がもつまい。

 こまめに休憩しながら来たにしては異常な行軍スピードであったし、おそらく相当無理をしたのだろう。

 イケイケで侵攻している間はいいかもしれないが、ひとたび躓いてしまえばそれまでの精神的な疲労が一気にやってくる事になる。


 しかしそれを可能とするには、エルフ騎士たちだけでは少し、いやかなり力不足だ。


「じゃあ手伝ってあげますか。国家や種族、そして立場をも超えて、このマグナメルム・ノウェムも防衛戦に参戦だー! ジャイアントコープスを──うん? なんだあれ」


 見ればシェイプ方面からゾルレンにやってくる新たな一団がいる。第2波のようだ。

 ドワーフの騎士もいるが、そうではない者も多く混じっている。

 統一感のない装備や種族から言って、あのほとんどはおそらくプレイヤーだ。

 プレイヤーの傭兵たち、文字通りの傭兵となったプレイヤーたちは、足の遅い第2波に随行して来たのだろう。


「ああ、やっと来たか。よかったよかった。せっかくのウチら主催のイベントなのに、参加者が少ないってのは寂しいもんね」


 イベントの台風の目になってしまっているからか、シュピーゲル団が去ってからはゾルレンからプレイヤーがごっそりと居なくなってしまっていた。

 どこかの村か何かでは独立運動さえ興りかけているというのに、おそらく大陸で最も中立的な立場だろうこのゾルレンを守るプレイヤーがいないというのは悲しいものだ。

 と言っても本当にゾルレンが中立を貫いて独立したとしたら、その瞬間全方位を敵に囲まれることになり、あっという間に滅んでしまっていただろうが。


 ともかく、ただでさえ劣勢な獣人とエルフの連合軍である。

 ドワーフの援軍や単騎戦力としては強力なプレイヤーたちに掻きまわされてしまっては、すぐに防衛線が崩壊してしまう。


 ブランは街に被害が出ないよう、第2波が街に近づく前に対処することにした。

 ゾルレンと第2波の中間あたりにジャイアントコープスを何体も『召喚』し、部隊を2つに分けてそれぞれ街と援軍に向かわせた。


 街の方に向かわせた部隊はあくまでシェイプ軍の後ろからプレッシャーをかけるだけだ。

 実際に街周辺の戦闘に参加させてしまえば建物に被害を出してしまうかもしれないし、大型モンスターでは攻撃範囲が広すぎてエルフとドワーフを区別して殴れない。

 背後から国を蹂躙した巨人が迫ってくるとなればドワーフたちも冷静ではいられないだろうし、援護というならそれで十分だろう。


 一方で第2波のほうはそんな気を使う必要はない。

 全てが敵だし、プレイヤーも多数いるなら手加減できるほど弱くはないだろう。

 街方面はジャイアントコープスたちの半分に任せ、ブラン自身も第2波の方へと向かった。


 近くで見ると第2波のドワーフたちは第1波の騎士たちより顔色がいいようだ。

 健康状態がどうのというよりも精神的なものだろうか。

 あるいは、プレイヤーとともに行軍してきたのなら、彼らに食糧をわけてもらったりしたのかもしれない。

 やはりこちらの部隊は第1波よりも危険だ。


 突如現れた巨人たちを警戒する騎士たちに、ブランは空から声をかけた。


「──こっちの人らはさっきと比べてバリエーション豊かだね。ドワーフっていうと偏屈なイメージがあったんだけど、ずいぶんお友達が多いみたいだ」


 声を張ると独り言とはまた違った違和感があるが、仕方ない。


 かけられた声に一斉に上を見上げるプレイヤーたち。

 それから一瞬遅れてドワーフたちも空を見る。


「──あいつ! あいつだ! 例の巨人をけしかけてきた!」


「──あの時のか!」


 見覚えがあるような気がするものの、よくは覚えていないプレイヤーたちが口々に叫んだ。

 ブランはゆっくりと赤いフードを脱ぎ、その顔、を晒した。


 ここに来る前、ブランは新たに得たスキルを使用し、ヴァイスの姿に『変身』してあった。

 ブランの顔はまだほとんど晒した事がないが、ヴァイスの顔なら前回の隠れ里で見ているプレイヤーも多い。というか、今ここにいる者達の中にはあのときのプレイヤーも多数混じっている気がする。

 ジャイアントコープスを『召喚』する黒幕としてはちょうどいいだろうし、何より新しいスキルを使ってみたかったという事もある。


「──あなたがなぜここに!」


 基本的に美人が多いプレイヤーの中でもひときわ美しいアバターの女性が叫ぶ。

 これだけ目立つ外観ならさすがに覚えている。

 ペアレの山奥の隠れ里を焼き払った時に抵抗してきたプレイヤーのひとりだ。抵抗と言っても彼女はメインロールはヒーラーのようで、他のプレイヤーが受けたダメージを癒すばかりだったが。

 しかしそのせいで制圧が遅れたのも事実である。あの遅滞戦闘が無ければエルダードワーフを取り逃がす事もなかったかもしれない。


 あれについて教授はレアたち姉妹の失点だとか言っていたが、逃したブランのミスであるのは明らかだ。

 あそこであのエルダーをきっちり始末しておけば、そういう口伝を継承してきた貴族がいようがいまいが関係なかった。

 しかし結果的にはいい方に転がったとも言えるし、レアも日頃の行ないがいいからだと言っていたし、つまり結果的にブランの日頃の行ないがいいからだと言い換える事もできる。

 それをこの彼女がもたらしてくれたと考えれば感謝のひとつもしたくなる。


「ああ、君か。君たちがあのエルダー・ドワーフを王都まで送ってくれたおかげで、戦争はよりエキサイティングになった。ありがとう。助かったよ」


「──っ! ではやはり、この戦争は、仕組まれて……!」


「その通りだよ」


 この戦争はレアとライラが仕組んだものだ。

 ゆえに、失敗することなど有り得なかった。

 予想通り、計画はおおむね正しく遂行された。

 本来であればブランはそれを横目に眺めながら自分の担当エリアで砂遊びをしているだけの予定だったのだが、想定外の事態によって混ぜてもらえる事になった。

 それを考えるとやはり感謝は欠かせない。


「君たちに感謝しているのは確かなんだけど、今あの街を落とされるわけにはいかないんだ。そう頼まれてるんでね」


 それこそがブランがライラから受けた依頼の内容だった。

 ゾルレンがシェイプによって滅ぼされてしまえば、その先にあるクラール遺跡群もほどなくシェイプの手に落ちるだろう。

 ペアレ騎士団が防衛していると言っても、ただでさえ騎士の数が少ないペアレと全軍のおよそ半数を差し向けているシェイプでは戦力に差があり過ぎる。いずれ第3波なども来るだろうし、そう長くは持ちこたえられまい。


 騎士がいないかわりに国民1人1人が強いペアレなら、ペアレ国内を行軍するシェイプ軍に対しても強力なゲリラ戦術をしかけるかもしれない。

 それは確かに効果はあるのだろうが、騎士であるシェイプ軍は全滅する事はない。

 一方で強いとはいえ一般市民であるペアレの民は死ねば復活できない。

 戦場が自国本土であるペアレは、人も資源も徐々に減っていき、国も荒廃していくはずだ。


 今はまだ沈黙を保っているが、隣国ウェルスもペアレの勢力が衰えてくれば勝ち馬に乗るために侵攻を開始する可能性もある。

 聖女がどうのとか言っているプレイヤーや、ルート村独立を目指すプレイヤーたちがどう動くのかは未知数だが、彼らがどう動くにしてもペアレにとっていい未来が来るとは思えない。


 ペアレが早期に脱落してしまえば、それだけ戦争終結は早まることになる。

 もっともポートリー王国を動かしているのは実質ライラであるし、その時は浮いた遺跡を巡ってシェイプと争いを続ければいいだけだが。


 というようなことをライラが言っていた。


 ブランの仕事はここでシェイプの南部方面軍の侵攻を押しとどめ、ペアレ南部戦線の要となるゾルレンを防衛することだ。

 といってもいつまでもというわけではない。

 近くの街プランタンには追加のエルフ騎士団が来ているようだし、旅の疲労が癒えたらそれもこちらに派兵するという手はずになっている。


「……やはり裏にはペアレ王が……。あの赤目の男が、そしてあの巨人が、わざわざペアレ王国の街を守るために現れたというのはつまりそういうこと……」


 まだ何か言っているようだが、残念ながらおしゃべりは終わりである。

 遅延行為はブランにとっては望むところだが、国や食糧の仇を目の当たりにしたドワーフたちが殺気立っている。


「この間の山あいの村とは立場が逆になってしまったけど、結果は変わらない。

 ──行け。お前たち」


 ブランの号令の下、巨人たちが一斉にプレイヤーやドワーフたちに襲いかかった。


「やるぞ! みんな! 予定外の戦闘になるが、ここを突破しなければペアレ王国を倒すことはできない!

 ドワーフの騎士たちへの被害をなるべく減らして勝利するんだ!」


 プレイヤーのまとめ役らしい男が叫んだ。

 それに従ってプレイヤーたちも動く。

 つまり同行するNPCを守りながら戦闘するというミッションのつもりなのだろう。


 その守るべきNPCの方が敵意をむき出しにして巨人たちに攻撃をしかけているのでは世話はないが、どうせ彼らは死ぬことはない。ブランにしてみればどう料理しても構わない相手に過ぎない。


 ジャイアントコープスたちにはプレイヤーの非効率的な防御行動を誘発する意味もこめて、主にドワーフたちに狙いを絞って攻撃をしかけさせる。


 見たところドワーフの騎士はそれほど強くはない。以前に滅ぼしたカニエーツという街にいた衛兵よりも少し強いくらいだ。

 これであればジャイアントコープスだけに任せておいてもそのうち殲滅させられるだろうが、それをプレイヤーが邪魔をする形だ。


 ドワーフの騎士を庇い、ジャイアントコープスの攻撃をプレイヤーが受ける。

 防御態勢でも、その攻撃を受けたプレイヤーは体重差から軽く吹っ飛んでいくが、死亡するまでには至らない。

 そして相手には、生きてさえいれば癒してしまう者もいる。

 腕などを引きちぎってやれば回復も容易にはできないだろうが、ジャイアントコープスにとっては人形サイズに過ぎない敵をいちいち捕まえて引きちぎるというのも効率が悪い。

 そんな事をしている間に別のプレイヤーに攻撃を受けてしまうし、実はこれが意外とバカにならない。


 これまでの襲撃や、また他の大型モンスターなどとの戦闘による経験の蓄積から、プレイヤーたちの間では大型モンスターにはとりあえず範囲攻撃をばら撒いておくというドクトリンが確立されつつあるらしい。

 当たりどころによっては高ランクの単体攻撃より多くのダメージを受けてしまう事もあるし、ブランは詳しく調べていないが、おそらく大型に対して効率のいい範囲攻撃の種類や撃ち方なども研究されているのだろう。

 以前に戦った時と比べて、明らかにジャイアントコープスたちのLPの減りは早かった。


「うーん……」


 個体の能力差から考えて、1対1ならおそらく負けることはないだろう。

 しかし多対多というこの状況において、ジャイアントコープスたちの大振りな攻撃はなかなかプレイヤーを捉えられず、また妨害行動によってその攻撃も十全には行えない中で、逆に複数のプレイヤーたちによる範囲攻撃を受けて徐々に劣勢に追い込まれてしまっている。


「1対1なら勝てそうなのに、多対多になると負けそうっていうのは何か不思議な……。

 あそうか。違うな。多対多に見えるけど、これちっちゃい多対1を繰り返してるだけなのか」


 巧みな妨害などによって、ただでさえ命中率の低いジャイアントコープスたちの攻撃の機会を減らし、その隙に何人かのプレイヤーで集中攻撃をしてこちらの数を減らしていく。

 これがチームワークというものなのだろう。レアも侮れないと言っていたような気がする。


 ジャイアントコープスが多少減ったところで別のところから呼んでくればいいだけだが、シェイプ国内のブラン勢力をあまり削ってしまうのもよくない。

 シェイプの国軍は今でこそペアレ憎しでこちらに目を向けているが、いつ冷静になって国内の脅威を駆逐しようと考えるかわからない。


「──しょうがない。他にも試してみたかったスキルもあるし、コープスたちの手が足りない分はわたしが始末をつけるとしようか」


 友達と連携してプレイする事をチームプレイというのなら、今のブランがしているのもチームプレイである。

 ならば負けるわけにはいかない。


 まずは後方でサポートに徹しているあの美人とその周辺だ。

 彼女らサポート組を行動不能にしてしまえば、プレイヤーたちの継戦能力を著しく低下させることができるだろう。


「──っ! 上空! 奴が来ます!」


 広い視野を持って戦況を観察していたらしい美人がいち早くブランに気付いた。

 周辺の他のプレイヤーたちも警戒して身構えるが、鎧や盾を装備しているわけでもないヒーラーやバッファーたちが構えたところで大して意味はない。


「無駄だよ──かどうかは初めて撃つから実は知らないんだけど。『血の杭』」


 発動ワードと共に、ブランの全身から滲み出るように真紅の霧が現れ、それが杭のような形をとった。

 そして凄まじいスピードで飛んでいき、美人の隣にいたちょっと美人の女性プレイヤーの胸を貫いて消えた。


「ありゃ。外したか。まあいいや。消費は……大したことないし」


 胸に風穴を開けられたプレイヤーはすぐさま光になって消えていく。


「いっ、一撃!? 威力が異常です! それに後衛職の私たちでは回避するのはたぶん無理です! 警戒してください!」


 回避するのが容易でないなら警戒したところでどうするというのか。

 それに実のところ、威力自体は大したものでもない。

 単に今の相手が弱すぎただけだ。

 このスキルの真価は威力ではなく特殊な効果にあるため、与えるダメージについては控えめに設定してあるようだった。


 このスキル、『血の杭』は真祖吸血鬼に転生した際にアンロックされたものだ。

 真祖になったからアンロックされたのか、それとも別の要因なのかはわからない。

 消せない特性「血の呪い」も「血の祝福」に変化しているし、これが関係している可能性もある。


 そのスキルの挙動については今見た通りだ。LPを消費する事で発動者の血によって形作られた杭を生み出し、相手に突き刺して攻撃する。

 追加効果として被弾した相手のMPを奪うというものがあるが、どうやら即死させてしまった場合は発動しないらしい。

 吸収率のレートはさほど良くはない。奪ったMPで回復系のスキルを使い、自身のLPを回復したとしても、コストで支払ったLP分をおそらく回復しきれないだろう。

 しかし相手にダメージを与えていること、相手のMPも奪っていることも考えれば収支としては大きくプラスと言える。

 そうした効果もあるためか、威力としては他に比べて控えめだ。

 一撃で倒してしまったのは単なる能力値の差によるものである。


 また威力が控えめである事には他にも理由がある。


「『血の杭』、『血の杭』、『血の杭』……」


 ブランの周囲に無数の杭が出現していく。

 ゴリゴリとLPが減っていくのが感じられるが、バーガンディに血を与えた時に比べれば大したものでもない。


「──行け!」


 そしてプレイヤーたち目がけて一斉に射出された。

 このスキルは連射、そして速射が可能だ。クールタイムがないのである。

 レアの話では、コストにLPを使用するタイプのスキルはクールタイムが甘めに設定されている傾向があるらしいので、これもそうなのだろう。

 考えてみれば、コストがLPということは使うたびにダメージを負うようなものである。となるとLP自動回復を見込んで発動ペースを考えることになるだろうし、それがクールタイムと言えなくもない。


 数が多い分狙いも甘くなり何人かは撃ち漏らしてしまったが、それでも後衛の大半は始末する事が出来た。

 最も美人の、もとい最も警戒していたあのプレイヤーの姿も消えている。


「まだちょっと残ってるな。『血の杭』、『血の杭』……。よし、これで後衛バックは全部始末できたかな」


 後ろの異常な光景に気を取られてか、前線でジャイアントコープスと戦っているプレイヤーも何人かが巨人の拳の直撃を受けて死亡している。

 あとはどこからかリスポーンして戻ってくるプレイヤーを順次キルしていくだけでこの戦場はコントロール可能だ。

 しばらくすれば他の騎士団も来るだろう。

 ここはそれまでもてばいい。


「ていうか、かっこつけて新スキルとか使ってみたけど、これ普通に魔法ばらまいた方が早かったな。どうせならそれでMPが減ってから使うんだった。でも即死だとMP吸えないんだよね……。かといって元々の威力低いし同格とかの相手にあんまり効果があるようにも思えないし、いつ使うスキルなんだろこれ」





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