第313話「第三騎士団長」(ロイク視点)





 これほど緊張が高まってしまえば、ポートリーの騎士であるロイクたちはさすがにペアレ国内にはいられない。

 そのためポートリー第三騎士団はオーラル王国最北端の街、プランタンまで後退していた。オーラルは現在ポートリーに友好的な政策を取っている唯一の国であり、またヒルスとオーラルの国土によって他の国々から分断されているポートリーにとって、戦略上協力を仰がずにはいられない国でもある。


 ポートリーはあまりハトを使わないため、これほど離れてしまっては本国と連絡を取るのは容易ではないが、オーラル王国を通じて次なる命令書は届いている。

 その内容とは「第三騎士団はプランタンに一時駐屯し、援軍である第一、第二騎士団の到着を待て」というものだった。


 プランタンは魔物の領域に隣接する都市であるため、安全も見て往路では立ち寄らなかった街だ。

 そのためかつてはどういう雰囲気であったのかわからないので比較はできないが、少なくとも現在はずいぶんと閑散としており、人気ひとけがないように見えた。

 本来街を守っていたのだろう防衛隊の姿も見えない。

 一般の住民たちは安全なヒューゲルカップにでも疎開させたのだろう。防衛隊はその護衛だろうか。

 この街には今、立ち退きを拒否した一部の市民とロイクたちポートリー第三騎士団しかいない。


 ペアレ王国とオーラル王国との間で戦端が開かれることになれば、この街は最前線ということになる。

 本来は魔物に対する備えとしてだが、この街には城壁もある。前線基地としてこれほどふさわしい立地はない。

 どういうやり取りがあったのかは不明だが、ポートリー上層部がオーラル上層部と交渉し、戦時中はオーラルの国境線を警備するのと引き換えに、この街をポートリー騎士団が自由に使えるよう許可を取ってあるとの事だった。

 街ひとつを明け渡すなど普通に考えて有り得ないし、市民からの反発も凄まじいものだったはずだが、どう説得したのだろうか。

 ここプランタンが落されるようなことがあればそのヒューゲルカップとて戦火に見舞われることになろうが、あのユスティースを擁するオーラルの騎士たちがそう簡単に都市を落とされてしまうというのはロイクには考えづらかった。


 いや違う。現在プランタンに駐屯する主な戦力はロイクたちポートリーの騎士団だ。

 であれば盟友オーラルを守るのはポートリーの使命だ。

 先の行軍や巨獣戦での事もある。

 出来る事ならユスティースたちの手を煩わせるような展開にはしたくないものだ。





 それから数日ののち、ロイクの待つプランタンにポートリー本国から第一騎士団と第二騎士団が到着した。

 ロイクたちが旅した道程を思えば少し早すぎるような気もする。

 本国はもしかしたら、この展開を予想して予め騎士団を王都より移動させておいたのかも知れない。


「やあロイク。ひさしぶりだね。状況はあらかた聞いているよ。ご苦労だったね」


 そして驚くべき事に、この行軍には貴族からなる一団も同行していた。

 ロイクに声をかけてきたのはその中の1人、ラッパラン伯爵だ。

 このラッパラン伯爵こそ、ロイクたち第三騎士団を束ねる貴族であり、ロイクたちの主君である。

 しかしその主君でさえも霞んでしまうほどの存在が一団にはいた。


 ポートリー王エルネストである。


 ロイクが本国から受け取った指令には、第一、第二騎士団の到着を待てとあった。

 ポートリー第一騎士団と言えば、本来ならば王都や王族を守る近衛騎士団の事である。

 そんな重要な部隊を国外に遠征に出してしまったら、王都や陛下の守りはどうするつもりなのかと思ってはいた。

 その答えが目の前の光景らしい。

 第一騎士団は本来の職務から外れ、単に援軍として来たのではない。

 国王陛下をお守りするためにこそ、ここプランタンへとやって来たのだ。


 陛下の側には第二騎士団の主君であるモリゾー侯爵の姿も見える。

 第一騎士団とその主君である陛下、そして第三騎士団とその主君であるラッパラン伯爵が前線に赴いているというのに、自分だけ本国で待っているわけにはいかないということだろう。


「なるほど、君が第三騎士ロイクか。話は聞いている。

 今回の件は大儀だったな。第一もそうだが、君たち第三騎士団も再編されたばかりだ。にもかかわらず早くもこれほどの功績をあげるとは、実に素晴しい活躍だ。

 君の今後には非常に期待している。これからもポートリーの為に励んでくれ」


「ももももも、もったいないお言葉でしゅ!」


 つい噛んでしまった、というレベルではない。

 あまりの驚きに息が詰まるかと思った。

 騎士として叙勲を受ける際、エルネスト王の姿は遠目にだが拝見した事はあった。

 本来であれば騎士の叙勲はひとりずつ、国王直々に厳かに執り行うのが通例なのだが、いかんせんロイクたちの代は人数が多すぎた。

 制度上、騎士の入れ替わりというのは騎士団ごとに行われる。すなわち統括する貴族が代替わりをするという事になるが、不慮の事故でもない限り、これは職務に影響が出ない時期に落ち着いて行なわれるのが常だ。

 今回のように突然に、しかも複数の騎士団が急遽入れ替わるというのは異例な事だ。

 しかも痛ましい事に、エルネスト王自身もその時に代替わりをしている。


 そうした事情もあり、騎士でありながらロイクたちは王との接点があまりなかった。

 緊張してしまうのも致し方ない。


「陛下。ロイク殿はまだ副団長です。団長に就任するのはこれからかと。

 ──ラッパラン伯爵閣下」


 ひとりのハイ・エルフらしき女性がエルネストとラッパランに声をかけた。

 彼女が国王エルネストの懐刀と称される子爵令嬢イライザだろう。


 そして名を呼ばれたラッパラン伯爵は畏まり、ぎこちない動作でロイクの前にやってきた。

 敬称こそ付けてはいるが、まるで伯爵であるラッパランより子爵令嬢イライザの方が格が上であるかのようである。いや、イライザ嬢はもう家を継いで正式に子爵になっているのだったか。しかしいずれにしてもラッパランより本来格下であるはずだ。


 これにはさすがのロイクと言えど、いかにイライザが美人だとしてもいい気分はしない。当の伯爵本人が気にしていないようなので何も言わないが、そうでなければたとえ陛下の前だとしても文句のひとつも言っていたかもしれない。


「副団長ロイク。君には今日付けを以て、栄えあるポートリー第三騎士団、団長の任を申しつける。

 それから副団長補佐トマ。君には副団長の任を。2人とも、より一層の活躍を期待する」


 ラッパランは明らかに慣れていない風ではあったが、ロイクとトマに辞令を言い渡した。

 彼が騎士団に同行してきたのはこのためなのだろう。原則的に騎士団の人事は、その統括の貴族が執り行なう事になっている。

 そうなるとモリゾー侯爵はいいとばっちりだと言えるが、今後の戦乱下で第二騎士団内でも序列の変動が起こらないとも限らない。その時タイムリーに昇進などが行えれば、第二騎士団の士気も高くなるだろう。


「騎士ロイク、謹んで拝命いたします」


「騎士トマ、謹んで拝命いたします」


 トマと並んで跪き、頭を垂れた。


「……やりましたね、副団長。これで団長に騎士団を返さなくてもよくなりましたよ!」


「……何言ってるんだ。副団長はお前だろ。

 あ、あの、伯爵。ファビオ団──元団長は……」


 立ち上がって主君に尋ねた。

 思想に若干の問題があるとはいえ、彼も同じ人物を主君と仰ぐ同胞だ。まさか騎士団を首になることなど有り得ないだろうが、その進退は気にかかる。そもそも騎士を首になった者など聞いたことがないが。


「ああうん。彼もちょっとだけ考えが甘いところがあったというか、まあ教育不足だったよね。

 ファビオ君に同調した他の子たちもそうだけど、とりあえず全員下っ端からやり直しって感じかな。これはここに来る前に寄らせてもらったヒューゲルなんとかっていう街ですでに伝えてある。

 一緒に連れてきてるから、よかったら後で声掛けてあげてよ」


 それが命令であればロイクとしても従う他ないが、さすがに気まずすぎる。

 そうした人の心の機微に疎いあたりがこれまで大した役職にも就けなかった原因のひとつなのだろうが、それはロイクの口から言えることではない。


 ロイクたちが挨拶をしたり辞令を受けたりしている間に、援軍でやってきた騎士団の全てが城壁内に入ったようだ。

 その後の行動についてはすでに通達してあるようで、指揮官クラスを除き、一般の騎士たちは班ごとか何かの単位に分かれてプランタンの街に散っていく。


 そして一般騎士たちと別れた指揮官クラスの騎士たちがロイクのいる方に次々とやってきた。

 正確にはロイクではなくエルネストの元に集まっているのだろうが。


「──さて、これで各騎士団の指揮官級の方々にはお集まりいただけたことと思います。

 では今次大戦における指揮系統の確認をいたします。

 総指揮官は当然ながらエルネスト陛下です。と言ってもこれはあくまで形式的なものであり、実際の指揮は第一騎士団長が執る事になります。

 名目上は総指揮官代行になりますが、彼が事実上の総指揮官だと思ってもらってかまいません」


 そんなばっさり言ってしまっていいのだろうか。

 ロイクは他人事ながら青ざめていたが、当のエルネストは苦笑しているだけだった。


 一方呼ばれた第一騎士団長は兜を脱いで脇に抱え、空いている方の手を胸にあてた。略式ではあるが敬礼の所作だ。


「続いて次席指揮官ですが、これは先任である第三騎士団から、統括ラッパラン伯爵にお願いします。

 こちらも形式的なもので、実際の指揮は第三騎士団長、ロイクが執るものとします」


「えっ」


「──団長、敬礼敬礼!」


「あっ、はっ!」









 城壁に囲まれたプランタンは夜が早い。

 日の落ちた街をロイクとトマは歩いていた。

 鎧は着ていない。

 この日の夜番は第二騎士団が担当する事になっている。

 ここまで旅をしてきた彼らも大変だろうが、第三騎士団も前日まで交代制で休みなく周辺を警戒してきたのだ。この配慮はありがたかった。


「……まいったな。次席指揮官か……」


「やっぱ第二騎士団って冷遇されてるんですかね。この間の、ベツィルクの乱の件じゃ前王陛下をお守り出来なかったって事でずいぶんと色々言われてるみたいですし」


「どうかな。あのイライザって子爵さまは、そういう忖度をするような人間には見えなかったが──」


「紋章官だったお父上があの乱で亡くなったって話ですから、私情なんじゃ?」


 それこそどうだろうか。

 イライザのあの冷たい視線からは、そういった人間らしい感情を読み取ることは出来なかった。


「まあ何にしてもだ。任じられたからには頑張らんとな。でないと──」


「騎士ユスティースに合わせる顔がない、ですか?」


「うるさいな! 俺はただ騎士としてだな──」





「──ご機嫌じゃないか。ロイク」





「団、いや、ファビオ……」


 暗がりからロイクたちに声をかけてきたのは、第三騎士団前団長ファビオだった。


「そう警戒するな。お前たちに何かしようってわけじゃない。

 それに団長を下ろされた事についても、ラッパラン閣下がそうお決めになったのなら是非もない」


 確かにファビオからは敵意のようなものは感じられない。

 もともと別に仲が悪いというわけではない。ただ少し考え方に違いがあったというだけだ。


「……いや、そうだな。これは俺の声のかけ方が悪かった。

 ご機嫌ですね、ロイク団長。それにトマ副団長。はじめからこうやって声をかけるべきでした」


 ファビオの態度からは皮肉や嫌味のようなものは感じられない。単にそうすべきだからそうしているという感じだ。


「声をかけたのは、ひと言謝りたかったからです。

 相手の力量も読めず、安易に旅人に斬りかかったせいで、ロイク団長にはしなくてもいい苦労をさせてしまった。

 戦争なんていう前代未聞の事態に責任者として立ち会わせてしまったこともそうだし、単純に俺たちの分の戦力を失わせたまま戦わせてしまったこともそうだ。

 ……その節は申し訳なかった!」


 ファビオが頭を下げた。おそらく本心だ。上辺だけ取り繕うならば、旅人に斬りかかった件についてももっと聞こえのいい言葉を並べるはずだ。しかしなぜ斬りかかったのがいけなかったのか、根本的なところでわかっていないところが実にファビオらしいと言える。


 ロイクやトマたちもユスティースと出会う事で随分と成長することが出来たと思っていたが、成長したのはロイク達だけではないらしい。

 ファビオも死亡したことで思うところがあったのだろう。

 同胞とは言え、以前は軽々と頭を下げる事が出来る人物ではなかった。

 内容に若干の問題はあるにしろ、それは考え方の違いでもあるし仕方がない。


「──いや、もう済んだ事だし、それはいいよ。

 そんなことより、明日からまた任務だ。戦争についてはすぐにどうこうって事はないだろうけど、この街は魔物の領域に隣接してる。

 街に戦力が俺たちしかいない今、その警戒は必要だ。今日は第二騎士団がやってくれてるけど、明日からは持ち回りになる。

 俺に力を貸してくれ、ファビオ」


「……なるほど、これが団長のあるべき姿ってやつなのか。

 もちろんです、ロイク団長。

 団長もこの間の一件で、ラッパラン閣下からはずいぶんお力を貰ったでしょうが、俺だって元々は団長として騎士団のトップにいた男です。並の騎士よりは頑丈なつもりです。頼りにしてください」


「やたらと強い旅人さえ出てこなければ、ってところ?」


「おいトマ!」


「いや、副団長の言う通りです。次はもっとうまくやりますよ」


 ファビオはトマのからかいにも苦笑で返した。

 次など来ないし、うまくやるならちゃんとした任務の方で力を発揮してもらいたいものである。





 ロイクとトマ、そしてファビオはその足で酒場に向かった。

 店員こそいなかったが、オーナーらしいヒューマンの男が酒は出してくれた。

 一般市民は疎開したと言っても、このようにどうしても街を離れたがらない者もいる。


 他国人、そして他人種であるとはいえ、こうした者たちも守ってやるのが騎士というものだ。


「愛想がないのは許してくれよ。慣れてねえんでな。どうせする事もないし、客もいねえし好きなだけいてくれていい。

 俺は厨房の方にいるから、用があったら呼んでくれ」


 ボトルごと酒を置くなり、ヒューマンの男は奥に引っ込んでいった。火も落とされているところをみるに、どうやらツマミは出せないらしい。

 当然と言えば当然だ。保存のきくアルコール類はともかく、食品の販売は現在制限されている。

 街の唯一の防衛戦力である他国の騎士団と立ち退きを拒否した市民では、どうしても市民の立場は弱くなる。それを守ってやるためだろう。騎士団側にも金貨や暴力をタテに市民から物資や尊厳を奪う事がないようきつく言い含められている。

 そう命令されれば決して逆らわないのが騎士だ。

 あの時も「一般人にむやみに剣を向けてはならない」とラッパランが隊に命令さえしていればファビオはいまでも団長をしていただろう。

 当たり前のことなのだが、その当たり前がわかっていなかったのがファビオや一部の団員たちだった。

 ラッパランが言っていた教育不足とはそういうことだ。


 店主が奥に引っ込んだのを確認すると、ファビオが話し始めた。


「……俺はあくまで聞いただけで、直接見たわけじゃないんだが……」


「敬語はどうしたんすか?」


「すみませんねえ副団長殿!」


「もういいだろトマ。なんか気持ち悪いし」


「ちっ。じゃありがたく。

 あくまで聞いただけなんだが、本国は今、かなり大変な状況になってるって話だ。ロイク団長も騎士団に入ったくらいだし身寄りは無いんだろうが、もしあっちに知り合いがいるんだったら覚悟はしといたほうがいいかもしれんぞ」


 幸か不幸か、ロイクはポートリー本国には大した知り合いはいない。

 それは騎士団の大半がそうなのだが、その例に漏れないらしいトマも単に興味本位といった感じでファビオに話を促した。


「覚悟って、なんの?」


「覚悟は覚悟さ。

 ポートリー王国は今、各地で何とかっていうバッタみたいな魔物の大群の被害が急増してるらしい。

 果樹園なんかが食い荒らされるってのもそうだが、やつらは草だけじゃなくヤギなんかの家畜や、人さえも食い荒らす。数も多いし、襲われればまず助からない」


 ただでさえポートリーは旧ヒルス王国領からやってきていたらしい盗賊たちに果樹園を焼かれたりしたばかりだ。

 わずかに残された果樹園も失われてしまえば、ただでさえ低迷している食料自給率が更に落ちてしまう。


「……またオーラルに借りが増えるか」


「ていうか、そんなオーラルの騎士様に元団長が暴言吐いたの、俺忘れてないですからね」


「分かってるよ、反省してる。その件はさすがに閣下にもこってり絞られた」


 しかし本題はそれではないらしい。

 ファビオは続ける。


「今回の出兵も、そのオーラルに借りを返すって意味もあるんだろうけど、別の理由もある。

 そもそも、単にそれだけならわざわざ陛下が国を離れてこんなとこまで出張ってくる必要はない。

 ただでさえ前王陛下やいくつかの騎士団を失ったばっかりのポートリーだ。そこを謎の魔物に襲撃されたんじゃ、もういくらも耐えられない。我が国には時間がない。

 陛下が御身を危険にさらしてまでこんなところまで来たのはな、ポートリーを救うための、起死回生の一手となる何かを手に入れるためだって話だ」


「起死回生……って、まさか、あの遺跡の力を?」


「遺跡というのはペアレの何とかって王子を魔物にした秘遺物のことだな? たぶん、そうだ。

 ペアレの王子は魔物になったが、陛下はそうはならない自信がある、ような話を聞いた」


「誰からですか」


「天幕ってな、王族用のでも意外と薄いんだよ。まあポートリーが温暖な気候だったからなのかもしれないが。

 ともかく、俺が聞いちまってよかった話なのかどうかは知らんが、少なくともうちの閣下はご存知だった。それならまあ、団長も知っておくべきかと思ってさ」


「なるほどな……。ありがとう。

 でもとりあえず、君らや他の騎士団も着いたばかりだし、ペアレも目立った動きはないし、すぐにどうこうって話はないだろうけどな」





 しかしロイクの予想は外れることになる。

 翌朝、ラッパラン伯爵を通してイライザから第三騎士団が命じられた任務は、北にあるペアレ王国の街、ゾルレンをシェイプの遠征軍から守れというものだった。


 これから戦争をしようという国の街を守るというのも意味が分からないが、命じられたのなら遂行するしかない。

 それにゾルレンには少なからぬ思い入れもある。

 守れというなら是非もない。






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