第324話「別にあんたが心配なわけじゃないんだからね」





「なぜ、付いてくる。心配など無用だ」


「いいえ、心配とか、そういうことではございません。ただ救世主ともあろうお方が、供もつけずに戦地に向かうというのもよろしくないかと。

 救世主さまも、敵に侮られるというのはお望みではないでしょう」


「なるほど……。確かにな」


 そういえば、この狐男の名前を聞くのを忘れていた。

 しかし今さら聞けることでもないし、『鑑定』してまで知りたい情報でもない。もう救世主で押し通すことにした。

 どうせこの場にはレアと狐男しかいない。救世主に該当する者もひとりしかいないし、問題あるまい。


 その狐男だが、王都を発ってからずっと走り続けている。

 それ自体にはレアも賛成だ。

 シェイプの南部方面軍に対してはゲリラ戦を仕掛けさせ、キーファの街周辺に縛りつけてあるため、のんびり移動したところで何かに間に合わなくなるという事はないが、無駄に時間をかけても別にいい事はない。

 狐男としては胡散臭いレアを走って引き離すつもりで疾走しているようだが、まったくもって無駄な努力である。スキル的にも能力値的にも、かけっこで狐男にレアが負ける道理はない。

 ついていくのに支障はないし、到着した時にまともに戦える程度の体力だけ残しておいてくれれば問題ない。


 先の発言も、一向に引き離せないレアを疎んじてのことなのだろうが、言いくるめられて納得しているのでは世話はない。INTもそれなりに上げたはずなのだが、ちゃんと機能しているのだろうか。

 ただ納得はしても、速度を落とす気はないようだった。

 お供としての同行を認めると同時に、自分の速度に付いてこられるという事も認めたからだろう。


 面倒くさい男である。









「──あれが敵か……! おのれ、何とむごいことを……!」


 いかにかっ飛ばしているとはいえ、徒歩ではさすがに一日でキーファまで行くのは難しい。

 食事も必要だし、睡眠やログアウトも必要だ。

 キーファの南西あたりでシェイプの騎士団を発見したのは王都を発って翌日のことだった。

 これでも十分ありえない速度だ。

 このフットワークで国内を移動する防衛部隊が存在するのなら、既存のほとんどの軍事戦略は見直しを余儀なくされるだろう。もっとも他国を侵略するという考え自体がこれまでなかったのなら、見直すほどのドクトリンもないのかもしれないが。


 狐男が憤りを感じているのはシェイプの侵攻部隊の周囲に積まれた獣人たちの遺体を見てのことだ。

 古いものは焼かれているようで骨だけになっているが、つい最近襲撃を受けた際のものはそのまま積み上げられている。


 キーファの領主はレアの指示通りに住民たちを扇動し、ちゃんとゲリラ戦をけしかけてくれているようだ。

 誰の眷属でもない一般市民は、死亡したところで死体が消えることはない。


 一方の死ぬことがないはずのシェイプの侵攻部隊だが、前回見かけた時よりも少し数が減っていた。

 減ったのはおそらくプレイヤーの一部だろう。

 断続的に攻めてくるゲリラたちに辟易し、徐々に気力が奪われていったのだ。

 しかもゲリラは元は一般市民であり、その遺体はきちんと弔う事も出来ずに積み上げられるばかりである。


 レアの狙っていた、相手の気力を削り取るという作戦はうまく行っているらしい。

 むしろ今残っているプレイヤーは、一般市民をこれほどキルしてもなお、誰に命令されているわけでもないのに軍事行動をとり続けていられるという事である。

 実にが高いと言える。こちら側にスカウトしたいほどだ。


「ゆるさんぞ、侵略者どもめ……!」


「そうですね。実に許しがたい光景です。さあ救世主さま。シェイプの騎士団を蹴散らし、健気に戦い続ける国民たちに勇気を与えてやりましょう」


「うおおおおおお……!」


 狐男は雄叫びを上げながら突進していった。

 そして走りながら徐々にそのシルエットは巨大化していき、やがて一頭の巨大なオコジョとなってシェイプの軍に襲いかかった。

 そのオコジョの頭部からは狐男の上半身が生えている。


「……シルエットはオコジョなんだけど、色がキツネだな。あ、尻尾もキツネなのかあれ。他に何混ぜたのかな。キツネは元々なのかな」


 総主教以外の処置についてはレミーに一任してあったため詳しくはわからない。


 1人で赴いて敵に侮られるのも何だからということでレアの同行を認めたような流れだったはずなのだが、狐オコジョ男はそんなものは関係なく突撃して行ってしまった。


 一方シェイプの騎士団は突如現れた巨大なオコジョに驚き、慌てふためいている。

 まあ驚くだろう。これまでしばらくは普通の、しかも死なない騎士である自分たちに比べれば若干弱めの獣人たちしか襲って来なかったのだ。

 ゲリラとはいえ一般市民がうろついているような場所に巨大な魔物が現れるなど普通は考えないだろうし、動揺するのも無理はない。


「結果的にだけど、侮られなくて良かったね。まあ、つまり彼にとってはわたしは必要なかったということでもあるけど」


 レアとしても監視というか観察がメインであり、別に本当に付き人をやりたかったわけではないためどうでもいいが。


 咄嗟の事に対応がとれず、襲いかかるオコジョに次々と倒されていくシェイプの騎士たち。

 プレイヤーもつい先ほどまでは死んだような目でゲリラの遺体を片付けていたのだが、今は必死に逃げ回っている。

 元気が出たようでなによりだ。


 だが彼らもいつまでもやられているばかりではなかった。

 最初の衝撃が過ぎ去ると、すぐに態勢を立て直し、巨大オコジョに対応し始めた。

 敵を引きつける役のタンクと、ダメージを与える役のアタッカーに分かれ、それぞれがうまく連携して反撃を試みる。


 この流れはプレイヤーたちでも同様だった。

 シェイプの騎士団を囮にし、範囲魔法を駆使してオコジョにダメージを蓄積させていく。


 ブランの話では、ゾルレンではこのプレイヤーたちはシェイプの騎士たちを守るように立ち回っていたという話だったが、今見る限りではまるで逆である。

 この数日の行軍の間になにか心境の変化でもあったのだろうか。

 しかし無理もない。

 ゲリラの遺体を弔いもせずに無造作に積み上げておくという指示が誰から出たものかは知らないが、そういう殺伐とした日々を過ごしてきたのなら、多少は心境も変化するだろう。

 そもそも、シェイプの騎士団もプレイヤーの部隊も死亡したところで復活するため、別に積極的に守る必要は最初からない。単に気分の問題に過ぎない。





 することもないため、ぼうっと戦闘を眺める。

 ブランから聞いていた通り、プレイヤーたちがオコジョに与える範囲魔法によるダメージはなかなかのものだ。

 DPSや効率を重視し、検証に検証を重ねて構築された戦術なのだろう。

 さすがにレアのいる場所まではプレイヤーたちの声は聞こえないし、聞こえたとしてもワードを変更している可能性もあるため、使用されたスキルや魔法が何なのかまでは特定できないが、傾向としては何となくわかる。

 今後の事も考えて一応覚えておいた方がいいだろう。


 レア自身が大型の敵と戦闘する場合には、おそらく自分も巨大化した方が早い。

 巨大化することで命中率は低下する上被弾率は上がるが、相手も大きいなら多少狙いが甘くなったところで大差はないし、上昇するLPや物理攻撃力の方がメリットが大きい。

 しかし例えば今後、プレイヤーたちと戦う際にこちらが巨大化している場合がないとは言えない。

 そうした場合に、相手がやってくるだろう行動の傾向がわかっていれば対処もしやすい。


 とはいえ、現状のプレイヤーたちとレアが戦う分には、多少効率がよかろうが対策があろうがおそらく大差はない。

 何せ彼らはこの巨大オコジョさえ倒せそうにないからだ。


 総主教もだが、その弟子の彼らにも第1王子強化の際のノウハウは盛り込んである。

 ベースは全員幻獣人で揃えてあるし、強化の度合いも王子より上だ。

 プレイヤーのレイドパーティとNPCの騎士団という組み合わせはあの時と同じだし、騎士団の人数はこちらの方がだいぶ多いようだが、彼らには決定的に足りない物もある。

 それはお助けNPCだ。

 この戦場では、残念ながら聖女の助けは期待できない。


 巨体に似合わず、第1王子よりも速度に自信があるらしい狐男は戦場を縦横無尽に駆け回る。

 毛皮はさすがに第1王子の方が硬かっただろうが、あの巨体にあの能力値だ。生半可な攻撃がかすったところで知れている。

 シェイプの騎士団はろくに成果も上げられないまま、その数を減らしつつあった。


 そして騎士の数が減るという事は囮が減るという事であり、プレイヤーの被害が増えるという事でもある。

 序盤こそ範囲魔法でオコジョのLPを削っていたプレイヤーたちだったが、徐々にそのペースは衰えていき、いつしかオコジョの自然回復量と釣り合うようになっていった。

 こうなるともう駄目だろう。

 倒すのは無理だ。


 全体の実力の底上げでも、突出した強力なキャラクターでも何でもいいが、オコジョを倒すには火力が少し足りないようだ。

 騎士たちもプレイヤーたちもそれからしばらくは粘っていたが、倒しきれないのならいつかは倒されるしかない。

 シェイプの南部方面軍は全滅した。





「──お疲れ様です。救世主さま」


「……はあ、はあ、お、お前か……」


 ぴくり。

 とつい眉が動いた。

 別にどちらが上の立場であるとかはどうでもいいのだが、親しいわけでもない女性に対して「お前」と不躾に呼んではいけないと親に教わらなかったのだろうか。

 総主教といい、ペアレ王国の躾はどうなっているのか。

 曲がりなりにも人を導く立場であろうとする宗教団体なら、そういうところにこそ力を入れるべきではないだろうか。

 救世主とかなんとか呼ばれて喜んでいる場合ではない。


「素晴らしいご活躍でした。総主教さまも、もちろん神も、きっとお喜びになるでしょう。

 ですが、まだ終わってはおりません」


「な、なに?」


「ごらんください──」


 レアが手を広げて示した方角から、少数ながら騎士のような装いの者たちがこちらに向かって駆けてくるのが見える。

 騎士ではない装いの者たちはもっと多い。プレイヤーは死亡した後すぐにリスポーン可能なため、死亡から1時間が経ち復活した騎士と共に戦場に戻って来たのだ。


 あの中にはいない騎士たちも死亡した順番から徐々に復活し、再びここにやってくるだろう。

 第2回戦の開幕である。


「なん……だと……」


「あれが騎士たる者たちの恐ろしいところです。彼らは倒したとしても決して死ぬことはありません。

 完全に滅ぼすには元を断つしかありませんが、どこにいるかもわかりませんし現状ではどうすることもできません」


 ブランからは、シェイプ国内に存在している残り少ない食糧は王都にかき集められたらしいと報告を受けている。

 となると十中八九、騎士たちの主君がいるのはシェイプ王都だ。

 そこを叩けば問題は解決だが、それを教えてやるつもりはない。


 出来ればシェイプの彼らにはここで悪の聖教会の刺客を倒し、ペアレの王都まで来てもらいたい。

 そしてこの狐オコジョにはせいぜいここで粘ってもらい、時間を稼いでもらいたい。


 そうやって高め合った経験値はいずれ、幻獣王や精霊王、そして聖王へと繋がっていくだろう。


「いずれにしても、まずは奴らを止めねばなりません。

 さあ救世主さま。疲労回復ポーションです。MP回復用やLP回復用のものもございますよ。

 どれから飲みますか?」





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