第308話「マグナメルム・何とか」





「──ただいま」


「おかえり。さっき総主教が来てたよ。うまくいったようでなにより。ブランちゃんは?」


「シェイプに行ったよ。やらないといけない事も増えたからね」


「ああ、そうだね。これでブランちゃんの勢力も全体的にフットワークが軽くなるかな」


 ヒューゲルカップ城に戻ったレアにライラが新しいお茶を出した。と言っても淹れたのはメイドであるが。

 アザレア達の姿ももう無い。ブランが喚んだのだろう。


 ライラの言葉に教授が怪訝そうな顔をしている。


「──教授にはまた今度だ。前にも言ったけど、貴方はまだ何も成果を出していないでしょ」


「む。いろいろと案は出しているつもりなのだが。バンブ氏のクランでもすでにして一目置かれているし、SNSにも書き込みしている」


「書き込みの件は確かにいい仕事だったが、あれ一目置かれているっていうのか? 色眼鏡で見られているの方が近いんじゃねえか?」


 MPC専用SNSを覗いてみると、確かに書き込みがすでになされていた。

 今回の件の事だ。

 仕事が早くて結構だが、成果というのは仕事の内容ではなく結果によって評価されるべきものである。


「イロモノ枠かどうかについても、そして今の教授の提案や書き込みについても、その是非が問われるのはイベントが終わったその時だよ。まだ始まってすらいない」


 状況自体はとっくの昔に始まっているが、イベントとしては一応まだだ。


「全くその通りだな。肝に銘じよう」


「──ところでよ」


「ああ、もちろんこのイベントが終わった暁にはバンブにもご褒美をあげるよ」


「それじゃねえ。いやそいつも楽しみではあるが、それよりもだ」


 バンブは真剣な表情で姿勢を改めた。


「俺にはないのか? その、なんだ。い、異名っつうの? コードネームってか、そんな奴が」


 言われてみれば必要かもしれない。

 バンブのローブ姿はすでにMPCの面々にとってはお馴染みになっているが、これは元はと言えばレアたちの黒幕スタイルを模したものでもあったはずだ。

 この姿で黒幕ムーブを手伝わせる事があるかどうかは未定だが、もしもいつか、レアたちが黒幕NPCではなく黒幕プレイヤーとして認知されるようなことがあれば、その時は満を持してバンブやMPCを広く紹介するのもいいかもしれない。

 その時になってから慌てて考えるよりも、今のうちに準備しておいた方がスマートだろう。


「なんだー。羨ましいならそう言いたまえよ」


 ライラがニヤニヤとバンブをからかっている。


「忘れてもらっては困るのだが、ここにもう1人おりますよ?」


 教授だ。敬語になるほど欲しいのだろうか。


 順番からすればデケムやウーンデキムといったところになるのだろうが、ブランの件でもわかった通り、ナンバリングにしてしまうとタイミングが重要になってくる。

 ブランの件で急いだ事も考えれば、理屈としては今すぐにでも彼らの分もワールドアナウンスを流す必要があると言える。

 バンブはともかくまだロクに成果を出していない教授を災厄級にするというのも引っかかるし、ナンバリングは一桁で打ち止めにした方がいいかもしれない。


「希望とかあるの? なんかこういうのがいいとか。ちなみに番号はなしで」


「あ、ああ? ううん。改めて聞かれるとなんて答えたらいいかわかんねえってか、微妙に照れるけどよ。そうだな、種族的に考えて鬼とかそういうのがいいかな」


「鬼か……」


「あー、じゃあさ。ラルヴァってのはどう? マグナメルム・ラルヴァ。かっこよくない?」


 ライラにしては悪くない。

 本来の発音から言えばラルウァの方が近いだろうが、濁音の方が語呂がいい。


「ほーう……」


 バンブは落ちくぼんだ眼窩をピクピクと震わせ、顎を撫でている。

 おそらくニヤけるのを我慢しているのだろう。よくわからないが。


「いいんじゃないかね。じゃあ私は──」


「教授はもう決まってるでしょ」


「プロフェ──え?」


「教授はウルスス・メレスだよ。マグナメルム・ウルススメレス。ヒューかっこいい! 何かの学名みたい!」


「学名だったらニュクテレウテス・プロキュオノイデスだろう……ってタヌキじゃないか! いや、アナグマだったか? いずれにしろ、見た目で決めただろう!」


《名称の利用権を仮登録しました》


「運営まだいたのか!」


 これでイベント前にしておくことは終了だろうか。

 いやもうひとつ、管理AIがまだいるうちに聞いておくべき事がある。


「それと、情報開示ついでに聞いておきたいことがあるんだけれど、構わないかな」


《お答えできるとは限りませんが、なんなりとお尋ねください》


「イベントを管理するにあたって、注意しておかなければならないことがもうひとつある。

 最も重要な事でもあるけど、現在戦争状態が継続中なのかどうかはどう判断するのかだ。

 各国、というかいずれか一国に戦争継続の意思がある状態であれば戦争状態だと考えていいとは思うけど、これってそもそも国として存在していないと成立しない事だよね。

 さっき2国以下になったら定義も関係なくなるみたいな事を言っていたけど、3国以上ならその定義は有効だってことだ。

 それを踏まえてだ。王族はわかる。でも国民というのは何を以ってそう決まっているのかな」


 単純に人種というわけではないはずだ。それだと一部の国以外は国家の境目が曖昧になってしまう。

 そしてヒルスのリフレの街でレアがやっていた戸籍登録の件を見ても明らかだが、それが今まで行なわれていなかったということは、そうした書類のようなもので決まっているわけでもないはずである。

 ケースとしては稀とはいえ、移住するNPCもまったく居なかったわけではないだろうし、移住した後のNPCを元いた国の国民と定義するのは考えづらい。しかし書類もないのではそもそも移住と旅行を区別できない。


「レアちゃんに便乗するわけじゃないけど、だったら国土についてもはっきりさせておきたいな。

 今は国境線もはっきり決まっているけど、この間みたいに謎の魔物に国が滅ぼされたっていうならまだしも、戦争によってどちらかの国が滅んだとしたら、普通その領土は勝った方が持っていくはずだよね。

 あり得ない事だけど、例えばペアレがオーラルを滅ぼしたとしよう。この時オーラルの領土はペアレの物になったとする。

 この後、また謎の魔物が現れて、旧オーラル領をすべて焼き払った場合はどうなるの? ペアレの本来の国土よりも、占領で増えたオーラル領の方がはるかに広いよね。この場合、失われる国土としては全体の半分は余裕で超えることになるけど。ペアレもその瞬間滅びることになるのかな?」


「謎の魔物ってなんだよぶっとばすよ」


《まずは【レア】様の国民についてのご質問からお答えします。なおこれらについては質問されたことがないため公開されていないだけの情報ですので、守秘義務要項には含まれません。

 あるNPCの所属国を定義しているのはそのNPCの帰属意識です。

 NPCのAIには常にそれをピックアップしている専用の領域があり、その変数を拾うことでリアルタイムに国民の数をモニターしています。

 この仕様についてはこの大陸において国家の定義が撤廃された後も変更はありません。

 また滅亡判定の基準となる総数ですが、これは大陸に現存している5ヶ国についてはゲームサービス開始時の人口になります》


 プレイヤー向けコンテンツとして都市運営型のサービスが始まったとしても、なんらかの用途で国民の数を使う事があるということだろう。わからないでもない。


《また国境線については、都市や国家として申請をする時点で決定されることになります。この際は申請時の人口によって設定可能な面積が決まりますのでご注意ください。また別の権利者の保有する国土に抵触する地域については設定できません。

 ただいま【ライラ】様がおっしゃられた例ですと、現存している5ヶ国についてはゲームサービス開始前に運営が設定した国境線を元にしており、その後更新はされていません。元の国土を超えてペアレ王国が新たに領土を増やしたとしてもペアレ王国として認められる国土は初めの部分だけになります。その後占領地域が焦土になったとしても影響はありません》


「気になる言い方だ。

 まるで国境線の申請とか更新とかいうシステムがあるかのような説明だけど、それは今後のサービスの話なのかな。

 ところでそれって今後サービスが実装される事になった場合は公開情報になるの? それっていうのは国境線の事だけど」


《公開するかどうかは都市の責任者様次第です》


 これは新サービス黎明期は混乱やトラブルを引き起こしそうな仕様だ。

 いつかは自然とルールやマナーが設定されて落ち着いていくのだろうが、それまでは問題が頻発するだろう。主要な街道にまたがるように国境を設定しておき通行税を巻き上げるとか、ひそかに領土を設定しておいて通りがかった無関係なキャラクターに一方的に領土侵犯の名目で殴りかかるとか。

 大戦の後にやってくるのはどうやらルール無用の世紀末であるらしい。


「なるほど。よくわかった。ありがとう。

 だったらあれだね。下手をすると、だ。SNSのプレイヤーたちの動向を見る限り、現時点で最も国家滅亡に近いのはもしかしたらウェルス王国になるかもしれないな」


「なんでだ? 一番……じゃないが、ウェルスはまあまあ安全地帯っぽい気がしてたんだが」


 ライラの言葉にバンブが怪訝な顔をした。

 しかし隣の教授は何かを察したようだ。


「──なるほど、聖女だな。プレイヤーの彼らの書き込みからだけでは判断できないが、ウェルス国内の聖女の人気の高さによっては、あの国は即刻滅亡判定が下りても不思議はない」


 プレイヤーの彼らがウェルス国内でどのくらいの布教活動をしているのかはわからないが、ウェルス聖教会がウェルス政権とたもとわかった場合、その信仰心の度合いによっては国民の半数以上が一度に離反してしまう可能性もないとは言えない。

 現段階ではそれで新たな国家が作られる事はないため、信者がアマーリエなんとか教国の国民として登録される事はないが、ウェルスの国民でなくなるのは確かだろう。

 オーラルもそうだが、傾向としてヒューマンの国家は聖教会を信仰している住民の割合が多い。ヒルスは知らないが。

 管理AIが言ったように人口をゲーム開始時の数値と比較するとしたら、現行の聖教会の信者が7割も離反してしまえばおそらくウェルスは滅亡する事になる。

 だとするとやはり、ウェルス国内でのプレイヤーたちによる聖女のプロパガンダがどの程度のものなのかは注意しておく必要がある。


「どのみち彼らに本当に建国するつもりがあるなら、さすがにマーレには話を通すだろうし、これは状況を見てしばらくはぐらかすように言っておけばいいか」


 仮に本当に滅亡する可能性が高いと言っても、見かけ上はすぐさま滅び去るわけではないウェルスは取りあえず置いておいていい。


 問題なのは物理的に危ういペアレ王国だ。





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