第302話「予期せぬ事態」





「おっと」


「え? なになに」


「あん?」


「ほう?」


 全員が虚空に視線をやった。

 眷属たちNPCは主君たちのそんな異常な様子に首をかしげている。


 運営からゲーム中に突然通知が来るのは稀にある事だが、今回の物は前回あったようなパッケージ型のメッセージではなく、リアルタイムで音声が通知されるタイプのようだ。

 事務的なメッセージ以外でこの手のタイプは初めてである。他のメンバーが間抜けな顔を晒しているのも無理はない。

 もちろんレアとライラはそのようなみっともない真似はしていない。

 ライラについては不思議そうではあるものの、驚いている風ではないので、こうしたメッセージを受けるのは初めてではないのかもしれない。前回イベント会場の設営準備の時だろう。


《このメッセージをお送りしている対象のプレイヤーは運営側で選定しております。

 またゲーム内での行動ログから、対象となったプレイヤーと同様のプレイスタイルであり、緊密な連携をとってプレイしていると判断しました方にもお送りしております。

 現在、このメッセージを受信しているプレイヤーは5名です。全員がオンライン状態です》


 ブランが1人1人指さし確認しながら数える。

 見ればわかるがここにいるのは5名だ。何度数えても増えたり減ったりはしない。


「つまり、運営ちゃんもお茶会に参加したいということかな。

 でも申し訳ないんだけど、姿の見えないお客様にはお茶もケーキもお出しできないな」


 ライラが虚空に向けてそう言った。

 当然行動ログはすべて洗っているのだろうし、このタイミングでメッセージを飛ばしてきたという事は、この状況をリアルタイムで監視していたと考えて間違いない。

 そしてメッセージがこの場にいる全員に聞こえているのなら、普通に会話に参加しているのと変わらない。

 ライラの言葉はそういう意味だ。

 この声が聞こえないNPCの眷属たちは状況について来られないだろうが、こればかりは仕方がない。


《──残念ですが、ケーキはまたの機会にお願いします。

 今回お声掛けをさせていただきましたのは、管理AI0002番です》


 いつものメッセージと同じ無感情なトーンだが、冗談を流せる程度には高度に感情値が設定されているらしい。

 途中のケーキの件はともかく、この辺までが規定されているメッセージだろう。


《先ほどのお茶とケーキの発言をもって、プレイヤー名【ライラ】様におかれましては会話形式での交渉・契約を進める件について同意を得られたものと判断いたします。

 他の皆様の中で、同意されない方がみえましたらお手数ですが意思表示をお願いします》


「──わたしは構わないよ」


 このメッセンジャーAIは提案と言った。

 その内容には興味がある。


 口頭での契約について同意するとは言っても、それはあくまで契約の形式の事だ。

 実際の契約締結については別個意思確認を取る必要がある。

 旧時代に飛躍的な発展を遂げたブロックチェーン技術の応用により、現代では音声データや映像データの持つ信頼性というのは非常に強固なものになっている。

 こうして一応形式上は同意が必要になってはいるが、今の時代、口約束は約束ではないなどとのたまう輩は絶滅して久しい。

 口頭での契約であっても、それがしかるべき手順でデータとして残されていれば、きちんと法的効力は発揮するし、それについていちゃもんをつける者はいない。


「あ、よくわかりませんけど同意します! え、話聞いてダメだったらその時ノーって言えばいいんだよね?」


「……俺も構わん。話を進めてくれ」


「待ちたまえまだ私が返事をしていない。もちろん同意するが」


 これで全員が同意した事になる。

 それを確認したシステムは続きを話し始めた。


《今回ご提案させていただくのは、第四回大規模公式イベントについてです。

 そのイベントにおいて、皆様には運営サイドの協力者として参加していただけないかというご相談です》


 これはレアには覚えがある。

 第二回公式イベントの時には書面で来ていたが、それを対話方式の音声メッセージで、しかもグループ通話で送ってきたという事だ。


「協力に対する見返りというか、特別報酬がもちろんあるんだよね?」


《【レア】様のおっしゃる通りです。今回は運営としても特例であり、また試験的な意味合いがありますので、第一回公式イベント同様、ある程度皆様のご希望に沿った形での対価とさせていただきたいと考えております》


「第一回? ってあのバトルロイヤルのか。協力ってことはあれか。エキシビションマッチがもしかしてそれだったのか?

 そんなもん、それと同様って言われてもレアしか知らん話じゃないのか」


「要は常識的な範囲内なら何でもいいってことだよ。たぶんね。とりあえず欲しいものでも考えながら話を聞いてみようよ」


 バンブはその当時はおそらくただのゴブリンか何かだったのだろうし、イベントそのものには参加していなかったはずだ。

 それにしては当時の事をよく知っている。参加できないなりに情報収集だけはしてあったようだ。


《今回の件につきましては、ゲーム進行上の公平性を保つため、ご協力いただけない場合でもイベント終了時までは他言しない事を同意いただく必要がございます。

 また提案内容以外にも付随する情報開示がこちらからあった場合、それらについても守秘義務が生じます事を予めご了承ください》


「そりゃもちろん」


 代表して答えたのはライラだが、他のメンバーも一様に頷き同意した。


《契約上の守秘義務要項について、全員の同意を確認いたしました。

 まずは次回イベントの概要です。

 次回大規模イベントについては【大陸大戦(仮称)】を想定しております。

 これは言うまでもありませんが、皆様のプレイングによる影響です。

 そうした状況をイベントとして採用する以上、準備なされた皆様以上にイベント運営にふさわしいスタッフはおらず、また皆様以上にイベント運営を主導する権利を有している権利者はいないとの見解から、今回の特例措置が取られる事となりました。

 なお今回においては特例となりますが、同時に試験的な試みという側面もあり、今後同様に大規模イベント足りうる企画を推進しているプレイヤーに対しましては、同様のご提案をさせていただく場合がございます。

 この件につきましては、方針として正式に決定次第公式サイトにて告知いたしますが、試験運用期間中は口外禁止とさせていただきます》


 今回は初の試みだからイレギュラーだが、この試みがうまくいくようならその取り組み自体をゲーム内ルールとして制定し、次回以降は正式にプレイヤー主導の公式イベントも開催可能になるように考えているという事だろう。


「だったらさ、テストしてましたって事も後で告知する必要はないんじゃない? 今回の件はボカして発表する方向にしてよ」


 プレイヤーだとバレたくないライラがそう提案した。

 テスト運用を経て実装しましたという事実自体は発表する必要があるかもしれないが、そのテストがいつどこで行われたのかについては明らかにする必要はない。

 テストと言ってもゲームシステムやプログラムに関する内容でもないし、そうであったとしても他のゲームでもアップデート前のテストの詳細についてはいちいち発表される事はない。


《──それがご協力いただく条件ということであれば、運営として同意いたします》


「じゃあそれで」


 レアとしてはどちらでもいい事ではあるが、言いたくはないがこの件はライラ抜きでは進まない。話がまとまったようで何よりである。


《具体的な内容の説明に入ります。

 先ほど申しました、皆様のプレイングによる影響についてです。

 大戦の主な舞台となるのは皆様が今いらっしゃるオーラル王国の北、ペアレ王国です。

 皆様のプレイの結果、このペアレ王国がウェルス王国、オーラル王国、ポートリー王国に事実上の宣戦布告をいたしました。

 またこの後の事になると思われますが、高い確率でシェイプ王国がペアレ王国に宣戦布告をいたします。

 それをもって独立国家の全てが戦争状態に──》


「ちょーっと待った! いったんストップ。何だって?」


 ライラがAIの話を止めた。


 確かに彼女──AIである以上性別などは設定されていないだろうが、女性風の合成音声が採用されている──の話には聞き捨てならない点があった。

 ペアレ王国が3ヶ国に宣戦布告をしたのは知っているし、そうさせたのはレアたちマグナメルムである。

 しかしその後の、シェイプがどうのというのは心当たりがない。


 シェイプと言えばブランに完全に任せきりになっている地域だが、あの国は今大変な状況にあるはずだ。

 戦争どころの話ではないし、ましてや自分からふっかけるなど考えられない。

 それでもなお戦争を起こさずにはいられないとしたら、考えられるのはこの状況を作り出した元凶に対してだろうか。

 それがブランであるのはレアたちは知っているが、シェイプ上層部が知っているとは思えない。というか知らないはずだ。

 だからこそペアレに宣戦布告という頓珍漢な事態になっているのだろう。


「ええー……。なんで? わたしなんかヘマしたかな……? してたとしても、うち獣人の子っていないし、ペアレ王国っていうのと関係とか全くないしな……。どういうことなんだろ……」


 ブランがあえてペアレ王国の仕業に見せかけるような偽装工作をしたわけでもなさそうである。


「そのさ、シェイプ王国がペアレに宣戦布告するに至った経緯って、参考までに聞かせてもらえるのかな?」


《少々お待ち下さい──》


 少しの間静かになった。

 対応を協議中とかそういう事だろう。


《──イベント進行において必要な情報であると結論いたしました。

 別のプレイヤーパーティの行動が関わっておりますので、一部情報を制限させていただきますが、概要でしたらお伝えできます》


「それでいいからちょっと話してちょうだい」


《かしこまりました。

 ではまずシェイプの山あいにある、名称未設定の村落が崩壊したところからですが──》





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