第301話「円卓会食」
ゾルレンでは数日に渡り対応を協議していたようだったが、状況はすでにどうしようもなくこじれている事もあり、大した意見は出なかったようだ。
程なくしてペアレ王が数名の騎士を引き連れ、ゾルレンにやってきた。
引き連れて、というか、どうしても進軍に時間のかかる騎士団は置いて、数名の護衛を連れて馬で早駆けしてきたらしい。
ペアレ王はゾルレンからの連絡を受けて出兵した事になっているし本人もそのつもりだろうが、これは
ゾルレンの領主にペアレ王のサインを適当に真似た手紙を見せたのはライラ配下のアリーナという騎士の仕業であり、ペアレ王都でそれと同じ事をしたのは王城を守る衛兵である。
いち地方の領主ごときがいちいち国王のサインまで覚えていることなどないだろうし、同時に王都の係官にしても地方領主のサインなど知るまいと考えての事だった。
別にこれが失敗したところで全体の計画としては特に変わりはない。何者かがペアレに対し敵対的な情報操作を目論んでいる事は知られてしまうだろうが、それならそれで、どちらにしても中央はゾルレンに調査の為に兵を派遣せざるを得ない。
結果的に目論見はうまくいったが、国王自らがやってくるとは思ってもいなかった。
全体的にこの国は王族のフットワークが軽すぎて読みづらい。結果的に話が早く済むので助かっているが。
変わり果てた第1王子の姿を見たペアレ王は激怒した。
王子が魔物に成り果ててしまったことも含めてポートリー王国、並びにオーラル王国の陰謀だと強硬に主張し、連れていた騎士たちに彼らを攻撃させようとした。
彼らも当然抵抗するが、本来であれば経験の差、経験値の差で勝負にはならない。
しかし第1王子によるゾルレン襲撃を目の当たりにしていた、聖女アマーリエ率いるウェルス聖教会がポートリー騎士団、オーラルの騎士たちをかばい、騎士団同士の正面衝突はなんとか回避された。
冷静さを失ったペアレ王は仲裁に入ったウェルス聖教会をも目の敵にした。
一旦兵を退いたかに見えたペアレ王国側は後日、正式にオーラル、ポートリー、ウェルスに対して一切の交流を絶つ事を宣言し、ウェルス、オーラルとの国境沿いでは一気に緊張感が高まることとなった。
さらにウェルス、オーラル国内のペアレに近い地域では謎の武装集団による強盗殺人の被害が急増しているとのことだ。
人類間の戦争という文化のないこの大陸では例のないことだが、これは事実上の宣戦布告と言っていいだろう。
なお、ペアレ国王から遅れて到着した騎士団はそのままゾルレンに駐留し、クラール遺跡群の防衛の任に就くことになったという。
*
そうした内容の報告をライリエネがしているのを聞きながら、レアはタルトを頬張った。
「美味しいでしょう。今やいくらお金を積んでも手に入らないと言われるシェイプ産のラズベリーをふんだんに使ったタルトだよ」
「すっぱい」
「それが美味しいんじゃないか。まったく。文句言うなら全部ブランちゃんにあげちゃうよ」
「まずいとは言ってないでしょう。単に味の感想を言っただけじゃないか」
「──私からの報告は以上です。じゃれあっているところ申し訳ありませんが、次に移ってよろしいでしょうか。
では今話題にものぼりましたシェイプ王国についての報告を。ブラン様、お願いします」
「あ、報告は私の方からいたします」
立ったのはブランのところのカーマインだ。
今回のお茶会にブランが連れてきた眷属は3名いるが、報告役はカーマインが務めるようだ。
他の2人は城のメイドと共に給仕にまわっている。
「シェイプ王国においては、事前に予定されておりました工程については概ね問題ありません」
それで済ませようとしたあたり、面倒くさがりがちなブランの眷属らしいとも言えるが、今回のお茶会には初参加のメンバーもいる。きちんと説明してもらわなければ困る。
それはブランはわかっていたようで、カーマインに注意してイチから説明させ直していた。
「──また、一部イレギュラーな動きもありましたが現在は制圧してあります。
その動きとは、人里離れた山間部においてぷれいやーたちが中心となり、農場設備を開拓、経営していた事です。
こうした動きは今後も出てくる可能性がありますので注意が必要ですが、目立つようなら察知が可能でしょうし、目立たないレベルなら影響は小さいので、取り立ててこちらから人員を割くという事はしない方向で調整しております」
妥当な線だ。
なにしろ国中で食料が足りていないのだ。
プレイヤーが農場をひとつふたつ経営したところで焼け石に水である。そんな些事にいちいち貴重な人的リソースを割くというのは合理的ではない。
「あ、でも。なんか貴族っぽいドワーフのおじさんも居たんだよね。んだけど後で村人の死体をゾンビ化してみた時は、そのおじさん居なかったっぽいんだよ。
多分どさくさに紛れて逃げられちゃったと思うんだけど、あれだけはちょっと気になってるんだよねー……」
「貴族? なんでわかったの?」
「『鑑定』したらエルダーだったから!
とりあえずはエルダーだろうとモルダーだろうと、1人や2人でどうこうできるもんでもないし、村人はみんな死んだままだから眷属とかじゃなさそうだし、あと別にわたしの顔は見られてないしまあいっかなって」
シェイプ全体で見てみれば、貴族階級、エルダー・ドワーフはそれなりの数がいる。
中にはプレイヤーに協力的な人物が居てもおかしくないし、そうした存在が多少居たところで何が出来るというわけでもない。
もともとシェイプに関しては完全にブランに任せてある事だし、接している国もオーラルとペアレだけだ。
オーラルもペアレも一触即発の状態にある現在、シェイプで問題が起きたとしても助けに入れる国はない。
あの国は今まさに陸の孤島であると言える。
逃げたと言ってもどうせシェイプの国内であろうし、どこまで行ってもブランの手のひらの上だ。
「その時に障害になったプレイヤーたちはリスポーン後もなんか各地で時々暴れてるけど、それぞれてんでバラバラに行動してるし、ぶっちゃけ取るに足らない感じかな。見つけたら始末するようには言ってるけど、どっちにしても大勢には影響ない感じ。あれ何のために暴れてんのかな?」
「──素晴らしいねブランちゃん。ちょっと心配してたけど、そんな必要なさそうだ。
さて、じゃあこれで各人だいたいのところの現状把握は出来たかな。
遅くなったけど、改めて自己紹介にしようか。まずはそっちのでかいのから」
ライラが行儀悪く顎をしゃくった。
自分と似た顔があまり褒められない仕草をしているというのはどうにも目につく。
一方でされた方のバンブは落ち着いた様子で立ち上がり、話し始めた。実際の年齢は知らないが、こちらのほうが余程大人だ。
お茶会というか、会食に近い形式であるし、別に発言の為に立つ必要はないのだが、先に報告していた眷属NPC2人に釣られてしまったようだ。
「ああ。このお茶会というのにお邪魔するのは今回が初になる。
俺はバンブという。種族はデオヴォルドラウグル。簡単に言うと鬼系のアンデッドだな」
「──アンデッド! キャラ被ってる!」
「……ご主人さま、お静かに」
「安心してくれ。眷属の主力はゾンビみたいなアンデッドよりも、鬼系の、ゴブリンの方が多い。ゾンビやスケルトンにしてもゴブリンベースの奴ばかりだ。キャラが被るって事はないと思うぜ。
最近は実験的にコボルトなんかも増やしちゃいるがな。それからコボルト以外の別の魔物もゴブリンから転生させられないか色々研究している。ある程度のデータは揃ってきたから、そのうちいい報告も出来るはずだ」
ブランの茶々にも丁寧に対応し、バンブは話を続ける。
「それからこれが重要なんだろうと思うが、今はそっちの、レアの勧めでクラン「MPC」を運営している。
MPCは魔物系プレイヤーだけで構成されたプレイヤーズクランだ。運営方針はこれと言って定まっちゃいないが、一応活動に関しては逐次報告を入れている。
最近の主な活動としては、さっきすでに話に出ていたな。ウェルス王都への断続的な襲撃と、ペアレ王国ゾルレンへの襲撃だ」
バンブは一旦言葉を切って場を見渡した。
「簡単にだが、そんなところだ。
何か質問でもあれば言ってくれ」
「そのMPC?の他のメンバーは今日はいないの?」
「ああ。連中にゃこっちのことは何も伝えてないからな。災厄とか呼ばれてる魔物たちが自分たちの上にいるなんて知りもしないし、そもそもそれがプレイヤーだと気付いてもいないはずだ。
今日来ている関係者となると、隣のこのおっさんくらいだな」
ブランの質問が終わると、それ以上は声は上がらない。
元々MPCについてはある程度周知してあるし、今さら聞くほどの事もない。
質問がない事を確認したバンブは着席し、隣の森エッティ教授に目配せをした。
教授は今日はかつての姿に近い、人間めいた状態になっている。すべての特性をオフにしてあるのだろう。
タヌキの方がわかりやすいと思うのだが、見ている限りではおそらく菓子やお茶のためだ。
ティーカップもフォークもスプーンも人間が使うために作られたものであるため、タヌキの手や口では使いづらい。
「うむ。隣のおっさんこと森エッティ教授だ。種族はウェアビースト、になるが、もうかなり元の種族はどうでもいい感じになってしまっているので、気にしてくれなくてもいい。
才能を買われてスカウトされ、今はこちらのバンブ氏のクランMPCに厄介になっている。
またそちらとは関係ないところで、大陸の各地にコオロギ型の魔物の群れを配置しつつあるな。これも間に合えば、ライラ嬢の戦争ごっこに何らかの形で参加させてもいいだろう。
よろしく頼むよ」
こちらは立ちもしない。
教授の事だと、会食形式を尊重したのか性格的に立たなかったのか判断がつかない。
「ちょっと聞き捨てならないから訂正させてもらうと、別にこっちからスカウトしたわけじゃないんだけど」
「──厄介になっている、か。まあ確かにな。謙遜とかじゃなくてまさにそうだな」
「森エッティ教授ってSNSの有名人じゃん! 確かスゴロクさんだよね? すげー!」
この場にいたレア以外の全てのプレイヤーが口々に突っ込みを入れた。
強引にバンブのところに押し付けた点については若干の罪悪感もあったが、うまくやれているようでなによりだ。
バンブとていくらレアに言われたとしても、本当に問題があるのなら突き返してくるだろう。ちょっとした嫌味で済ませているという事はちょっとした問題しかないという事だ。
ここはヒューゲルカップ城、その城主の為に設えられた食堂である。
この為に用意したのか元々あったのかは不明だが、部屋にある丸いテーブルに等間隔で5名のプレイヤーが座っている。
レア。
ブラン。
ライラ。
バンブ。
森エッティ教授。
加えて何名かの眷属NPCがその側に控えている。
この日はクラン「マグナメルム」の全てのプレイヤーを集めての初のお茶会が開催されていた。
その後もしばらくは自己紹介の延長での話題が続いた。
主には2人と面識の浅いブランからの発言や質問だが、バンブも教授も丁寧に答えている。
バンブは性格だろうが、教授は話すのが好きだからだろう。自由なブランは時折、まだ教授の話が終わっていないにもかかわらずバンブに話しかけたりしていて、なかなかカオスな状況である。
「さて。じゃあこれまでの流れと、現状の報告と、お互いの紹介についてはこんな所かな。
次はこの先の動きだ。
ペアレからの宣戦布告についてはオーラルとしても受けるしかないけど、基本はポートリーのエルフ騎士団に丸投げのつもり。
今度は第一騎士団、第二騎士団も連れてきて、そうだな。せっかく城壁もあるしプランタンが前線基地になるかな。
あの周辺でエルフと獣人による臨場感あふれる戦いが繰り広げられる予定だから、観戦希望者は早めにチケット取ってね」
「……エルフと獣人による、ってあんたんところからは戦力出さねーのかよ」
「まあ一応表向きは、仕方なく宣戦布告を受けて立つって感じだからね。積極的に殺しまくるのも外聞よろしくないでしょ?
ああ、でも別に私が何もしないって言ってるわけじゃないよ。ちゃんと介入はするよ。
プランタンって街さ、隣にダンジョンじゃない領域の森があるんだけど」
「ああもういい。わかった」
「わかりません!」
「ブラン嬢は素直でよろしい。僭越ながら私の方から解説しよう。
おそらくだが、ライラ嬢はそのプランタンに面している領域はすでに支配下に置いてあるのだろう。戦力はそこから出すという事だな。
これであればオーラルとして積極的に戦争に介入することなく戦況をコントロール可能だ。
主戦場をペアレ側ではなく、あえて自国内に設定したのもこのためだろう。この森の魔物を利用し、戦力バランスを調整しながら前線を維持するということだ。
例えばこの状況を長引かせたいのなら、優勢な方にだけ魔物を使ってハラスメント攻撃をかけてやるなどすれば戦力を均衡に保ち続ける事も容易だ。
ペアレは今回は3ヶ国に宣戦を布告している。と言ってもポートリーとオーラルは事実上連合軍だし地理的に言っても二面作戦だがね。
二面作戦になるならば、ペアレとしてはあまり南部にばかり兵を割くわけにもいかないはずだ。
ポートリー側の戦力については今言った通りライラ嬢の方で調整できるはずだし、一方で東部戦線についてもおそらく、ウェルス側の用兵状況はレア嬢がある程度転がせるのではないかな。
つまりペアレを取り巻く情勢はおおむねこの姉妹の手のうちにあるという事だよ」
「なるほど! 要はいつも通りってことですね!」
教授は物わかりがいい生徒は素晴らしいなどと言っているが、本当にブランがわかったのかどうかはわからない。
皮肉ではなく本当にわからない。わかっていない時もあれば、想像を超えて深く理解している時もあるからだ。
「付け加えるとペアレ国内にもすでにレアちゃんの手の者が潜んでるから、うまくすればペアレ側の戦力も調整できないこともないよ。そんなわけで──」
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