第300話「わかりて」(バンブ視点)
レアからの指示通りペアレのゾルレンという街を襲撃し、強そうな女騎士が出てきたところで退却したMPCのメンバーたちは、その後も予定通りに歩みを進め、もうしばらく森を歩けばゴルフクラブに到着するというところまで来ていた。
あの女騎士との戦いについては、家檻などからはあのまま押せばいけたはずだとの進言も受けている。
それは間違いない事ではあるが、しかし実際に前線で戦っていたのは家檻でもバンブでもない別のプレイヤーだ。出来れば死にたくないというのは誰でも同じだし、今回はそれを主張して納得させた。
いつかは命をかけて全軍で戦わなければならない時も来るのだろうが、それは今ではない。
バンブたちが歩くこの森はゴルフクラブ坑道のある山脈のふもとに広がっているものであり、この森の果て、山脈に突き当たったところに坑道への裏口がある。
この森自体も公式ダンジョンではないものの魔物の領域ではあり、毛の量が多めの鹿や猪型の魔物が出たりもする。
今もそうした雑魚を蹴散らしながら一行は歩を進めていた。
これだけの人数で行動しているなら普通の野生動物は手を出してきたりはしない。
しかし領域にボスがいるためか、魔物たちは自らの命も省みずに襲撃をかけてくる。僅かばかりでも経験値の足しにはなるし、食糧としても活用できるため、MPCのメンバーにしてみれば襲撃は歓迎すべきものでもあった。
「──止まって! 何かいる」
バンブとともに隊の先頭を歩く家檻が一同を静止した。
家檻はコボルトジェネラルであり、元々の種族特性として嗅覚にボーナスを持っている。
さらにスキルで『嗅覚強化』も取得しているため、視界の遮られた環境での索敵能力はMPCの中でも随一だ。
これまで鹿や猪など、この森特有の魔物が襲ってくる際には家檻はいちいちこのような事は言わなかった。
わざわざ止めたという事は、本来であればいるはずのない何かがこの先にいるのだろう。
「……知らない匂いです。ゴブリン、ではないと思いますけど、何だろうこれ、獣臭い……コボルト……かな? ちょっと何がいるのかわかりません。どうします? 進みますか?」
家檻がバンブを見上げて指示を仰いでくる。
嗅覚で探っている以上、相手の種族くらいは大まかにわかるのがこれらのスキルの優れた点だ。その家檻がわからないというのだから、本当に知らない種族なのだろう。
バンブが聞いている話が本当なら、確かにこれまでに嗅いだ事があるはずがない。
「……もう少し歩けばウチの勝手口だ。何者かが待ち構えているとしたら、たぶんそこだろう。そいつがたとえ敵対する何者かだとしても、こっちはこれだけの人数がいるし、何より俺もいる。どのみちウチに帰るにゃあ進まなきゃならん。行くぞ」
「……そうですね。わかりました」
家檻はメンバーたちに素早く目配せし、チャットで慎重に進むよう指示を出すと、歩きだしたバンブの後を付いてくる。
それからは本来いるはずの雑魚さえも襲ってくる事は無く、ただ単に時間をかけて歩いただけで懐かしのクランハウス──無断で間借りしているだけだが──に到着した。
「──やあ。おかえり。もう少し遅かったら勝手に中に入ってしまおうかと思っていたところだよ。
見たところ留守のようだったし、さすがに空き巣のような真似は
洞窟入口周辺にひそかに建設されている簡易な建物群、その真ん中に、そのタヌキはいた。
2本の脚で直立し、人語を話す奇怪なタヌキだ。
知らなかったら即時攻撃して始末していただろうレベルの怪しさである。
「かわっ──ゴホン! 何者ですか!」
家檻が
めずらしく噛んでいたようだが、無理もない。
二足歩行するタヌキなど、ゲームであっても異常な存在だ。
「何者、と言われると答えに窮するな。
いや私が怪しいものだと自供しているわけではない。そう見えてしまうのだろう自覚はあるがね。
ただ何者かという問いに対しては、一言で返せるような答えは持ち合わせていないと言うべきか。
それがどういった意図を以って発せられた言葉なのかにもよると思うのだが、例えば君たちは突然何者かなどと聞かれたとしたら、何を答えるのかな。
名前? 種族? あるいは何らかの組織に属しているとするなら、その組織名かな?
いずれにしてもそれぞれに最適な聞き方というものがあり、それらを包括するという意味では──」
「名前と種族、それから所属を答えなさい! 答えない場合は敵対者とみなし、生きたまま皮を剥いでぬいぐるみにします!」
これには横で聞いていただけのバンブでさえも戦慄した。
何と恐ろしい事を言うのか。ただ家の前で待っていたというだけでそこまでされてしまうほどの罪があの毛玉にあるようには思えない。
毛だらけのタヌキの顔であるため分かりづらいが、相手もドン引きしているように見える。あれだけ滑らかに喋っていたのに急に黙ってしまったことからも明らかだろう。
「あ、いえ違、別に敢えて苦痛を与えたいとかそういう意味では!
明らかに怪しいし、話し方からしてたぶんプレイヤーだろうし、だったら殺しちゃったらリスポーンして消えちゃうかもしれないかなって思って、生きてるうちじゃないと剥ぎ取りアイテム手に入らないかもしれないかなって! それで!」
なるほど確かに。
プレイヤーの多くは人類系種族であるため考えた事がなかったが、プレイヤーの死体から剥ぎ取りをしようと考えたらそうするのが最も合理的なのかもしれない。
出会って数秒でそういった考えが出てくるあたり、家檻に特殊な才能があるのは否定できないとも言えるが、とりあえずは理解した。
気にするなという意味を込めて家檻の肩を叩き、伝わるかは不明だがタヌキにも目配せをする。
我に返ったタヌキは生皮を剥がされてはたまらないとばかりに早口でまくし立てた。
「わっ、私は
「じえいむず?」
「マスター、ご存知の方ですか?」
「いや……」
元々偽名を名乗るつもりだとは聞いていたが、あまりに妙なイントネーションだったので聞き返してしまった。
「……ジェイムズ、と言いましたね」
「少し違うな? 慈英難なのだが」
「どうでもいいです。マスターのお知り合いなら、と思いましたが、違うのであれば問題です。
──あなたはどうやってこの場所の事を知ったのですか?」
ゴルフクラブ坑道については、かつて使っていた非公式のSNSを通じてアナウンスはしてあった。
あれを知っている者なら、モンスターズクランを求めてこの地を訪れてもおかしくはない。
しかしそれはあくまで表玄関、ダンジョン側からだ。
この裏口は新規で専用SNSを立ち上げた後に新たに作った物であるため、ここを知っているのは身内しかいない。こちらから新規参入希望者が来るのは基本的には有り得ない。
家檻が警戒するのは当然だ。
するとタヌキはしたり顔──かどうかはタヌキ顔なのでわからないが、とにかく苛立ちを覚える表情──で頷いた。
「ふむ。そのことかね。
いや実は一般向けのSNSの方で君たちの活躍を拝見してね。例のウェルス王国を襲った魔物の群れとかいうのは君たちだろう。途中、蛇行をしていたようだが、一般プレイヤーの目撃証言からその魔物の群れの向かう先はおおよそ予測をつけることができた。
君たちのクランの存在自体は非公式SNSで知ってはいた。最近は書き込みが激減していたから、おそらく他に新たなコミュニティサイトを立ち上げたのだろうと思っていたが。
とにかくそれでこちらのクランにご厄介になろうと決めたわけなのだが、あれだけの大人数だ。非公式SNSにあった通り、ダンジョンの中に拠点を作っているとしたら、他のプレイヤーにバレないように出入りするというのは困難であるはずだ。
先のアップデートでダンジョン内にも転移装置が出現する事にはなったが、基本的にそれらの周辺には少なくないプレイヤーがいる。彼らにとってはこのダンジョン内の転移装置というのは脱出装置と同じだからね。その位置は真っ先に調べられているはずだ。
一時的にプレイヤーを蹴散らし、ひとりふたりが使うくらいなら何とかなるだろうが、クラン全員というのはまず無理だ。
となると絶対にダンジョン側以外にも出入り口が必要になる。心理的に考えて、表玄関のダンジョンとはなるべく遠くに作りたいはずだ。であれば正規ダンジョンの入り口からまるっと反対側が一番可能性が高い。
そう考えてこの周辺を探っていたところ、ここを見つけたというわけだよ。
この森もダンジョンリストには載っていないようだが、どうやら坑道よりも難易度は高いようだね。となると坑道目当てで訪れたプレイヤーはまずこちら側など探索すまい。いい立地だと思うよ。素直に称賛しよう」
レアがどこまでこのタヌキにMPCの情報を伝えていたのかはわからないが、彼女は細かな理由までいちいち話す性格ではない。
となるとある程度は自力で考えてきた可能性が高い。話しぶりといい、こいつは本当に正体を隠す気があるのだろうか。
それに、これからクランに入れて欲しいと頼む人間の態度には思えない。
素直に称賛しよう、など上から目線にも程がある。
「ああ、それから。
そちらのコボルトのお嬢さん。私には鑑定アイテムはおそらく通じない。無駄なことはやめたまえ。お金は大事だよ」
「余計なお世話です!」
タヌキの言葉を無視したのだろう、家檻の手からは看破のモノクルが光になって消えていくところだった。
その家檻の悔しげな表情を見る限りでは、タヌキの申告通り鑑定は通らなかったらしい。
「……最終的にはマスターの判断に従いますが、私はこのタヌキをクランに入れるのは危険だと思います。
それに危険度はおいても、協調性があるようには見えません。クランでメンバーと何の軋轢も無くやっていけるとは思えません」
しかし残念ながらタヌキをクランに入れるのは決定事項だ。
これはスポンサーの意向であるため譲れない。
ただし、スポンサーからはそれ以上の指示は受けていない。
それどころか、面倒だったら雑に扱っていいとも聞いている。
「まあ、そう頑なになるなよ家檻。別にいいじゃ──」
「いいじゃないっすか! さっきの聞いてたっすけど、何言ってるのかよくわかりませんでしたけど、めちゃかっこよくないっすか? 間抜けなタヌキ姿ってのがちょっとアレですけど、強キャラ感パなかったすよ! その後の「鑑定は通じないキリッ。無駄な事はやめたまえキリッ」っていうのもヤバみっす!」
「そうそう! いやー。これだよこれ。こういう、嫌われる粘着質な悪役っつうの? そういうのが俺達には足りないと思うわけよ。
その点いまのムーブは完璧だったよね。悪役わかり手って感じ。
俺もタヌキの加入には賛成だな」
バンブがフォローするまでもなく、他のメンバーからの感触はそう悪くない。
スケルトイにリック・ザ・ジャッパーがタヌキを擁護していた。
家檻のように若干眉をしかめているメンバーもいるにはいるが、わざわざ発言するほどの反対意見はないようだ。
そうしたネガティブな意見を持っているメンバーにはフォローが必要だろうが、その点に注意するか、あるいはタヌキ自身に言動に気をつけるように促せば、クラン加入は問題ないだろう。
「おお、わかっていただけるか。
いや先程の言い方が気に障ったのであれば謝罪する。
私もわざとこのように鼻につく話し方をしているのは確かだ。キャラ作りというやつかな。
まさにそうした悪役キャラにあこがれてこんな魔物をやっている部分はある。それは君たちと同じだと思うのだ。
もし仲間に入れてもらえるのであれば、まあ話し方を変えるのは難しいが、それでも仲間として君たちのために一生懸命プレイする事は誓おう。
どうだろうか。ひとつ私も君たちの仲間にいれてはもらえないだろうか」
タヌキが気障な仕草で頭を下げた。
これは不思議と腹は立たなかった。格好いいとも思えなかったが。
「……わかりました。私も明確な反対意見があるわけではありませんし、ちょっと不審だなっていうだけですし。
あ、すみませんマスター。最終判断はマスターに一任するとか言っておいて勝手にダメとかいいとか……」
「いや、構わねえよ。
ウチの方針としちゃ、基本的には来る者拒まずだ。そいつが魔物である限りはな。
さすがにメンバーが多数反対するってんなら入れるわけにはいかねえが、そういうわけでもない。
それに家檻ほど、かどうかはわからんが、頭のキレるプレイヤーってのは歓迎だ。ウチにゃどうにも、脳筋志向の奴が多いからな」
バンブ自身にしても警戒心が多少強い自覚はあるが、特別考えるのが得意というわけでもない。
家檻と2人でそのあたりを担ってくれるというのなら肩の荷も少しは下りるというものだ。
普通に考えれば完全に信用するというのは危険だが、例えばバンブが不在の間なんかはレアのガスラークが目を光らせていてくれるだろう。
「よかった。クランに迎えてくれてどうもありがとう。
さて、では準備もあるだろうし、私はどうしていようか。そこらを散歩でもしていればいいのかな」
「準備? 何の?」
「決まってるじゃないか。歓迎パーティだよ。私の」
「あるわけないでしょ!」
「すげえ! やべえっすねこのヒト!」
「これ天然か? だとしたらすごい才能だぞ!」
「お前……、その性格で普段どうやって生活してんだ。いやリアルの話だが」
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