第299話「時には悪くない負け方」(クロード視点)





 街を出たクロードたちは街道沿いにひたすら西に向かっていた。


 街道沿いと言っても街道そのものを踏んで歩いている訳ではない。歩いているのは街道が見える程度に離れた位置だ。

 街道を歩けばいつかのように面倒事にぶち当たる可能性があるし、かと言って完全に街道から外れてしまえば迷う事になる。

 別に目的地があるわけではないが、東は色々きな臭い。そういった危険から少しでも離れようというだけの行動だ。


 街道やその周辺では時折、とても傭兵などには見えないようなNPCを見かける事があった。

 どうやら飢えに耐えかね、少しでも食べられる何かを得ようと、街や村を出て探索に来ているらしい。ふらふらと歩くその姿はクロードたちからしてみればいいカモだが、食料が買えずにこうしてさまよっているような者たちだ。キルしたところでまともな稼ぎにはなるまいし、経験値も期待できない。

 例の商会と面倒を起こした街を出てから結構歩いたが、見かけるのはそういう貧民ばかりで、その間ろくに獲物を狩ることも出来なかった。


 長時間に渡るプレイをただ移動のみに費やすというのは中々のストレスではある。

 しかしクロードたちも初めからアウトローなプレイをしていたわけではない。

 もともとはごく一般的な傭兵プレイヤーとして活動していたし、当然そのつもりでゲームを始めたクチである。

 こうした単なる移動であってもその移り変わる景色を楽しむ心を持っていないわけではないし、こんな人里離れた大自然をただ歩くというのは現実では到底適わないレジャーである。これまでは殺伐とした状況ばかりが続いていた事もあって、これはこれで逆に新鮮な気持ちで楽しめてはいた。


 ただ不満があるとすれば、刺激が少し足りないというくらいだ。

 そしてアウトローなプレイングに慣れてしまった2人にとって、これは中々大きな問題だった。


「──うーん。もうさ、弱そうでも金なさそうでもなんでも、次に見かけた奴をとりあえず襲おうぜ」


「お前……。でもまあ、気持ちはわからんでもない。しゃあないな。じゃあ次に見かけたやつは弱そうでも金持ってなさそうでも襲う。

 あ、でも一応決めとこう。もし万が一、強そうだったらどうする?」


「そりゃお前……。あれ、前回のログアウトってどの辺だったっけか」


 あまり覚えてはいないが、ログインしてから結構歩いている気もする。


「……強そうだったら逃げるとするか」


「……だな」


 下手を打って死亡するのには慣れている。慣れてしまった。

 しかしこの道をまた時間をかけて移動するというのは少し辛い。新鮮な景色ならばいいが、リスポーンした場合は2回目の景色になる。それは許容できない。


 この付近で一度ログアウトし、リスポーン地点を上書きしておくというのも手だが、もしその直後に強敵と出会ってしまった場合、下手をすればリスキルされ続けてしまう危険性がある。

 セーフティエリアでもない場所でログアウトする事のリスクのひとつだ。

 何があるかわからない場所では、迂闊に弱みを晒すわけにはいかない。

 それに、現状ではインスタントセーフティエリアを入手するにはリアルマネーが必要だ。


「そのためだけに課金アイテム使うってのもさすがにな」


「これ、金貨で買えねーかな。金貨だったら唸るほどあるんだけどな」


「公式の説明じゃこのアイテムは新しく実装するって話だったし、ゲーム内に存在してないんじゃねえかな。他のアイテムはすでにゲーム内にある物を課金仕様で売りに出すだけだって書いてあったが」


「なるほど。でもよ、これだけが例外ってわけじゃなきゃ、実装された以上はいずれゲーム内でも普通に作成できるようになるアイテムってことじゃないか? 誰か作るやつでもいれば、金貨で買えるな」


 実装されたばかりと言ってもそれなりに時間は経っているが、それでも新しいアイテムであることに変わりはない。

 そうした新規のアイテムを作成出来るとなればトップに食い込むプレイヤーなのだろうし、たとえ生産職といえど侮る事はできない。

 となるとおそらく、奪うより買ったほうが早いだろう。


「いや、そんな腑抜けた根性で──」


「いやいやお前お前、それでついこの間は──」


「わかってるよ。冗談だよ冗談」





 遠くトンビの鳴く声が聞こえる。

 思わず見上げてみれば、意外なほど高い空を、意外なほど遠くで鳥が飛んでいるのが見えた。

 強化された聴覚や視覚の影響だ。


 実に長閑な自然の道だが、ふと街道に何かが見えた。

 目をやると、隣の街道を周辺の長閑さとは不似合いな必死さで走ってくる人影がある。

 『視覚強化』でようやく見える距離であるため、向こうにはまだ気付かれていない。


「なんだありゃ。でこぼこコンビっつーか、大人と子供……じゃあないな。小さい方はおっさんだ。ドワーフとエルフか?」


「エルフじゃなくてヒューマンじゃないか? この距離じゃ分らんが。どっちにしても珍しい組み合わせだな」


 ここはドワーフの国シェイプである。

 ドワーフがそこらにいるのは珍しくもないが、別の種族の者と2人で旅をしているというのはあまり見ない。

 というか、旅人だとしたら走って移動しているのも妙だ。

 旅の間中走っているというわけにもいかないだろうし、長い旅路で今だけ走ったとしても疲れるだけで意味はない。


「……時々、後ろ見たりしてんな。何かから逃げてんのか?」


「ふうむ。……どうする?」


「何が?」


「いや、次に見かけた奴は襲うって話だったろ。あいつらどう見ても強そうには思えないぜ」


「だがもし何かから逃げているんだとしたら、その何かってのが強キャラの可能性もあるぞ」


「あの弱そうな2人組が逃げられてるくらいだし、大したことないんじゃないか? 本当に強い相手だったら、逃げることさえままならねえってのは身に染みて知ってるだろ」


 一応、凄まじく強い存在が戯れにあの2人を追いかけて甚振いたぶっているという可能性もあるが、それは見ていればわかるはずだ。


「……しばらく観察してみて、追手がいないようなら襲っちまおう。何か追いかけてきたら、そいつを見て判断だな」


「よし。そうしよう」


 気配を消して街道のそばまで近づいていく。

 シェイプ王国は山がちな地形が多く、この辺りにも大きめの岩などが多数あるため、幸い身を隠せそうなものには事欠かない。

 そうしたオブジェクトの陰に隠れて獲物を待つ。

 ちらちらと様子をうかがう限りでは、謎の2人組を追うような影は見えない。

 またその2人も背後の方に意識を集中しているらしく、クロードたちに気付く様子もない。

 2人とも顔を隠すようにマフラーを巻き、頭には深く帽子をかぶっている。顔を隠しているつもりなのだろうが、それも視界を妨げる一因になっているのだろう。


 これなら問題ない。あの獲物には危険はない。今度こそは安全に狩りができる。


「──おっと待ちな。そんなに急いでどこに行くんだ?」


 ジェームズが2人に声をかけながら岩陰から出ていく。

 クロードはまだ姿を晒さない。

 走る速度や身のこなしから言って、この2人の戦闘力が高いというのは考えづらいが、魔法特化のビルドをしている可能性もないではない。そうだった場合にジェームズのフォローをするためだ。

 もっとも服装から言ってもとても魔法使いには見えないし、念のためである。

 というか、彼らの服装はそもそも戦闘を生業とする者には思えない。ただの村人というか、ちょっと裕福な農夫といった感じだ。

 これまで街道で見かけたような、食べ物を探して村を出た一般人と大差ないように見えなくもない。ただそれにしては健康状態がいいというか、少なくとも飢えているようには見えなかった。

 さらに2人とも顔を隠して何かから逃げようとしている。農夫をわざわざ追いかけてくる存在というのも思い当たらないし、色々と不審だ。

 これは、またやってしまったかもしれない。


 しかし始めてしまったものは仕方ない。


「な、何だお前は! 急いでるのがわかってるなら話しかけてくるなよ!」


 ヒューマンの男が粋がる。

 しかし緊張感のないセリフだ。人気ひとけのない場所で突然見知らぬ男に声をかけられた対応としては少し浮いている。

 以前、クロードたちと行動を共にしていた悪党NPCの存在もあるし、この世界ではこうして野盗に襲われるのは比較的よくある話であるはずだ。

 もしかしたら、このヒューマンはプレイヤーかもしれない。

 となると珍しい組み合わせの2人組というのも別に珍しくもないように思えてくる。プレイヤーであればどんなおかしな組み合わせだったとしても驚くには値しない。

 何せクロードたちは、白衣の変態に黒タイツの変態というこれ以上ないおかしな組み合わせも目にしている。


 そして突然話しかけられていながらジェームズを追っ手だとは考えていないことから、少なくとも彼らは人類勢力から逃げているわけではないのだろう事がわかる。彼らを追っているのはひと目見て分かるほど人間離れした存在なのだろう。つまりおそらくは魔物だ。

 普通の魔物なら獲物をあえて逃がして甚振ったりはしないだろうし、であれば彼らはもう逃げ切っていると考えて間違いない。後ろを警戒しているのはただの彼らの考え過ぎだ。


「まあそう慌てなさんな。遠くに移動する時はもっと落ち着いて周りをよく見た方がいいぜ。

 ──じゃないとこうやって、盗賊に襲われることになる」


 ジェームズの言葉に合わせてクロードも出ていく。

 2人でさりげなく街道をふさぐように立つ。

 彼らがどこからか逃げてきたのなら、元来た方へと逃げられる心配はないはずだ。街道の進行方向さえ塞いでおけば、彼らの退路はかなり制限させられる。


「もう1人いたのか! くそ、まさか盗賊がいるなんて……!」


「……エルフの盗賊だと? 聞いたことがないぞ。しかもこのシェイプにか」


 ヒューマンの男は動揺してこちらを睨みつけているばかりだが、ドワーフの男は冷静だ。ドワーフは見た目からでは年齢がわかりづらいが、それなりの年齢なのかもしれない。もっともプレイヤーだとしたらアバターの年齢など関係ないが。


 しかしドワーフの言葉にヒューマンの男もクロードたちの不自然さに気付き、それで落ち着きを取り戻してしまったらしい。


「……なるほど、君たちはプレイヤーだな? なんでこんな何もないところで追いはぎなんてしてるのか知らないけど、言っておくとこの街道の先には山しかないからたぶん獲物なんて通らないよ」


「そりゃ、ご親切にどうも。でも心配はいらない。何せ獲物ならたった今通りがかったところだからな」


 この場を逃れたいがための出任せだとしてもお粗末すぎる。

 山しかないなら街道なんて必要ないはずだ。

 それに、そうだとしたら自分たち自身はどこから来たというのか。


「……すまないが、俺たちは急いでいるんだ。それに、どうしても死ぬわけにはいかない理由がある。後でどんなことでもするから、今は見逃してくれないか。頼む」


 ヒューマンのプレイヤーは真剣な面持ちでこちらを見つめている。土下座でもせんばかりの勢いだ。

 もちろんそんなお願いをされても、そして仮に土下座などをされたとしても、クロードたちには何の得もない。

 見逃す理由などない。


「何でもするってんなら、そうだな。ありきたりだが有り金全部置いていきな。ついでに経験値もな」


「経験値……? あ、そういうことか! いやだから俺たちは死ぬわけにはいかないんだよ! それに金も全部は困る! この先の旅費も必要だし、後でよければいくらでも──」


「そんなの信用できるかよ」


 ヒューマンの男の言い分は全くなっていない。

 所持金の事だけを言えば、プレイヤーであるならすべてインベントリに仕舞ってあるはずだし、必要な分を残して出してこれが有り金すべてだと言えばいいだけである。極論を言えば金など持っていないと言い張れば良かった。

 そうした事から、追い剥ぎ目的でプレイヤーを襲う場合、基本的にはリスポーンの判断が遅れた間抜けが身につけていた装備品を奪うくらいしか利益はない。

 となると必然的にメインは経験値ということになり、プレイヤーがプレイヤーを襲うというのはつまり必ず殺すということになる。獲物がプレイヤーなのかNPCなのか、初見で分かりづらい仕様も考えると、プレイヤーが盗賊をしている場合は被害者は全て命を奪われる。襲われる側にしてみればプレイヤーの盗賊というのは最もタチが悪い存在だ。


「まあ、何急いでんだか知らないけどよ。運がなかったな」


「つーかだ。見たところお前さん農夫ってか、生産系のプレイヤーだろ? それが護衛も付けずに長旅なんて自殺行為だぞ。転移も使えない場所に行くんだったら、次からはせめてフレンドに護衛くらいは頼んでおけよ」


 クロードはそう言うと、両手に短剣を抜いた。

 おしゃべりの時間は終わりだ。


 男は観念したのか、クロードの言葉を聞いて俯いた。


「一応ダメ元で言っとくが、死ぬ前に有り金全部出しときな。そいつを俺たちが回収している間くらいは寿命が延びるぜ」


 男は手のひらを突きだし、俯いていた顔を上げた。


「──待ってくれ」


「待たねえよ。まだわかんねえのか。命乞いなら──」


「命乞いじゃあない。これは、……これはビジネスの提案だ」


 ビジネス。

 なかなかゲーム内では聞かない言い回しだ。

 ある意味では例の街でクロードたちがやっていたのもビジネスと言えなくもないかもしれないが、それを言ったら他の商人系プレイヤーは怒るだろう。この世界ではどうだか知らないが、現実では中古品の流通転売には厳しい規制が掛けられている。


「ビジネスだったらもう懲りてる。どうも俺たちのプレイスタイルには合わないみたいなんでね。せっかくの提案だが──」


「こ、これを見てくれ。これが何かは知っているか?」


 男はインベントリから拳大の宝石のようなものを取り出した。

 少し前、目付きがヤバいキューピッドがそこらを飛び回っていた頃によく見かけていた宝石に似ている。色合いというか輝きというか、アイテムの持つ存在感そのものが違うようにも思えるが、カテゴリとしてはただの宝石よりはそちらに近いのは確かだろう。

 ジェームズも同じ事を思ったのか、インベントリから当時のアイテムを取り出して見比べている。

 しかしそんな事をするより確実な方法がある。

 クロードは目利きのルーペを取り出した。課金アイテムではあるが、どのみち奪った戦利品を鑑定するために用意しているものだ。奪った後に鑑定するか奪う前にするかの違いだけである。


「──ザグレウスの心臓? 聞いたことない……てか、蘇生アイテムだと?」


「蘇生アイテム!? ああ、なんかSNSで騒いでやがったやつか!」


 その天使襲撃のイベント報酬で、一部の上位陣に配られたのが蘇生アイテムだったと騒いでいたスレッドがあった。

 まともにイベントに参加していないクロードたちには無縁のアイテムだが、まさかこんな形で目にすることになろうとは。


 しかしあれは上位の100名にのみ配られたとのことだった。

 となるとこの農夫の男は、プレイヤー上位100名の誰かであるか、その誰かとこんなアイテムをやり取りするほどの仲であるということになる。

 ただの農夫が一瞬で警戒すべきプレイヤーに変わった。


 なるほど確かにこれならビジネスの話を聞かざるを得ない。

 少なくとも問答無用でキルしてしまうのは躊躇われる。

 アイテムをひとつ見せただけでこちらの動きを牽制するなど、この男は農業系の生産職より商人の方が向いているのではないだろうか。


「……いいだろ。話くらいは聞いてやる。だがこっちとしては、今すぐお前をキルしてそいつを奪う事だって簡単だってのを忘れんなよ」


「わ、忘れちゃいないさ。でもそっちこそ、俺だって襲われる前にインベントリに仕舞う事も簡単だってのも忘れないでもらいたいものだね」


「ちっ」


 顎をしゃくって話を促す。


「……ビジネスって言うのは、要は仕事の依頼だよ。

 さっきのあんたの話じゃないけど、確かに俺たちには護衛が必要だ。仮にこの場をなんとか出来たとしても、この先もあんたたちみたいな盗賊がいるかもしれないし、モンスターだって出るかもしれない。だけど今さら護衛なんて用意できない」


 まずこの場を何とかするというのが無理な話だ。

 この男が警戒すべき農夫であるのは間違いないが、それだけでは見逃す事には繋がらない。


「──そこであんたたちには、俺たちに護衛として雇われてほしい」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。

 今まさに自分たちの命を奪おうとしている相手に護衛を頼むなど、正気の沙汰とは思えない。

 よほど頭がお花畑か、あるいはイカれているかのどちらかだ。

 固まるクロードたちをよそに男は話を続ける。


「報酬はこのザグレウスの心臓だ。

 もちろん成功報酬で、成功の条件はこっちのボグダンさん、ドワーフの男性を無事に目的地まで送り届けること。俺はまあ最悪死んでも構わないけど、ボグダンさんだけは絶対に守ってほしい。

 どうだろう。追いはぎなんてするほど金に困ってるって言うなら、悪い話じゃないと思うんだけど」


 別に金には困っていないし、悪い話かどうかは知らないが、面倒な話ではある。

 何しろクロードたちは誰かを殺すのは得意だが、誰かを守るなんてやったことがない。真っ当な傭兵稼業をしていたときも、もっぱら討伐系の仕事ばかりしていた。

 そんな面倒な事をするくらいなら、ここでこの2人を経験値に変えてしまった方が楽だ。

 その場合重要なのはこのアイテムが手に入らない事だが、つまりアイテムの価値がこの依頼の面倒さに見合っているかがポイントということだ。


 そこまで考えて、そもそも普通のプレイヤーはそうやってクエストを受けたりしているのだと思い至った。

 かつてはクロードたちもそうやっていたはずなのだが、奪う事に慣れ過ぎてしまい完全に忘れていた。


 しかしこの農夫の提案には根本的な問題がある。

 それは、盗賊相手に交渉は無意味だということだ。

 交渉というのはお互いの立場や力など、何かしら相手に尊重すべきものがあるからこそ成り立つものである。

 一方的に奪うのが生業の盗賊にそれは通らない。


「……俺たちにとって悪くない話ってのはな、今すぐそこのドワーフのおっさんに剣を突きつけてだ。お前さんにこう言う事だぜ。このおっさんの命が惜しかったらそのアイテムを寄こしなってな」


 ジェームズがこれ見よがしに短剣を弄ぶ。

 その通りである。

 クロードたちは盗賊、追い剥ぎだ。護衛よりも強奪の方が慣れている。

 男の言葉から、このドワーフだけはどうしても死なせたくないのだろう事がわかる。プレイヤーであるなら死亡は単なる経験値ロストに過ぎないはずだし、ドワーフはNPCなのだろう。死んだら取り返しがつかないというのなら、それをタテに脅しをかけるのは基本だ。


「いいや、そいつは悪い話だ。うまくないやり方だよ。

 忘れたのかい? 俺が持ってるこいつは蘇生アイテムだ。死亡したキャラクターを蘇生する事が出来る。あんたたちがそういう手段を取るってんなら、俺は迷わずこいつをボグダンさんに使用する。あんたたちはこれを手に入れる事は二度とできない」


 しかしこの男がそれをしたとしてもクロードたちはもう一度キルするだけだ。ついでに男の方も始末して、晴れて2人を経験値に変えて終了である。

 となるとやはり、選択肢はふたつだ。

 アイテムを諦めてこの2人をキルするか、アイテムを求めてこの男の提案に乗るか。

 男は稀少アイテムでもってクロードたちの物欲を刺激し、その刃を止めようとしているのだ。


「……言うじゃねえか」


「……ほんとにな。お前、農夫より商人の方が向いてるだろ絶対」


「農家ってのは個人事業主なんだよ。ちょっとくらいはしたたかでなきゃ、やっていけないよ」


 男は明らかに無理しているのがわかる様子ではあるが、不敵に笑ってみせた。

 もう初めて会った時の、盗賊に出くわして動揺していた情けない姿は見る影もない。


 別にあのアイテムがそこまで欲しいというわけでもない。

 クロードたちは現状2人しかいないパーティだし、戦闘中に1人がやられてしまえばもう1人もほどなく死亡するだろう。

 そんな劣勢でアイテムを使い蘇生したところで焼け石に水だろうし、そもそも1人になった時点でアイテム使用の隙が作れるとも思えない。

 クロードたちにとってみれば、あのアイテムはその稀少性に見合わない価値しかない。


 しかし稀少性というのは、物品そのものの有用性というのは二の次でしかないのも事実だ。

 極端な事を言えば、金貨にしたって別に食べられるわけでもないし、ただの丸い金属の板である。金で出来ているため重さはあるので投げつければダメージは見込めるのかも知れないが、だったら投擲用に作られたナイフの方が優秀だ。


 改めて男の持つザグレウスの心臓を見てみる。

 SNSで騒がれていた内容が確かなら、あれはイベントボス討伐数ランキングの上位100名にだけ配られたアイテムであるはずだ。

 つまり現状、プレイヤーが手に出来る範囲では100個しか存在しないという事である。

 消費アイテムである事も考えればすでにもっと減っている可能性もある。それは今まさにこの男が言った通り、どうしようもない状況ならばいくら貴重なアイテムでも使用を躊躇わないケースもあるだろう。


 そしてそういう性質のアイテムであるなら、いくら金を積んでも手に入れることはできない可能性が高い。

 今クロードたちが貯め込んでいる、この大量の金貨では解決できない問題ということである。


 この時点でもうクロードは、この男たちを殺す気は半ば失せていた。

 元々彼らを襲ったのも刺激を求めての事だったし、それはすでに十分得られている。ただ殺してわずかばかりの経験値を稼ぐよりも遙かに刺激的な時間を過ごせたとも言える。


 男との話はなかなか面白かった。

 相手の命を握っているという点で言えば、クロードたちの方が圧倒的に優位な状況であるにもかかわらず、男は巧みに自分たちの命に付加価値を持たせ、それを交渉材料に見事に自分の話を聞かせてみせた。

 これは負けを認めてやってもいいだろう。

 正直、経験値のやり取り以外にこんなに楽しい事があるとは思ってもいなかった。


〈なあクロード。ちょっと思ったんだけどよ。刺激が足りねえってんなら、別に──〉


〈みなまで言うな。たぶんおんなじ事を考えてた。

 たまにゃ変わったことをしてみるってのも、まあ悪くない。どうせ目的地なんてなかったし、どこに移動する事になっても別に構わんしな〉


〈だよな。それにこいつ、いくらプレイヤーだからって、この状況でこんだけ肝の据わった交渉が出来るってのは、ちょっとしたもんだぜ〉


〈ああ。それに頭も悪くない。こういう悪知恵の働く奴は、はっきりと敵に回すよりは、何らかの協力関係に置いておいた方がいい〉


 悪党と付き合うのならビジネスライクな方がいい。

 少なくとも利害が一致している間は敵対する事もない。

 いや別にこの男が悪党というわけではないが、少なくとも悪党に交渉を持ちかける程度には悪辣なのは間違いない。


 クロードは両手の短剣をインベントリにしまい、ジェームズもそれに倣った。


「──いいだろ。乗ってやる。話してみろよ。護衛の依頼ってやつの詳細をよ」


「それからさっき言ってた件は忘れるなよ」


 男はほっとしたようにため息をついた。

 気が抜けたせいか、へなへなとその場にへたり込む。


 この頼りないプレイヤーたちを守らなければならないというのは先が思いやられるが、つまりは彼らを狙って襲ってくる存在がいるという事であり、それはそれで楽しめそうではある。

 あまりに異常な敵がいるようなら考えものだが、生産職らしき2人組が逃げ延びられるくらいだし、大したことはないはずだ。


「あ、ああ。わかってる。護衛が終われば、こいつはちゃんと渡すよ。

 ただ申し訳ないけど、あくまで最優先なのはボグダンさんの安全だ。もし道中でボグダンさんに何かあるようだったら、これはその時点で使用する」


「まあ、成功報酬だっつーならしょうがない。その方がわかりやすくていい」


「さっきの件ってのはその報酬の蘇生アイテムの件だけじゃあないんだが、まあいいか。

 ところで、お前名前はなんて言うんだ」


「そうだった。依頼主としては、まずは名乗らないとな。

 俺は菜富作。それでこっちがボグダンさん。えぬ、えーと、シェイプに昔から住んでる人だ。

 依頼は護衛。ボグダンさんを目的地に無事に連れていくこと。その目的地っていうのは──」


 それまでは交渉を見守っていたドワーフの男が前に出た。


「目的地は王都。このシェイプ王国の王都だ。わしをそこに連れて行ってほしい。頼む」






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