第294話「遊んでるわけでは」
ポートリーの騎士団がペアレ王国に入国を果たした頃。
この時モニカはすでに、ジャネットたちのサポートをさせるためにペアレ南部の街に送り込んであった。
古文書からはペアレ各地に、というか大陸各地に点在している遺跡の場所はすでに調べてある。
そのうちの、特にペアレ国内のどこかに第1王子がいるはずだ。
ペアレ王国全体を戦争に巻き込みたいのであれば、一番手っ取り早いのは王族の身を危険にさらす事である。
静かにキルしてしまってもいいが、それでは誰の仕業か証明するのは困難だ。
はっきりと誰の目にも分かる形で王族を危うい目に遭わせてやる必要がある。その場に中立を謳う第三者がいればなおいい。
モニカやジャネットをゾルレンという街に送り込んだのはその下準備のためだ。
他にも国内に遺跡はあるようだったが、場所が記された古文書はすでに王家も解析済みのようで、縮尺が曖昧な地図らしき物にはいくつかマーキングがしてあった。
重要な文化財を何だと思っているのかと憤慨したものだが、獣人たちにはこうした書物に敬意を払うという価値観は無いのかも知れない。
マークのしてあったものはすでに探索済みということらしく、それらを除けば国内に残る遺跡というのは多くはない。
そのうちのひとつに当たりをつけ、そこをひとまずのイベント会場とした。そこから最も近い街がゾルレンであり、ライラの騎士団が目指す目的地のひとつめにも設定してあった。
そこが外れなら次のポイントまで騎士団を誘導しなければならないが、そちらのガイドも同じメンバーというわけにはいかない。その場合はケリーたちの手を借りなければならないかもしれない。
そうした理由から本来古文書の解析をまとめていたモニカは今手が離せない。
そのためレアは自らキーファの街の宿屋に赴き、古文書の解析の結果を聞いていた。
「──なるほど、扉を開けるために必要なのは鍵や手段のようなものではなく、純粋に資格だということか。
そしてその資格とは、製作者である精霊王の力を受け継いでいること、そして反逆者である6名の血を引いていないこと」
レアは以前、扉がアーティファクトであるにも関わらず、触れてもその開け方がわからないのは単にセキュリティの問題だろうと考えていた。
しかしあの時、扉の説明には、条件を満たした場合にのみ開くとされていた。
その条件というのがつまりこの2点であり、それ以外には何の操作も必要ないため、説明も無かったのかもしれない。
しかしいずれにしても、正規の手段であの扉を開けるのはもはや不可能だろう。
精霊王の力を継いだ者などいない。
それは現代の技術水準や、NPCの戦闘力の水準などを考えれば明らかだ。当時の事を調べれば調べるほど、現代とは比べ物にならない魔法技術の高さや、NPCの能力の高さがわかってくる。その頃と比べれば、現代人がみな一様に弱体化しているのは疑いようがない。
であれば仮に直系の子孫が残っていたとしても、その力まで継いでいるとは思えない。
開けられないなら仕方がない。
幸い遺跡を守るゴーレムはオンラインに見えて全てスタンドアローンである。
今いるゴーレムが減らなければ次が生産されないのなら、破壊してしまわないように全てを支配下におけば、事実上正規の手段で入場したのと変わらない。
今後あの手の遺跡を支配する事があれば、面倒ではあるがそうすればいい。
しかしそこでふと、先日の教授との会話を思い出した。精霊王のなんとかとかいうシリーズ、教授はそんな言葉を言っていた。実に頭の悪い言い回しだが、それ以外に言いようがないのも確かである。
それはかつてヒルス王都でレアを苦しめた、あの精霊王の心臓や精霊王の血管の事だ。
あれらがなぜそんな名前をしているのかは知らないが、他のアーティファクトとは明らかに違ったネーミングルールである。
ああしたアーティファクトも、ある意味では精霊王の力が込められていると言えない事もないのではないだろうか。
扉を開ける資格というのも血筋ではなく受け継いだ力とされていることだし、精霊王の力が込められたアーティファクトがあればもしかしたら扉が誤認してくれるかもしれない。
特にあれらのアイテムにはわざわざ名前に精霊王とついているくらいだし、他の物と比べても精霊王と特別強いつながりがあってもおかしくない。
どのみち他の精霊王製のアーティファクトは移動が適わない物ばかりだし、インベントリに入れられるアルケム・エクストラクタにしても非常にかさばる。鍵の替わりに気軽に出し入れするわけにはいかない。
精霊王の血管あたりのコンパクトなものを現地で試してみて、もしもダメなら潔く物理で突破すればよいだけだ。
扉の開放の目途がついたのならば、ひとまずここには用はない。
しかし現地に行く前に、もうひとつ準備しておくことがある。
ペアレ南部の遺跡に残されたアーティファクトの効果は不明だが、北部のそれは転生に関するものだった。
であれば南部も同じものか、そうでなくともキャラクターの強化に関係した物である可能性がある。
この後やりたい展開の事を考えると単なる転生の祭壇では物足りないが、その場合は自前で用意するしかない。鍵に使ったりはしないが、インベントリに準備しておくだけなら手間でもない。
そうなると、何にしても素材が必要だ。
アブハング湿原に寄って用事を済ませ、その後いったんヒルス王城に戻って精霊王の血管を回収し、モニカの元に向かう。
ジャネットたちを少し待たせてしまう事になるが、仕方ない。
この頃にはすでにジャネットたちは遺跡に侵入していた。幸いひとつめが当たりだったようで、あとは王子を探すだけという状態になっていたが、モニカを通じて一旦時間を稼いでおくように指示しておく。
時間を稼ぐ手段や内容については言及していないが、最悪は王子と側近が生きてさえいればいい。
まさか時間稼ぎを命じられているにもかかわらず、相手を殺してしまったりはしないだろう。
*
モニカにタイミングを告げられ、遺跡に『召喚』で移動したレアは非常に満足していた。
状況は概ねレアとライラの描いた図のとおりに進行している。
ポートリー騎士団がペアレの何とかいう街で揉め事を起こさなかったのは予想外だったが、それならそれで別に構わない。もともと彼らの役目はペアレ国内の遺跡を踏み荒らすことであるし、最寄りの街で暴れるというのは余興に過ぎない。
ただ彼らが街にいなかった事で、MPCの襲撃も街の住民たちのみで対処する事になり、被害はかなり拡大したようだった。
そのMPCのメンバーたちもすでに引き上げさせている。
ユスティースとエンカウントをしたところで、バンブが退却を命じたのだろう。
別にユスティースごと街を
MPCの彼らの役目はあの地に聖女たちを連れてくる事であり、街の壊滅には別の人物をキャスティングしてあった。
またジャネットたちの仕事も素晴らしかった。
まさか王族の部下の振りをする事で、第1王子に自分たちを信用させるとは思いもしなかった。
王子を殺さない程度に拘束しておいてくれればよかったのだが、期待以上の働きをしてくれたようだ。
王子が1人でサバイバルをしていたというのは誤算だったが、これは仕方ない。
レアも久しぶりに悪役ロールプレイを楽しむことにした。
「──私が見たところ、あの妙な格好をした2人組はただならぬ実力者であるようだったが、お前の部下は大丈夫なのか?」
「ご心配には及びません。あれでもこのわたしが手塩にかけて仕上げた者たちです。そこらの曲者などにそうそう後れをとったりはいたしません」
ジャネットたちだけではヨーイチたちに勝てるかどうかは五分といったところだが、モニカがいるなら大丈夫だろう。
それにもし仮に突破されたとしても、閉ざされたこの遺跡に侵入できるとは思えない。
もっともプレイヤーはどんな手札を隠し持っているかわからないため、もしかしたらここに入る手段を持っているのかも知れないが。
それより彼らがこの場所に突然現れた理由の方が問題だ。
この遺跡群は転移サービスのリストには載っておらず、さらに第1王子が周辺を掃除したおかげか魔物が外に出ていく事もない。
ペアレ王城の、いやキーファの宿屋の書庫を調べるか、あるいは近くの街の物知りな住民に聞き込みでもしない限り、ここの存在など知りようがないはずだ。
あるいは彼らの目的は遺跡そのものではなかった可能性もある。
この遺跡群には今、アーティファクト以外にも重要なファクターが存在している。
ペアレ王国第1王子だ。
何のために王子を追いかけてきたのかは不明だが、彼らは服装が服装であるし、もしかしたらそういうちょっとドキドキする理由からかもしれない。
しかしこれは今考えてもわかることではない。
それにレアとしてはもうひとつ気になることもある。
ヨーイチたちを発見した時の事だ。
レアは『魔眼』を常時展開しているため、コソコソと隠れて近付いてきた不自然な空間に気付くことができたが、それが本当に生きたキャラクターなのかどうかを見極めるのには時間がかかった。
なぜなら彼らにはLPやMPが無かったからだ。
正確に言えば彼らのLPもMPも見ることが出来なかった。
そのおかしな状況は彼らの潜む茂みに『魔の剣』で生みだしたナイフを投げつけ、彼らが正体を現した時には解消されていたが、つまりこちらが見つけるまで何らかの手段で彼らが自分のLPやMPを隠蔽していたという事でもある。
考えられるのは『隠伏』だが、黒い方の変態はともかく、白い方は確か弓に特化したビルドだったのではなかったかと記憶している。『真眼』まで取得した上で隠密系にまで手を出せるほど経験値を稼いでいるとしたら、彼らの脅威度は一段上がる。
そうした気になることもあるにはあるが、まずは目の前の王子のエスコートだ。
「──今は御身の、そして御国の事だけをお考えください、殿下。もうすぐですよ。階段を下りれば長い廊下があり、その先にアーティファクトが安置されているはずです」
「よく知っているな。それも古文書からか」
「もちろんです」
もちろん嘘である。
解読が終わった古文書には遺跡の位置と、扉を開ける資格を持った者のことしか書いてはいなかった。
内部構造を知っているのは同じような遺跡をすでに見たことがあったためだ。
扉の開け方、そしてこの階段までは同じだった。その先をわざわざ変更する必要もないだろうし、おそらく同じだろう。
違っていたら笑ってごまかせばいい。ヴィネアの様子を見る限りでは、たぶんそれでだいたいの相手はごまかされてくれるはずだ。
王子をエスコートし、階段を降りながら考える。
精霊王の血管を始めとする呪いのアーティファクトは、精霊王がその最期の時に、
当然その後精霊王は死亡したということであり、このような遺跡を作ることなど出来ない。
つまりこの遺跡の入口にあった扉の開閉条件に、精霊王に対する反逆者は除外するなどと設定することは出来ないということだ。
しかし北部の、この王子の弟君のシルヴェストルがアタックを続けているあの遺跡にあった転生の祭壇は、非常に高度なアーティファクトだった。断定はできないが、精霊王くらいにしか作成できないだろう。
対してこれらの入口の扉は、確かにアーティファクトではあるのだろうが、特別な操作も仕掛けもなく、ただ条件を満たした場合に勝手に開くだけのお粗末なものだ。一応もの凄く硬いという特徴もあるが。
となると、もしかしたら遺跡の扉を作った者と、遺跡そのものを作った者は別の人物なのかもしれない。
例えば、精霊王自身はこうした遺跡にセキュリティなど付けるつもりなど無かったが、彼の没後に反逆者たちの手にこれらの遺産が渡ってしまうのを
そう考えればあの隙だらけのゴーレム制御システムも納得が行くような気がする。
「──おい、もう下につくぞ。あの扉の向こうに秘遺物があるのか?」
「ああ、いいえ殿下。その前に廊下でございます」
正確にはゴーレムのいるホールだが、正規の手段で入場を果たしたレアたちには襲ってこない。
王子は反逆者の血筋であり、扉を開ける条件を満たしていないが、しかし扉をくぐって入ってきたのは確かである。正規の入場者と認識されているはずだ。
案の定、ただ長いだけの廊下にしか見えない部屋を通り抜け、レアと王子はアーティファクトの部屋の前へと辿り着いた。
あちらと同じなら、ここにも転生の祭壇がある。
もし違うとしたら、何があるのだろう。
それはレアにしても少し楽しみである。
「殿下、それでは──」
「ああ、構わん。開けろ」
古い謎の材質で出来た扉を押し──
開かなかった。
そう言えば前回はこの扉は切り刻んだのだった。
「何をしている。遊んでないで早く開けろ」
「……失礼いたしました。──『解放:糸』『解放:金剛鋼』」
素早く壁と扉の隙間に糸を走らせ、切り離された扉はインベントリの中に仕舞った。
「おお! 扉が消えたぞ!」
レアのつぶやきは聞こえていてもおかしくなかろうが、開閉のための呪文か何かかと思ってくれたらしく、特に何も言われない。
「アーティファクトだったようですね。殿下をお認めになり、自ら道を開けたのでしょう」
見て見ぬふりかどうかわからないが、スルーしてくれた礼に適当におべっかを言っておいた。
ようやく部屋に入ることができる。
部屋の中はあちらと同じデザインだ。部屋全体がかなり広いようにも感じるが、あの時との人数の差でそう思えるのかも知れない。
「これは……! これが……!」
そこにあったのは、いつか見たような祭壇だった。
その質感や佇まいから、技術体系が同じであるのは間違いない。おそらく同じ人物の手によって造られた物だ。
しかし、北部のそれとは違うところもある。
どうやらこちらは転生の祭壇ではないようである。
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