第293話「馬と白衣と黒装束」(ヨーイチ視点)





 大天使討伐のための大掛かりなアーティファクト。

 その発見クエストの報酬として受け取った謎のアイテムは、結局何の場所を示しているのかはわからなかった。

 ただひとつわかったのは、どうやら城の位置を指しているという訳ではないらしいという事である。





 あの後、ヨーイチとサスケは取り敢えず大陸の中央付近から回ることにした。

 大陸の中央といえばヒューゲルカップの街があり、そこで使えばヒューゲルカップの城を指すのはすでにわかっている。

 そしてそこから東に行けば、ある地点を過ぎたところでおそらくヒルス王城を指す事になるはずだ。

 そこで、東以外の方角をどれかひとつ決め、その方角に移動しながら針の動きを探るという手段を取ることにした。

 当然徒歩では途方もない時間がかかる。しかしながら転移で移動してはどのタイミングで針が動いたのか、つまりヒューゲルカップ城とターゲットとの位置関係がわからない。


 新たな足が必要だ。

 ヨーイチたちの稼ぎなら、馬車はともかく馬2頭くらいなら購入できないこともない。

 さすがにそれをしてしまうと蓄えのほとんどが吹き飛んでしまうが、転移に頼らない機動力というのは貴重だ。今後も何かの折には重要な役割を果たしてくれる事もあるだろう。


 悩んだ挙げ句、ヨーイチたちは馬を購入することにした。

 費用対効果を考えてもここは投資すべきと判断したという事もあるが、ヨーイチとしてはやはり馬に乗ってこそだろうという思いもあった。

 ヨーイチはつややかな黒毛の馬を買い、サスケも同じ色にした。


 ついでに追加で課金アイテムの使役の首輪も購入し、手に入れた馬に使ってみることにした。

 馬はよくしつけられているのか、購入したヨーイチたちにおとなしく従っている。現実の普通の馬よりかなり体格がいいように見える。これほどの巨体の躾など容易には出来ないと思われるが、それにしては金額が安い。もしかしたら元々温厚な魔物なのかもしれない。


 使役の首輪は屈服させた相手に使用できるとか公式アナウンスでは言われていたが、何の抵抗もしない馬をわざわざ屈服させる必要があるとは思えなかった。

 課金アイテムなど最悪もうひとつ買えばいい、くらいのつもりで試しに使用してみれば、馬はすぐさまヨーイチの眷属となり、ヨーイチには直感的にそれがわかった。

 当初クランで予定していたような飛行可能なマウントとはいかなかったが、それでも自分だけの初めての眷属だ。

 馬は『使役』するなりヨーイチに懐き、ぶるる、と顔を震わせて擦りよせて来た。

 こうしてみると可愛いものだ。空など飛べようが飛べまいがどうでもよくなってくる。


 眷属というのはこちらの意思で自由に成長させる事ができるらしい。

 またその時点で眷属の持っていた余剰経験値は全て主君に統合されるらしく、ヨーイチに突如、少なくない経験値が振り込まれた。

 馬はどうやらそれまで生きてきた中で得た経験値を使わずに残してあったようだ。

 しかしこれはこの馬が生きてきた証とも言えるものであり、いくら主君とはいえ、ヨーイチが自由にしてしまうのは違う。

 なのでヨーイチはその経験値を全て、馬の強化に使用した。

 馬であることだし──というか馬ではなく正確にはニルコーンという種族らしいが──AGIとVITを集中的に伸ばすことにした。それから重い荷物を運ぶ事もあるかもしれないのでSTRも上げ、『俊敏』などのスキルツリーも充実させた。


「いや、重たい荷物はお前がインベントリに入れりゃ済む話だろ」


 とにかくこれで、ヨーイチたちは探索における心強い味方を手に入れたことになる。


 アイテムが反応したのはヒューゲルカップから北上し、プランタンという街を越え、ペアレ王国との国境が見えるかどうかというくらいの位置まで来た頃だった。

 それまでは南、街道から見れば南東にあるヒューゲルカップ城を指していた羅針盤の針が急にくるりと方向を変え、今度は北東を指したのだ。


 ヨーイチたちはここでいったん休憩し、目的地を定める事にした。

 この地点からヒューゲルカップまでの距離を測り、現在地を中心に円を描いて、円周上の羅針盤の指す方角の位置を見てみれば、おおよそターゲットの位置は分かるという寸法だ。

 現在地を正確に把握するのが難しいためあくまで参考程度にしかならないが、これまでのような闇雲な転移よりはよほど精度がいいはずである。


「地図からすると……ペアレのゾルレンて街か?」


「……ゾルレンでは近すぎるな。もう少し北東に逸れているように見える。街そのものではあるまい」


「北東っつーと……地図には何もないぜ。公式ダンジョンとかはねえはずだが、野生の領域とかはあってもおかしくないか。ゾルレンに寄って補給でもしていくか?」


「いや、ヒューゲルカップからここまでの距離を考えれば、この鵜黒うくろならば日が落ちる前に着けるかも知れない。俺たちには補給が必要なわけでもないし、直線で向かうとしよう」


「もう馬に名前付けたのかよ……」


「当然だ。サスケは付けないのか?」


「そんなにすぐに思いつくかよ。じっくり考えさせろや。このサスケ様に従う馬にふさわしい、それでいて勇壮な名前をよ」





 針の指し示す方向にひたすら馬を走らせ、しばらくすると草木や苔に覆われた廃墟のようなものが見えてきた。

 廃墟と言っても、現代──ゲーム内の基準でだが──の街とは様相が少し異なっているようにも見える。

 大部分は朽ちてしまっているためよくわからないが、雰囲気と言おうか、デザインの癖のようなものは、あの地下通路に通じるものがある。

 となると単なる廃墟ではない。


「……やべえなこれ。遺跡だぜ」


「針は遺跡を指しているということか? いや、ヒューゲルカップの地下ならば確かにそう言えなくもないが、各国の王城はどうなんだ。あれらは遺跡ではないぞ」


「これまでと同じだろ。城を指してたからと言って、城そのものを指してるってわけじゃなかった。てことはだ、遺跡を指してるからと言って、遺跡そのものを指してるわけじゃねえ。こいつが指してるのは、たぶん遺跡や城の中にある何かなんだろうぜ」


 遺跡、それも手付かずのものとなれば、それは当然太古の昔からあったものということになる。当然その中にあるものも太古からあったはずだ。

 太古から存在し、しかも各国の王城に保管されるほどのものと言えば。


「もしや、これはアーティファクトの場所を示しているのか?」


「その可能性は高いんじゃねえか? まあ、まだはっきりとした事は言えないけどな。ヒルス王城からは亡命した王族がアーティファクトを持ち逃げしたって話だったし、となると現在あの城には残ってないはずだ。

 それを考えると、アーティファクトを含む何かを指している、ってところが妥当かな」


「そうか、そうだな……。どうしたんだサスケ、珍しく冴えてるじゃないか」


「どうしたんだってどういうことだよ。俺はいつも冴えてるっつーの」


 しかしもしサスケの推理が当たっていたとしたら、ここにはアーティファクトかそれに準ずる何かがある可能性がある。

 転移先リストにも載っておらず、当然森エッティ教授の作成した地図にも載っていないような場所だ。

 他にプレイヤーが来ているとも思えない。

 となれば、もしかしたらプレイヤーとしては初めて、個人でアーティファクトを所有する者になるかもしれない。


 ヨーイチがそう言うと、しかしサスケは首を振った。


「いや、よく見てみろよ。この遺跡、つい最近大人数で誰かが踏み荒らしたみてえな形跡があるぜ。足跡からすりゃ、サイズの割に結構な重さ……。重鎧かな。騎士団かなんかか?」


「……ペアレの騎士団か? しかしペアレと言えば、騎士団は王都くらいにしかいなかったと聞いたことがあるが……。こんな、国の端っこの遺跡にわざわざ派遣したというのか?」


「どうかねぇ。王都からの距離、ってだけで考えたら、ここは下手すりゃウェルス王国の方が近いんじゃねえか? あと、大規模な騎士団を持ってる街ってくくりなら、ヒューゲルカップもそれなりに近い。

 ペアレの騎士団とは限らないかも知れないぜ」


 ヨーイチたちのようにどこの街にも寄らずに来たというならわからないが、騎士団、軍隊であるならそういうわけにもいかないだろう。遺跡のこの位置に踏み入った跡を残しているとなれば、その方向にある一番近い街はゾルレンだ。おそらくゾルレンで補給をした部隊がこの遺跡の調査に入ったのだ。それもごく最近の話だ。踏み潰された草の様子からすると、一日も経っていないかも知れない。


「こんなことなら、街に寄って住民にちらっとでも話聞いてみりゃよかったか。さすがに別の国の軍隊が立ち寄ったとなりゃ、それなりに噂になってるはずだ」


「結果論だな。それはここに来てみなければ出てこなかった発想だ。今言っても仕方ない」


 これだけ新しい足跡があり、しかもヨーイチたちも周辺で見かけていないとなれば、この騎士団はまだこの廃墟遺跡の中にいる可能性が高い。

 もしもそれがヨーイチたちと同じく、アーティファクトが目的だったとすると、彼らはまだ目的を達成していないということだ。


「……かっさらうか? その騎士団よりも先に」


「……ペアレの騎士団だったとすると、これは単に自国領内の調査だという可能性もある。それを横からかっさらうというのは少し抵抗があるというか、普通に犯罪行為だ」


「言っちゃあ何だが、その可能性は低いと思うぜ。もしまっとうな調査団なら、遺跡の入り口に歩哨でも立てとくはずだ。それがないって事は、万が一外から誰かに見られちまったら問題がある集団、つまりは他国の違法な調査団か、盗掘だ」


 サスケの意見は、ずいぶんとこちらに都合のいい解釈、希望的観測を多分に含んだものだと言える。

 しかし一理あるのも確かではある。


「一応、廃墟内で他の誰かを見かけた時に、獣人の集団だったとしたら手を引こう。それ以外ならペアレの関係者ではないだろうから、先回りしてアーティファクト……かどうかは今の時点では不明だが、とにかくそれを確保しよう。確保したアイテムをペアレ王家に引き渡すかどうかは、まあ、後で考えればいい」


 せっかく、高難度クエストをクリアして手に入れたアイテム、それによって示されたヒントだ。

 アーティファクトというのが正規には入手できないアイテムだったとしても、少し見てみるくらいなら、いや触るくらいなら、できれば少しだけ使用してみるくらいなら、こっそりとなら問題ないだろう。


「……とはいえ、もし不幸にも遺跡内部で誰とも出会えなかったとしたら、残念だが先客がどこの所属なのかを断定する事は出来ない」


「つーか、会えなかったら本当に先客がいるのかどうかもわからんて事になるしな」


「その場合は仕方ないから、アーティファクトの確保を優先するしかないな。よし、では行くか。なるべく見つからないように、迂回しながら針の指す先を目指すとしよう」


 ヨーイチたちは慎重に周囲を確認し、廃墟遺跡に足を踏み入れた。

 鵜黒たちにはその場に待機しておくよう言っておき、遺跡の中を足跡の向かう先からはやや外れた方向へと進む。

 運悪く先客を見つけられなかった場合にはアーティファクトを持って行ってしまっても仕方がないと言えるが、運とは自ら招き寄せるものだ。ささやかながらも努力は怠れない。





 しかし残念ながら、遺跡で派手に行なわれていた戦闘により、先客は容易に見つける事が出来てしまった。

 見つけさえしなければ問題なかったのだが、見てしまったのなら仕方がない。

 ところがその先客というのはエルフによる騎士団であり、どうみてもペアレの正規軍ではなかった。

 獣人の騎士などのような同行者がいるということもなさそうであるし、不法侵入者とみて間違いないだろう。

 エルフの騎士団という事は、彼らはおそらくポートリーからはるばる盗掘に来たというわけだ。

 ペアレ王都よりも近い国があるのだから、そちらからのちょっかいかもしれないというサスケの推理は当たったとも外れたとも言える。まさか最も遠いポートリーからの客だとは思いもしなかった。


 しかし、ならば遠慮する必要はない。

 ヨーイチとサスケは戦闘をしている騎士にも、また赤いライオン型モンスターにも見つからないよう注意しながら移動をし、羅針盤の指し示す方向に向かった。

 この遺跡群の中を移動するだけで針はわずかに向きを変える事がある。

 となれば針の指す場所は近いはずだ。

 間違いなくそれはこの遺跡の中にある。

 ヨーイチはサスケの発動している『範囲隠伏』から出てしまわないよう気を付けつつ、再び慎重に探索を進めていった。





 そうして羅針盤の導くまま、遺跡の中を探索した結果、ヨーイチの『真・真眼』に映ったのは、見た事もないような異常な様相のLPの輝きだった。









「──わかっているのか? お前たちが従っていたのは第七災厄、人類の敵だぞ?」


 明らかに白ローブ──第七災厄に付き従っているらしい獣人の女たちにそう問いかける。

 災厄は人類の敵だ。

 ならば、人類の一員である獣人が従うというのは道理から外れている。


 獣人の女はちらりと周囲の仲間たちに目配せをすると、何やら構えを取った。

 災厄の言い付け通り、曲者を足止めするつもり──ヨーイチたちと一戦交えるつもりなのだろう。


「……向こうさん、やる気だぜ。ちっ、しょうがねえ。こんなことならナガマサたちも連れてくりゃよかったか」


「ナガマサ……? ああ、お前の馬か? 何だその名前は。というか、隠密行動をしようというのに馬など連れてはこられまい。どうしようもなかっただろう」


 眷属となった鵜黒たちの戦闘力は高い。それは仮に彼らに経験値を割り振って強化をしていなかったとしてもだ。種族的に人類よりも上位の魔物だと言い換えてもいい。

 さすがに今のヨーイチたちほどの戦闘力はないが、下手をしたらプレイヤー平均より上なのではと思えるほどである。

 馬車を襲う野盗が少ないというのも頷ける。

 こんな馬が引いているのでは、馬車であるという時点で強力な護衛が雇われているのと変わらない。


 しかし今ここに居ない仲間の事を言っても仕方がない。

 ここはいつも通り、ヨーイチとサスケの2人で切り抜けるしかない。


「『スパイラルアロー』!」


 先手を取ったのはヨーイチだ。

 『真・真眼』で見えている限り、この獣人娘たちは以前に街道で下したあのPKたちよりかなり強い。ならば通常攻撃だけなどと格好をつけて戦うというわけにもいかない。

 鑑定アイテムが使えればもう少し詳細に戦力分析も出来たのだが、今さらそれも出来ない。さすがに目の前で怪しげなモノクルなどを取り出せば妨害されるだろう。鑑定するチャンスはこちらが見つかっていない時くらいにしかなかったのだ。

 しかしそれも、こちらの動きを災厄に察知されてしまったことで失ってしまった。


「『シェルガード』!」


 敵の中ではひときわ防御の薄そうな、魔法使いらしき獣人に狙いを定めて放った矢は、カバーに入った隣の女に防がれてしまった。

 盾など持っていたようには見えなかったが、一体どうやって、と思ってよく見てみれば、その女の肩から腕にかけて黒っぽい装甲が出現していた。

 装甲は特に前腕部が大きく膨らんでおり、まるで両手の先がそのまま盾に変化したかのようにも見える。

 女の着ていた服や粗末な鎧は弾け飛んでしまったらしく、切れ端だけが胴部分のみを覆っていた。

 防御スキルを発動し、この両手の装甲部分で矢をはじいたようだ。


「……あーあ。また古着買って来なきゃ」


 両手を尋常ならざる姿に変化させた女がそうつぶやいた。


「何だあいつ……いきなり鎧が生えてきたぞ!」


 サスケが叫ぶ。

 狙いを定めていた魔法使いしか見ていなかったが、カバーに入る直前にそういう変化をしたらしい。

 ヨーイチが知る限りでは、そのようなスキルが存在するなど聞いたことがないし、普通に考えて普通の獣人に甲冑が生えるなどありえない。


「……どうやら、人間じゃないみたいだな」


「最初っからモンスターだったってわけかよ。人間そっくりのモンスターとか、反則だろ……」


 現状、魔物との戦闘が日常から近いような、城壁のある街であっても、その城門を通すかどうかは衛兵が外見だけで判断している。

 人間にしか見えなければ、こうした魔物は素通りになってしまう。

 女の言葉から、今着ている服なども街で購入したものであるらしいし、ヨーイチが考えている通り街への侵入は容易なのだろう。

 一度街なかに入られてしまえば発見するのは困難であるし、ヨーイチの初撃を防ぐほどの実力を持った魔物が街の内部から暴れる事になれば、甚大な被害をもたらすだろう。


「ただ突破するだけというわけにもいかなくなったな。こいつらは何としても、ここで始末しなければ……」


「──『影潜り』」


 サスケがスキルを発動し、ヨーイチの視界からも一瞬消えた。

 ほどなく、焚き火のそばで鍋をかき混ぜていた女のすぐ後ろに現れる。

 『影潜り』は自身を捕捉しているあらゆる知覚から一瞬だけ逃れるスキルだ。移動などは出来ない。

 サスケはおそらく『影潜り』の発動後に、いくつかの移動系のスキルを発動させたのだろう。うまくタイミングを合わせれば、このようにまるで転移でもしたかのように錯覚させる事が出来る。

 そうやってあのウェイトレスかメイドのような格好をした女の背後に移動したのだ。

 最も弱そうな相手に絞って攻撃し、少しでも敵の数を減らそうという狙いである。

 またひとりだけ離れた位置にいる事も彼女を狙った理由だろう。あの位置ならば、他の獣人も容易にはカバーに入れまい。


「『スタブ』」


 サスケの持つ短剣が、女の無防備な背中に向けて容赦なく突き入れられる。


「『パリィ』」


 しかし女はその切っ先が届くよりも速く振り返り、手に持ったオタマでサスケの短剣を受け流した。

 あれはどうみてもただのオタマだ。そのような攻撃力や耐久力の低いアイテムでサスケのスキルを受け流そうとしても、少しでもタイミングが合わなければアイテムは破壊され、ダメージのほとんどをその身に受けてしまう。

 そうならなかったという事は、完璧なタイミングで『パリィ』を発動したという事である。

 よほど高いDEX、そして集中力がなければ成しえない事だ。

 DEX特化の弓兵であるヨーイチにさえ、出来るかどうかわからない。もっともヨーイチは『パリィ』を取得していないため試すことはできないが。


「ちっ! こいつもタダもんじゃねえ! これやべえんじゃねえのか!」


 サスケは攻撃が防がれたと見るや、崩された自分の体勢を逆に利用し転がるように移動した。その勢いのまま立ち上がり、飛び退すさって追撃を警戒する。

 ヨーイチの『真・真眼』に映る輝きではあのウェイトレスの女は他の4人ほどLPがあるようには見えなかったが、動きの良さは彼女らの比ではない。つまり、DEX特化のビルドをしたキャラクターということらしい。

 LPから戦闘力が推し量れない、スピード型の近接職だろう。

 木々に覆われた遺跡でウェイトレス姿という異常な格好をしている割に、その実力は侮れないらしい。


 しかし女はオタマを持ったまま、追撃に移ろうとはしない。

 武器などを持っていないからなのか、それとも災厄の言葉通り、こちらの足止めのみを目的としているからなのか。


「──『スパイラルアロー』!」


 サスケの方ばかり気にしている場合ではなかった。

 先ほどとはまた別の獣人から、スキルをまとった矢が飛来する。

 ヨーイチが先制で放ったものと同じスキルだ。意趣返しのつもりだろうか。


 しかしこのスキルはヨーイチの最も得意としているスキルのひとつである。

 誰よりも練習し、誰よりも射てきたという自負がある。

 相手の位置、そしてスキル発動のタイミングさえ把握すれば、どういう軌道でいつこちらに到達するか、ヨーイチには手に取るように分かる。


「『スパイラルアロー』」


 そしてそうであるなら、その軌道の上に同じスキルを置いておく事も理論上不可能ではない。

 少なくともヨーイチはそれを可能とするだけの能力値は持ち合わせているし、修錬も積んできた。


 ぎん、という何かが凝縮されたかのような音を響かせ、2つの矢はヨーイチの目の前で弾け飛んだ。

 かなりギリギリだったが、相手の方が先に射た以上これは当然だ。むしろヨーイチでなければ、仮に同じ事が出来る者がいたとしても今のタイミングには間に合わなかっただろう。


「なあっ!?」


「うそでしょ!?」


 それを見ていた獣人たちから驚きの声が上がる。

 無理もない。

 ヨーイチも自分以外にこれができるキャラクターなど、プレイヤー、NPCの両方を合わせても見た事がない。


 では次はこちらの番だ、とばかりに矢をつがえ、今『スパイラルアロー』を放ってきた相手にお返しをしようとそちらを狙ったが、それは叶わなかった。


「『ブレイズランス』!」


 いち早く我に返った魔法使いがヨーイチに魔法を放ってきたのだ。

 いかにヨーイチと言えど、さすがにこれは矢では射落とせない。


 魔法は矢よりも飛翔速度が速く、基本的に撃たれたのが見えてから避けるのは困難だが、まったく出来ないというわけでもない。

 当初は不可能とされていたが、プレイヤーたちの能力値が上がってくるにつれ、絶対無理というわけでもないという見解に変化してきている。

 正確にこちらを狙って放たれたものなら、発動ワードが聞こえた瞬間自分の位置をずらしてやれば当たることはないはずだ。

 すぐさまステップでその場から移動し、スカートの一部を焦がされつつも何とか回避した。お返しに牽制の矢を放つ。


 しかしそれは再び、あの謎の鎧に防がれる。

 見れば先ほどよりも鎧が覆う面積は多くなっている。今や彼女の体は全てが黒い甲冑に覆われており、一分の隙も見えない。まるで最初からそういう姿のモンスターであったかのようだ。


 その装甲女はガサガサと足を動かし、ヨーイチへと接近してくる。

 ガサガサ、という音や光景に違和感を覚え、よくよく見てみれば、女の足は2本ではなかった。

 4本、いや6本だろうか。

 そしてその背中からは長く、節くれだった尾のようなものが生えていた。また近付いて来たことでわかったが、その両手も盾ではなかった。この形状はおそらくはさみだ。


「──サソリか! サスケ! こいつはサソリのモンスターだ!」


 しかしサスケの方から返事がない。

 ちらりと視線を送ってみれば、王子とメインで話していた女獣人がウェイトレスのフォローの為か、サスケに攻撃を仕掛けているところだった。

 いや、もはや女獣人などではない。その女の腕も普通ではない。

 女の両手はまるで湾曲した細身の剣のような形状をしており、その鋭い攻撃でサスケを追い詰めている。

 違う、あれは剣というよりは鎌だ。あの女の両手は鎌に変化している。

 ヨーイチの目の前に迫る女がサソリだった事を考えれば、あれはカマキリか何かだろうか。


「サス──、くっ!」


 鈍重そうな甲殻からすると意外なほどのスピードで近づいてきていたサソリ女の尾の一撃を紙一重で躱す。

 さらに躱したと思ったところに、遠くから魔法らしき発動ワードが聞こえた。

 咄嗟に回避の勢いのまま、地面に倒れ込むようにして転がる。

 先ほどまでヨーイチがいたあたりをひんやりとした何かが通過するのを感じた。

 ヨーイチの冷や汗のせいでなければ、おそらく氷系の魔法だろう。


 そこへ音もなく矢が飛来する。ヨーイチはさらに地面を転がって逃れる。せっかくの純白の戦闘服が台無しだ。一部はすでに焦げてしまっているが。

 偶然視界に光るものが見えたためこれも回避できたが、今のは食らってしまっていてもおかしくなかった。

 これなら発動ワードで予測できる分、スキルによる攻撃の方がまだ楽だ。


 そのまま転がっていき、何とか敵から距離を取った。

 サスケも苦戦しているようだ。

 あまり戦況はいいとは言えない。

 いや、はっきり劣勢だと言っていいだろう。


 1対1なら勝てない相手ではない。敵の攻撃はどれも直線的で分かりやすく、来るとわかっていれば回避は難しくない。『真・真眼』で見えるLPから考えても、能力値は相当に高い水準にあるのだろうが、技巧というか、戦い方という点においてはヨーイチたちには及ばない。

 しかしこれが2対1となると厳しくなる。相手の攻撃動作の全てを察知するのは困難になるし、それにばかり気を取られてしまえばこちらの攻撃のチャンスは無くなってしまう。


 そんな相手が5体だ。

 しかもこちらは分断されてしまっている。


 この危険な魔物たちは何とかここで倒してしまいたいところではあったが、どうやらそれは難しいようだ。

 何とか生き残るだけで精いっぱいである。

 ましてや災厄の後を追う事など、とても出来そうにない。


 ヨーイチはフレンドリストを開いた。


〈ヨーイチだ。今さらこんな事を言うのも申し訳ないのだが──〉






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