第292話「演技派女優」(ジャネット視点)





「……大丈夫、こっちには気付いてない」


 パーティの目であるアリソンが、騎士団やライオン型モンスターの様子をうかがいながら言った。

 同行しているモニカというお手伝いNPCも頷いている。

 彼女は今回の任務を受けるにあたって連れていくよう指示されていたキャラクターだ。キーファの街の宿屋で働いていた女給である。

 とはいえ、別に戦えないというわけではないようだ。マグナメルム・セプテムからも彼女の護衛はしなくていいと言われているし、実際にここまで来る間でも、その身のこなしからは危なげなものは感じられなかった。なんならジャネットたちより格上なのではと思えるほどだ。

 またセプテムから追加の指令がある時などはこのモニカを通じて伝えられることになっている。

 これらの事から、ジャネットはモニカをクエストお手伝いNPCか何かだと判断していた。

 難易度的にジャネットたちでは厳しくなるケースが考えられるため、あらかじめサポート要員として準備されているという事だ。

 戦闘に参加しなければ経験値が分配されないシステムであるこのゲームでは、こうしたお助けNPCというのは実に相性がいい。

 必要ないうちは控えて見ているだけにしておいてくれれば、戦闘による経験値が彼女に分配される事はない。


「そう。ならもう警戒する必要はないかな。赤ライオンもエルフの皆さんに首ったけみたいだし。なんでだろ」


 ジャネットは潜んでいた茂みから出た。続けてマーガレット、エリザベスも現れる。


「エルフ殺すべし! みたいな刷り込みでもされてるんじゃないの? エルヴンスレイヤー?」


「何それ超慈悲無さそう」


 ここまで案内をしてきた、あのエルフの騎士団と謎の赤ライオンとの戦闘を盗み見る限りでは、赤ライオンは非常に広い索敵手段を持っているようだった。嗅覚か何かだろうか。

 その事から考えると、ジャネットたちも何度か赤ライオンに襲われていてもおかしくない。

 しかし一度もそのようなことにはならず、赤ライオンはジャネットたちを無視するかのようにエルフの騎士団へと襲いかかっていた。


「まあ、私たちに都合がいい分にはいいか別に。そんな事より任務を果たそう」


 キーファでのんびり熊狩りをしていたジャネットたちがマグナメルムから受けた任務は、次のようなものだった。


 まずペアレ王国南部に位置する街、ゾルレンに移動する。この際には手段は問わないとのことだったので、普通に近くのダンジョンまで転移で移動し、そこから歩いてきた。

 今いるこの遺跡群が転移先に登録されていれば話が早かったのだが、さすがにそれはなかった。

 確かに闇堕ちシナリオのキーとなるロケーションなのだろうし、どのプレイヤーでも気軽に来られるようでは困る。

 そしてそのゾルレンでモニカと合流後、しばらく待機し、エルフの騎士団が来るのを待つ。

 エルフの騎士団が街に来たら、傭兵組合に入り浸る。

 そこにエルフの騎士が依頼に来たら、何としてもその依頼を受ける事。

 もし来なかった場合は、こちらの方から騎士団に出向き、周辺の案内を買って出る。買って出るというか、こちらから持ちかけるのなら案内を押し売りするの方が正しい気もする。

 とにかくそうして騎士団と行動を共にし、ここクラール遺跡群に彼らを誘導すれば第一段階は終了だ。

 以降は合流したモニカから指示を受ける事になっている。


 ここまではうまく行っている。

 騎士団がこの時点で全滅してしまうようなら、さりげなく手助けして敵の数を減らすよう言われてもいるが、見ている分では問題なさそうだ。このままであれば勝ってしまいそうでさえある。セプテムの想定よりも騎士団が強かったということだろうか。

 しかしそれはそれで少しまずい。

 次の任務は、モンスター側がまだ健在であるうちにこなさなければならない。


「なんか、聞いてたよりも騎士団強いように見えるね。数もそうだけど、個人の能力的にどうとかってより、強敵との戦い方がわかってるみたいな。慣れてるってほどじゃないけど。

 新米騎士って話じゃなかったっけ」


 新米騎士であれば騎士として取り立てられたのは最近のはずだ。

 騎士はどうやら死亡しても復活できるらしいが、普通のNPCであれば死んだら終わりである。

 ということはつい最近までは死んだら終わりの普通のNPCだったのだろうし、そんなNPCがすでに強敵との戦闘の経験があるというのは少し不自然だ。


「NPCだって物考えるんだし、そういう意味で成長する事もあるんじゃない? セプテム様も数値的な物は見えるのかもしれないけど、きっとそういうNPCの経験とかはさすがにわかんないんじゃないかな」


 それを踏まえても、という事なのだが、うまく説明できる気がしなかったので言うのはやめた。

 それにどうせマーガレットはセプテムの事しか考えていまい。まともに答えが返ってくるのは期待できない。アリソンもオクトーの事しか考えていないだろうし、エリザベスも初めて見るライオン型モンスターをアイテムで鑑定して遊んでいる。

 モニカに聞けば何か答えてくれるのかも知れないが、それが最終的なクエストの評価に影響しては問題だ。どうでもいい事でポイントを減らしたくない。


「騎士の事はもう一旦置いとこう。それより、次の任務を果たすよ。ほら行くよ」


 ジャネットの言葉にモニカも頷く。


「はい。急ぎましょう皆さん。あの赤いライオン、炎獅子は本来ペアレに生息していない魔物です。それがこのような何もない遺跡にあれほど大量にいたということは、この遺跡が当たりで間違いないでしょう」


 ならばこの遺跡群のどこかにいるはずである。

 次なる任務のターゲット、ペアレ王国第1王子が。









 崩れかけた遺跡を探しまわり、赤ライオンの目から逃れながら、ようやくそれらしきキャンプを見つけた頃にはすでに日は落ちかけていた。


 騎士と赤ライオンの戦闘の行方は気になるが、たぶんまだ続けているだろう。

 赤ライオンが劣勢なら遺跡のいたるところにいる個体も戦闘に向かうはずで数が減っているだろうし、騎士団が全滅したなら逆にライオンたちも戻って来てもっと数がいるはずだ。


 見つけたキャンプでは1人の獣人の男性が火にかけた鍋をかきまぜていた。

 王子自らがする作業とは思えないが、王子と言っても食事は取る必要があるだろうし、1人で遺跡に来ているとしたらこうした雑務もしなければならない。

 あるいは王子に食事の用意を頼まれた小間使いという可能性もあるが、これほどのイケメンである。

 きっと王子に違いない。


「──何者だ」


 様子をうかがうジャネットたちには気付いていたらしい。

 ここからクエスト第2部のスタートである。

 この日の為に、というわけではないが、今後そういうクエストもあるかと思って各種動画を見まくって密かに演技の練習を重ねてきた。ついにその成果を見せる時が来たのだ。


「……申し訳ありません、殿下。何やらこちらには不届きな者たちが近付いているようでしたので、周辺を警戒しておりました」


 彼が王子と確定しているわけではないが、あのビジュアルであのセリフなら、もう王子で間違いあるまい。

 であるなら、敬意をこめて殿下とか呼んでやれば、勝手に部下だと判断してくれるだろう。

 一国の王子ともなれば部下も無数にいるだろうし、いちいち顔など覚えていまい。

 幸いこちらは全員獣人であるし、ペアレの兵士の振りをするのは難しくない。王城勤めの本物の兵士とも会話した事があるし、ある程度話も合わせられるはずだ。

 仮にダメでもきっとモニカが何とかしてくれる。


「ふん。父の手の者か? 運が良かったな。私が炎獅子たちに獣人以外を攻撃しろと命じておらねば、今頃やつらの腹の中だったぞ。

 しかし、女とは……。わかっているだろうが、妙な事は考えるなよ」


「もちろんでございます」


 何の事だかさっぱりわからないが、とりあえず頷いておいた。妙な事というのが何なのかわからないが、わからない事など考えようがない。


 それよりどうやら、賭けはうまく行ったらしい。

 王子らしきイケメンはジャネットたちを父、つまり王様の事だろうが、その部下だと勘違いしてくれたようだ。

 女だと何か問題があるような事を言っているが、妙な事とかいうものを考えなければいいらしいので大丈夫だろう。


〈おおー〉


〈ジャ姉やるじゃん〉


〈素直に感心した〉


〈わざわざチャット使ってまで言わんでよろしい! てか気が散るから黙ってて!〉


 王子は鍋をかきまぜる手を止め、こちらに身体を向けた。

 話を聞こうという事だろう。

 ちらりとモニカに視線をやると、モニカはひとつ頷いて王子の側に侍り、王子の手からオタマをそっと受け取ると代わりに鍋をかきまぜ始めた。


 王子が自ら食事を作っていたこと、そして今になっても誰も現れない事から、どうやら王子は1人で遺跡でキャンプをしているらしい。変わった趣味をお持ちのようだ。いや、旧世代では一時期ソロキャンプという文化が流行ったようなので、この王子の趣味はそのオマージュなのかもしれない。

 セプテムから聞いている話によれば、もしこの遺跡に王子がいたならその目的は遺跡の扉の開放だろうとのことだが、なぜ1人でそれをやっているのか。もしかして人望がないのか。


「うむ。して、父はなんと? 何か、伝言があって来たのだろう」


「は、はい、ええと──」


 モニカを通じてセプテムから受けた指示は、王子を見つけたら穏便に時間稼ぎをしておくようにということだった。

 それに何の意味があるのか、時間を稼いだらどうなるのかはわからないが、あのセプテムが無意味なことを命令するとも思えない。とりあえず時間さえ稼げば、何かが起きるのだろう。


「その、その前に、現在この遺跡に攻撃をしてきている者たちですが」


「ああ、そうだな。それも気になっているところだった。お前たち、何か聞いているのか?」


 見ればモニカが王子にはわからないよう微かに頷いている。

 この方向で問題ないらしい。


 王子も興味津々なようだし、それであればジャネットもいくらか情報を持っている。すべてセプテムから聞いた内容になるが、ジャネットたちに話したということは、ここで話しても問題ない内容なのだろうし、それもペアレ王国にいては到底得られないような情報だ。きっとゆっくり聞いてくれるはずだ。


「あの者たちですが、殿下も御察しのとおり、ポートリー王国の者たちです。私どもが調べたところによりますと──」









「──愚かな。まさかポートリーが我が国の秘遺物を狙っているとはな」


 王子はジャネットの話を聞き、静かに憤慨している。

 気持ちはわからないでもない。

 確かによその国の軍隊が、突然自分の国の重要文化財を盗みに入ったと聞けば、王族ならずとも頭に来るだろう。

 即戦争になってもおかしくない案件だ。ポートリー王国というのは何を考えているのだろう。


「それに、その騎士団ですが、見た目以上に実力があるようです。殿下の配下の赤ライ、炎獅子?も、かなり劣勢を強いられているご様子でした」


「なに!? ち、見誤ったか……」


「そういった事情もありまして、ええと、殿下におかれましては、一刻も早くこちらの扉の開放をということでですね」


「ああ、わかっている。しかしな……。それより父上の方こそ、古文書の解析はどうなっておるのだ。あれをもっと詳細に調べる事が出来れば、この扉を開ける方法もわかるはずだ。

 というか王城に入ったという賊は大丈夫なのか? ここでは王都から距離があり過ぎて情報を得るにも時間がかかるし、使者も何度か何者かに倒されてしまっているらしく、情報が錯綜しておるのだ」


 王城に入った賊の心配をしてくれるとはなんと優しい王子様なのか。

 安心してほしい。その賊というのは今まさに、王子の目の前で元気にお話をしている。


 ジャネットはゾクゾクしてくるのを感じた。

 一国の王子という超重要NPCを騙し、手玉に取っているかのような快感。

 このような気分は、通常のプレイでは決して味わうことなどできないだろう。


 自分の左右で他のメンバーも微かにもぞもぞしているのを感じる。

 たぶん皆、ジャネットと同じ気持ちだ。


「賊については心配ありません。すでに賊の件は解決しており、古文書は我らの手にあります」


 嘘ではない。単にマグナメルムとしての立場からの見解を言ったまでである。

 というか、ここに来てからジャネットは何ひとつ嘘など言っていない。

 ただ王子の言葉を否定していないだけだ。きちんと頷いた事もない。

 王子が勝手に話して納得しているだけである。


「ただ、申し訳ありません。古文書の解析には今少しの時間がかかるとの事でして、殿下におかれましては──」





「──いいえ、お待たせいたしました殿下。古文書の解析、完了しましてございます」





 そこに聞き覚えのある涼やかな声が響いた。


 時が止まったかと思った。

 ジャネットのみならず、王子も驚いて声の主を見つめている。

 変わりないのは鍋をかき混ぜるモニカくらいだ。


 そのモニカのすぐ脇に、遺跡には似つかわしくない純白のローブをまとった存在が音もなく立っている。


 見間違いようもない。

 あれこそはジャネットたちの主とも言える、マグナメルム・セプテムだ。

 その姿は黄昏の落ち始めた薄暗い遺跡にあって、まるで自ら光を放つかのように浮いて見えている。

 目立つなんてものではない。一体いつの間に現れたというのか。こんな目立つ存在が近付いてきていたら、ジャネットも王子も気がつかないわけがない。


「なっ、なん、何者だ!」


「これはこれは。失礼いたしました。

 わたしの名はセプテム。そこな者どもの上司にあたる立場です。殿下はお城を出てから幾月も経っておりますゆえ、直接お会いするのは初めてになるでしょうか」


 セプテムの言葉に、とりあえず彼女は敵ではないとわかったのだろう。

 王子は幾分か落ち着いた様子で話しかけた。


「な、なに、ではプロジェクトが実働段階に入ってから新たに雇われた者ということか? 聞いていないが……、まあ、父上もお忙しいだろうし、使者ともうまくやり取りが出来ていないからな……。

 と、とにかくご苦労。それより、古文書の解析が終わったというのは──」


 努めて冷静であろうとしてか、王子は結論を急いでいる。

 本来であれば、いくら部下だと自己申告をしたところで、これほど怪しい人物ならばもっと警戒するべきだ。なにしろローブに隠されて顔さえまともに確認できない。ジャネットたちなら獣人然とした見た目であるため、仲間意識というかナショナリズムが強い傾向にある獣人同士ということでまだわからないでもないが、セプテムはそもそも人種さえわからない。

 それにこちらの上司だというならそれなりに部署を束ねている存在だということになろうが、それがどこの部署なのかなど、問いただすべきことはいくらでもあるはずだ。

 王子は長きにわたるぼっち生活で対人スキルが退化してしまっているらしい。

 完全にセプテムの放つ気配に飲まれている。

 無理もない。

 あれは第七災厄。人類の敵だ。

 王子と言えど、ヒトの域を出ない存在が太刀打ちできる相手ではない。彼女の持つ尋常でない存在感に、無意識に委縮してしまっているのだろう。


〈ものすごい絶妙なタイミングでフォローに来てくれたね! さすがセプテム様や……。てかそれを差っ引いても素直にかっこよくない? これヤバくない?〉


〈まあかっこいいのは認めるけど……。てかオクトー様は? 来ないの?〉


〈これセプテム様からの依頼だし、そりゃ来ないでしょ。災厄級が2人も来てもリソースの無駄遣いだし〉


〈ていうか、ちょっとは黙ってイベント見ようって気はないのかアンタら。静かにしてなさいよ〉


 せっかくのシリアスかつかっこいいシーンが台無しである。


「はい、殿下。申し上げました通り、古文書の解析は完了いたしました。これからその成果をご覧にいれましょう──」


 セプテムはそう言うと、まるで空中を歩くかのようにふわりと移動し、扉だけがやたら豪華な小屋の前に立った。

 そして懐から何かを取り出すと、それを扉に押し当てた。

 すると扉に彫られた幾何学模様が輝き出し、音を立てて扉が震え始める。


 何年、何百年動かずにいたのかはわからないが、パラパラと小さな破片を零しながらゆっくりと扉が開いていく。


〈開いた!〉


〈ザ・イベント!って感じ〉


〈静かに見れ!〉


「……おお……これは……このような、私が何ヶ月かけても……。それがこのように簡単に……」


 王子はここに1人で何ヶ月も扉を調査していたような事を言っていた。

 それがセプテムの手によってあっさりと開かれてしまっては、思うところもあるだろう。


「いいえ殿下。これもひとえに、殿下や陛下を始めとする王家の皆々様のたゆまぬ努力の結果です。わたしなど、それをほんの少しお手伝いしたに過ぎません」


「そう、そうか。そうだな。いやしかし、その努力の結実をここへと運んでくれたのは確かにお前だ。今や腕に覚えある使者であっても時に命を落とすほど危険な世の中だ。その情勢の中、よくぞ参ってくれた」


 王子は扉の前まで歩いていき、頭を下げるセプテムにねぎらいの言葉をかけた。


「もったいないお言葉です。しかしながら殿下。今は時間がありません。ここには今、不埒かつ悪辣なる者に操られたエルフの騎士たちが近付いております。一刻も早く、アーティファクトを」


「おお、そうだな。よし早速行くぞ。付いてまいれ──」


「申し訳ありません殿下、少々お待ちを。──誰だい、覗き見をしているのは」


 セプテムはそう言うと、茂みに向かって小さな何かを投げつけた。

 よく見えなかったがナイフか何かだろうか。

 SNSに挙げられている目撃情報や戦闘データによれば、第七災厄は基本的に魔法型だが、接近すれば格闘攻撃も多彩というオールレンジの戦闘タイプだったという事だ。この分だと、どうやら投擲もこなすらしい。


「──っと、マジかよ気付かれてたぜ。今まで誰にも見破られた事無かったんだが、どうなってんだよ災厄の感知能力はよ」


「……さすがは人類の敵といったところか。レイドボスには奇襲は出来ないという事だな。あるいは以前のアレのせいで対策をしてきたか」


 茂みから2人の男が姿を見せた。


 再び、時が止まったかと思った。

 なぜならその男のうちの1人は、純白の、リアルでは今はもう使われる事の無くなった看護用の衣服を身につけ、男性であるにも関わらずスカートを履いていたからだ。

 いやそれだけならばまだいいが、いやよくないが、その足からはもさりとした脛毛がこれでもかと自己主張をしており、白いスカートとのコントラストはさながら悪夢のようだった。

 そしてもう1人の男はと言えば全身黒タイツだ。となりの純白ナースとの対比が際立つ、などと言っている場合ではない。男の身体を遠慮なく締めつけるそのタイツは、男の引き締まった肉体をその黒い表皮に余すところなく浮き上がらせており、それは股間も同様だった。


 控えめに言って変態である。しかも高レベルな変態だ。

 白い方の変態が口を開く。


「ずいぶんと姿が違うようだが、その異常なLPにその声……。間違いないな、貴様第七──」


「殿下、お急ぎください。あれは曲者です。疑いようもありません」


「そ、そうだな。そうしよう」


「ジャネット! その曲者どもを足止めして! モニカ! ジャネットたちの援護を!

 ──さあ殿下、まいりましょう。一旦閉めますね」


 セプテムは王子の身体を扉の向こうに押し込むと、内側から何かを操作し、扉を閉めた。

 閉められた扉は一瞬だけ輝き、その後は再び沈黙した。まるで先ほどまで開いていた事など幻だったかのようにこちらを拒絶しているかのように見える。

 どうやらセプテムは扉の機構を完全に理解しているらしい。

 王子が何ヶ月も開けられずにいた扉だ。おそらくセプテム以外にあれを開ける事は出来まい。

 であればひとまずセプテムの身は安全だろう。いや、ジャネットが心配する必要などあるまいが。


「ち、逃がしたか。しかし、やはりSNSで話題になっていたローブ姿の黒幕というのは奴だったようだな。

 ところでお前たちは獣人だな? 見たところ普通の獣人にしては異常に高いLPを持っているようだが……。

 わかっているのか? お前たちが従っていたのは第七災厄、人類の敵だぞ?」


 この変態、いやこのプレイヤーはどうやらセプテムの正体を知っているらしい。

 知っているというよりは、見て確信したという感じだ。


 以前に第七災厄に会ったことがあるかのような言い回し、そしてこの余人に間違いようがない姿。

 これが噂のトッププレイヤー、ナースのヨーイチだ。

 となると黒い方の変態がモンキー・ダイヴ・サスケだろう。


 普通の、と言っていいのか不明だが、一般的なプレイ、かどうかもわからないが、とにかく闇堕ちしているわけでもないプレイヤーでありながら、突然ここに現れたとなれば警戒しないわけにはいかない。

 いずれにしても、マグナメルムの計画の妨げになる恐れがある。


 命令を受けた事だし、このプレイヤーたちはここで足止めする必要があるだろう。

 トップ層のプレイヤー相手に今の自分たちがどれだけ出来るかわからない。しかし以前にアリソンにはああ言ったが、ジャネット自身、一度試してみたいとも思っていた。

 これはいい機会だ。

 要は利害の反するクラン同士のPvPである。

 取り立てて珍しくもないことだ。





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