第291話「異国の騎士」(ユスティース視点)





 街の外を覗いてみれば、昼にはポートリー第三騎士団の姿はなくなっていた。

 どうやら任務に向かったらしい。

 順調なようで何よりである。


「お土産買うのはいいとして。この街って何か特産品とかあるのかな。あったとしても、たぶん普通に交易で輸入してるよね。お土産として喜ばれるようなものって何かあるかなー……」


 ユスティースたちがヒューゲルカップからこのゾルレンに来るのにはそれなりの時間を要したが、それは大人数の騎士団という非常に動きの遅い単位だったからだ。

 例えば2頭引きの馬車を使う行商人などであれば、もっとスピーディに行き来できるだろう。


 とはいえ、最近はこちらの方面、シェイプやペアレへの交易は少し絞り気味らしい。

 理由まではわからないが、ゆっくりと移動するユスティースたちを追い越す行商も、またすれ違う行商もほとんど見なかったのは確かだ。

 例のプレイヤー2人組の事を思えば、行商がいたらいたで揉めていたかもしれないし、それは助かったところでもある。


「交易品減ってるなら、わりと何買ってっても喜ばれるんじゃない? 隊長、保管庫持ってるんでしょう? それなら食べ物とかでも悪くなったりしないだろうし、そこらの商品買い占めて、市場ごとお土産にしちゃうっていうのはどう?」


「アリーナさんがお金出してくれるならやってもいいけど」


「……そんな給料貰ってないけど」


「知ってると思うけど、わたしもよ」


 それでも定職に就いているだけあり、ユスティースに他のプレイヤーより貯えがあるのは間違いない。

 さらに言えば、他プレイヤーがもっとも金貨を使うだろう装備品などがまるごと支給されているというのも大きい。

 後先考えなければアリーナの言ったように市場ごと買い占めるのも不可能ではないだろう。

 特にプレイヤーはインベントリがあるため、基本的に常に全財産を持ち歩いている。いつでもフルパワーで買い食いすることが可能だ。


 そんな会話をしながら、しばらく市場を冷やかして回った。

 種族が違うからか、陸続きで隣り合った街だというのに、プランタンやその向こうのヒューゲルカップとは随分と雰囲気も違う。

 売られている古着らしき衣類のデザインもそうだし、食材などの種類もそうだ。オーラルよりも北にあるというのに衣類には露出が多く、また食材は野菜や穀物があまりない。

 露出が多いのは獣人の趣味かとも思ったが、実際に着ている店員の姿を見るとすぐに違うとわかった。

 尾があるせいだ。

 それに耳をはじめとして全体的に体毛の量が多く、寒さに強いということもあるのだろう。

 ゲームを始めてこの方、ほとんどオーラルから出たことのなかったユスティースには実に新鮮に見えるものばかりだ。

 ヒューゲルカップは気に入っているし、あの街の騎士をやめるつもりはないが、たまにはこうして遠方に旅をしてみるのもいいかもしれない。

 きっとポートリーやシェイプではまた違った風景を見ることができるのだろう。


 獣人たちはどうやら肉が好きらしく、屋台でも焼いた肉ばかりが売られている。

 塩で味付けされただけのもののようだが、だからこそ肉本来の野性味ある香りを引き立てており、脂っぽくも香ばしい空気を周囲に漂わせていた。


「……肉ばっかりだし獣人の人たちって肉好きなのかなやっぱり。

 こういうのは、現地でないと味わえない雰囲気とかもあるし、せっかくだから一本食べてみようか」


「いや、言ってもオーラルだって屋台の食べ物って肉メインじゃない? 他にちゃちゃっと焼くだけで作れる屋台ものって何かあったかな……?」


 アリーナの言葉に、連鎖的に焼きトウモロコシや焼きそばなどが脳裏に浮かぶ。

 しかし言われてみればそれらを屋台で見かけたことはない。

 トウモロコシは穀物扱いで栽培されているのは知っているが、オーラルでは剥がした種子をスープに入れるなどして食事のかさましという扱いの方が強かったように思う。

 また麺類も見た事はあるが、さすがに焼きそばは無かったはずだ。麺類は茹でてソースなどに絡めて食べるのが一般的で、鉄板で焼いているのは見たことがない。


「……じゃあ、屋台飯については国に帰ったらライリエネ様に進言してみるとして。

 文化的な違いから、味付けなんかも違うかもしれないし、やっぱり調べてみないと」


「味付けなんて塩に決まってるでしょ。もう雰囲気とか調査とか言わないで、素直に食べたいって言えばいいのに」


「いろいろとあるの。罪悪感に対する言い訳っていうか、別にアリーナさんに言ってるわけじゃなくて、これは自分自身に──」


「待って、隊長。何か騒がしい」


 言われてみれば、遠く喧噪のようなものが聞こえてくる気がする。

 ダンジョンも遠い街であるし、まさか魔物が攻めてきたわけでもあるまい。喧嘩か何かだろうか。

 そういえば獣人たちは気性が荒いとか何とかどこかで聞いた覚えもある。


 他人の喧嘩というのは少しワクワクしないでもない。

 特にそれが、自分が仲裁に入る必要がない、他国のものであるならなおさらだ。









「アリーナさん! あちら側にまわってください! こちらは私が!」


 住民の喧嘩など、とんでもなかった。

 喧噪の原因はれっきとした戦闘だった。

 しかも獣人や人類同士のものではない。

 魔物と街の住民との戦闘だ。


 理由は全く分からないが、多数の魔物の群れがこの街を襲っている。


 ユスティースは素早くインベントリから剣を取り出し、1本を鞘ごとアリーナに投げ渡して、1本は自分で抜き放った。

 アリーナに渡したのはユスティースの予備の剣だ。慣れないだろうが、我慢してもらうしかない。

 ユスティースはプレイヤーであるし荷物や装備はインベントリに突っ込んであるが、アリーナの装備は宿に置いたままである。

 本来ただ土産物でも探すだけのつもりだったため、鎧や剣などは装備していなかったのだ。

 騎士としてあるまじき迂闊さと言えるが、街の住民しかいないのなら、たとえ襲われたところで丸腰であっても対処する自信はあった。魔物の領域もダンジョンも遠い内地の街でこんな事態に遭遇するなど想像出来るはずがない。


 これがヒューマンの街であれば今頃とっくに街は壊滅していただろうが、獣人たちは一般市民と言えどそれなりの戦闘力を持っているというのは本当だったらしい。皆が一丸となって魔物に対抗し、何とか壊滅的な被害は免れている。


 魔物の領域も遠く、基本的に平和な町であるゾルレンには城壁のようなものはない。

 また駐屯する騎士団もいないらしく、自警団に毛が生えたような衛兵隊くらいしかいない。

 その衛兵の普段の仕事も街なかの酔っぱらいをしょっ引くとかくらいで、先日のポートリー騎士団のようなイレギュラーに対処することさえ稀だ。

 あれとて、以前に行きずりのプレイヤーにしたように、もし騎士団の方が激昂し襲いかかっていたとしたらユスティース1人では止められなかっただろうし、それは衛兵隊も同じだろう。

 もっとも、この様子を見る限りでは、たとえ騎士団が数に任せて衛兵隊を蹴散らしたとしても、今度は逆に住民たち全員に数の暴力でやられることになり、騎士団は壊滅的被害を受けることになっていただろうが。


 ともかく、いかに住民たちが戦えるとは言っても、個々の戦闘力では職業軍人である騎士にはさすがに敵わない。

 また城壁がない事で前線の維持も困難であり、戦場はすでに乱戦の様相を呈している。

 敵の中にはパッと見た際のシルエットで獣人と区別が付けづらい、二足歩行するわんこのような者も混じっているし、乱戦の中でやみくもに戦うのは危険だ。


「住民の皆さんはなるべく固まって、下がってください! わたしはオーラルの騎士ユスティースです! 出来る限り皆さんをお守りします!」


 ユスティースの声が聞こえた範囲では、住民たちは攻撃的な行動を控え、防御に専念して固まってくれているようだ。

 また遠くアリーナの叫ぶ声も聞こえてくる。

 このまま何とか持ちこたえてもらい、その間に各個撃破して行くしかない。


 防御を固める住民たちに襲いかかる魔物に斬り付ける。

 耳や尻尾が目立つことから、後姿は犬獣人に見えなくもないが、よく見てみれば毛が多すぎる。犬獣人ではなく二足歩行型わんこ、おそらくコボルトという魔物だ。

 魔物は大半が大した強さではないようで、いつも通りやすやすと切り裂くことができる。

 コボルト以外にもゴブリンやスケルトンの姿も見える。

 どこからか魔法も飛んできているようだが、メイジ型の種族も混じっているようだ。

 複数の種族の魔物が徒党を組んで行動しているというのはかなり不自然に思えるが、今はそんな事を考えている余裕はない。

 ふと以前の、第二回イベントの事を思い出した。

 ユスティースはあの頃はまだ騎士でもなく、ヒューゲルカップは比較的平和であったため積極的にイベントに参加はしていなかったが、おそらく大陸各地でこのような光景が繰り広げられていたのだろう。


 周辺の魔物をあらかた斬り捨てたユスティースは、住民たちにそのまま防御を固めておくように言い、魔法が飛んできたと思われる方に向かった。

 メイジ型ならば一般の雑魚よりは格上だろうし、この集団をまとめている存在がいるとしたらそちらの方であるはずだ。


 するとユスティースの前に魔物たちが立ちはだかった。

 見たところゴブリンのようだが、ユスティースの知っているゴブリンとは比べ物にならないほど体格が良く、相応に上背もある。よく見れば、魔物たちの中にはユスティースよりも身長の高い者もちらほらいるようだった。

 ゴブリンだとすれば異常なサイズだし、ゴブリンでないとすればユスティースの知らない種族だ。

 情報がない状態で戦うのは危険である。


 しかしユスティースの後ろにはゾルレンの住民たちがいる。

 国は違えど、騎士であるユスティースが退くわけにはいかない。


 ユスティースは覚悟を決めて斬りかかった。

 多少サイズが大きかろうが、ゴブリンが着ているのは所詮、ボロボロの鎧である。

 ライリエネより賜ったこの剣ならば、容易く切り裂くことができる──


 しかし、そうはならなかった。ユスティースの剣は鎧を切り裂くことは出来ず、硬質な音を立てて弾かれてしまった。


「なっ!」


 初めての経験だ。

 この剣は大天使にさえダメージを通した業物わざものである。あの時の大天使の驚きようを考えれば、今のユスティースの実力ではまだ分不相応な剣であるのは確かなはずだ。

 にもかかわらず、このゴブリンの小汚い鎧に弾かれてしまった。

 幸い刃こぼれはしていないようだが、このまま無策で剣を振るうのはまずい。


「なにこれ……? まさか魔法……?」


 ぼろの鎧の防御力をそこまで高めるような魔法など聞いたことがない。

 しかし弾かれてしまったのは事実であるし、魔法であろうと鎧の強度であろうと、今ユスティースの攻撃が敵に通用しないのは確かだ。


 感触からして、スキルを駆使して攻撃力を底上げすれば何とか防御を突破できない事もない。

 しかしこれほどの防御力を持つ敵であるなら、例え攻撃が通ったとしてもそれで倒せる保証はないし、敵の数を考えるとスキルのコストを支払いながらの消耗戦というのは分が悪い。


 それにユスティースの攻撃を弾くほどの防御を備えているという事は、少なくともユスティースと同等以上の攻撃を繰り出してくる可能性があるという事でもある。

 現在ユスティースもアリーナも鎧を着ていない。さすがに鎧を着込む時間はなかった。

 住民たちを守ると啖呵を切っておきながら情けないことだが、最初から分が悪い戦闘なのである。

 敵が全員格下であるという前提で飛び込んできたとも言える。


 ぬかった。

 これはさすがに、ユスティースが調子に乗っていた。

 大天使という災厄級のモンスターとの戦闘でもそれなりに貢献し、新米らしいとは言え他国の騎士団相手でも圧倒して見せた自分の実力に、どうやら少し天狗になっていたらしい。

 ポートリーの騎士団の彼らに合わせる顔がない。

 偉そうなことを言えた義理ではなかった。


 悔しさに唇を噛み締めるユスティースに、しかし魔物たちはそれ以上、襲いかかろうとはしない。

 互いに目配せをしている。魔物がアイコンタクトなど聞いた事もないが、そもそも見たことのない魔物である。何が起きても不思議はない。

 なんだかよくわからないが、これはもしやチャンスだろうか。いや、仮にそうだとしても、不意を突いて1体2体を倒せたところで戦況は変わらない。

 それとも誘っているのだろうか。


 そう考えていると、その魔物たちは一斉に退きはじめた。

 そのあまりに統率のとれた退却ぶりは、まるで相談でもしていたかのようだ。

 最初に倒していたような、鎧を着ていない小型の魔物たちはまだ残されているが、その程度なら相手にもならない。住民たちでも倒せるくらいの脅威でしかない。

 魔法もまったく飛んでこないし、どうやらメイジ型も一緒に退却したらしい。


「……なんなの」


 結局、あの謎の魔物たちとは一合しか剣を交えていない。しかもそれも防がれてしまっている。

 その一撃でユスティースを脅威に感じたというわけでもないだろうし、何故突然退却したのか。さっぱり意味がわからない。


 しかし今はとりあえず後処理だ。

 置いていかれた哀れな魔物たちを狩りとってまわり、アリーナと合流した。

 魔物の処理が終わった後は手持ちのポーションを使い、怪我人たちの救護に当たった。









 襲撃は撥ね退ける事が出来たとはいえ、街の受けた傷は深かった。

 街の東部は3割ほどが完全に壊滅してしまい、当然そこに住んでいた人々はみな殺されてしまっている。

 ユスティースたちがもう少し早く襲撃に気が付く事が出来ていれば、もっと被害は抑えられたかも知れない。しかしあの魔物たちがなぜ退いたのかわからない以上、ユスティースたちの介入が早かったとしてもどれだけ救えていたかはわからない。

 騎士としてこれ以上なく悔しく、また考えさせられる事件だった。

 しかしゾルレンの住民たちからは涙ながらに感謝をされてしまった。


 鎧を着る間さえも厭い、着の身着のまま戦場に現れ、その身を呈して住民を守った異国の騎士。

 ユスティースとしては鎧がなかったのは自分の油断の結果だし、防衛についてもそれほど大したことが出来たわけでもない。

 しかし住民にしてみればそんな事は関係ない。

 斬られれば死んでしまうような姿であるにもかかわらず、自ら住民の盾にならんとしたその振る舞いこそが、彼らにとっては輝いて見えたらしい。


 居たたまれなくなったユスティースは、礼を受けるのもそこそこに早々に宿屋に戻り、アリーナに頼んでヒューゲルカップに鳩を飛ばした。

 鳩には、このゾルレンの街の復興に目処が立つまで、この街で復興を手伝う事を許してほしいという内容の文を持たせた。


 翌朝返ってきた鳩は、別命あるまで街で待機すること、待機中の行動に関しては報告の必要はないが、決して街から離れないこと、というライリエネからの命令書を携えていた。






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