第290話「副団長ってもしやただの女好きなのでは」(別視点2つ)





 クラール遺跡群は、ペアレ王国の中でも南部に位置する、つまり王都からは最も遠い遺跡である。

 オーギュストがここに派遣されたのは、ひとえにその実力からだ。

 ペアレ王国第1王子であるオーギュストは、父王を除けば国で一番強い人物である。となればより過酷な任務を与えられるのは当然の事だ。

 父としても、またこの兄オーギュストとしても弟シルヴェストルの実力を信用していないわけではないが、家族としてはどうしても、末っ子というのは可愛いものなのである。

 王都から遠く危険な場所の調査などは、より強い自分が行けばいい。

 オーギュストはそんな決意のもと、ここクラール遺跡群の調査に来ているのだった。





 調査は順調だった。

 城に残された古文書にあった通り、遺跡の中心にはひときわ異質な、小さな小屋のようなものがあった。

 古文書によれば、この小屋は単に入口に過ぎず、この遺跡の重要部分は地下にあるらしい。

 早期にこれを発見できたのは僥倖だった。

 遺跡群には人里離れていることをいい事に魔物が棲みついていたが、オーギュスト自身の実力や、眷属として連れてきた炎獅子たちの力があれば何ほどのこともない。

 国からは配下の騎士たちも付いてくるといってやかましかったが、置いてきて正解だ。騎士たちを弱いと言うつもりはないが、オーギュストや炎獅子と共に戦うとなるとさすがに足手まといになってしまう。


「グゥルルルルル……」


「うん?」


 この日もいつも通り、固く閉じられた扉を開けんと四苦八苦していたところに、周辺の警戒を任せていた炎獅子の1頭が何やらオーギュストに近づき、唸り声を聞かせてきた。


「……侵入者、か? めずらしいな。近くの街の住人は、遺跡などには興味はなさそうな者たちばかりだと思っていたが」


 国民である獣人たちは遺跡などにあまり興味を持たない。

 嘆かわしいことではあるが、そこに大きな力が眠っている可能性があると知らなければオーギュストとて遺跡などに調査に来たりはしなかっただろうし、仕方ないことではある。

 そう考えると、侵入者が獣人、つまりペアレの国民である可能性は低いと言えるだろう。

 となれば、久々にストレス発散ができそうだ。

 もちろん確認は必要だが、侵入者が獣人でなかった場合には、存分に炎獅子たちの遊び相手になってもらうとしよう。





 報告してきた炎獅子に案内させ、廃墟や木々の間を縫うようにして身を隠しながら移動し、問題の侵入者を確認できる位置までやってきた。

 オーギュストの目に映った侵入者は、侵入者というにはいささか派手に過ぎた。

 すでに他の炎獅子たちと大規模な戦闘を繰り広げており、さすがに遺跡群の外から分かるという事はないだろうが、相当遠くからでも何かがいるのは丸分かりだ。


「あれは、エルフか? しかも騎士団規模だな。なぜエルフの騎士団などが我が国に……」


 エルフの騎士団となれば、それを擁しているのはポートリー王国以外にはありえない。

 ポートリー王国とペアレ王国は、特別仲が良いというわけでもないが、悪くもなかったはずだ。もともと間に複数の国がまたがっていることもあり、そもそも接点がない。接点がなければ、仲も悪くなりようがないというものだ。

 少なくとも、このように軍を率いて侵略される謂れなど無いはずだった。


「……領地目的……だとしても、間にヒルスを挟んでいる以上、ポートリーにとっては飛び地になる。メリットがあるとは思えん。

 まさかポートリーはヒルスの全てを平らげたのか? いや、さすがにそんな大事があれば父から連絡が来ているはずだ」


 それに進軍経路も問題だ。

 ポートリーがペアレに進軍するためには、旧ヒルス王国かオーラル王国を縦断する必要がある。

 つい先達せんだって、第七災厄にポートリー王が倒されたという話も聞いた。きっかけとなったのはポートリー第三騎士団によるヒルス侵攻だと聞いている。そのような状況でまさか災厄のいるヒルスの地を土足で踏み越えるなど考えづらい。そんな事をすれば、今度こそ国ごと滅ぼされてしまうだろう。

 今や各国の中で、旧ヒルス王国領というのは絶対不可侵の意味を持っていた。それも当然である。誰がかつてのヒルスや、そしてポートリー王の二の舞を望むというのか。

 となれば、ポートリー騎士団が通れるルートはオーラル王国内しかない。


「オーラルと我が国は、決して悪い関係ではなかったはずだ。確かに以前、国を捨てて逃げるような事を提案してきたどこぞの惰弱な領主を冷たくあしらったことはあったが、あれ以降もその街も含めて交易は続けられている。交易しているということはその領主も自分の非を認めたのだろうし、あの件は終わっているはず……。それに他国の騎士団に国を縦断させるとなれば、いち領主の私怨などでは実現できんはずだ」


 さっぱりわからない。

 さっぱりわからないが、目の前にある現実として、エルフで構成された武装集団がオーギュストの調査区域に侵入してきているのは確かだ。


「……面倒だ。殺してから考えよう。エルフならば、間違いなく我が国の住民ではない。ならば殺しても問題あるまい」


 ──行け、炎獅子たちよ。そしてあの群れのボスの首を俺に献上せよ。


 オーギュストの号令一下、真紅の獅子たちがエルフの騎士団に襲いかかった。


 それを確認するとオーギュストは再び、遺跡の中心のキャンプに戻っていった。

 このようなところで油を売っている暇はない。

 例の扉の開け方は未だにわからないままだ。

 おそらく北ではシルヴェストルも苦労しているのだろうし、ここはオーギュストが先にこの扉を突破し、弟に教えてやるべきだろう。





***





「班ごとに固まって防御しろ! 敵の攻撃属性は炎だけだ! 炎に対する守りを固めれば過度に恐れる必要はない! 落ち着いて対処するんだ!」


 ポートリー第三騎士団、副団長のロイクは声を張り上げた。

 敵は強力なモンスターだ。ユスティースやアリーナならいざ知らず、今の自分たちではとても太刀打ちできる相手ではない。

 しかしこちらには数がいる。

 確かにフィールドは古ぼけた石柱や瓦礫などに塞がれ、さらに石畳の割れた場所からは雑草や低木などまで生えてしまっており、大軍を展開するには不向きと言わざるを得ない。

 だがそれも、団員たちを予め決めておいた班ごとに分け、少数単位にして敵1体に対するようにすれば最小限の戦力低下で済む。

 相手も連携が取りづらい以上、圧倒とまではいかないまでも、これなら互角に持ち込めるはずだ。


「ぐう! おのれ! くらえ!」


 襲いかかってきた赤い獅子の爪を盾でガードし、空いた脇腹に剣を突き入れる。

 さすがに避けられ、大ダメージとはいかなかったが、僅かなりとも傷を付けることも出来た。これならばやれる。

 あまりに相手との実力差が開いてしまうと、無防備な皮膚に剣を突き出してもまったくダメージを通せない事もあると聞く。そうでなかっただけ今回はマシだろう。これも旅の間、雑談混じりにユスティースから聞いたことだ。

 もっとも聞かされた当時は雑談を交わせるほどの気安い間柄ではなく、これも模擬戦でこてんぱんにされた後に、この程度の実力では、の言葉の後に続けて言われた事なのだが。


「相手は強い! だが、強すぎるわけではない! 少なくとも騎士ユスティースよりはかなり格下だ! ならば勝てないなどとどうして言えようか!」


 応、と力強い返事がそこかしこから聞こえてくる。

 士気は上々だ。

 正規の団長でもないロイクに、皆よく付いてきてくれている。任務が終わった後、ファビオ団長に指揮権を返上するのが惜しくなるほどだ。


「副団長! しかし、あの! 案内役の、獣人たちは! どこに、行ったんでしょうか……ね!」


 獅子の攻撃を巧みにいなし、ロイクと連携しながらも、副団長補佐のトマがそう声を上げる。

 確かに、この遺跡群までロイクたち騎士団を案内してくれたはずの獣人たちの姿は今は見えない。


 あの獣人のガイドたちは、近くの街、ゾルレンで雇った者だ。

 傭兵に頼るというのも、この旅に出たばかりの第三騎士団であれば、決して受け入れる事は出来ない事であった。

 しかしこの旅を通し、エルフの傭兵にいいようにやられ、そして他国の騎士にも手玉に取られたロイクたちは、今や傭兵だろうとなんだろうと、自分たちよりも優れた部分のあるものであれば、内心はどうあれその教えを乞おうという選択も冷静に取れるようになっていた。

 もっとも、今回に関して言えば本国からの指令書にそう書いてあったからということもあるが。


 傭兵組合で周辺の案内を頼んだ際、受付に事情を話すロイクの前に現れたのが案内役の5人の娘たちだった。なぜ傭兵などしているのかと思えるほど、他人種のロイクから見ても整った顔立ちをした4人、いや5人だった。1人は少し控え目というか、宿屋の看板娘あたりがちょうどいいかというくらいだったが、まあどちらかといえば美人であることに変わりない。そういえばユスティースも、ヒューマンながら美しい顔立ちをしていた。

 とにかくその5人の獣人の娘たちは、ちょうど手が空いていると言うことで、組合に出す前のロイクの依頼を掠め取った。

 組合としては当然いい顔はしない。

 しかし娘のひとりがロイクに依頼料を尋ねるとポケットに手を突っ込み、瞬時に計算したのか本来手数料として組合が受け取っていただろう金額をカウンターに置いた。

 組合の受付はしばらく計算していたようだったが、やがて何も言わずに引き下がった。適正だったのだろう。

 あの計算をあの速度で行なう事が出来るとは、今すぐにでも大きな商会で働けそうな頭の良さだ。

 本当に何故傭兵などしているのか。


 そうして5人の獣人娘に案内されてやってきたのがこのクラール遺跡群である。

 場所も名前も全てガイドたちから聞いた事だ。今となっては本当なのかどうかさえわからない。上から受け取った地図には大まかな位置は書いてあるものの、名前までは記入されていなかった。


「どこに、行ったのかなど! 知らん! それに周辺の、遺跡に案内! するという依頼は、すでに達成している! 文句は、言えまい!」


 赤い獅子の動きにもだいぶ慣れ、戦闘中の会話もなんとか可能になってきた。

 たとえ単体では自分たちより強いとしても、あのユスティースよりも速度がない相手の攻撃なら見極めるのも不可能ではない。


 ガイドの彼女らにした依頼内容には戦闘は含まれていなかった。

 当然だ。

 いかに新米と言えど、騎士団が現地のガイドを雇うのに、依頼内容に戦闘行為など入れられる訳がない。


「それに! まだ、金を、払ってない!」


 そうなのだ。

 現状で言えば、単に彼女たちは手数料を余計に組合に払って、無給でここまで案内してくれただけなのである。

 ここでロイクたちが全滅してしまうようなことがあれば、タダ働きをさせてしまったことになる。

 たとえ獣人相手とは言え、そのようなセコい真似が出来ようはずがない。

 何としてもここは生き延び、彼女らに報酬を支払わなければならない。


「皆、聞け! 敵の勢いはかなり落ちてきているぞ! もうひと踏ん張りだ!」


 そして国から受けた任務、ペアレ王国遺跡にあるというアーティファクト奪取の命を達成し、凱旋するのだ。

 このような何があるわけでもない古いだけの遺跡で、これほどまでに強力な魔物が、まったく周辺の街に被害を出すような事なく生息している。

 明らかに不自然だ。

 まだこの遺跡が目的の場所、アーティファクトがある場所だと決まったわけではないが、少なくとも何かはあるはずだ。

 獅子を操る何者かにとって、守るべき何かが。


 首尾よく任務を達成したならば、すぐに国に帰ることになるだろう。ヒルス王国が通れない以上、帰りは同じ道になる。

 当然帰りもヒューゲルカップに寄ることになるだろうし、そうすればまた会うことも出来る。

 その時は胸を張って、もう一度礼を言うのだ。

 おかげさまで任務達成出来ましたと。





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