第287話「寄生虫」





「うん。これならバンブのところに送り込んでも問題ないかな」


「言うほど問題ないかな? めちゃめちゃ丸くない? 何で急に太ってるの?」


 今の教授のビジュアルは、コロコロと丸っこい、二足歩行するタヌキである。


「いや太ってはいない。スキルの『変態』を発動するとこうなるというだけだ。丸く見えるのはおそらく毛の量が多いせいだな。人間形態の時の毛の生え具合が影響しているのかもしれないね」


「あ、髭の分か」


 こうした事態も含めて、キャラクターリメイクの際に毛の生え具合も変更できるという事なのか。

 いやこんな事態を想定して髭の量を調節することなど普通はない。

 一体何のために毛の生え具合などという項目が用意されているのだろう。


「バンブのところにはコボルト系のプレイヤーもたくさんいるし、コボルトシャーマンとかメイジとか言い張れば行けるんじゃないかな」


 そのために特性の矮躯もオンにさせ、身長はレアの胸ほどまでしかない。正体が教授だと知っていなければ非常に愛らしい生物だ。


「いけ……るかな。よく見ると目付き悪いし、どう見てもカチカチ山で燃やされる系アニマルだけど」


「タヌキだってイヌ科だし、別に問題ないでしょう。個体差個体差」


 もし『鑑定』でもされてしまえばバレてしまうが、プレイヤーである教授なら、バレたかどうかはシステムメッセージである程度わかるはずだ。抵抗に成功していればバレることなどあり得ない。

 その場合でも課金の鑑定アイテムで突破できない実力者、つまり現行のトップクラスのプレイヤーを凌ぐ実力を持っている事はわかってしまう事になる。しかしMPCの魔物プレイヤーには実力的に上位の者も多いし、おそらく課金アイテムの『鑑定』ならば弾けるプレイヤーは少なくないだろう。


 と言っても、今すぐ出張に行くわけではない。

 出来る事は今のうちにやっておくべきという、レアとライラの一致した見解があったためである。

 出来る事というのは、眷属を生み出して勢力を作り、教授が直接戦わなくても経験値が得られるシステムを構築しておく事だ。


 教授は『産み分け』によってインファントリーアントやマーダークリケットを産み出すことができるようになっていた。

 ベスパイドだったころのスガルを思いだせばアリしか生み出せないはずだが、あの頃とは違いコオロギの特性を混ぜ込んだり色々してしまっている。それらによる影響か、あるいはホムンクルスからの転生先にマーダークリケットがあったことが関係しているのかも知れない。変態リストにコオロギ系の特性が載っていることが関係している可能性もある。

 もはや前提がごちゃごちゃしすぎてしまっていて条件の特定は非常に困難だが、どのみちレア自身で使用する予定のないスキルであるためどうでもいい。

 クイーンべスパイドから引き継いだ『使役』を使ってこれらを眷属にすれば、ちょっとした勢力の完成だ。このスキルはアリ限定のものかと考えていたが、どうやら『産み分け』で生みだした魔物に対して特効があるようだ。あるいは基本的に被創造者は創造者に逆らわないため、まったく抵抗しない相手であればどの『使役』であっても同じなのかもしれないが。


 単に戦力的な事だけ言うなら、もともとクイーンベスパイドを教授に喰わせなければそちらで出来ていた事だと考えるとその分アドバンテージを損した感が凄まじいが、それは言っても仕方ない。


 なお『産み分け』はビジュアル的には、薄膜に包まれた巨大な虫を口から吐くというものだった。これが人類型をしているからなのか男性アバターだからなのかはわからないのだが、絶対に自分ではやりたくない。教授にやらせてよかった。

 その教授にしても、苦しいなどの肉体的苦痛は感じないようだったが、精神的にはそうでもないようで、一度気を失い、VRマシン側のセーフティが働いて強制ログアウトをしていた。

 二度目からはそのようなことはなかったが、気を失う方がましだと言いながら目をつぶって吐いていた。


「バンブのところに行くんだったら、この子らは連れて行けないね」


 タヌキ顔した自称コボルトシャーマンがアリやコオロギの大軍などを引き連れてきたら、まともなプレイヤーなら人類であろうと魔物であろうと関係なく攻撃してくるだろう。


「経験値吸い上げ装置と割り切って、どこかのダンジョンに放り込むしかないよやっぱ」


 ライラの言う通り、それしかない。

 アリということならレアの支配地のダンジョンで適当にプレイヤーの相手をさせておくのがいいかもしれない。

 あるいは未知の領域に攻撃要員として送り込んでもいいだろう。失敗しても痛手はない。


「私と共にその、バンブとか言う協力者のところに連れて行って、ええとMPCだったかな、のプレイヤーたちを襲わせればいいのではないかね。どうせ隣にいる私の仕業などとは言わねば分かるまい」


「『使役』をゲットして2秒でそのマッチポンプ案が出てくるあたりなかなか評価高いけど、残念ながらMPCの彼らがいるあたりの地域にはアリとかは居ないから自然に演出するのは難しいかな。コオロギだけなら見たことないから逆にいけるかもしれないけど」


 これから世話になろうという組織にこっそり攻撃を仕掛けて経験値を得ようとは、さすがのレアでもすぐには思いつかない非道なアイデアだ。

 そしてそれを高く評価している辺り、やはりライラと教授は根っこの部分で似ているものがある。


「別にそれだったらわざわざMPCに仕掛けなくてもいいでしょう。たぶん返り討ちにあって終わるよ。教授が知っているかどうかはわからないけど、魔物プレイヤーは数こそ少ないけど、実力的には大半が人類プレイヤーより上だったはずだよ。装備も充実してるしね。

 それだったら普通の人類の村相手の方が効率いいんじゃないかな。コオロギも大量に用意して襲わせれば、このゲーム世界特有の蝗害こうがいみたいなものとかって誤認させられるかもしれないし」


いなごというには少し脂ぎってないかね」


「ああ、おっさんだしね」


「いや私ではなくて」


「それよりイナゴって表現型可塑性って無いんじゃなかったかな。蝗害は相変異するタイプの、サバクトビバッタとかによる食害とかの事だから、厳密にはイナゴは蝗害にはならないんじゃない?」

 

「どうでもいいよ。話したいならレポートにまとめといて」


 教授に対してもこれを言っておけばよかった。


「先日のルート村の目撃証言の話ではないが、もしもどこかに本物の蝗害を起こすモンスターなどがいたら、一発でバレてしまわないかね」


 少し違った視点からアドバイスが来るというのは助かる。

 出来ればここに、ブランやバンブなどもいればもう少し多様性のあるブレインストーミングができるのだが。


「別にそれで困ること無くない?」


「まあ……言われてみれば確かに。私が仮に考察するとしても、イベント専用モンスターだとか、あるいは災厄が自分に都合のいいように強化しただとか、そのように解釈してしまいそうだ。

 ああ、強化と言えば、今さらだが例のローブ姿の黒幕というのは貴女たちでいいんだよね?」


「そうだよ。教授もローブ欲しい?」


「くれるのかね」


「何かひとつでもお仕事うまく行ったらね」


 ブランとバンブにはそれぞれ赤と緑のローブを渡してあるが、ブランは創立メンバーと言えるし、バンブはこちらからスカウトしたようなものだ。

 押しかけ採用の教授とは立場が異なる。


「それにしても、マーダークリケットって普通のデカいコオロギなんだね。アリと混ぜ混ぜしちゃったし、アリヅカコオロギとかにでもなるのかと思ってたけど」


 ライラが教授の生みだしたコオロギの頭を撫でながら言った。

 さすがはレアより長く生きているだけの事はある。

 このビジュアルの生物に触るというのは、レアではもう少し時間がかかる。


「アリヅカコオロギって、アリの巣に間借りする寄生虫じゃないか」


「だから、寄生虫でしょ?」


 きょとんとした顔でライラが言う。

 確かに、現状の教授は寄生虫以外の何者でもない。


「……これからせいぜい頑張るよ」


 虫の大軍が効率がいいのはレアもよく知っている。

 準備に時間がかかってしまうのは否めないが、コオロギの大軍を用意して村落を襲うというのは実に理に適っていると言えよう。

 実際の飛蝗と違って雑食性というのもいい。

 結局、しばらくの間教授はコオロギを産む機械としてトレの森で缶詰になることに決まった。


「あれをまた、しかも延々とやるのか……」


「強くなるためには仕方ないでしょう。人は何かを失う事でしか強くなれないんだよ」


「私に言えたことではないが、せめてもう少し選択肢を用意してほしかったんだがね……」


「こちらが用意できる選択肢といったら、ポーションの種類くらいかな」


 それならよりどりみどりである。









「ずいぶん無駄に時間食っちゃったな。そろそろ帰るね。心配だし」


 ヒルス王都のヴィネアの事だ。

 定期的にフレンドチャットで連絡は取っているし、ディアスやジークに教育を任せてきたのでよほどのことがない限り大丈夫だとは思うが。


「心配? 何か心配なことでもあるの?」


 ヴィネアの事を話そうか、とも考えたが、絶対にろくな事にならない。

 ライラには黙っておく事にした。


「……教授にかかりきりで、自分の支配地をあまり見れてなかったからね」


「……ふうん?」


 ライラはすぐに余計なことに気が付く。

 とはいえ、心配事があると相談する場合もある手前、あまり適当にあしらうわけにもいかない。

 こう見えても感謝していないわけではないのだ。


「まあちょっと、長く空けすぎたっていうのもあるし。ライラも自分のところに戻った方がいいんじゃない? 特にオーラル王都とか、最近立ち寄ってないでしょ」


「あっちはいいよ。優秀なのがたくさんいるからね。前国王夫妻を生かしておいたのは正解だったな」


「そう。うちはちょっと心配なのもいるから、とりあえず戻るね。じゃあ、教授の世話はよろしく」


「──とは言ってもやっぱり一度見ておいた方がいいかなよし私も戻ろう」


 現金なものである。


「じゃあ教授。ノルマ達成したら連絡ちょうだい。一応そこに生えてる世界樹に見ておいてもらうから、あんまり妙な事はしないようにね」


「わかっているとも。それと産み出した魔物の性能試験もしておきたいのだが」


「ああ、うーん。まあ、いいか。この森にたまに来るプレイヤーたちに相手してもらうといいよ。

 教授自身が出向くときは、人類でもホムンクルスでも、あとそのタヌキ顔でもない姿で行ってね。万一誰かに見られると面倒だし」


 コオロギに関してはこれから大陸の至る所を襲う事になるだろうし、ここで少しプレイヤーに見せたところで変わらないだろう。ここが発生源だと思われたとしても、それで困る事もない。

 ただし、教授の姿は別である。

 教授然としたエルフスタイルやホムンクルススタイル、そしてこれから活動する予定のぽんぽこスタイルで人前に出るのは問題だ。


「うむ。コオロギを生み出す魔物にふさわしい姿で行くとしよう。ところで鏡はないのかね」


「……はいこれ。後で返してね」


 注文の多いことだ。

 鏡はヒルスの王城にあったものしか持っていないため、予備がない。

 作ろうと思えば作れるものであるし、作ろうと思わなくともリフレの街で普通に生産しているかもしれない。他にも用意しておいた方がいいだろう。


 教授に一時の別れを告げ、レアとライラは各々の城に戻った。


 本来今は非常にデリケートな時期でもある。

 今度こそ本当に、そろそろユスティースの引率するポ騎士団──ポートリーのポンコツ騎士団──がペアレに入る頃のはずだ。

 教授にばかりかかずらっている暇などないし、それはライラも同じである。





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