第286話「狸親爺」





 結局、森エッティ教授についてはレアもライラも引き取らなかった。

 しかし教授が自分から経験値稼ぎの為に戦うはずもないし、その方面から強化する件については棚上げされたままだ。

 とはいえ、プレイヤーたちからの『鑑定』はガードしておく必要がある。

 経験値を全く使わずにその水準まで戦闘力を引き上げようと考えたら、とにかく強大な魔物を混ぜまくるしかない。


 この呪いの人形を自分の眷属として経験値を与えるくらいなら、多少ロスが大きいとしても女王級などを生み出して与えてしまったほうがいい。

 レアはそう考え、スガルに指示して新たなクイーン・ベスパイドを生み出した。


「……なるほど、こんなに容易にこれほどのモンスターを生み出せるのか。現状のプレイヤーやNPCたちでは太刀打ちできないわけだ」


「無駄口はいいよ。アルケム・エクストラクタだと素材にしたキャラクターの、能力値の何割かしか継承出来ないから、彼女1体で『鑑定』アイテム抵抗ラインに達するのはたぶん難しいと思う。もし足りなかったらまた追加しないといけないんだから、ほら、早く」


「わかってるよ。

 いやしかし、これは実に面白いアーティファクトだな。ホムンクルスと非常に相性がいい。アイテムとして存在するということは何者かが作ったのだろうが、誰がこんな物を作ったのだ。

 アーティファクトであるし、各国王都にあるとされる精霊王のなんとかとかいうシリーズと同じ作者だろうか。だとしたら、製作者は精霊王なる人物ということなのかな。

 そのあたり、貴女はどのように──」


「わかってないじゃん。話聞いてた? 無駄口叩くなって言ってるんだけど」


 強引に教授と女王を装置に押し込む。

 女王は以前に融合したアラクネアなどと違って若干悲しげな雰囲気を纏わせていたが、わかってほしい。これもレアのためなのだ。


「レアちゃん。彼の話は真面目に取り合わない方が良いよ」


「そうみたいだね。もう覚えた」


 教授の話は長い。

 まともに取り合っていてはどれだけ無駄に時間を食われるかわかったものではない。









 アルケム・エクストラクタのクールタイム明けを待つ間、教授は経験値稼ぎに行こうとしないし時間もあったので、色々と聞いてみた。

 特に教授が交渉材料に使ってきていた、ヒューゲルカップの領主が入れ替わっている事に気付いたきっかけや、異邦人についてなどだ。


 ヒューゲルカップの領主について、教授から聞いた話をまとめるとこういうことらしい。


 領主は以前は、あまり人前に姿を晒したりはしていなかった。

 と言ってもライラは現代人の感覚で普通にしていただけである。ただ他の地方の領主のように、人前で演説をしたり、定期的にイベントに参加して挨拶をしたり、そういった事はしていなかった。ヒューゲルカップはもともと領主が居なかった街ということもあり、イベントで領主が挨拶をするという習慣が無かったせいでもある。


 現実でも例えば市長などの職に就いているような人物は、頻繁にイベントに参列して挨拶をしたり、場合によってはメディアに顔出しをしたりなどもするし、選挙の折には街中にポスターが貼り出される。そのため選挙権を持つほとんどの市民は市長の顔くらいは見たことがあるのが普通だ。

 しかしポスターもメディアも無いこの世界では事情が異なる。

 住民が領主の顔を見ようと思ったら、領主の側から積極的にアピールし、露出してやる必要がある。

 任命されて以降、ほとんどの時間を街の重要人物への根回しや通常の行政などの業務に費やしていたライラは、これを全くやっていなかったのだ。


 そして、ライラにとって最初で最後となったお披露目の舞台、オーラル革命においても、その姿は全身鎧によって隠され、その鎧の勇ましさだけが人々の記憶に焼き付けられた。

 さらにその後は前にも増して人前に姿を現す事が無くなった。これはレアと顔が似ているため、レアの方からそう要求したからだ。


 しかし領主役がライリエネに変わることでこの状況は一変した。

 ライリエネはレアとは顔が違うため、人前に出るなとの制約も解かれた。また街の重要人物を全てシステム的に支配下に置いた事で根回しの必要もなくなり、さらに大天使討伐などの公式イベントも重なって急激に露出が増える結果になった。

 教授はこれに違和感を覚えたという事だ。

 もしや領主は、途中で入れ替わっているのでは、と。


 妄想たくましいとしか言いようがないが、過程はともかく結果だけは合っている。

 例の詐術と組合わせれば大抵の人間は強引に納得させられるだろう。


 また、異邦人についてはこう語っていた。

 

「異邦人と言えば、一般的には外から来た人間、例えば外国人に対して使われるのが普通だ。

 この大陸においては国家間の交流が少ないとは言っても、無いわけではない。現実世界と比べれば一般人が外国人と接する機会も格段に少ないだろうが、傭兵という職種の者や行商人もいるし、それなりにはあるはずだ。そうした、言わば異質とも言える存在に対しても、大陸の住民が異邦人と呼んでいるような事実はなかった。ライラ嬢がこの単語を選んだのも、現在使われていない言葉だったからだと思われる。

 また、現実世界においては「異邦人」にはもうひとつ、歴史的な意味がある。

 それは「異教徒」に近いニュアンスの言葉であるという事だ。

 これは主にはユダヤ人がユダヤ教徒以外を指して呼ぶ事が多かったが、時にはユダヤの血統ではない人々や、あるいはイスラエルの血統ではない人々を呼ぶ際にも使われていた。

 大陸全土でこれまでこの呼称が使われてこなかった理由については、おそらく大陸が宗教的には統一されていたからだと思われる。今でこそ各国聖教会という形で分裂してしまってはいるが、私が調べた限りでは元はひとつの教会だったそうだからね。

 また血統についても、これだけ雑多な種族が入り混じる大陸において、たったひとつの宗教が信仰されていたのなら、宗教的に血筋について重要視するという考えも生まれなかったのだろう事が推測できる。

 そんな中、これまで使われることのなかった「異邦人」と言う言葉が、ここ最近で急に使われるようになった。そうちょうど、正式サービスが始まるかどうかという頃からだ。

 歴史的背景を考えると、この言葉が突然登場するのは不自然だ。

 あるいはもっと長いスパンをもって、エトランゼとしか言いようのない文化形態、あるいは生態の者たちが突然現れたから、この頃から異邦人と言う言葉が流行りはじめたのだというのならわからないでもない。

 しかしやはりタイミングを考えると急過ぎる。なにせ我々がゲーム世界に登場してからそう間が経たないうちからだったからね。

 何者かがプレイヤーという存在に対して確信的に使い始めたと考えなければ納得がいかない。

 それが運営である可能性もあったが、ここに来て発祥がヒューゲルカップだと聞いて、それなら怪しい領主の仕業だろうなと、そう思っただけだよ」


 この説明の際には当然ライラから何度も訂正やツッコミが入っていたが、結果として教授の言う通りなのだから無駄な抵抗に過ぎなかった。

 ライラが適当に流したほうがいいなどと言うのは、結果的に正しいのなら抵抗しても時間の無駄だし、間違っているならやはり聞くだけ時間の無駄だからだろう。









「あ、出てきた」


「見た目変わってないね」


「──出てくる前に特性はオフにしておいたからね。いやしかし、これは素晴らしい力だな! これならば、いくら戦いが苦手だと言っても──」


「はいアウト」


「もうその下りいいから」


 戦闘においてあれほど怠惰だった教授をしてこの感想を抱かせるとは、このゲームは本当に認可を取っているのだろうか。





 その後も何度か、手札にある魔物や素材のうちの何体かを教授に喰わせ、レアが購入した課金『鑑定』アイテムが効果を発揮しなくなったところで区切りとした。


「さて。そろそろ転生先もひと通り出揃った感あるんじゃないかな。

 どれにするんだい教授。やはりマーダークリケット、いやジェノサイダークリケットかな」


「いやいやレアちゃん。せっかくだし、アンデッド混ぜたときに出てきたグリム・リーパーでしょう。

 これってその先とかあるのかな。名前からしてすでに強そうなんだけど」


「好き勝手言ってくれるじゃないか。まあ、グリム・リーパーはそそられるものがあるが」


「じゃあ何にするの」


「私が選んだのはこれだ。──ウェアビーストに転生する」


 その言葉がトリガーとなり、教授の姿が光に包まれ見えなくなっていく。


 ウェアビーストは確か、リーベ大森林で生き残っていた大型の魔獣を飲ませたときに出てきた選択肢だ。

 いざという時のためにモフモフした成分が欲しいとワガママを言うので、わざわざあちらに飛んで捕まえてきたのである。何がどういざとなったらモフモフ成分が必要になると言うのか。

 それほど強いイメージは無いし、獣人やあるいはコボルトのような人獣との区別もよくわからないのだが、なぜウェアビーストを選んだのだろう。

 字面ワードのパワーで言ったら絶対にジェノサイダークリケット一択である。教授は『弓術』も伸ばしているし、これで『ジェノサイドアロー』などを放てば相手も恐怖するに違いない。


「──ふう。おや。ウェアビーストならヒューマン準拠かとも思ったのだが、視線の高さが変わらないな。小さいままだぞ。もうホムンクルスではないというのに」


「特性に「矮躯」っていうのがあるね。ホムンクルスだった頃は無かったと思ったんだけど、ウェアビースト特有の特性とも思えないし、これホムンクルス経由したせいなのかな」


「なるほど──。おおおお、オフにしたら背が伸びたぞ! これは面白い!」


 他の特性には変態ももちろんあるが、これはコオロギを混ぜた時にはすでにあったものだ。

 ウェアビーストが獣に変身する人間というような種族であるなら、これに似た特性は当然持っているものと思われるが、他に該当する物はない。となると転生時にも変態を得たが、元々持っていたため統合されてしまったと考えるのが妥当だろうか。


 しかし、これらのデータを見ていて思い出した。

 もともとは、バンブの元に送り込むにあたり、他のプレイヤーに不審に思われない程度にごまかした外見にするのが目的だったはずだ。

 見たことないモンスターを生みだして遊ぶのが目的ではなかった。

 そういう意味では獣に変化できるウェアビーストは適任だろう。


「ちなみにウェアビーストって言うくらいだし、何かの動物に変身するんだろうけど、何に変身するの?」


「私かね? 狸だが?」


「いや自己紹介なんて聞いてな……あ、タヌキに変身するって意味?」


「他にどんな意味が?」


 紛らわしい。

 しかしそういえば、リーベ大森林から持ってきた魔獣は確かにタヌキ型だった。ゲームを始めて最初の頃にケリーたちに狩らせたのと同じ種だ。ずいぶんと懐かしい。


「変態スキルの派生で、コストを支払うことで一定時間変身していられるようだね。コストは固定値だから、ある程度能力が高ければ自然回復で相殺できるな。これがウェアビーストの持つ種族的な能力ということなのだろう」


 おそらくだが、スガルが『産み分け』によって増やした変態リストのようなものだろう。ウェアビーストも同じシステムで変身するらしい。もしかしたらスガル同様、部分的な変態も出来るのかも知れない。

 だとしたらかなり将来性のある種族と言える。

 というか、教授は『産み分け』も持っているはずだ。これで例えばソルジャーべスパを生みだしたとしたら、変態リストに翅などを追加する事も可能なのだろうか。


「ところで、先ほどから何度も抵抗に失敗したとかメッセージが出るのだが。そして貴女たちはあきらかに私のステータスを覗いているな? 鑑定アイテムが機能しないのは確認済みだったと思うのだが、どういうことだね」


「いろいろあるんだよ」






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