第288話「俺たちのスタイル」(クロード視点)





 国境線で行われていた謎の検問をなんとか突破し、クロードとジェームズはようやくシェイプ国内に入ることが出来た。


「国境で検問なんて初めて見たぜ。スレで言われてたキナ臭いってこのことか」


「勢いで突破しちまったけどよ、大丈夫かこれ。検問なんてしてるくらいだし、下手すりゃオーラルよりも警戒厳しいんじゃねえのか」


 検問を突破したと言っても、兵士に分かってもらったために通行を許可されたという意味ではない。

 兵士たちは誰であろうとも通さないよう命令されていたらしく、こちらの素性は関係ないという感じだった。

 埒が明かないと感じた2人はその場にいた兵士をすべてキルし、死体を片付けて何食わぬ顔で通過してきたのである。

 シェイプ側からこちらを窺っている人物の姿も見えたためはじめは躊躇していたが、その人物も兵士に見つかりたくないのかすぐにどこかに行ってしまった。

 単に国境の様子を見に来ただけらしく、しばらく待っても戻ってくる気配もなかったので、安心して兵士たちをキルする事が出来たのだった。


「にしてもガラの悪い兵士だったな。兵士ってかチンピラだぜありゃ。鎧も不揃いだし、目付きも話しぶりもとても公務員には見えなかった」


「兵士って公務員でいいのか? まあ、なんか色々あって急に集めた臨時の職員とかじゃないのか? 日雇いみたいな」


「なるほど日雇いって言われりゃそんな感じもしてくるな。慣れてない風だったし」


 そんな話をしながら歩みを進め、すこし街道を外れたあたりで一旦休憩することにした。街道沿いで休憩すれば誰かに見られる恐れがあるからだ。

 国境線が封鎖されている以上、正規の理由で国の端の辺りの街道を使う者などいないはずだ。街道沿いで呑気に休んでいるところを別の兵士などに見られてしまえば、また面倒事になりかねない。

 しかし仮に誰にも見られなかったとしても、交代の兵士か何かが国境の関所まで行ってしまえば死体が発見されてしまう。

 死体を片付けたとは言っても、消えてなくなったわけではないのだ。

 交代の為に来たにもかかわらず係の兵士がいないとなれば行方を捜すだろうし、そうなればいずれ死体も見つかるだろう。

 遠からず周辺の捜索は行なわれることになるだろうし、あまりゆっくりはしていられない。


「死体をインベントリにしまっちまえば、ちょっとはごまかせたかもしれんがな」


「いや死体がなくても兵士がいなくなってることに変わりはないし、大差ないだろ。それに人間の死体をインベントリに入れるってのはさすがにちょっと」


「まあそうだな。いくらPKっつっても、越えたらまずい一線てのはあるわな」


 休憩がてら、公式SNSにアップされているプレイヤーメイドの地図を開く。


「ええと、今が多分こことここの間くらいか。もう少し西に行けば街があるな。とりあえずそこまで行けば転移できるか。ここまで来れば俺たちの顔を知ってるやつもいないだろうし、街に入っても問題ないだろ」


「でもよ、別に目的地らしい目的地があるわけでもねえし、転移はしないで歩いて移動しても変わらなくないか? ここの兵士もさっきのチンピラ検問兵レベルだったら大した強さじゃなさそうだし、街道を巡回してる兵士を狩りながら移動ってのも悪くないだろ」


「それもそうか。じゃあ街に着いたら補給だけして、そのまま歩いて行くとするか」









「……そういや、食糧不足だとか何だとか、どっかで聞いた気もするな」


 街で補給をしようと商店に立ち寄ったところ、何も置いていなかった。

 タープや外套などの旅用品はあるのだが、食糧は全くと言っていいほど無い。

 逆に食糧のみを販売している店もあるのだが、そちらはとても尋常な金額ではなかった。


「……一応多めに持って来ちゃいるが、無限にあるってわけでもないし、いつか何とかしないとな」


 何とかすると言っても、クロードたちの本業はフットパッド、追い剥ぎだ。

 買えないのなら奪うしかない。いや、そもそも買うという発想が迂遠だった。街で高額で売られているとか関係ない。持っている者から奪えばいいだけだ。


「食糧売ってる商人襲ってブツ奪うか?」


「うーん。いやしかしだ、客の足元見て食料品を高額で販売するなんてアコギな商売するくらいだし、商人つってもカタギの商人には思えん。襲ったはいいが妙な組織に狙われるなんてのも御免だぞ」


「じゃああれだ。食糧買った客を襲おう。んでその食糧をアコギな商会とやらに卸してやれば、夢の永久機関の完成だ」


「それだ。冴えてるなジェームズ」


「へへへ」





 この目論見はそれなりにうまく行った。

 しかし奪った食糧をアコギな商会に売るというのは叶わなかった。

 どういうわけかその商会には食糧は潤沢にあるらしく、持ちこんだところで買い取りを拒否されてしまったのだ。

 しかし商会と競合して食糧の高額販売をする事については目溢しをしてくれるらしく、クロードたちが奪った食糧をそこらで売りさばく分には見咎められることはなかった。

 クロードたちにしてみれば、売る相手は商会だろうとそこらの飢えた住民だろうと変わりない。


 そんな生活を数日続け、もともと少なくなかった2人の資金はさらに膨れ上がっていた。

 余程のものでもない限り、金で解決する問題ならたいていなんとかなるだろう。もはや何のために追い剥ぎをしているのかわからなくなるほどだ。


「……なあ」


「なんだ、ジェームズ」


「言い出しといてなんだけどよ、俺たち、これでいいのかなと思ってよ」


「……」


 ジェームズが言いたいことはクロードにもよくわかっていた。


 か弱い住民たちにしてみれば、なけなしの貯金をはたいてようやく手に入れた食糧。

 クロードたちは無慈悲にもそれを奪い、そしてまた別の哀れな住民に売りつける。

 なんとなれば、襲ってみたらそれはつい先程クロードが食糧を売った相手だったなんて事もあったくらいだ。


 クロードたちがそんな非道な事をしていられるのも、例の怪しい商人たちが商売を見逃してくれているからだ。

 その商人たちの関係者だと思われているのか、他のまっとうな商店などはときおり飢えた住民たちによる打ち壊しの被害にあっていたりするが、クロードたちがその標的にされるようなことはなかった。


 違う。

 これは自分たちのやりたかったプレイではない。


 もはや金貨には全く困っていない。

 今までの──死んだ仲間たちの遺してくれた分も含めてだが──蓄えもあるし、この街で稼いだ分もある。

 それなのになぜこんな薄汚い商売などをしているのか。


「……やめようぜ。こんな商売」


「……そうだな」


「俺たちがやりたかったのはさ、こんなプレイじゃねえよ」


「ああ」


 ジェームズが立ち上がる。

 クロードもそれに倣う。


「俺たちがやりたかったのは、金儲けなんかじゃねえ……! 俺たちがやりたかったのは、殺しだ!」


「ああ!」


「それも無抵抗の住民を一方的にキルするような、そんなやりがいのない仕事じゃない! 殺るか殺られるか、奪うか奪われるかの、そんな心躍るデュエルだ!」


「ああ! あ、いやたまには無抵抗の奴をキルするのもいいけど」


「ん、まあそうだな」


 いつも命の奪い合いでは疲れてしまう。たまには息抜きも必要だ。

 それにあまり相手が強すぎては、いつかのように抵抗もできずにやられてしまうこともある。何事もほどほどが一番だ。


「ま、とにかく! 今の俺たちは腐っちまってる! このままじゃダメだ!」


「ああ! だが、じゃあどうする?」


「それなんだけどよ」


 ジェームズが声を潜める。

 なら最初からフレンドチャットで話せばいいのだが、雰囲気は大切である。

 どのみち、最初から辺りに人影はない。

 人のいるところで殺しだ金儲けだなどと叫ぶわけがない。


「だからといって、別に金儲けが嫌いなわけじゃない。あって困るもんでもねえしな。そこでだ。

 ──今この国で一番金持ってる奴って誰だと思う?」


「──なるほど、例の商会か」


 直接、表だって敵対した事はないが、商会の抱えている怪しげな用心棒たちが住民を攻撃している様子は目にしたことがある。

 その様子から感じたところでは、彼らは大した強さではない。装備が揃っていない分、いつか戦ったエルフの騎士団よりも戦いやすいと思えるほどだ。

 たとえ周辺一帯の全ての商会が敵にまわったとしても、あの程度の雑魚しかいないのであれば容易に切り抜けられるだろう。

 となると商会を警戒するというのはいささかビビリすぎだったと言える。


 彼らの庇護の下でぬくぬくと商売をするのはもう終わりだ。

 金勘定しか出来ないような奴らには、世の中には飼い馴らす事ができる犬ばかりではないという事を教えてやろう。









「誰だよ! 商会に襲撃かけるとか言ったバカは!」


「俺だよ! でもクロードだってノリノリだったじゃねえか!」


 アジトにしていたスラムのあばら屋で2人は飛び起きた。

 リスポーンである。


「つーかだ、そもそもあの連中と事を構えるのがマズそうだからってんで、例の商売始めたんじゃなかったか」


「おう、そうだった……。あまりにぬるい日々が続いたもんで忘れてたぜ」


 ジェームズの言う通り、同意したクロードにももちろん責任はある。

 それに事実、ジェームズの言っていたこともあながち的外れというわけではない。心躍るかどうかはともかく、殺るか殺られるかのバトルが必要だというあれだ。

 ろくに抵抗できない相手を一方的にキルしたところで、大した経験値は得られない。

 金は稼げても、強くはなれないのだ。

 強さも求めるのなら、ある程度のリスクを覚悟しても手強い相手に挑まなければならない。


 商会の用心棒たちはその点、丁度いいと言えば丁度いい相手だった。

 思っていた通り、多くは例のエルフ騎士たちのように大した相手でもなかった。それは想定通りだったのだが、想定外の事もあった。用心棒はそうした雑魚ばかりではなく、時折クロードたちをして手を焼かせるほどの相手も混じっていた事である。

 とはいえそれはそれで、経験値効率としては理想的な難易度だったとも言える。


 しかし経験値効率がいいというのは、つまりギリギリ勝てる相手という事だ。

 ヒーラーやタンクもおらず、範囲攻撃も持たないクロードとジェームズでは一度に相手が出来る数に限界がある。

 そんなところへ難易度的に丁度よい相手が何人も現れれば、やがては数に押し潰されてしまう。


 しかも商会のボスらしき商人の周囲に控えている、もう一段上の実力を持っているとおぼしき護衛は、こちらに手を出そうともしなかった。

 部下たちだけで十分ということだろう。

 その部下のうち、弱い者たちは次々と死んでいくにも関わらず、余裕の表情を崩そうともしなかった。クロードたちを利用して部下をふるいにかける意味もあったのかもしれない。

 そうだとしたら、実に恐ろしい組織だ。

 つまりは2人だけでどうこうするには大きすぎる敵だったという事である。


「……けっこういい線行けたとは思うんだけどな。まあしょうがない。とりあえず、面も割れちまったし、これ以上この街をウロウロするのはまずいかもな」


「ジェームズ、それどころじゃないぞ。戦った中には多分だがプレイヤーもいた。

 俺達がリスポーンしたのはバレバレだろうし、今頃ここを探してる可能性もある」


「まじかよ! じゃあとっととずらからねえと! つっても、完全ノープランだったからな。街から脱出したとして……どっちの方に行く? もういっそ、ペアレに戻るか?」


 もともとペアレを出たのは、謎の黒幕に突然キルされ、その後遭遇したヒト型モンスターに立て続けにやられてしまったからだ。

 そんな事が日常的に起きるなら、別の国のほうがマシかと考えてのことだった。

 しかし実際には、オーラル王国では名物変態プレイヤーにPKK返り討ちにされ、謎の騎士団に因縁をつけられ、シェイプ王国にはまともに入国することさえ叶わず、ブラックな商会に喧嘩を売ってこのザマである。

 またこの街は商業がメインということで周辺には農地がないため関係ないが、シェイプの各地では巨人型のモンスターが日常的に農村を襲う事態が発生しているらしい。

 食糧難はこのせいだろう。うかつに移動をすれば、その巨人型モンスターと遭遇しかねない。

 ジェームズの言う通り、なんだかんだ言っても元いた国が一番過ごしやすいという気がしないでもない。


 時間はあまり残されていないが、ここでまた判断を誤るわけにはいかない。

 いつものアウトロー系のSNSでは情報が偏る事もあるし、公式SNSのペアレ関連スレを眺める。


「……おお、マジか」


「どうしたクロード。なんかあったか」


「ウェルスで魔物の集団が王都を襲ったとかって話があったみたいなんだが、その魔物たちがな、ペアレ方面に逃げたらしい」


「げえ! 王都なんて襲っても生き延びてるって事は、かなりの強さかかなりの規模かって事だよな。いくらペアレの獣人共でも、一国の王都と喧嘩出来るレベルの魔物相手じゃ厳しいんじゃねえのか」


「ああ。それにペアレってどっちかっていうと縦長の形してるからな。もしかしたらペアレを走り抜けて、シェイプまで来るかもって予想してる奴も居る」


「……おお、マジか」


 ジェームズはスレを見たクロードと全く同じ反応をした。このあたり、2人がうまくやっていけている所以なのだろう。


「とりあえず、ペアレに戻るのは無しだな。それどころか、東の、ペアレ方面に行くのもやめたほうがいいだろう。まさか魔物の集団まで国境の検問で止めるなんて事はないだろうし、シェイプまで来ちまうようならまずい」


「転移でパパっと、そうだな、ポートリーの適当なダンジョンとかにでも行っちまうのがいいか?」


「それも悪くないが、さっきの商会にプレイヤーが居たとしたら当然傭兵組合はマークされてるはずだよな。この街からじゃどのみち無理だ」


「じゃあとりあえず、見つからないようにこっそりと街を抜け出して……。ええと、ペアレと反対側行くか。西か?」


「それが妥当だな。よし、そうと決まればずらかるぞ」









 敵の本拠地である商会に乗り込み、あれだけ派手に立ち回ったのだから、さぞ厳重に警戒しているだろうと考えていたが、街の出入りは思いの外たやすかった。

 見回っているらしきチンピラのような者もいたが、クロードたちなら容易に掻い潜れる程度だ。

 あれだけ構成員をキルしてやったのだし、もしかしたらあまり数が残っていないのかもしれない。


「……こんなことなら、もう一回くらい襲撃かけたらいけたかな」


「……いや無理だろ。ボスの護衛は実力が全くわからん」


「でもよ、なんだかんだ言ってちょっと楽しかったよな」


「ふふ、まあな」


 最後はやられてしまったが、たくさん殺せたし、スリルも味わえた。

 いつもこうだと気が休まらないが、たまにはこういうバカをやるのも悪くない。


「街道は一応避けるか。西に向かうとして……とりあえず適当な街を目指すか?」


「そうだな。まあ、別にポートリーに行かなきゃならんてわけでもないし、とりあえず西の山脈?の方に向かうとしよう。仮に魔物がこっちまで来るとしても、まさか山越えまではしないだろ」






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