第279話「今世界で一番座りたくない席」





「──言いたいことはいくつかあるが、まずはヒルス王国の王族の方々を私が弑した事が確定事項であるかのように言っているところからだな。

 先ほど貴方は、逆説的にそうだとしか考えられないと言ったが、その逆説の基盤となっているのがそもそも王族殺害だった。王族殺害を土台として積み上げた仮説がたまたま都合良く嵌ったからと言って、それは別に私の容疑を深めるファクターにはならないはずだ。

 一見正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論を導き出す。これを何と言うか知っているかな」


「……ふむ。パラドックス、かね」


「その通り。知っているならこれ以上言う必要はないだろう。

 それにその後の展開も、あまりに突飛な発想だ、と言わざるを得ないな。人類と災厄が手を結ぶ? さすがは異邦人と言ったところか。我々では思いもよらない面白い事を思いつくものだ」


 確かに、教授の話はまさにパラドックスの悪い例そのものだと言える。あるいは詭弁と言い換えてもいい。

 しかしどうしようもないこちらの弱みというか、動かしがたい現実として、彼の説が「だいたい合ってる」という点がある。いや、ここの領主と第七災厄とやらが意気投合したとかいうのは事実ではないが。


 全てが状況証拠と推論で、何の客観的証拠もない与太話であるのは間違いないが、今の所事実を指摘され続けているのもまた確かだ。

 その矢面に立っているライリエネの心労はいかばかりだろうか。


 聞いているレアとしても立ちっぱなしで疲れてきたので、そろそろ降参して普通にソファで話を聞きたいところなのだが。ケーキも食べたいし。タルトはあるのだろうか。

 先程考えた通り、教授がこちらの存在に気付いており、これを狙っているとしたら大したものだ。


「どうもありがとう」


「……別に褒めてはいないのだが」


「わかっているよ。それでは聞くが、ヒューゲルカップの擁する戦力だけで、なぜクーデターなど成功させられると思ったのかね。

 普通に考えればまず無理な話だ。それ以前に、一都市を守る戦力が隊列を組んで王都に迫ってくれば、王都も不審に感じるはずだ。クーデターどころか、そもそも街に入ることさえ出来ないだろう。

 何ヶ月も前から少しずつ戦力を送り込み、王都の住民に紛れさせて蜂起を待っていたというならまだわからないでもないが、あの時は大陸中で魔物が人類を襲っていたという非常事態だったはずだ。いかにダンジョンが遠いヒューゲルカップとは言え、全く戦力を残しておかないわけにもいかないだろうし、もしそうだったのならクーデターの起きる前から、その事を不審に感じた住民やプレイヤーたちの声が上がっていたはずだ。

 ところがそうしたものは一切なく、また私が実際にこの街で当時のことを聞き込んだ結果でも、騎士団が長期に渡って街を空けていたというような証言は無かった。

 となるとだ。荒唐無稽かもしれないが、ヒューゲルカップ騎士団はあの日、どこからともなく、オーラル王都の内部に突然出現したとしか考えられない。

 一応聞いておくが、貴女にはそうした事が可能なのかな」


 ライリエネの『使役』が種族的なものなのかそうでないのかは知らないが、どちらにしても『召喚』は出来た方が色々便利なので当然取得させてあるだろう。


「……それを貴方に答える必要があるのかな。軍事機密だ」


「ふむ。まあよろしい。

 現在ではどうだかわからないが、あの当時ではそれはおそらく無理だったのではないかと思うのだ。というのも、これまでの大陸の歴史において、そんな事が可能な人物がいたのなら必ず記録に残り、それを前提とした兵站の概念が残されているだろうからだ。

 後から軍隊を連れて来られるのなら、移動中の食糧や物資というのは必要なくなる。となると辺境の街の役割も変わってくるだろうし、今とはまったく違った風景の世界になっていたはずだ。

 そう考えれば、貴族だからといってヒューゲルカップ領主にそれが出来たとは思えないし、プレイヤーであったとしても同様だ。

 ではなぜ、ヒューゲルカップ領主はそれを成し得たのか。

 ここで私が思い出したのは、災厄討伐を成し遂げたメンバーらがSNSに書き残していた、第七災厄との戦闘についてだ。正確には戦闘開始直前の事だな。

 彼女は王都上空で、何もない空間から突然アンデッドの軍勢を召喚して見せ、それらに王都の民を襲わせたという事だった。

 あまりにいろいろな事が起きすぎて忘れがちになるが、オーラルで軍事クーデターが起きたのはわずかその数日後の事に過ぎない。

 これで関連が無いと考えるほうがどうかしている。

 以上のことを踏まえれば、ヒューゲルカップの領主がヒルス王家を滅ぼし、それを餌に第七災厄と渡りをつけ、その力を借りて、オーラル革命を成し遂げたのは間違いないと言っていいだろう」


「──状況から、そう推察できるというだけだ。証拠は何もない」


「その通りだな。しかし証拠など必要かね?」


 教授は別に、ライリエネを糾弾しに来たわけではない。ただ自分の仮説の裏を取りに来ただけだ。それもおそらく自己満足のために。

 それなら、確かに証拠など必要ないだろう。そんなものがなくとも、彼は十分に自分の仮説を信じている。


 まあ、その事と彼の話をライラが認めるかどうかは全く別の話であり、ライラが首を縦に振らない限りは彼の仮説が正しいかどうかは誰にもわからない。

 そういう意味ではこの時間は全く無駄であるとも言える。


 しかし、彼が本気で第七災厄とヒューゲルカップ領主をプレイヤーだと信じているのなら、彼にはこちらに要求を飲ませるための最後の手段がある。

 それがある限り、どちらにしても下手な対応は出来ない。


「まあ、いいだろう。私もまだまだ話したいことはあるのでね。

 ヒューゲルカップ領主と第七災厄の繋がりについて、もう1つ気になることがある。

 ドラゴンという生物を知っているかね。知っているはずだな。なにしろ、その1体はこのヒューゲルカップの郊外に現れたそうじゃないか。

 ところで貴女に聞きたいのだが、貴女はこれまでの人生でドラゴンを見たことがあるかね。あるいは見たことがあるという話を聞いたとかでも構わないが。

 ああ、もちろんヒューゲルカップに現れた個体以外でだ」


 ライリエネは答えない。

 ライラから何も言うなとでも言われたのだろう。


 レアの配下においても、ケリーやマーレはおろか、アルベルトやグスタフでさえドラゴンを直接目にした事はないようだった。

 そしてルート村の、ドラゴンがいるという伝承は嘘だった。

 となると教授が考えている通り、この大陸にはドラゴンという生物は居ない可能性がある。

 六大災厄や、そのひとつである黄金龍の伝説が伝わっている事から、存在自体を知らないわけではないのだろうが、それはドラゴンが大陸に生息している事の証明にはならない。

 古代日本においても神社の狛犬や沖縄のシーサーなど、ライオンをモチーフにしたと思われる造形が数多く残されているが、別に日本にライオンがいた訳ではない。これらは中国の石獅子と呼ばれる石像を元にしたものだと言われている。そしてその中国に石獅子が伝わったのはインドからだ。


 教授は各国を回ったような事を言っていたが、いったいどれだけの街を回って聞き込みをしたのか。もし、教授が大陸規模でドラゴンについての目撃情報を調べ、まとめていたとしたら。

 いや、さすがにそれはないだろう。SNSへの書き込みが減った時期から考えて、リフレやフェリチタで聞き込み調査をしていたことも考えるととても間に合うまい。

 ドラゴンについてのみはそれより前から探っていたというなら別だが。


「答えられないのなら結構だ。代わりに答えよう。

 おそらく、これまでドラゴンなど見たことが無かったのではないかな。そうした目撃情報もだ。

 私が調べた限りでは、この大陸においてドラゴンをはっきり目撃したという証言はこれまで無かった。

 噂や伝承くらいはあったのだろうが、おそらくそれも大陸外から貿易とともに流入してきた概念なのではないかな。

 という事は、ドラゴン出現というのは実にイレギュラーな事象だったと言える。言ってみれば何百年に一度あるかどうかという珍事だ。それがこのところ、立て続けに起きている。

 最初の目撃証言はと言えば、骨ではあるが、ヒルスのエルンタールという街だったかな。そしてその次が第七災厄のペットだ。

 最も新しいペアレ王国ルート村を襲撃したドラゴンの姿は、ヒューゲルカップに現れたドラゴンとは全く違うものだったらしいし、別の個体である可能性が高いだろう。つまり短期間に4体も現れたということだ。これまでこの大陸では全く見られなかったというのに。

 ペアレの田舎村に関してはドラゴンがいるという伝承だけは古くからあったようだが、実のところ具体的な証言はひとつも無かった。実際に村にドラゴンが出現してから聞きに行ったところでは、村人たちの証言は見事に最新のものばかりだった。

 おかしいとは思わないかね。

 太古からこの村の近くにドラゴンがいたというなら、村人たち以外に目撃されるより前から、いくつも目撃証言があって然るべきだ。

 しかしこの村には、今回のドラゴンが現れるまではっきりとした目撃情報はひとつもなかった。それは数十年、あるいは数百年も前からだ」


 教授がプレイヤーであることは確かだ。

 では数百年前の村の様子などなぜ知っているのか。


 レアは意識せずに遊んでいただけだったが、確かライラが言っていた。

 テストのたびに、ゲーム内世界の時間が進められていると。


「実は私はαテスターでね。αテストの当時の状況や、その次のテストの状況などから、テスト毎に数十年前単位で年代がジャンプしているだろうことはわかっていた。

 ドラゴンについて調べ回ったのは最初のテストのときだったかな。せっかくのファンタジー世界なのだし、そういう生物はいないものかと街の人達に聞いて回ったものだ。そしてルート村にたどり着いた。当時は空振りに終わったがね。いや懐かしい」


「……先程から、訳のわからない事を」


 さすがにこれにはツッコミを入れたようだが今更である。

 教授もどこ吹く風で話を続けている。


「その時にはルート村には、ドラゴンの具体的な目撃証言というものは存在しなかった。ただいるという伝承があると言われただけで、こちらが調べたいと入山を求めても突っぱねられてしまったものだ。何なら、ドラゴンを刺激されるくらいならお前を始末するとまで言われたよ。

 大陸全土の山々と比べてみてもそう深いわけでもないルートの山に、そんな巨大な生物が生息していれば、目撃証言がゼロなどという事はあり得ない。何しろ現実では、居もしないUMAにさえ目撃者がいたくらいなのだからな。

 実際には存在しない生物を、さもいるかのように証言したり、あるいは見えてしまったりするというのは、「いないとは思うが、もしかしたら本当にいるのかもしれない」という心理が働くからだ。

 であれば、見間違いでも枯尾花でも、はっきりとした目撃証言がひとつも無いというのは、逆説的に村人たちはドラゴンなど存在しないと知っているからなのではないだろうか。だからこそ、誰もはっきりとした事を言えないのだ。なぜなら適当な事を言ってしまって、もし別のどこかで本物のドラゴンが発見されたとき、自分たちの証言が嘘であることがバレてしまうかも知れないからな。

 まあ、ここ最近のドラゴンのバリエーションを考えれば、適当な証言をしたとしても個体差で済ませてしまえそうではあるがね。それは村人たちには知る由もない事だが。

 なぜ村人たちが嘘をついてまでドラゴンの伝承を作り上げていたのかはわからない。別にそれによって観光客を誘致しているわけでもなさそうだったし。もっとも、今はその限りでもないようだけどね。

 仮に私のこの仮説が正しく、ルート村のドラゴンがこれまで存在していなかったとしたら、そのドラゴンは第七災厄同様、最近になって突然発生したということになる」


 つまりレアたちが実際に山に入って確認した事実を、教授は村への聞き込みのみから推察してみせたということだ。

 最近SNSで見た、ルート村について教授が言いかけていた「ただ」という言葉の続きはおそらくこれだ。

 ただ、に続けて「ルート村のドラゴン伝説は方便だと思っていたのだが」とでも書こうとしていたのだろう。

 その後の「考え過ぎだろう」とはそういう意味だ。そして、考え過ぎではなかった。


「これについてはローブ姿の人物が目撃されており、彼女らの関与が疑われているが、まだはっきりとはしていない。仮説というか、考えている事はあるが、それはまだ披露できるレベルまで煮詰められてはいない。お望みとあらば、こちらについてももう一度調べた後にあらためて報告に上がろう。

 では問題の、ヒューゲルカップの郊外に現れた方の話だ。

 ところで、領主である、とされている貴女はドラゴン出現の情報を掴んでいるにも関わらず、調査隊などを組織したような様子もないのは何故だろうか。

 随分と肝の太いことだな。普通は自領のすぐ側にそんな巨大生物が現れたとなれば、どこかに飛び去ったと聞いたとしても気が気でないと思うのだがね。

 誰から聞いたのか知らないが、弱体化するかもしれないという程度の大天使討伐などよりよほど優先事項の高い事案のはずだ。なにせ大天使が地下から襲ってくることなどないのだし、何よりこの時点で実際の脅威である大天使はすでに滅び去っている」


 ライリエネの視線が一瞬ライラを見ようとし、寸前で堪えてあらぬ方向を向いた。

 これは明らかにライラの失態だ。

 ブランの発案だったとはいえ、アビゴルを実際に動員したのはライラなのだし、アフターケアはしておくべきだった。

 だんだんとライリエネの座るソファがいじめられっ子の席のように見えてきた。彼女が一体何をしたというのか。


「この状況は、あるひとつの事実を示しているように思える。つまり、ヒューゲルカップに現れたドラゴンというのは、領主もよく知る存在なのではないかという事だ。調査も討伐も必要ないと知っているからこそ、そうした部隊を組織しないのだ。

 そんなドラゴンが、領主や多くのプレイヤーの集うヒューゲルカップ郊外に現れ、しかも何もせずに去っていった。ルート村のドラゴンは村を半分焼いたというのに、こちらはずいぶんと平和的な事だ。もし彼に何か目的があったとするなら、何もしなかったという事実は一体何を表しているのか。

 まあ、思わせぶりに話してしまったが、これについてはいくら考えてもわからなかった。まさかその場にいる者たちの目を惹きつけ、その隙に何かをするために呼んだとか、そんな程度なはずはないしね。

 ただ大陸の長い歴史から考えて、出現した時期があまりに近すぎることから、これらのドラゴンたちは全て別個体だとしても何らかの関係があるのは間違いないだろう。

 最初期に目撃された三つ首の骨や、双頭のドラゴンが第七災厄のペットらしいことを考えると、そしてドラゴンたちが互いに関係しているとなると、つまり第七災厄とこちらの領主は協力関係にあるか、そうでなくとも何らかの繋がりがある可能性がある。

 クーデターの件なども考えると、ヒューゲルカップ領主と第七災厄の繋がりについてはほぼ間違いないと考えていいのではないかな」


 教授は再び紅茶を飲んだ。

 今度はもう冷めていたようで、特に何も言わなかった。これだけ話せば紅茶も冷めるだろう。

 そして用意されていたお茶受けのケーキを一口食べ、何度か頷いた。

 とりあえず、ライラの焼いたケーキはお気に召したようである。


 またイライラでもしていないかと隣を伺うと、ライラは少し顎を引き、無表情で教授を見ているようだった。

 これは何か考え事をしている時の顔だ。





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