第278話「妹心と秋の空」(ライラ視点)





「ではこの情報を届けたい特定の誰かとは誰なのか。考えられる可能性は2つある。

 ひとつはこの逃げた王族だ。

 普通に考えれば王都が壊滅しているのだから、そう噂されてもおかしくない事態ではある。

 しかし王家が逃げ延びてさえいれば、首都機能の移転という形になったとしても、別の場所を王都としてヒルス王国は存続することが出来る。

 とは言えひとたび滅亡という噂が事実として広まってしまえば、復興は容易ではなくなるだろう。滅亡が人々に広く知れ渡った後に王家の生き残りがノコノコ出てきたとしても、それが受け入れられるとは思えない。先も言ったが客観性の問題だ。システム的には別としてもね。

 であればこの噂を流されたとして、最も我慢がならないのは当の王族のはずだ。

 この先一生ただの平民として生きていくつもりならそれでもいいが、そうでないなら必ず噂を止めに行くだろう。

 ただし、これはヒューゲルカップ領主が、王族殺害に関与していない普通のプレイヤーであった場合の話だ。王族に情報を届けたいという説は、領主は王国滅亡を知っていただけであり、この時点では王族は生きていたと考えていなければ成立しないからね。

 しかしこの場合でも、国家滅亡というネガティブな情報から王族を釣りだそうとしているあたり、あまり良い理由でそうしているとは考えられない。

 これもまた後出しジャンケンだが、このあとヒルス王族殺害を引き金にオーラル革命が勃発したことを考えると、領主はヒルス王族を殺害するつもりだった可能性が高い。

 とはいえ、普通のプレイヤーがいきなり隣国の王族をキルしようとは穏やかでない。誰かに依頼されたと考えるのが自然だが、ではその誰かとは誰だろうか。

 クーデターの声明を信じるのならオーラル国王という事になるが、先程も言った通り、王女が当の王族殺害犯を頼って相談を持ちかけてくるというのは考えづらい。

 領主がそれを黙っており、王女を騙したのだとしても、領主にとってメリットが薄い。

 王室の中でそれほど権力を持っているわけでもない王女につくよりも、現政権である国王におもねり、これを密告したほうが遥かに賢いはずだ。

 しかし例えばそのクーデターが、実のところ王女のほうがヒルス王族殺害犯であり、それを咎めた国王を王女が弑逆しいぎゃくしようと企てた結果起きたものだと考えれば辻褄が合う。

 ただしこの場合だと、ヒューゲルカップ領主よりも王女のほうが先にヒルス王都壊滅やヒルス王国滅亡を知っていなければならない。

 だが、さすがに王女がプレイヤーだというのは考えられない。王族の生死と国家の存亡がシステム的にリンクしているとなれば、王族というのはNPCの中でも特別な存在のはずだ。プレイヤーが成り代わることが出来るとは思えない。

 そして王女が王国滅亡を知ったとしても、その直後にヒューゲルカップ領主に経緯を説明し、噂の流布の指示を出すのは時間的に不可能だ。

 となると正直、こちらの可能性は低いと言わざるを得ない。

 この可能性が否定されるということは、つまり領主がただのプレイヤーであった可能性も否定されるということになり、同時に領主がヒルス王族殺害の主犯である可能性が高まったと言っていい。

 となると領主が噂を使ってコンタクトを取ろうとしていた相手というのは、もうひとつの可能性になる。

 私はそれは他ならぬ第七災厄なのではないか、と考えている」


 教授はよほど詳細な聞き取り調査をしたらしい。先程のフェリチタやリフレの件もそうだが、当時の住民NPCたちの状況や、もしかしたら彼らが感じていたかもしれない住民特有の違和感なども拾い上げ、それらの膨大な情報を整理して、これらの仮説を立てるに至ったのだろう。

 あの精密な地図を作成しただけのことはある。そんな面倒なことは、ライラにはとても真似できない。

 まあ、それ以前にライラはオーラル王国とヒルス王国の詳細な地図を持っているので、そんな面倒なことはまずする必要がないわけだが。


「これは王族の行方について、災厄が気にしていたという前提に立った仮説だ。

 ではその前提である、災厄が王族の行方を気にしていたと何故そう言えるのかというと、これは彼女が敗北した際の状況に起因していると考えている。

 災厄はプレイヤーたちに王都で敗北したが、その原因はアーティファクトという特殊なアイテムだ。これがなければおそらく災厄がプレイヤーなどに負けることは無かっただろう。当のプレイヤーたちからもそうした証言を得ているし、直後に再び現れた災厄が容易に王都を陥落させていることからも明らかだ。

 ああ、この時倒したはずの災厄が再び現れたというのも、災厄がプレイヤーである可能性を補強していると言えるな。どこかにあっただろうホーム、おそらくリーベ大森林あたりでリスポーンし、リベンジか何かを狙って王都に再びやってきたのだろう。

 そしてこの事からわかるもうひとつの事実は、災厄の二度目の襲来の時には王都にはアーティファクトは無かったのではないかということだ。あれば使っていたはずだからな。

 まさか国にひとつしか存在しない貴重なアイテムを、いかに強大なモンスターとはいえ、ぽっと出の災厄に、しかも得体のしれないプレイヤーに託して使用してしまうとは思えない。であれば、王国はアーティファクトを絶対に複数持っていたはずだ。

 では、それはどこに消えたのか。

 王族が亡命を目論んでいたというのなら、普通に考えれば王族が持ち去ったのだろう。

 災厄は王都中の住民をキルして回ったのだろうし、ならばその中に王族が居なかったことも、アーティファクトが無かったことも気付いたはずだ。

 つまり自分を殺しうるアイテムを、持ち逃げした生き残りがいる。

 これだけでも災厄が王族を追う理由としては十分だ。

 しかしこの時点では、国家滅亡と王族の生死についての関連性はわからなかったはずだ。これは災厄がプレイヤーであってもNPCであっても同じだが、この時ヒューゲルカップの領主は災厄をNPCだと考えていたと思われるから、ひとまずNPCだったとしよう。

 NPCである災厄のもとに、王国が滅んだという噂が届いた場合、彼女は何を考えるだろうか。

 先程も話したが、仮に王族が生きていた場合、この噂を聞いて真っ先に反応するのは生き残った王族だ。

 実際にはこの時点ですでに王族は滅んでいるわけだが、それはまんまと取り逃がした災厄には分からない」


 隣のレアがムッとしたのが感じられる。

 つい先程までは何やら上機嫌でプルプルしていたようなのだが、忙しないことだ。

 王族を取り逃がしたのは事実だし、この教授のせいではないのだから、ここで苛立つのはお門違いである。

 レアの様子を見てライラは我が身を省み、自分の眉間のシワを揉みほぐした。


「王族の行方を追いたい災厄は、王族が向かうだろうこの噂の出どころに目をつけるはずだ。

 噂の到達する時間は場所によってまちまちになるだろうが、災厄が実際に探しているのは王族というよりアーティファクトだ。ならば仮に王族のほうが先に噂の出どころに到着していたとしても、その場所で噂を流していた人物を調べれば大きな手がかりを得る事ができる。

 少なくとも闇雲に探すよりも合理的だ。

 領主はそう考え、噂を流したのではないだろうか。

 噂を流されて困る王族がすでに滅んでいる以上、この噂に釣られてくるとしたら王族を追う者しかいないだろうからな。

 逆説的になるが、領主が噂を流した理由が今言った通りだった場合、やはり領主はプレイヤーであり、同時にヒルス王族殺害犯だった事になる。

 なぜなら、災厄がアーティファクトを警戒しているだろうことは、SNSを見ることができないNPCでは知りようがないし、王族の行方がアーティファクトの行方と同義であるという事実は、王族とアーティファクトを取り逃がした災厄と、王族を実際に殺害した犯人しか知らない情報だからだ。

 ではなぜ領主はNPCである災厄にコンタクトを取ろうとしたのか。

 これも結果論というか、すでに起きている事象から逆算して考えているから言えることではあるのだが、この後領主は突然クーデターを起こし、オーラル王国を乗っ取った。

 ああ、王女が首謀者ではないだろうことはわかっている。

 王女に嘘を吹き込んだ者がいるとしたらそれはヒューゲルカップ領主以外にあり得ないし、そうしてクーデターを唆したのであれば、首謀者は領主だ。

 あくまで結果的にだが、クーデターは成功し、領主は望みを叶えた。

 しかし常識的に考えて、ヒューゲルカップの戦力で王都の騎士団を抑える事は不可能だ。

 戦力に差がありすぎるし、騎士の練度もそうだろう。

 私が調べたところによれば、ヒューゲルカップの街というのは長らく領主不在の、王家の直轄地だったらしいじゃないか。そこに何らかの功績を上げた、しかも没落していた貴族の末裔が突如現れ、このヒューゲルカップに封ぜられた。どうもそういう事情のようだね。

 となると騎士団が設立されたのもその後と言うことになるし、オーラル王の擁する近衛騎士団と比べてしまえばどうしたって格下と言わざるを得ない。いくら政権を奪い取りたくともそのようなことは到底無理だろう。

 どうしてもというのなら、この戦力差を縮めうる何かが必要だ。

 しかしごく最近、不意に現れ、武力によって電撃的に国家そのものを刈り取った存在がいた。

 そう、第七災厄だ。

 その力を魅力に感じたヒューゲルカップ領主は一計を案じ、かの災厄にコンタクトを取ろうと考えたわけだな。

 そしてそれが功を奏し、災厄と手を組むことに成功し、あのオーラルのクーデターは成功裏に終わった。

 しかしいささか拙速というか、リフレの件ではないが、急ぎすぎている感は否めない。これだけのことをしている領主だ。もっと自然にクーデターを演出することも当然出来たはずだ。

 ではなぜ、そうならなかったのか。

 領主が噂という手段を利用しようとしていた事から、本来はもっと準備期間を設けるつもりだったであろうことは想像に難くない。災厄が噂を耳にするとしても、直接そこらのNPCから聞くわけにはいかないだろうし、もっと時間がかかっていたはずだ。

 しかしここでとある誤算が起きた。

 ヒューゲルカップの騎士が噂を流していることがSNSに書き込まれたのだ。

 領主は災厄をNPCだと考えていたからこそ噂という手段を使ったわけだが、実際のところ災厄はプレイヤーだった。

 この書き込みを見た災厄は、噂が届くより遥かに早くにヒューゲルカップの領主を不審に思い、1日と待たずに領主にコンタクトを取ったのだ。

 そこでどういう訳か意気投合し、災厄の協力を取り付けた領主はクーデターに踏み切った」


 実に素晴らしい洞察力だ。

 特に意気投合という部分がドンピシャだ。

 それによって柄にもなく舞い上がってしまい、ノリノリでクーデターを前倒ししてしまったのは事実である。


 しかし確かに成功率からすれば、一地方の領主がクーデターなど考える方がどうかしている。仮に王女と通じていたとしても、絶対的な軍事力の差を覆すのは容易ではない。

 しかも王女の上には2人の王子がおり、王女は跡継ぎとしては予備ですらない。国家の維持と天秤にかけるほどの価値はない。王族にとって価値がないという事は、権力基盤がないという事と同じだ。

 あのクーデターは実にヒロイックであり、だからこそ大多数のプレイヤーからは不審に思われなかったのであるが、それはつまり運営の仕込みという前提がなければプレイヤーとしても納得しえない出来事だったのだとも言える。


「さて、もうお分かりだろう。

 先程私は、フェリチタの開発は国家の上層部を意のままに操れるほど政府筋に食い込んだ人物でなければ成し得ないと言ったね。

 フェリチタ開発の時点では、すでにオーラル革命は完了していた。新政権において、政府に顔が利き、しかもある程度自由に動ける人物となれば、それに該当する者はそう多くない。

 王女か、ここの領主だ。

 クーデター首謀者が領主だった事を考えると、フェリチタ開発の糸を引いていたのは領主以外にあり得ないと言っていいだろう。仮に王女にそれだけの才能があったとしても、黒幕である領主がそんな無謀な投資を黙って見過ごすはずがないからね」






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