第275話「後出しジャンケン」





 レアはここには、ライラに呼ばれたから来ただけだった。

 この謎の初老の男性、森エッティ教授もライラに会いに来たらしいし、本来レアは全く関係ない。


 そこで何故、急に第七災厄じぶんの話が出るのか。

 実家に帰省する途中で盛大な貰い事故に遭ったような気分だ。いや、そんな経験はないが。


「──第七災厄というのは、隣国ヒルスで生まれた七番目の人類の敵の事かな。私と何の関係があると言うんだ。

 それと、ぷれいやーとは異邦人の事だな? そういう言い方をするということは、君自身も異邦人だろう。第七災厄が異邦人とはどういうことなんだ」


 ライラの身代わり──ライリエネが鋭い眼差しで教授を見つめて問いかける。


 森エッティ教授と言えば、検証スレの長老とか言われている人物だ。本人であれば、だが。

 確認したいが、ここでこの人物を『鑑定』するのはさすがにリスクが高すぎる。

 最終的にはせざるを得ない状況になるかもしれないが、それはそうなってからでいい。


「一度にそうたくさん質問しないでくれたまえ。心配しなくても聞かれたことには答えよう。

 まずは貴女と第七災厄に何の関係があるかということだが、これはそんなに深い関係はないだろう。関係があるとしたら領主本人なのではないかな。

 次に、私がプレイヤーだというのはその通りだよ。

 それから第七災厄がプレイヤーであるという点についてだが、これは今から話そうと思うが、その前に、異邦人という呼び方について教えてくれないか。それは一体何の事なのかな」


 教授は質問の形をとってはいるが、異邦人と聞いた際にも特に不審そうな表情を浮かべてはいなかった。髭や眉毛でわかりにくいが、そのはずだ。

 となるとこの質問は揺さぶりだろう。

 異邦人という呼称はライラが広めたものであるため、もともとこの世界には無かった呼び方だ。しかし、この教授が聞いたことがないとは思えない。


「──異邦人、というのは、保管庫を使う事の出来る者たちの事だ。いちいち保管庫がどうとか言うのが面倒だったから、異邦人と呼び慣わす事にした」


「という事は、やはり異邦人と呼び始めたのはこの地が最初なのだね。いや、それが確認したかっただけだ。大した意味はない。

 さて、では第七災厄がプレイヤーであるという点についてだったな」


 異邦人の出どころを確認したからなんだというのか。

 隣のライラの様子を『魔眼』で覗うが、特にこの件について問いただそうという指示は出していないようだった。

 静かに教授を見つめている。

 先程までは部屋の隅のアダマンウンブラが入った鎧の置物を眺めてニヤニヤしていたが、もしかしてこの部屋に1人で居るときはいつもそうしているのだろうか。ちょっと怖い。


「初めに断っておくと、これから話す内容はあくまで私の立てた仮説に過ぎない。残念ながら証明する手段がないのでね。

 それに私のように戦闘に不向きなプレイヤーが第七災厄本人に会いに行こうとしても、会えるかどうかはわからない。おそらく彼女の支配するダンジョンに入れば、いくらもしないうちに死亡してしまうだろう。しかも現在では彼女はいくつものダンジョンを支配する身だ。普段どこにいるのかもわからない。

 なので私の考える関係者の中で、最も会える可能性が高そうなこちらにお邪魔したというわけだ。

 それと勘違いして欲しくないのだが、これから話す事について、私の目をごまかす事はできない、などと偉ぶって言うつもりはない。

 これらはあくまで、後から客観的に事実を観察したからこそ思いつく事ができた仮説であって、別に私が優れているというわけでも何でもない。結果を知っているからこそ、過程を推測できているに過ぎないということだ。要は後出しジャンケンだな。……あちっ」


 教授はメイドによって淹れられた紅茶を一口飲んで小さく呟いた。

 どうやら猫舌らしい。

 猫舌というのは基本的に「熱いものを口にするのが不慣れな事」であるため、現実の肉体でなくとも本人が猫舌であればこのように再現される。『火耐性』で緩和できるという噂もあるが、試したことはない。耐性はあくまでダメージ軽減についてのボーナスであり、LPが減らずとも熱いものは熱いのだ。

 レアもライラも猫舌であるため、ゲームの中でも紅茶は冷まして飲んでいた。


 ライラは否定するだろうが、このもったいぶった話しぶりといい、意外と2人は気が合うような気がする。ライラもちょっと趣味がオヤジ臭いところがあるし。


「さて、まずは私がなぜ、そのようなことに思い至ったのかだが。

 初めて私がおや、と思ったのは、例の大天使の居城、天空城を第七災厄が襲撃したと聞いた時だった。

 戦闘が起きたのはヒルス王都の南だったから、見ようによってはヒルスを支配する第七災厄に大天使の方から襲撃をかけたようにも思える。

 しかしあの時天空城があった場所は、私が算出した移動予測ルートの上だった。あれは私が過去の襲撃パターンから割り出したものだから、つまりあの日、あの時間に天空城がヒルス上空にあったのは、単にルーチン化された日常の延長でしかなかったと言える。

 このことから、戦闘は大天使から仕掛けたものでは無いと考えていいだろう。なにせ、天空城は定期的にあそこを通っていたはずだからね。彼はただ、いつも通りに過ごしていただけだ。

 一方でこの天空城は常に雲の上にあり、地上からは見えない。これは実際に墜落するまで目撃証言が全く無かったことからも明らかだ。天使の居城が天空城だと言い伝えられているのも、あくまで文献や伝聞によるものであり、実際に見た者はいない。少なくとも私が調べた限りではね。

 となると第七災厄としても、そこに天空城があるという事を知るのは困難だったはずなのだ。

 第七災厄は飛行できるということだが、各地で起きていた天使と蟲たちの戦闘は、上空とは言えかなり低い位置で行われていた。地上にいるプレイヤーたちから見えたのだから当然だな。

 であれば第七災厄は、天空城を探すために飛行能力を使うような事は積極的にはしていなかったと考えられる。天空城や大天使を探していたのなら天使と蟲との戦闘はプレイヤーからは見えないような高高度で行われていたはずだし、おそらくあれは降りてきた天使を迎撃していただけなのだろう。

 あるいは、探す必要がなかったのは初めから天空城の位置や大天使の位置を知っていたからだという可能性も考えた。しかしこれは、イベント中に第七災厄と出会ったプレイヤーによって否定されている。

 第七災厄が大天使の居場所を知らなかったのは間違いない」


 イベント中に出会ったプレイヤーとは誰の事だろう。

 何人か心当たりはあるが、そんな重要な事を話したような記憶はない。

 いや、レアが無意識のうちにそう推察できるような事を言っていて、それをプレイヤー側が深読みした可能性はある。


「第七災厄と大天使による戦闘が起きたということは両者が邂逅したということだが、これらの事実はどちらかがそう望まなければ邂逅は起こり得ないということを示している。

 そしてそのどちらかというのはおそらく大天使ではない。これは先程言ったとおりだ。つまり第七災厄の方に大天使を倒したい何らかの理由があり、だからこそわざわざ会いに行って、戦闘が起きた。

 例えば天空城がヒルス領空に侵入した事が気に入らず、その件について文句でも言いに行ったのだとしよう。この場合、まずヒルス領空に天空城が侵入した事を知っていなければならないが、先程言ったとおり天空城がそこにいるということを地上から知るのは困難だ。まさかずっと雲の上で待機していたわけでもあるまいし、近くに来たからといって気づくとは思えない。

 そのような超広範囲に及ぶ感知能力を持っているのなら、かつてヒルス王都でプレイヤーたちと戦った時に矢などに射られたりはしなかっただろうし、せっかく手に入れた王都にプレイヤーが近づく事も良しとしないだろう。まあ、そちらはそちらでプレイヤーに攻撃してもらいたい理由があるからなのかもしれないがね」


 矢とはまた、ずいぶんと懐かしい話を聞いた。

 翼を出していたままなら、無意識に広げて隣のライラを叩いていたかもしれない。


「そうした感知能力を持っていないにも関わらず、第七災厄が天空城を発見出来たという事は、感知のようなリアルタイムの情報に頼らない形での、天空城の位置を知るための何らかの手段があったことになる。しかもそれは、第七災厄自らが探そうとしなくとも自動的に居場所がわかるような何かだ。

 それは何だろうか。

 そんな物があるのなら、イベント開始直後、天使が襲撃を始めた時点でとっとと攻めに行けばいい。わざわざイベントも中盤になるまで待っている必要はない。

 領空侵犯が大天使攻撃の理由だったとしても、現実世界の国際法があるわけでもなし、侵入される前に先んじて攻撃してしまえばいいだけだ。天空城を領土内に落下させてしまうリスクを負ってまでヒルス上空で戦う必要はない」


 確かに教授の言う通りである。

 もう少し戦闘に時間がかかってしまっていれば、天空城落下の衝撃でヒルス王都にも被害が出ていたかもしれない。

 あの時は大天使を倒すためにはああするしかなかったが、今思い返せばかなり危なかった。


「……聞いた話によれば、どうやら我が領内にあるアーティファクトを使用する事で、大天使を弱体化させることが出来たそうじゃないか。そう聞いたからこそ、私やウェルス王国の聖女も異邦人たちに力を貸したのだ。第七災厄も、その弱体化というのを待っていたのではないのか?」


 ライリエネが教授の考えを否定する。

 しかし現代の大天使を討伐した時点では、弱体化の話はレアも知らない事だった。知っていたのはライラと、実際にイベントを起こしたプレイヤーたちだけだろう。

 まあ、これはこちらの事情だが。


「仮に第七災厄が大天使の弱体化を狙っていたのだとしてもだ。そのクエスト自体、一部のプレイヤーが偶然発見したものだ。少なくとも今回の大規模イベント開始時にはあの事態を予想できていた者は居なかったはずだ。それは運営を含めてもだろう。

 これは過去世界の大天使とやらの討伐難易度が異常に高かったことからもうかがえる。現在のプレイヤーたちだけでは倒せない難易度設定だし、元々はプレイヤーの参加予定数も30人が限界だったという話だ。それをなんとか緩和した結果が人数無制限なのだ。

 だとすればこれは現在のプレイヤー向けのコンテンツとしてデザインされたものでないことは明白だ。もっとも、多少緩和したところで大多数のプレイヤーでは討伐は叶わなかったようだがね。

 となると第七災厄がプレイヤーであるにしろそうでないにしろ、弱体化を待ってから攻撃をしかけたというのは考えにくいと言わざるを得ない。

 一部で言われているように、元々予定調和であり、大天使討伐についてはあらかじめ決められていたことだというのもありえないではないが、その場合タイミングが良すぎる事がネックになってくる。

 とあるプレイヤーの目撃証言によれば、大天使が討伐されたのはシステムメッセージが発信されてからほとんど時間が経っていない頃らしいじゃないか。

 私の記憶が確かなら、これまで運営はそこまで狙ってイベントを進行させた事は無かったはずだ。どのイベントも必ず告知された時間から数時間、あるいは数日のタイムラグがあった。これはNPCたちがそれぞれ思考しており、イベント進行も彼らの行動にある程度委ねているからだと思われる。

 仮に第七災厄がNPCであり、運営の意図に従って大天使に攻撃をしかけたのだとしても、先も言った通り弱体化クエストが今回のイベントで進行するとは運営は想定していなかったはずだ。だとしたら、現代の大天使が討伐されるのも今回ではなく次回以降の天使襲来イベントにしておいた方が無難だ。

 これまで通りにNPCに進行を委ねる形でイベントを起動していたとしたら、これほどシビアなタイミングで第七災厄が大天使を倒してしまうなど不自然極まりない。

 それならむしろ、第七災厄がプレイヤーであり、弱体化の通知を受け取ってしまったから、何とか弱くなる前に戦ってみたいと考えて急いで行動した、と言われた方がしっくりくるというものだ」


 仮に戦闘に入ってしまう前にあの通知を見ていたら、どうしていただろうか。

 大天使を討伐したのはキャラが被っているとか、天使が鬱陶しいとか、天空城が羨ましいとか、理由はいくつかあるが、今になって考えてみれば、単に戦ってみたかったからだというのが一番近い気がする。

 あの時実際に通知を受け取ったのは戦闘に入ってからの事だったが、教授の言ったような展開には絶対にならなかったとは言い切れない。


「さて、ここまでの考察からわかるのは、大雑把に言って以下の3つだ。

 ひとつ、第七災厄は大天使を倒そうとしていた。

 ふたつ、しかしそれは何らかの理由によって、イベント中盤までは取りかかれなかった。

 みっつ、イベント中盤に至り、何らかの手段によって天空城の位置を掴み、攻撃を仕掛け、これを打倒した。

 ここで例えば、イベント中盤まで取りかかれなかった理由と、イベント中盤で天空城の位置を掴んだ手段、これらを結びつけて考えた場合、ある1つの可能性が浮かび上がってくる。

 そう、他ならぬこの私がSNSにアップした、大陸の地図と天空城の予測ルートの情報だ。

 第七災厄は、それを待っていたのではないかとね」





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