第274話「来客」(ライラ視点)





 ライリエネとしてユスティースを送り出し、数日が経った。


 そのユスティースからの、アリーナを通した連絡で、ポートリー騎士団の数が少し減ってしまったというような報告を受けたときは思わず笑ってしまった。

 愚かな者を選りすぐって結成した新生第三騎士団だったが、まさかこれほどまでに愚かだったとは思いもしなかった。


 行きずりの旅行者を慰みに殺害しようとしたのは、まあわからないでもない。

 ポートリーから出たことがない彼らにとって、旅というのはそれだけストレスだったのだろう。ストレスを受ける事で同種の殺害を行なう野生動物は人間、いやエルフ以外にも、現実世界にいくつか存在している。それと同じだ。たいていは自分よりも弱い個体をターゲットにするものだが。

 しかし、よもやそのターゲットに返り討ちにされてしまうとは。

 相手もプレイヤーだったようだし、ある程度は仕方ないとも思えるが、まるで出来の悪いコントのようだ。

 是非直接見てみたかったものである。


 これがライラの直属の眷属であったのなら、命令にない余計な事をする場合は、確実に成功させるよう慎重に相手の力量をはかってから行なうべきだと教育しているところだった。

 もちろん命令に従って行動する場合は、力量的に不可能な命令を出すことは無いため、現場が考える必要はない。失敗したのなら、それも計画のうちだというだけだ。


 しかし新生第三騎士団はライラの眷属ではなく、眷属の眷属でも、眷属の眷属の眷属でもない。まったく関係ない者たちだ。

 新生第三騎士団の責任者たるポートリーのとある貴族は、金貨と名誉、そしてイライザとの親密な関係を匂わせる事で操った、王都の法衣貴族の1人である。

 大量の失脚者や処刑者が出たことで空いたポストに転がり込んだ、血筋以外に価値のない男だ。

 お国柄か、ハイ・エルフであるためか、他国の並の貴族などよりは多少優秀だが、これまで大したポストにつけなかっただけあって、ポートリーの中では実力的に底辺だ。

 そんな貴族を唆し、第三騎士団の責任者に仕立て上げ、野心や功名心ばかりが目立つ王都の若者を集めさせて、騎士団を結成させたのだ。

 もちろん、ひと通りの用事が済んだら責任を取らせて始末する予定である。その時ポートリー王国が残っていればだが。


 これらを眷属にしなかったのは、レアから教わった眷属強化系のバフの問題と、汚れ役がいつまでも残っているのは面倒だという理由からだ。ライラの能力値であれば、パッシブで薄く広いバフであっても無視できない強化が施されてしまう。

 それでも無能を演じさせることは不可能ではないだろうが、事が済んだ後に彼らだけ無事にライラの元に残っていては不審どころの話ではない。

 現状、ひとたび眷属にしてしまった者は主君の意思では解雇できない超ホワイト仕様であるし、無駄な眷属は増やすべきではないというのがライラの考えだった。


「……そろそろ、ペアレに着く頃かな。途中でリスポーンした子たちはどうしてるんだっけ。ヒューゲルカップに戻ってるかな。戻っていたら、街の清掃作業でもさせておこう。他に彼らに出来ることもないだろうし」


「かしこまりました」


 ライリエネが一礼し、フレンドチャットで部下に指示を出す。

 別にライラが直接言ってもいいのだが、表向きライリエネを領主としておくのなら、普段からなるべくそのように振る舞っておくべきだ。思いも寄らないミスというのは、慣れや反復行動によって極限まで軽減させることが出来る。努力の出来ないライラにとっては苦手な分野だが、実際にやるのはライリエネであるため問題ない。


「しかし、この時期にプレイヤーが徒歩で北に向かったのか。プレイヤーなら転移した方がはるかに早いと思うんだけど、何か理由でもあるのかな。シェイプに向かったのか、ペアレに向かったのか、そのくらいは確認させておいた方がいいかな」


 ペアレに向かったのであれば、ポートリー騎士団がそれを追う形になる。

 あちらで再会すればまた一悶着起こるだろう。

 そのプレイヤーたちが獣人であったのなら、それを理由に武力衝突をゴリ押しできたかもしれないが、エルフでは無理だ。

 もっともそのプレイヤーがどう動くとしても、ペアレとポートリーの戦争という形になれば、エルフ憎しで現地の獣人たちに袋叩きにされて終わるだろう。彼らがそれに反撃するようならば、戦争の当事者にプレイヤーも巻き込むことができるかも知れない。そうなればプレイヤー人口の上位を占めるエルフと獣人の対立という構図に持っていける可能性がある。

 現状ではプレイヤー同士で争うケースは人類と魔物という構図くらいしかないが、それに一石を投じる形だ。


 ただそのプレイヤーたちがシェイプに向かったのであれば、ライラにはどうすることもできない。

 ブランに一報を入れ、注意を促しておくくらいだろうか。

 と言っても所詮はプレイヤー2人程度だ。なぜ徒歩で移動していたのかは不明だが、たった2人ならどういう行動をするにしても誤差にしかなるまい。





「──失礼いたします。ヒューゲルカップの領主様本人、にお会いしたいとおっしゃる方がお見えなのですが……」


 城で働くメイドが来客を告げに来た。


「アポでもあったっけ?」


 念の為、ライリエネに確認を取る。


「……いいえ、ございません。しかしライラ様、領主本人、とは」


 システムに厳密に認識されているかどうかは知りようがないが、実際に領主に任命されたのはライラであり、ライリエネはあくまで代行に過ぎない。もっとも、通常の領主の業務はすでにライリエネがすべて行なっているので、もはやどちらが領主かわかったものではないが。

 もちろんメイドはそれを知っているため、このようにライラとライリエネがいる場合には、単に領主に会いに来た客が居たならはっきりと「ライリエネに会いたい者が来た」と言うはずだ。

 それをわざわざ、領主本人に会いたい、という言い方をしたということは、本当にそう発言した何者かが来たのだろう。

 そう考えてメイドを見れば、ライラの意を汲んで頷いている。


「怪しいなんてものじゃないな。まるで領主が領主本人でない事を知っているかのような言い草だ」


「……私の行動に、なにか不備でもあったのでしょうか」


「いや、ライリエネはよくやっているよ。気づかれる要素なんて無いはずだ。となると」


 ライリエネの仕事が完璧だったとするならば、気づかれた理由はそれ以前、ライラが領主をしていた頃の何かが問題だったと考えるのが妥当だ。

 今考えると少し迂闊だったと思えるような行動もいくつかしているのは確かである。

 今さらのことであるし、SNSでも話題になったこともほとんどないため、気にする必要はないと割り切っていたが、もしかつての行動から何かを嗅ぎつけられたとしたら厄介だ。

 なにしろ結果的にだが、その頃の大々的な行動にはたいていレアも関わっている。


「そいつ、1人なの?」


「はい。お1人様でした」


「……うん。どうやって知ったかわからないが、客はどうやら私に用事があるようだ。とりあえずこの執務室に通して、ライリエネが応対してくれ。アポ無しの件は今回は不問にしておこう。相手の出方がわからない。私は部屋の隅ででも様子を伺っておくとしよう。

 あ、やっぱりちょっと待って」


 ライラは少し考え、レアに連絡しておくことにした。

 領主本人、とわざわざ取り次ぎに伝えるような人物だ。その言い方そのものにこちらに何かを伝える目的があったとしてもおかしくない。

 この人物がNPCならキルしてしまえばいいだけだが、ただのNPCが領主交代の事実や、その裏にいるライラに辿り着けるとは考えにくい。

 それに、この世界に生まれ、この世界に育ったNPCなら、身分の違う貴族相手にアポもなしに突然会いたいと訴えるなどありえない。誰もお供を連れていないのなら、貴族ということはないだろう。


 となると、客は十中八九プレイヤーだ。

 だとしたら、面倒だが決して口を封じる事は出来ない。下手な対応をしてしまうと、謂れのない風評被害を受ける恐れもある。

 もし、知られてまずいことまで知られているのだとしたら、こちらも相手の顔と名前くらいは押さえておきたい。

 最悪の場合、こちらの手札を1枚晒すことになったとしても『鑑定』くらいはしておくべきだ。


「──よし、じゃあレアちゃんが来たら、その客とやらを通してくれ」


 部屋の隅に立つ鎧に視線をやる。

 以前はただの、観賞用の大きめサイズの鎧だったが、今はあの中にアダマンウンブラとかいう魔物がすっぽりと入っている。

 レアが来るのならあれをターゲットにしてくるはずだ。









「私が領主を仰せつかっている、ライリエネ・ヒューゲルカップだ。今日はたまたま、予定が空いていたのでお相手をすることができたが、次回以降はあらかじめ用件を伝え、アポイントメントを取ってからにしていただきたいものだね」


 領主本人に会いたいという人物は、初老の男性だった。

 長めの前髪に隠され、その視線がどこを向いているのかは定かではない。眉毛が長く、彫りの深い顔立ちであるのもその一因となっている。

 おまけに口元の髭も伸び放題である。口の動きも見えづらい。これが読唇術などを警戒しての人相風体だとしたら恐るべき用心深さだが、それほど用心深ければノコノコ城の奥にまで入っては来まい。さすがに考えすぎだろう。


「いや、これは申し訳ない。すぐに会ってもらえるとは思わなかったものでね。今日のところはアポでも取れればと思って取り次いでもらったのだが、まさかその日に面会できるとは。

 しかし私の前にこちらを訪ねていた、商工会の重役らしき人は追い返していたようだったが、本来は何か重要な用事でもあったんじゃないのかね。

 例えば上位の、そう自分の雇い主なんかと会う用事があったとか」


 商工会の重役とやらは記憶にないが、予定にも無かったから配下が気を利かせて追い返していたのだろう。

 この初老の男性は城から出てくるその重役とすれ違いでもしたのかもしれない。


「……私は領主だよ。一応、国の下についてはいるが、独立した貴族だ。誰かに雇われているという事はない。何を勘違いしているのかわからないが、あまり失礼な物言いは止めていただこうか」


「いや、これは失礼した。

 別にあなたを愚弄したり卑下したりする意図があったわけではないのだ。思ったことがつい、口に出てしまう性分なものでね。しかしそれにしては──いややめておこう。とにかく失礼した」


「……まあ、いいだろう。それで、用件は何かな。領主本人に会う必要があるほどの用件というのは」


 貴族階級である領主に対して実に失礼な物言いである。失礼しましたと言えば済むという問題ではない。世が世なら斬捨御免きりすてごめんである。

 しかし得体の知れないこの人物からは可能な限り情報を得ておきたい。プレイヤーなら脅しは無意味だし、この程度の無礼で剣を抜いていては話が進まない。


 証拠や確証はともかく、口ぶりからすると、やはりこの老人はライリエネが領主代行であることに気がついている節がある。

 警戒すべき人物だ。


「大した用でも無いのだがね。ただ私の立てた仮説の裏を取りたいというだけだ。そのためにこちらの、ヒューゲルカップの領主本人に話を聞こうと訪ねてきたというわけだ。

 時間を取ってもらって感謝する。先に言っておくが、長い話になるよ。まあ、まずはこちらの話を聞いてくれればいい。だから話し相手は貴女でも構わない。この会話を本人が聞いていてくれるのであればね」


 ライリエネの雰囲気が殺気立つのを感じる。

 ライラは『迷彩』で姿を消しているため、ライリエネに直接声をかけることはできないが、フレンドチャットで制止しておく。


〈抑えなさい。とりあえず話をすると言っているのだから、殺すのはそれを聞いてからでも遅くはない〉


〈……かしこまりました〉


 こんなことならライリエネの身体を借りて、ライラが直接話を聞くようにすればよかったかもしれない。

 しかしその場合でも、どのみちレアに話を聞かせようと思えば部屋のどこかに忍ばせておく必要がある。

 同様に配下の感覚を借りるとしたら、あのアダマンウンブラになるだろうか。

 レアが骸骨の格好で観賞用の鎧の中に隠れ、置物の振りをしているなど、想像しただけで面白すぎる。

 ニヤけてしまいそうになる口元を強い意志で抑え、ライリエネと初老の男性に集中する。


「……どうやら、とりあえずは話を聞いてくれるようで何よりだ。

 さて、ではどこから話そうか。

 まずはオーディエンスの皆様の興味を鷲掴みにするためにも、噂の第七災厄がプレイヤーである可能性について、というところからお話しようか」


 『魔眼』による視界を通して隣のレアが怪訝そうに小首を傾げたのがわかった。やはり呼んでおいて正解だ。


〈ライリエネ、その前に名乗らせろ〉


「気が早いな。話の前に、まずは自己紹介からじゃないかな。私については先ほど紹介した。次は貴方の番だ」


「おっと、重ね重ね失礼した。

 私は森エッティ教授というものだ。一応、教授、までが名前なんだがね。変わった名前だと思うだろうが、呼びにくければ単に「教授」だけでも構わない。そう呼ばれることも多いし、教授なんて職階の人物はこの世界にはおそらく居まいしね」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る