第276話「急いては事を仕損じる」(ライラ視点)
「もちろんこれは単なる思いつきに過ぎない。立証する手段もないし、穴もいくつもある。
しかしそう考えた場合、第七災厄をプレイヤーだと仮定した場合に、他の不審な出来事がいくつか腑に落ちるのも確かなのだ。
いや正確に言えば、言われなければ特に不審には思えなかったことが、そう考えると何か理由があって起こったことなのではと思えてくると言うべきか。先程も言ったように、後出しジャンケンでの思いつきだよ」
失敗したかも知れない、とライラは思った。
あの天空城の予測ルートについてはライラがレアに教えたものだ。
もちろんレアなら言わずとも自分で見つけて自分で戦闘を仕掛けていただろうが、ライラが教えることで手間が省けてしまい、結果的に拙速な行動になった感は否めない。
実際、ライラが運営から例のメッセージを受け取り、レアに連絡した時は、ちょうど大天使と戦闘をしているところだった。
もし、もうあと少しだけ大天使への挑戦が遅かったとしたら、おそらくライラはレアを止めていただろう。止めることが出来たかどうかは別として。
そのスピード感が教授に違和感を抱かせたのだ。
確かに、レイドボスの弱体化のためのギミックなのに、そのギミックが解かれる前に肝心のレイドボスが死んでしまうというのは不自然極まりない話だ。
SNSでは因果律がどうのとか考察をしているプレイヤーもいたが、そうあって欲しいと考えているライラでさえ無理があるなと思っていた。
他のプレイヤーならいざ知らず、まさに天空城の位置予測情報をアップロードした本人であれば、その自分の行動とゲーム内の出来事のタイミングの妙について引っかかっても不思議はない。
「……実に、面白い話だな。貴方はそんな与太話を聞かせるためにわざわざ領主に時間を使わせたのかな。貴方の話が真実かどうかはさておいて、それがヒューゲルカップに何の関係があるというのか」
「最初に言わなかったかな。
これはどちらかといえば、貴女というより他の聴衆に聞かせている話なのだよ。おそらく、他の聴衆は私の話に興味を持ってくれていると思うのだがね。
では、次の話だ。第七災厄がプレイヤーだと仮定した場合、私が気になったことだな。
リフレという街を知っているかな。まあ知っているはずだ。リフレはヒルスの街のひとつだが、似た立地の街がオーラルにもある。フェリチタというんだが。
そうそう、そのフェリチタという街はたいそう発展しているようだね。プレイヤーが増え、それに釣られたNPCも増え、経済活動が活性化した事で街は急速に発展している。私も先日観光したが、実に活気のある街だったよ。
しかしだ。街にすむ住民たちに聞き込みをしてみたところでは、再開発が始まったのは、どうもプレイヤー達が増え始める前だったらしいじゃないか。そうちょうど、転移装置が恒常サービスとして実装され始めた頃だったかな。
当然この時点ではまだ街に人も集まってきておらず、税収としては他の辺境の街とそう大して変わらない程度だったはずだ。にもかかわらず、まるでこれから発展するという確信があるかのように、大規模で思い切った再開発が始まった。
私はここ最近、観光がてらオーラルやヒルスを始めとする各国の色々な街の様子を見て回っていたのだがね。その上で判断するに、この時投入された資金というのは辺境の領主が持てる規模を遥かに超えているな。明らかに上の、例えば国家か何かの介入があったとでも考えなければ説明できない投資額だ。
街の住民によれば、ここの領主というのはよく言えば温厚で清貧、悪く言えば昼行灯で貧乏くさい、人から嫌われる事は無いが、間違っても優秀とは言えないような人物だということだった。
ところがこの、転移サービス実装の日を期に彼の様子は一変した。
温厚な性格そのものは変わらないが、突如として街の再開発に乗り出し、どこからか用意した巨額の資金でもって、街の不良債権とも言えるスラム地区をまるごと買い占め、ここに新たに商業施設や宿泊施設を建設し、スラム住民たちには教育を施して施設職員として雇い入れ、それでも足りぬとばかりに街を守る壁を拡張し、人も居ないのに建物を建てまくり、とにかく街の規模の拡大に血道を上げたらしい。
普通に考えれば非常に愚かな政策だ。街とは建物の集まりではない。人の集まりなのだ。
人も居ないのに建物ばかり建てていっても何にもならないし、放っておけばほどなく街中がスラム化するだろう。言ってみれば自分で潰したスラムを自分で作り直しているようなものだ。しかも投入した資金を回収する見込みもない。
ところが再開発の開始から一週間も経たないうちに、不思議なことにこの地にプレイヤーが増え始めた。いや不思議なことではない。これは必然だった。なぜならこの街はプレイヤーにとって特別な街になったからだ。
そう、転移装置のある街のすぐ隣に、転移先でもあるダンジョンがあるという立地。つまりこの街は双方向の転移が可能な数少ない場所なのだ。これに該当する場所は、当時としては各国に1ヶ所ずつ、全6ヶ所しか存在しなかった。オーラル王国ではフェリチタだけだな。
つまりこの街は栄えるべくして栄え、そしてそのお膳立ては予めされていたというわけだ。
私は初め、そうなることを予測した運営が手を入れた可能性を考えていた。
しかし大陸6ヶ国のうち、オーラルとヒルスにある街だけというのは実に不自然だ。しかもヒルス王国は形の上ではすでに滅亡している。国民が多いなどの条件でこれを行なうのなら、ヒルスのリフレよりもウェルスのヴォラティルの方が適していたはずだ。ウェルスの情勢は当時はまだ安定していたからね。
しかもこの発展については運営からは何のアナウンスも無かった。
この事から私は、これらの街は運営ではなくこの世界に存在するキャラクターによって発展させられたのではないかと考えた。それがプレイヤーかNPCかは別としてね。
しかし近い将来これらの街に人が集まるという事実を、実際に人が集まり始める前に知るためには、運営から発表された転移サービスの仕様を知っていなければならない。さらに言えば、この条件に合致する街をすぐさま思いつけるだけの情報を持っている必要がある。
しかしこれについては実はプレイヤーでは難しい。なぜなら公式から大陸や国の地図など配布されていないからだ。私の作った例の地図も、この時点では距離的な精度など求むるべくもない稚拙なものに過ぎなかったし、魔物の領域も記載されてはいなかった。
以上の2つの条件を満たすためには、運営からのアナウンスを知る事ができ、かつ地図という機密情報にアクセスできるレベルの、国家の上層部に関わりのある人物でなければならない。
逆に言えば、この2つを満たしている人物であればフェリチタの発展は可能だということだ。いや、初期投資されただろう額を考えればそれだけでは足りないな。上層部に関わりがあるどころではない。上層部を意のままに操れるほど、政府筋に食い込んだ人物だろう。
まあ、これについては後でまた話そう。フェリチタはまだいいのだ」
よくない。
ライラにとっては非常に気になるところで切られたが、しかしその点を問いただして話の腰を折るわけにもいかない。
というか、この男が話す相手のライリエネはヒューゲルカップの領主であるので、フェリチタの話をされても本来ならば関係ない。
そう伝えさせて話を終わらせてやろうとしたが、その前に男の話が再開された。
「問題なのは最初に言ったリフレだよ」
リフレはレアが手を入れた街だ。
それが問題だなどと言われては、姉としては無視する事は出来ない。
ライラが聞いた限りでは、リフレの発展で何かしらの問題が起きた事はなかったはずだ。
「この街もフェリチタと似た立地と言ったね。それがまさにダンジョンが隣接した街という事なのだが、フェリチタの方はまだ国家予算を無理やり使って開発したと考えられなくもない。故に先程言ったように、どうやってかは知らないが、国家の上層部に食い込んだプレイヤーが存在したとすれば開発は可能だ。主導がそのプレイヤーなのか、それともプレイヤーから情報を得たNPCなのかは別としてね。
しかしリフレはそうはいかない。
なぜなら予算を組むべき国家は、すでにこの時点で存在していないからだ。
つまりいかに商機が埋もれているとしても、リフレに目をつけた者はリフレの街の資産のみでやりくりしなければならない。もちろんそれとは別に国家予算並のポケットマネーでも持っていれば話は別だがね。そんな金がどこから来たのか。
それも問題だがしかし、リフレの街の発展の仕方というのは、金の問題を別にしてもフェリチタに輪をかけて異常だった。
フェリチタにおいてあの開発は、お上の強行政策というか、強烈なトップダウン型の命令によるものだったらしい。実際に開発を始めるにあたっては各地で様々な摩擦や問題が起きていたようだ。最終的には金で解決したらしいが、それでも衝突は少なくなかったと聞いた。今となっては領主の決断は間違っていなかった事が証明され、かつて反発した人たちも手のひらを返して領主の支持に回っているがね。
まあこれはある意味で仕方のないことだ。改革には常に痛みが伴うものだからね。ましてやただでさえ物騒になりつつある世界情勢において、先の見えない中での強硬な大開発だ。まともな神経をした領民なら領主を止めるだろう。
しかし、リフレの街ではこれはほとんど起こらなかった。
領主を始め、その側近、また街を代表する大商会、いくつもの物件を所有する大家たち、そして職人。それら全てが一丸となって開発を成し遂げたらしい。立場を異にする人々が分かり合い、1つの目標に向けて協力し合う素晴らしい美談のように思えるが、そんな事は普通有り得ない」
レアは妹ながら実にうまくやったものだと考えていたが、そうではなかった。
つまり、問題が起きなかった事こそが問題だったのだ。
「結果的に2つの街は、今やそれぞれの国を代表するほどの大都市に成長した。しかしその発展の仕方は大きく違う。
フェリチタの発展は実にドラマティックだと言える。住民の理解が得られない中で孤軍奮闘し、開発を成し遂げ、最終的には結果を出して、領民に改めて認められる領主。
対してリフレの街はどうかといえば、こちらはすでにドラマが終わった後の話であるかのようじゃないか。波乱万丈あったであろうドラマが終わり、すでに分かり合った後の領主と領民たちが、手を取り合って街の再開発に乗り出す。
不思議だな。だとしたら一体、いつ、なぜドラマが始まっていたのかという事になる。
これはあくまで、この2つの街の対比から私が感じた印象だが。
フェリチタの開発劇はまあ、有り得なくもない内容だ。それなりに辻褄は合う。しかしリフレの街の開発は急展開すぎる。フェリチタのケースを調べた後ではなおさらそう感じる。
私が思うに、このリフレの開発劇を演出した誰かは、焦っていたのではないだろうか」
どうだったか。
あまりレアが焦っていた印象は無いが、ライラがリフレの件を知ったのはすでに支配が終わった後の事だ。その過程で妹が焦っていたかどうかはわからない。
「焦っていたとして、それは何故か。
行動を焦るということは、誰かに先を越される事を恐れていたということ。そう考えられる。
この人物は、リフレの街の価値に気付いたはいいが、自分以外の誰かも同じことを考え、同様にこの街の開発に目をつけるのではないかという、一種の強迫観念のようなものに駆られたのではないだろうか。そこで、とにかくスピードを重視して既成事実的に開発を終わらせ、この街に、言ってみれば自分の縄張りとしての印を大急ぎで付けた。
このリフレの開発を目論んだ人物はおそらく「自分が考えついたのだから、他の誰でも思いつくはずだ」というような事を考え、その焦りに追い立てられるままに、あらゆる手段を用いて街の開発、いや支配を断行した。
リフレの開発が急ぎすぎているというのはこういう意味だ。
しかし恥ずかしながら、私がこれらの街の共通した価値に気付いたのは再開発の話を聞いてからだった。
だからというわけではないが、転移サービス実装から数日も経たない時点でこれに気付いていたプレイヤーなど、ほとんど居なかったのではないかな。特に街の開発に関われるほどの資金を持ったものとなると皆無だったと言っていい。
となると仮に動くにしても、複数のプレイヤーから融資を募るなどして必要な運転資金を集めてからになっていたはずだ。
つまりリフレ開発の首謀者の心配は杞憂だったと言える」
ライラのように閃きや勘に全振りしたようなタイプであれば、ある種の選民意識のようなものをどうしても拭い切ることは出来ない。つまり、まさか自分と同じような事を思いつく者などいまい、と心のどこかで思ってしまうことがある。
しかしレアのような、努力型だと自分で思い込んでいるタイプではその逆だ。自分が思い付いたのだから、他の誰でもやりかねないと無意識に考えて行動する傾向がある。
それが裏目に出たということである。
実際にはレアは単なる努力型ではなく、才能を持った上に努力も出来る複合天才型とも言えるものだが、ライラがそれを言ってもレアは納得しないだろう。
「とりあえず分かることは、フェリチタとリフレの開発を推し進めた首謀者はそれぞれ別の人間だろうということだ。しかし同じような時期に、同じような事を考えて行動しているのだから、この2人は似た思考をする人物であることは確かだな。
まあ、それはいい。私が言いたいのは、2つの街の発展の経緯を比べる事で、そこに潜む大きな違和感に気付くことが出来たという点だ。
さて、では次に金の問題だ。先程は棚上げしたが、リフレの開発資金についてはフェリチタ以上に重大な問題だったはずだ。
頼るべき国はすでになく、しかも国の象徴である王都は滅んでいるわけだから、この街にも難民は来るだろうし、何となれば王都を滅ぼした元凶さえも来てしまうかもしれない。
とても開発どころではないし、その開発の成功の見込みも薄いと言わざるを得ないため、出資者もいまい。むしろ街から人がどんどん流出していってしまっても不思議ではない。
しかしここで、もしその王都を滅ぼした元凶というのがプレイヤーだったとしたらどうだろうか。
そしてその元凶が、すでにこの街に来ていたとしたら。
そう考えた時、私にはこの事態の全体像が見えた気がした。
今話した内容の中で、リフレ開発において大きな障害になっただろう点は主にふたつだ。
ひとつは金の問題。
そしてもうひとつは住民たちの理解と協力だ。
ヒルス王都を滅ぼしたそのプレイヤーは、ヒルス王都にあった全ての富を独占できたと考えられる。
もっとも王城にあったかも知れない金貨や国宝は、亡命したという王族が持ち去っていたかもしれないがね。ヒルスの王族を倒したのは災厄ではないはずだから、王族がこの時王都に居なかったのは間違いない。逃げるとなれば、その財産も持てるだけ持って逃げたはずだ。
それでも王都の住民たちの財産を根こそぎ奪う事は出来ただろう。事によっては国家予算にも匹敵する富を得られたかもしれない。何しろ一国の首都だからね。人口も個人金融資産も地方の街の比ではない。
転移サービスが正式に発表された時、このプレイヤーはリフレの街の特異性に気付いた。
そして手元には莫大な金貨。
他の誰かがリフレの価値に気づく前に、この街の全てを支配してしまおうと考えたのなら、これを使わない手はない。
次に街を開発するにあたり、必要な人材、障害となる人物、それら全てを洗い出し、おそらくだが、『使役』か、それに似た何らかのスキルを駆使して、彼らの行動を縛った。
数多くの、そして幾種もの魔物を支配している第七災厄ならば、不可能ではないはずだ。魔物相手に出来る事なら、おそらく人類相手にも出来るだろうからね。
無理だとしても金で転ばせるか、転ばない者は始末してしまえばいい。何しろフェリチタ領主と違って災厄は人類の敵なのだから。あちらほどには外聞を気にする必要はない。
もっとも聞き込みをした範囲ではそうした事故は無かったようだが」
『使役』についてはすでにプレイヤー向けに課金アイテムが販売されている。
同時に発売された『鑑定』アイテムが売り出された経緯が「スキル取得率の低さから」だとアナウンスされていたことを考えれば、教授が『使役』も同様だと考えついても不思議はない。
それに貴族を始めとする一部のNPCはもともと『使役』を持っている。
似たスキルが存在し、それを取得した者がいる可能性を考えるのはそれほど突飛な事でもない。
ないが、一般的な思考の経路でもない。
なるほど、先に答えを決めておいて、それをこじつけるためにあれこれ屁理屈を並べているという本人の弁は確かにその通りであるらしい。
問題なのは、それがおおよその部分で当たってしまっているという事だ。
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