第271話「幼気な祖母」
ライラと別れ、とりあえず天空城、もとい空中庭園アウラケルサスに戻ろうかとしたところで、その空中庭園にいるレミーからフレンドチャットが入った。
〈ボス、ぷれいやーがやってきました〉
〈早速か、早いな。まあ、プレイヤーならあそこに行くだけなら転移で一瞬だからそうでもないか。わたしも今からそちらに戻るよ〉
〈お急ぎください〉
〈え、なんで? まあいいや。今行く〉
レミーをターゲットに『召喚』すると、着いた先は城塞の最上階だった。
ここは大天使サリーが侵入者を待ち受けるためだけに用意された場所であり、基本的には何もない。
こうして見ると、こんなところで大天使が1人で待っているというのはいささか不自然である。家具とか何かを用意したほうがいいかもしれない。戦闘が起きることが予想されるため、破壊される前提の安価な物に限るが。
「あれ? ヴィネアは?」
その場にはサリーとレミーしか居なかった。
「それが……」
「侵入者を排除してくる、と言って出ていってしまいました」
「は? え?」
彼女には天空城から出ないように言いつけておいたはずだ。
「この場所は天空城ではなく空中庭園になったので、その命令は多分無効になってるはずです、と言い切って出ていきました」
想定外だった。
確かにそういう命令をしたが。いや、システム的にリネームされたという事は、眷属に対する命令も無効になるのだろうか。
しかし眷属たちはNPCだとしてもかなりファジーに状況を判断して行動している。
そう考えていたのなら、命令された時点でそう指摘してくるはずだ。
「……そんなわけないでしょう。常識的に考えて」
「……ヴィネアはああ見えて、まだ生まれて間もない子供です。知能はともかく、常識を問うのは酷です。叱らないであげてください。そして止められなかった私たちの事も叱らないでください」
「レミー、だんだん
「彼女は戦闘力だけで言えばここに居た誰よりも上でした。消費経験値こそサリーの方が多いですが、サリーは『錬金』などの生産スキルにも振っている分、のうき──戦闘特化の彼女と戦えばおそらく勝てないでしょう。
ヴィネアはあの性格ですから、止めようとしても、自分より弱いこちらの言うことは聞いてくれません」
強さこそ全て、と言うつもりはないが、少なくともゲーム内においては、それがある意味で絶対的価値を持っているのは確かだ。
たとえ自分よりも先輩だとしても、そうした価値基準において自分の方が優れているのなら、自分の言い分にも一定の効力を認められて然るべき、という考えがレアにも無いわけではない。
現実の道場でもレアより年上で先輩の門下生も何人もいるが、レアは自身の実力を認められることで師範代という役職を担っている。
もちろん、だからといって先輩がたを蔑ろにする事はないが、少なくともゲーム内ではそういう、目上の存在を敬う行動をしたことがあまりない。
単体で自分より強い存在に会ったことが無く、唯一引き分けたライラに対しても、身内ということもありあの態度である。
そうした行動パターンを参照して性格を形成されたヴィネアが、先輩だからといって言うことを聞くというのは確かに考えづらいのかもしれない。
「ほんとうにこのゲームは要らないところに高度な技術を……。まあ、今更だけど」
今重要なのはヴィネアの思考パターンの解析ではなく、問題にどう対処するのかだ。
ヴィネアがプレイヤーに倒されてしまうような事は全く考えていない。
ヴィネアはすでに、総合的な戦闘力はヒューゲルカップの地下にいる──実際にいるわけではないが──大天使よりも高いだろう。魔法による遠距離狙撃特化であるため、レンジによっては不利にもなるが、それでも10人や20人そこらのプレイヤーに遅れを取るようなことはないはずだ。
問題なのはその姿をプレイヤーに見られてしまうことである。
この地はサリーに任せ、天使の住まう至上の庭としてアピールしていくつもりだった。
アウラケルサスと名をつけたのもそのためだ。
そこに突然悪魔、それも上位の大悪魔が現れたとなれば、計画は台無しである。
「とにかく、わたしが直接行って連れ戻してくる。無いとは思うけど、もしプレイヤーがここまで来たらよろしく」
「お任せください。母上は地下へ」
「え?」
「何か?」
「え? 母上ってレミー?」
「そのとおりです」
見比べてみるとよく似てはいる。レアとヴィネアも同じだが。
言われてみれば、システム的には創造者の血液を使用して生み出された存在であるわけだから、親子関係と言っても過言ではない。
レミーよりもサリーの方がかなり大きいため、違和感は凄まじいが、それだけにマッドサイエンティスト感がよく出ているような気もする。
しかしそれだと、サリーが量産している天使はレミーの孫という事に。
「……まあ、きみたちがいいならいいや」
遊んでいる場合ではなかった。
レアは今度はヴィネアをターゲットに『召喚』を発動した。
*
「あっははははははは! 何これ! 脆いな! あはははははは!」
念の為『迷彩』で姿を消して移動すると、ヴィネアが上機嫌で空から魔法をばらまいている最中だった。
ヴィネアのビルドから考えて、上空から爆撃をしている可能性は十分あると想定していたレアは慌てずに『天駆』で空中に立った。
侵入してきたプレイヤー──と言っても庭園に侵入したという意味ではなく、敷地内に入ったという程度だが──たちはどこかで見たような覚えがある。
数は非常に多い。30、いや40人は居るだろうか。すでに死んでいるだろう分も含めるともっとだ。
それぞれがお揃いのデザインの鎧やローブを身に着け、かなり統率の取れた動きでヴィネアの魔法から逃げ惑っている。
見たことがあると思ったら、これはいつかにテューア草原でスガルと遊んでくれたプレイヤーズクランの面々だ。
「っ! 新手だ! 姿は見えないけど、見たこと無い色の……なんだこれ、ブレて見えるのか? とにかくヤバい何かが来た!」
弓を握ったプレイヤーがそう叫ぶ。
どうやら『真眼』か何かを持っているらしい。
以前に戦ったときは弓兵は居なかったと思ったが、今回はきちんと用意してきたようだ。
草原と違い、ほとんど情報が出ていない岩山型のダンジョンに挑むなら、罠や奇襲を警戒してスカウトを用意するのは定石と言える。あの弓兵がヨーイチのようにピーキーなチューニングのプレイヤーでない限り、スカウトも兼ねているのだろう。
ふと辺りを見渡すと、上空にはスガルが浮いていた。
自分が戦いたい、というヴィネアを止められず、しかしいつでも介入できるようああして見守ってくれている、といった感じである。何やら申し訳ない気持ちが湧き起こってくる。
とりあえず今の所、スガルの介入の必要は無さそうである。
ヴィネアの魔法攻撃によってプレイヤーたちは溶けるように消えていく。
プレイヤーは死体漁りをされることを恐れてか、死亡すると即リスポーンする傾向にある。
そのためこのように大人数を同時にキルすると、まるで光に溶けて消えていくかのように見える。ある種幻想的な光景だ。
ヴィネアはそれが気に入ったようで、嬉々として魔法の雨を降らせていた。
「くそ! なんだあれは! 悪魔か? あれが災厄の中身か?」
「いや災厄の中身って髪白いって話じゃなかったか? あと角もないし、あれは違うんじゃ」
「いつかの女王蟲野郎、上空で高みの見物かよ! これじゃリベンジどころじゃねえ!」
「ダンジョン名も変わったし、突入第1号で話題もさらえるかと思ったけど、そもそも入れないんじゃ……」
「それより新手の方がやべーんだって! そこの悪魔より上の蟲よりずっと異常なLPで……」
「幻覚だろ」
「ああ、自分にしか見えないお友達が……」
「うるせー! じゃあてめーらも『真眼』とれよ!」
実に楽しそうで何よりだ。
ヴィネアも終わらせてしまうのをもったいなく思っているのか、逃げ惑うプレイヤーを全滅してしまわないよう端の方から少しずつキルする方向にシフトしている。
しかし彼らももう残り少ないし、全滅は時間の問題だ。
「……ヴィネア。その辺にしておきなさい」
「あっ陛下! これは気が付かず申し訳ありません! ご覧ください。今、不遜にも我らが空中庭園アウラケルサスに侵入しようとした愚か者たちを綺麗な光に変えているところです!」
「色々言いたいことはあるけど、とりあえずそれについては褒めておこう。よくやった。でももういいから、ちょっと下がってなさい。さて──」
姿を消したまま、着ていたローブをこっそりとインベントリに仕舞い込み、角と翼を解放する。
そして『迷彩』を解除した。
「久しぶり、だったかな。以前にどこかの草原で会ったと思ったけど、元気だったかい?」
「その声! お前が中身、災厄か!」
「中身……。まあ、そうだよ。鎧姿の方がお好みなら──」
この状態で鎧だけをオンにしたことはない。
さすがに以前の鎧坂さんのように3メートルのロボになったりはしないと思うが、全身鎧を纏う事くらいは出来るだろう。
やってみてもよかったが、ブランやヒデオの事を考えると、おそらくドレスが大変なことになる。
危険なのでやめた。
「──まあ、わたしが戦うわけでもないし、それはいいか。それより、せっかく来てもらって申し訳ないんだけど、今日のはちょっと、イレギュラーでね。君たちには是非、いずれ叡智を結集してわたしの新しい庭に挑んでもらいたいところだけれども……。
今日のところはお引取り願おう。また今度よろしく」
不穏な空気を感じ取ってか、プレイヤーたちが身構える。身構えたところで無駄だが。
隣ではヴィネアが視線で自分にやらせて欲しいアピールをしているが、レアにもやりたいことはある。ヴィネアはこれまでさんざん遊んでいたことだし、我慢も覚えさせなければならない。
「ではね。『グレイシャルコフィン』」
生き残ったタンクがアタッカーやヒーラーを守るように布陣していたのが災いし、彼らは全員氷の棺に飲み込まれ、人の形に空洞を残して光となって消えていった。
タンクのうちの何人かはヴィネアの範囲魔法に耐えていた者も居たようだが、即死の前では壁にはならない。
タンク職はVITは高いがMNDは低めの傾向にある。あまりMNDに作用する攻撃をしてくる雑魚モンスターが居ないせいだと思われるが、これからはMNDも積極的に伸ばしていったほうがいい。忠告してやる義理はないが。
「タンクのMNDが低いほうがこちらはやりやすいから別にいいけどね」
「氷も綺麗ですね! 私もやればよかったです」
「そう。次の機会にやればいいよ。いつになるかわからないけど。それよりちょっと話があるから、庭園に戻ろうか。
ああ、スガルもありがとう。世話をかけたね」
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